メディアコーチの教え・前編
メディアコーチが選手に教える基礎とタブー
2015/11/10
政治家、経営者、選手にメディア対応の仕方を教える「メディアコーチ」という職業がある。
オーストリアサッカー界のエリート養成講座「ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー」では、3日間にわたってメディアトレーニングの授業が行われた。そのときに講師を務めたのが、同国で最も有名なラジオパーソナリティ、ゲルハルド・プロハスカだった。
プロハスカは法律とコミュニケーションマネジメントを大学で専攻し、1991年にオーストリア国営放送局に入社。朝の人気ラジオ番組を担当し、長年にわたってW杯や五輪のラジオ実況を務めてきた。
その傍らメディアマネジメント専門学校で講師を務め、「メディアコーチ」としての顔を持っている。オーストリアにおける「しゃべり」の第一人者だ。
僕たちのメディアトレーニングの授業は、ウィーンの一等地にある収録スタジオで行われた。
服装で信用度が変わる
まずはサッカー外の業界のインタビューが、教材に使われた。
優れた弁護士が、裁判について持論を展開するインタビューなのだが、服装があまりにもラフすぎて信ぴょう性に欠けているのである。
一方、別の弁護士は深い話をしていないにもかかわらず、スーツを着こなし、本棚の前で本を片手に話しているので、その雰囲気とジェスチャーだけで信頼感を与えていた。
最近の政治家は、場所、服装、身振り手振りを計算してインタビューに臨んでいる。同様に選手、監督、経営者も、どのような印象を与えたいのか、そしてどのようなメッセージを伝えたいのかを、きちんと考えて臨まなければならない。
ちなみにドイツ代表をブラジルW杯優勝に導いたヨアヒム・レーブ監督は、メディアコーチを雇い、徹底的にバーデン地方の訛りを直してきた。細部までこだわっているのは戦術だけではないのだ。
ラジオとテレビの違い
メディアによって、意識すべき点を変えることも重要だ。
ラジオインタビューでは声しか聞こえないため、声の演出にすべてがかかっている。心地よい声で、うまく抑揚をつけて話すことがポイントだ。
これに対してテレビインタビューでは、視覚的な効果と聴覚的な効果のバランスを取る必要がある。声のトーンだけではなく、表情やボディーランゲージをうまく使う必要がある。
日本ではあまり大きなボディーランゲージは良しとされない傾向があるが、ドイツ語圏の場合、ボディーランゲージが少ないと、話し手があまり心を込めて話していないように感じる傾向がある。そのため、ボディーランゲージやジェスチャーは、それぞれの文化に合った、適切なかたちで取り入れていく必要がある、とプロハスカ氏は話していた。
大衆紙なのか、高級紙なのか
新聞や雑誌のインタビューでは、まずどんなメディアなのかを理解する必要がある。
イエロープレス、高級紙、専門誌……。自分のメッセージをしっかりと伝えるためにも、どのようなメディアに話をしているのかを、事前に理解しておかなければならない。
今後は多方面に影響が及ぶネットメディアへの理解が、今まで以上に重要になると学んだ。
選手激怒の伝説のインタビュー
もちろんサッカー選手のインタビューも、教材として取り上げられた。その中で最も印象に残ったのは、選手が激怒した伝説のインタビューだ。
2005年2月27日、ミシャ・ペトロヴィッチ監督(現浦和レッズ監督)率いるSKシュトゥルム・グラーツが、グラーツァーAKとのダービーに0-4で惨敗したときのことだ。インタビュアーと選手のやりとりは以下のようなものである。
インタビュアー:主審が試合終了の笛を吹いたとき、あなたはうれしかったのでは?
選手:なぜそんな質問をするんだ? 説明しろ!
インタビュアー:これ以上失点しないですむ、とホッとしたのでは?
選手:0-4で負けて大きく祝うとでも? 私は試合を決定付けるミスを犯した。それは認めよう。これ以上説明する必要はない。今のような質問を私にぶつける必要はないはずだ。
インタビュアー:試合中に恐怖を感じていませんでしたか? 少なくとも試合終盤にそのような印象を受けました。
選手:(数秒の沈黙後)ばかげている! もっとましな質問は思い浮かばないのか?
インタビュアー:なぜ、あなたが攻撃的になるのか私には理解できませんが……。
選手:たった今、0-4で負けたのだ! もっとましな質問が思い浮かばないのか?
インタビュアー:とにかくありがとうございます……。
このように礼儀を欠いた質問者がいることを、選手は知っておく必要がある。感情に流されてカメラの前で激怒したら、相手の思うつぼだ。
トレーニングによる没個性が問題
とはいえ、あまりに模範的過ぎると没個性に陥る……という難しさもある。
元ドイツ代表のマリオ・バスラーやシュテファン・エッフェンベルクは、問題発言を連発して、メディアを騒がせてきた。
それに比べて、フィリップ・ラーム、マヌエル・ノイアー、マルコ・ロイスは「優等生発言」が多く、強烈な個性が足りない。
過去の名選手を懐かしみ、「メディアトレーニングによって個性が失われている」と嘆く声があるのも事実だ。
危機的状況をシミュレーション
実践として、インタビューのトレーニングも行われた。
受講者が最も追い込まれたのは、「あなたのクラブで八百長があったようだが、クラブのGMとしてどのような対応をしているのか」という設定の電話インタビューだ。
プロハスカ氏の聞き方があまりにも巧妙で、受け答えをした受講者は10分後には汗だくになっていた。
投げかけられた質問は以下のようなものだ。
Q:あなたのチームが組織的な八百長に絡んでいるという話が出ていますが、事実ですか。
Q:今あなたが、クラブを代表して答えなくても、どうせ事実が表面化しますよ。あなたもクラブを代表して、はっきりとクラブとしてのスタンスを述べたほうが得策ですよ。どうですか。
Q:クラブの代表としてあなたも責任を取る必要があります。どのような対応を考えているのですか。
Q:もう一度確認しますが、クラブ内ではすでに八百長があったことを確認できているのですよね? もしできていないのであれば、それはあなたがGMとしてクラブ内のことを管理できていない、ということになりますよね?
Q:あなたも組織的な八百長が犯罪であることはわかっていますよね。ここで曖昧な発言をするということは、犯罪をほう助することになるのではないですか。
Q:私はあなたの今後のために言っているのです。八百長に関わった選手をかばうのではなくて、はっきりとした態度で発言したほうが良いのではないですか。
というかたちで約10分間、畳み掛けられる。答えづらい質問ばかりで、答えれば事実かのようになってしまうトリッキーな質問も多い。
確認が取れていないことまで事実かのように話しかけられると、インタビューされている側も事実かのように思い込まされてしまう。
あくまで「事実確認が取れていない状況」という設定で、「まだ確認中です」「答えられません」「ノーコメントです」と回避すべきなのに、受講生は途中から肯定するようになってしまった。
このようなクラブの損失につながる状況のメディアトレーニングは、多くのサッカー関係者に必須のものだろう。
*「メディアコーチの教え」の後編は11月12日(木)に掲載予定です。