天野春果部長が仕掛人
星空を見ながらスタジアムに泊まろう。フロンターレの仰天企画
2015/11/11
Jリーグのクラブは開催するホームゲームに合わせて、各種イベントを開催するのが常だ。
スタジアム内、スタジアム周辺の物産展やら、ハーフタイムショーやら、試合ばかりでなく来場者を楽しませる工夫がいろいろと盛り込まれている。
アッと驚く企画を展開するクラブといえば、川崎フロンターレがパッと頭に浮かぶ。
ファミリー層をターゲットにした動物と触れ合える「フロンターレ牧場」は恒例で(今年4月は羊の毛刈り体験に、牛の乳絞り体験と内容も一筋縄とはいかない)、ハーフタイムにスーパーフォーミュラカーを陸上トラックで走らせたり(徐行ではなく、あくまで爆音を立ててのデモ走行)……とまあ、アイデア満載の企画を挙げたらキリがない。
Jリーグ地域貢献度5年連続1位
そんな川崎が、7月に仰天のイベントを実施していたのをご存じだろうか。
題して「星空を見ながらスタジアムに泊まろう!防災体験」。
多摩川を挟んで対峙(たいじ)するFC東京との「多摩川クラシコ」に合わせて「天の川クラシコ」なるプロモーションを展開。試合前日にホームの等々力陸上競技場で天体観測、スタジアムにテントを張って宿泊するという前代未聞の企画は、募集50人に対して700人ほどの応募があったという。イベントは成功に終わり、また一つ伝説を残したのだった……。
地域密着を目指してきたJリーグスタジアム観戦者調査の「地域貢献度」で2010年から5年連続で1位を獲得。今季は、改修されたメインスタジアム効果もあって1試合平均の観客動員数(第2ステージ14節終了時点)は2万904人と、前年比で4243人も上回っている。観客を呼び込むイベントの力が、数字に表れていると言っていい。
仰天のアイデアはどうやって生まれ、どうやって実現に移すことができているのか。地域密着を推進してきた天野春果サッカー事業部プロモーション事業部長兼広報グループ長に話を聞くことにした。
七夕から生まれた発想
──フロンターレがこのお泊り企画を思いついたのはいつ頃なんでしょう?
天野:2014年シーズンの対戦カードが出たときに、まずイベントで核となる多摩川クラシコを探しました。ホームが先か、アウェーが先か。ホームゲームはいつになるのか。
もし9月中旬から10月にかけてなら、“多摩川ク梨(なし)コ”なんてどうかなって。多摩川梨があるし、物産展もできるんじゃないかとか、時期別で簡単な案は持っていたんです。
そうしたらホームは7月11日だと。七夕が近いな、七夕といえば天の川だな、天の川といえば夜空だな……じゃあスタジアムに泊まってもらったら面白いんじゃない? って発想を膨らませていったわけです。
スタジアムに泊まるとなったら話題性もあるし、翌日にある多摩川クラシコのプロモーションにもなる。それにスタジアムの有効活用という点でも、これはすごくいいんじゃないかと思いました。
サッカーに無関心な人も楽しめる
──何より企画を実現に移すことが大変だったのでは? 競技場は市の施設であり、泊りとなると当然ハードルも高くなってくるはずですから。
前例がない企画なので、何か緊急事態が起こった場合はどうするかとか、職員を何人呼ばなければならないとか、ハードルはどうしても高い。
ゼロをイチにするために、僕たちとしては“サッカーに興味のない人でも楽しんでもらえる場所を提供していきたい”と訴えていきながら、しっかり対処できる計画を出していくことで納得していただけるように、と。
防災体験というもう一つの意味
──なるほど。天体観測や宿泊だけでなく、社会性を考えた「防災体験」をイベントの一つに加えたのも行政の了解を得る意味では大きかったのではないでしょうか。
いや、あれはフロンターレ側ではなくて、実は川崎市の中原区役所側から出たアイデアだったんです。
“地域貢献を考えたイベントというのはわかる。ただ足りないものがある。じゃあ、夜のイベントならば防災体験にも適しているんじゃないか”と。それを聞いたとき、素晴らしいアイデアだと思いましたね。
川崎市との良好な関係
行政が受け身ではなく、積極的にアイデアを出しているあたりが面白い。
フロンターレは川崎市と良好な関係を築いてきた。1997年にクラブ発足した当初は親会社・富士通の色が濃く、「富士通フロンターレ」と揶揄されたものである。しかし、2001年のJ2転落を機に地域密着型にシフト。川崎市が資本参加し、ファンクラブも市と各種団体で組織される後援会で運営されるようになった。
市とクラブが市民のためにお互いを利用する関係性。フロンターレも新人選手の商店街あいさつ回りや選手による絵本の読み聞かせ会の開催など、市民に溶け込む取り組みを地道に行ってきた。
