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株や為替は敬遠するのに保険のことは過信

投資に対して懐疑的すぎる妻に困っている

2015/11/11
NewsPicksには、さまざまな分野で活躍する有力ピッカーがいます。そんなスターピッカーに「ビジネスや人生の相談をしたい」という要望に応えて、相談コーナーを設けています。人生の悩みにお金の心配や不安はつきもの。長年ファンドマネージャーとして活躍したエコノミストの山崎元氏が、皆さんから寄せられた相談に、ユーモアを交えながらも深刻にお答えします。

【山崎先生への相談】

妻は、私が貯蓄を株式などの投資に回そうとするとガンとして反対します。「金をただ眠らせているのは機会損失だ」ということを説明しても、「株価が一気に下がったらどうするの」「FXで破産したっていう人を知っている」などといい、絶対に聞き入れてくれません。我が家の家計は妻が握っており、私の一存で動かすことはできません。アベノミクスの恩恵を受けている周囲の同僚たちをうらやましく眺めるだけでした。

同じく、「保険」に対しても妻は保守的です。FPなどの分析によれば、貯金が300万〜500万程度あればガン保険はいらないそうです。一時的に医療費を払えば還付されて返ってくるというしくみを何度説明しても、妻は納得してくれません。「何かあったときに安心」だと固く決めつけており、折れてくれません。私はどうしたら貯金を有効活用できるのでしょうか。
(メーカー・30代・男性)

「損!」が嫌いな心理を利用しましょう

投資に消極的な人に、いかに投資に向かってもらうか。お金の運用解説本の著者であり、証券マンでもある回答者としては、生活に関わるともいえる重要なテーマです。

ただ、実は、回答者は、リスクを取りたくないと思っている人を、無理やりリスク資産運用に誘うことが好きではありません(はっきり言ってリテールの金融マンには向いていません)。投資は、社会や他人のためではなく、あくまでも自分のために行うものだし、投資に絶対はありません。

ちなみに、金融業界でよくある「手口」は、「老後不安」か「インフレ・リスク」のいずれかで脅して、他人を投資に向かわせるものです。

すなわち、老後の生活にはお金が掛かりこれに対応するには預金等の利回りでは不足なのだと試算してみせたり、インフレには株式と外貨を持っていなければ対抗できないと説得したりするのです。

これらの考え方には一面の妥当性はありますが、確かな真理とは到底言えません。

例えば、株式投資が、完全なインフレヘッジになるとは、理屈上も言えません。ただ、ある程度のヘッジになり、運用として割合有利な傾向があるといえるだけです。「リスクは嫌だ」「私は投資などやりたくない」という人を説得するのは、人間としてやり過ぎです。「やりたくなるように誘う」というレベルが倫理的な限界です。

老後の安心のためと誘導を

しかし、相談者の場合、半分は自分のものであるはずのお金を運用したいのですし、万一運用で失敗した場合には、将来の稼ぎと節約でこれを補う覚悟があるのでしょうから、今回は、多少「加勢」してもいいような気持ちになります。

奥様の場合、相談者と近いご年齢だとすれば、物心ついてからの人生はおおむねデフレの中で過ごされているので、「インフレ・リスク」はあまり心に響かないでしょう。基本的には、「老後の安心のために、長期運用しよう」というコンセプトで誘導するのがいいように思います。

この場合、有望な手段として考えられるのは、確定拠出年金(DC)とNISA(少額投資非課税制度)です。奥様はとりわけ損が嫌いなご性格と拝察します。DCやNISAのような税制上メリットがある制度を使わないのは「損だ」という説明が効果的ではないでしょうか。

特に、DCは、運用益に対して非課税であることに加えて、年金の掛け金が所得から控除されるので(所得税、住民税が課税される前の給与から年金掛け金を払うことが出来ます)、安定した収入がある場合、ほぼ「確実に儲かる」といえます。

