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荒木重雄インタビュー(第3回)

目からうろこが落ちたボビー・バレンタインからの言葉

2015/11/4

今年のサッカー界のトピックスに大阪と長野の新スタジアムがある。

大阪・吹田市に完成した「市立吹田サッカースタジアム」では、ガンバ大阪が指定管理者制度を取っている。2006年に「茨城県立カシマサッカースタジアム」の指定管理者となった鹿島アントラーズなど、いよいよJクラブも本格的な“クラブ+スタジアム”の一体経営の時代に突入していく。

野球界で先陣を切ったのは千葉ロッテだった。驚くべきはその成果で、2006年に指定管理を取得して、たった3年間で380%の売り上げアップを達成。それを支えたのが、当時事業本部長の荒木重雄氏だった。その先見性とアイデアは、一体どこからくるのだろうか。

インタビュー最終回となる今回は、荒木氏がスポーツ業界の未来を語る。

第1回:野球界のイノベーターが明かすロッテ改革の舞台裏
第2回:日本のスポーツビジネスを180度変えたロッテ改革の神髄とは
荒木重雄(あらき・しげお) 1963年9月9日生まれ。1986年にIBMに就職し、ドイツ系通信会社の日本法人代表を経て、2005年に千葉ロッテのフロント入り。その後、パシフィックリーグマーケティングで取締役を務めた。現職は、SPOLABo代表、草野球オンライン編集長、千葉商科大学特命教授、A+代表、ホットランド取締役、NPBエンタープライズ執行役員、スポーツビジネスアカデミーで理事

荒木重雄(あらき・しげお)
1963年9月9日生まれ。1986年にIBMに就職し、ドイツ系通信会社の日本法人代表を経て、2005年に千葉ロッテのフロント入り。その後、パシフィックリーグマーケティングで取締役を務めた。現職は、SPOLABo代表、草野球オンライン編集長、千葉商科大学特命教授、A+代表、ホットランド取締役、NPBエンタープライズ執行役員、スポーツビジネスアカデミーで理事

「もう一人、もう一回」戦略

──荒木さんはアイデアマンでいらっしゃいます。ロッテ改革やパシフィックリーグマーケティング(PLM)の立ち上げなどで得た知見をアレンジして、Jリーグで応用できないでしょうか。

荒木:ロッテで行った「洋服のサイズ戦略」は、いわばステークホルダー別戦略。球団を取り巻くステークホルダーごとに、それぞれの特徴を生かしたキーワードを掲げ、具体的な施策に落とし込み、実践し、そして情報発信をしていく。そして、それらのステークホルダーごとの戦略を有機的に結合し、球団全体としての“改革ストーリー”を描くことに力を注ぎました。

その一方で、球団ビジネスのすべての起点はスタジアムに足を運んでいただけるファンですから、集客という部分においてはより深い戦略を持って臨みました。それが、「もう一人、もう一回」戦略。簡単に言いますと、新規のお客さまをもう一人獲得する戦略と、一度来ていただいたお客さまにもう一回来ていただくリピーター戦略は、まったく別物として捉えました。

「もう一人」については以前にも述べた徹底したプロモーション戦略、「もう一回」についてはCRM(顧客関係管理)戦略です。そして、メディアとの連携による情報発信体制の構築。前者はマスメディアを使った話題の伝播(でんぱ)。後者はインハウスメディア(球団メディア)を使った試合情報、選手情報、球団情報の発信といった具合です。

また、試合の勝敗だけをチームの中心に置くと長続きしません。勝敗は不確実性が高い。チームの「勝ち」ではなく「価値」に重点を置きました。

──試合の勝敗以外の部分でもお客さまに楽しんでもらおうということですね。アメリカは4大スポーツもメジャーリーグサッカーも、同じ考え方をしています。

新しい取り組みや、試合以外のコンテンツとの融合も大切だと思っています。そのためには、外の血を入れること。私は野球“界”ではなく、野球“業界”であるべきだと考えました。

これは野球だけでなくほかのスポーツにも言えることかもしれませんが、“◯◯界”というのは内向きの独特な世界で、ステークホルダーも内向きになってしまう。それが“業界”になった瞬間にステークホルダーが外にいて、外とのコミュニケーションが非常に重要になってくる。

外から「関わりたい」と思わせる仕掛けづくり、情報発信が肝だと考えていました。そのためには人材。これに尽きます。経済も企業も人材の流動化なくして改革や発展はないと思っています。

ボビー・バレンタインの言葉

──ロッテといえば、「8時間滞在ビジネス」や「ボールパーク」で有名となりました。試合の勝敗だけでなく、丸1日楽しんでもらえるスタジアムのアミューズメント化です。

それには「縦軸」から「横軸」という発想の転換が必要です。「縦軸」とは観客動員数で去年は100万人で、今年は120万人になったというような延べ人数のことで、それ自体は当時、あまり重要視しておりませんでした。

それに対して「横軸」とは、お客さまが何時間球場に滞在したかという時間をKPI(重要業績評価指標)にしました。この発想が「ボールパーク化構想」につながります。

試合に依存しないためのサービスの開発。その解が「ファンサービス」でした。勝った負けたではなく、お客さまに楽しんで帰っていただけるようにする。かつての指揮官であったボビー・バレンタイン元監督が言っていました。

「優勝するチームだって、10回試合をしたら4回は負けるんだぞ。その4回をどうやって楽しませるかが重要だ」と。その瞬間、目からうろこが落ちましたね。

瞬間的な風と継続的な電力

──荒木さんがビジネスで最も気をつけているところはどこでしょうか。

風力発電ですかね。

「瞬間的な風(強化)を継続的な電力(経営)に変えていく作業(風力発電)」。これがスポーツビジネスのインフラだと思っています。

今回のラグビーW杯における日本代表がいい例ですね。まさにスポーツの力を見せつけられました。あのように歴史的な勝利をつかむことで一気に注目を浴びることになります。これが「瞬間的な風」です。