良好な関係性があるからこそ、「お泊り企画」は実現に至ったと言える。
選手のシャワールームも体験
──実際にイベントをやってみての感想はどうでしょう? スタジアムの照明を落とした暗闇の中で防災体験が行われ、「星空観測会」ではベガ(織姫星)、アルタイル(彦星)もはっきり見えたとか。
新しいメインスタンドで普段、選手が使うシャワールームを使用するなどスタジアム体験も参加者にとっていい思い出になったのではないでしょうか。
雨だけが心配だったのですが、晴れたので良かったです。参加者の皆さんには喜んでいただけたかなと思っています。選手と同じようにお湯と水の浴槽を交代で入ってもらう交代浴も体験してもらったり、選手のロッカールームを使ってもらったり……。
テント、望遠鏡、シャワーのアメニティなど企業の方にも協力をいただき、楽しいイベントになりましたね。
陸上トラックを生かした
──このイベント一つ取っても、等々力陸上競技場という箱を、最大限にうまく利用している印象があります。
スタジアムは言うまでもなく、試合を観る場所。でも僕らの中では観戦場所であるとともに、週末の余暇を楽しく過ごしてもらう場所でなければならないと思っていて、そういうものをつくろうとフロンターレとしてはいろいろと考えているわけです。
日本のサッカースタジアムは、陸上競技場との兼用が多くてトラックがある。ガンバ大阪のようにサッカー専用スタジアムができて、それが新しい流れになってくるかもしれない。
でも、今はまだJ3を含めて兼用のスタジアムがほとんど。じゃあ兼用だからこそできる企画っていうのもある。サッカー専用だったら、テントを張るといってもピッチに杭を打つことはできませんよね。でも、等々力にはトラックがあるからそこでテントを張って宿泊ができるので。
話題性、地域性、社会性を大切に
──トラックにスーパーフォーミュラカーを走らせるイベントも、サッカー観戦には不向きなウイークポイントを逆手に取ったアイデアです。
サッカー専用のスタジアムじゃないけど、こういうことだってできるんだよってことを示していきたい。サッカー専用じゃないなら楽しくないみたいな論調を、払拭(ふっしょく)できればいいですよね。
やっぱり(クラブは)競技力だけじゃない存在意義を持たなきゃいけないって思っています。川崎市は都心にあって、地域で人間関係を築くのも簡単じゃない。フロンターレがイベントを考えるときに大切にしているのが、話題性、地域性、社会性。
スタジアムを有効活用しながらそれらを大事にすることで、地域のつながりに少しでも貢献できればいい。そして、とにかくみんなの笑顔を見たい、ハッピーになってもらいたい、スポーツの可能性を引き出したいというのが根幹にはあります。
せり出した2階席へのこだわり
──メインスタンドの改修も市民22万人分の署名で実現した流れがあります。そのスタンドで言えば、せり出すかたちになっている2階席はピッチになるべく近づけて、見えやすくしたいという意図がよくわかります。
しかし陸上大会のフィールド競技が行われた場合、場所によっては見えにくいところも出てきます。市や陸連の理解を得ながら、魅力あるスタジアムづくりにこだわったのがうかがえます。
観客席の角度はすごくこだわった部分。われわれとしては夜遅くまで協議して、スタッフが各方面にフロンターレの意見を熱心に伝えてくれました。
ただ、決めるのはあくまで川崎市です。フロンターレの希望をのんでいただいたことには各方面に感謝したいです。
来年のテーマは宇宙
──スタジアム効果もあって、今年は観客動員がグンと伸びました。
今年に関しては新しいスタジアムを一度見てみようかっていうのもあると思うんです。ただ、競技力以外のところで価値を見いだしてもらってるんじゃないかなという気もしています。
──さて、来年はクラブ発足20周年。「記念事業実行委員会」も立ち上がりました。フロンターレらしいアッと驚くサプライズ企画があると思うのですが。
もちろん、大きなイベントを考えています。ただ、今はまだ何もお話できないんです、ごめんなさい!
──じゃあ、テーマだけでもお願いします。
宇宙!
──えっ、宇宙!!
今はこの一言でご勘弁ください。ただフロンターレとしては、まだ日本でやれていないことを真っ先にやりたい。お泊りイベントもそうですけど、フロンターレがやれるんだったら、ウチもやってみようかっていう参考例になればいいと思ってます。20周年を迎える来年は、皆さんの想像を超えるような、どでかいイベントができればいいなと思っています。
牧場、スーパーフォーミュラカー、天の川ときて、今度は宇宙。
規格外のイベントが、川崎フロンターレそのものの魅力になっている。
(写真提供:川崎フロンターレ)