例えば、相談者のお勤めの会社が厚生年金に加入しているだけの会社で独自の企業年金制度を持っていない場合、相談者は「個人型」と呼ばれる確定拠出年金制度を利用することができて、税引き前の給料から毎月2万3千円まで積み立てることができます。年間では、27万6千円になるので、仮に所得税と住民税を合わせた限界的な税率が20%だとしたら、年間で5万4千円強の節税になります。

加えて、DCの中で稼いだ運用益は通常の運用益に掛かる20%強の税金が非課税の状態で複利運用ができるので、運用の器としても「得」です。

近年では、会社が「企業型」の確定拠出年金制度を用意している場合があります。この場合は、できるだけ大きな金額で利用しましょう。いずれにしても、ご自身がどのような年金制度を利用可能であるかを確認してみてください。

着物でご機嫌をとって納得させる手も

NISAは、1人120万円まで(現在100万円、来年から120万円)の投資の利益が向こう5年間非課税になる制度です。相談者の場合、相談者分と奥様の分とを合わせて240万円まで投資できます。確定拠出年金の所得控除のような、使わないと実質的に損だというほどのメリットはありませんが、使わないのは「もったいない」有利な制度です。

たとえば、相談者にお子様がいらっしゃるとして、お子様の入学式や卒業式に奥様が着ていく着物の代金にしていいから(着物でなく、ドレスと宝石でも、海外旅行でも構いません)、一緒に投資しないか、と持ちかけてみるのはどうでしょうか。

仮に相談者が「妻の着物に120万円は高い!」と思うのであれば、いささか理解が浅い。金銭感覚はご家庭により、人によりさまざまでしょうが、洋服でも着物でも、「よそ行き」に着るものはどのみち必要になります。その種のものは、ほどほどの値段で済ませると「全く」感謝もされず印象にも残らないので、「高め」だと思うものを買う方が費用対効果上むしろ効率的です。

これで、奥様のご機嫌が日ごろから良くなる可能性もあります。考えようによっては、奥様名義のNISAに放り込むお金こそが、最も利回りの高い投資となるでしょう。

医療保険は力ずくで阻止せよ

一方、ガン保険をはじめとする医療保険については、場合によっては奥様を罵倒しけんかする覚悟で、そのばかばかしさを説明し、「この保険料を、貯金しよう!」と提案し、「愚かで著しく不利な賭け」から早く降りてください。

(1)健康保険の高額療養費制度があるのでガンの手術などで大きな医療費支出があっても十分対応できる

(2)日本の医療保険の保険料が医療費に対して著しく割高である(情報開示が無いこと自体消費者保護として大問題ですが、某保険の専門家によると医療費の期待値の2倍以上の保険料という試算もあります)

(3)主に入院1日当たり○万×千円という医療保険の支払いがいかにも中途半端である(入院日数は短縮傾向にありますし)

これらを説明し、「われわれは損をしている! お前は頑固でバカだ」と連日言い続けて、力ずくで説得してください。

相談者が、投資の場合と異なりこれだけ明白な損得を説得できないような「恐妻組合員」なのだとしたら、人生で主体性を発揮することを一切諦めるべきです。

なお、NISA口座の開き方(銀行でなくネット証券に開くべし)、何に投資するか(内外の株式のETFがベストです)、また個人型確定拠出年金の口座の開き方や運用方法などは、今週発売予定の拙著(大橋弘祐氏と共著)「難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!」(文響社)に易しく書いておきました。本屋さんで立ち読みしてみてください(立ち読みでも十分わかると思います)。

共著者の大橋さんは、30代の男性ですが、相談者の奥様と同じく投資に消極的な人でしたが、彼を投資に誘い、ネット証券でインデックスファンドを買い、NISAと確定拠出年金の口座を開くところまでのやりとりが書かれています。

ところで、この本には、ネット証券で投信を買う発注方法、NISA口座開設の手続き、確定拠出年金口座の開設手続きなどが、PC画面や書類の書式も含めて具体的に書かれていますが、その全てが、回答者が勤める楽天証券の最大のライバル会社であるSBI証券のものであるという、サラリーマンとしては大変キビシイ本になっています。著者を笑ってやってください。

山崎氏に相談をしたい方はこちらまでご連絡ください。

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。