しかし、スポーツビジネスの難しさは、その風を放っておくと時間とともにその風がやんでしまう。つまり、その風を受け、電力に変える装置が必要なんだと思います。

──なでしこジャパンを長く取材している者としては痛いほどわかります。

風を吹かせるための装置というのは、強化にあたります。チームを強くしなくてはいけない。ここはスポーツの根幹です。そして重要なことは、その瞬間的な風を継続的な電力に変えていく必要があることです。これが経営となります。

この流れで風力発電が成り立ちます。強化によって風を吹かせて、その風を蓄積して継続的な電力に変える。電力に変えたらさまざまなサービスを生み出して、おカネを生む。そしておカネを強化に使って、次の風を吹かせるのです。エネルギーに変える電力装置こそ、スポーツにおける経営なんだと思っています。

つまり、風を吹かせるのが現場である競技系のミッションで、電力装置が事業系のミッションになるわけです。

もっと本質的なことを言うと、「追い風」も「向かい風」も、つまり勝っても負けても電力を生み出す装置を持っていないといけません。スポーツでは多くの連敗も蓄積できる風の一つで、実は事業的にチャンスだったりします。

たとえば「ドーハの悲劇」。ものすごい向かい風ですけど、電力に変えることで大きな原動力となりました。瞬間と継続の組み合わせ、これこそがスポーツビジネスの醍醐味(だいごみ)です。

東京五輪後のスポーツ業界

──そんな中、5年後には東京五輪がやってきます。

今度の東京五輪は今までに経験したことのない大会になると思っています。前回の1964年に行われた五輪はコマーシャルナイズされていませんでしたが、今回は違います。日本のスポーツ業界にとって、これまで経験のない莫大なおカネがスポーツ業界に投下されます。それによってモノもできてくるでしょう。

しかし、問題は、ヒト・モノ・カネで言うところの「ヒト」。主役は誰か、ということ。スポーツ業界の外側にいる人も頑張るでしょうが、中の人が主導してやれるかどうかです。業界の中と外で連携してやらないと、スポーツ産業は2020年以降、絶対に発展していきません。

そのために5年間で急激に中に人を投入するべきだと思っています。肝心なのは2020年以降です。産業化されて、素晴らしいスポーツ業界が2020年にできたという前提において、当たり前のように大学生などの若い世代が、そこを目指す、そこで働ける環境ができていないとダメだと思っています。

スポーツ業界が、ほかの人気業界と同様、若者にとっての希望就職先の一つとしてエントリーされること。そして、業界の中の人材を育てていく環境ができること。この2本柱が絶対に必要になります。

2020年、最大の強風が吹いて終わり、という状況を何が何でも避けなくてはなりません。千載一遇の機にどう対処していくのか。それには人しかないと思っています。サービス創造の源泉は人ですから。

共感する同志を集めていきたい

──その中で、10月22日にスポーツビジネスアカデミー(SBA)の第1回セミナーが行われました。SBAの発起人である荒木さんと、ニューヨークに拠点を置き、スポーツマーケティングの分野に特化したコンサルティングファームである、トランスインサイトの鈴木友也さんとの討論はチケットが完売。NPBとMLBのビジネスを扱った内容も白熱したもので、受講者も熱心に聞き入っていました。

第1回でも話しましたが、私自身がスポーツマネジメントスクール(SMS)をきっかけに野球界へ入りました。そこではビジネスとスポーツを掛け合わせて、体系化されたものを教えてくれました。そして、今から5年後に2020年の東京五輪があります。恐らく、まったくスポーツビジネスをやろうと思っていなかった人たちが、五輪をきっかけに大きな興味を持ってやって来ることでしょう。

アメリカではスポーツビジネスは“ドリームジョブ”といわれています。千葉ロッテのときも2005年に人材募集をしたら10のポジションに1100人の応募がありました。東北楽天ゴールデンイーグルスができたときも、球団職員の募集になんと8000人の応募がありました。

SMSを修了したことで、その履修生ネットワークが今の財産になっています。こういうネットワークをもっと強化していきたい。「2020年はやっぱり人材だよね」と共感してくれる同志を、一人でも多く集めていきたいですね。

SBAのセミナーでは、鈴木友也氏とともに日米の野球ビジネスを深く掘り下げた(写真提供:SBA)

SBAのセミナーでは、鈴木友也氏とともに日米の野球ビジネスを深く掘り下げた(写真提供:SBA)

スポーツビジネスの“日本代表”

──荒木さんがほかにもスポーツ界でやってみたいことはありますか。

笑わないでくださいね。プロ野球もサッカーもオリンピックも、それぞれの競技に“日本代表”がある。各チームやクラブのスペシャリストが集まって日本最強のチームが編成されている。なんで競技系があって事業系にそれがないのかと。つまり事業系、スポーツビジネスで“日本代表”をつくれないかと。

──それは面白いですね。

球団の事業本部の中にチケットセールスのプロがいる。ファンサービスのプロもいる。スポンサー営業、放送権、広報のプロもいる。現場では強化・育成、スカウティング、分析、メンタルのプロがいます。それら第一人者を日本代表として編成したら、どんなフロントラインができるのか。考えただけでもワクワクします。そういった日本代表ができないかと考えています。

SBAをそんなバーチャルの組織体にして、競技間の壁を超え、各方面からスペシャリスト、プロフェッショナルが集結し、講義やその後のフィードバックを通じ、受講生と講師、受講生同士、講師同士の化学反応が起き、日本のスポーツ界にイノベーションが起こせたら素晴らしいな、と思っています。

(撮影:福田俊介)