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Chapter3:「教える」教育と「考える」教育

アジア型詰め込み教育、北欧の「考える」教育

2015/11/4
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第6弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.6「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド/日本人の海外シフトの現状と課題〜』(初版:2015年7月17日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
大前研一特別インタビュー前編:「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド(9/14)
大前研一特別インタビュー後編:これからの若者は、好きな場所で好きな仕事をすればいい(9/21)
本編第1回:21世紀型、答えのない時代の教育とは(9/30)
本編第2回:日本人のアンビションを奪ってきた「偏差値」(10/7)
本編第3回:世界各国はいかに、競争力を高める教育を実現したか(10/14)
本編第4回:トップ大学を擁する米国教育、その光と影(10/21)
本編第5回:出入り自由、転学も自由のドイツの「デュアルシステム」(10/28)

日本の教育は「中途半端」

図-19を見ていただきたい。OECD加盟国の15歳の生徒の学習到達度調査、PISA(Program me for International Student Assessment)の結果の推移を一覧にした表です。これを見ると、この10年間で日本の順位は大幅に下がっています。上位に国名が挙がっているのは、主にアジアか北欧のフィンランド、あとはカナダとニュージーランドですね。
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北欧と韓国では、この10~15年ほどの間に、教育制度が大きく変わりました。世界の初等・中等教育には二大トレンドがあって、一つはアジア型詰め込み主義。日本が高度成長期に取り入れ、現在の韓国で行われているような「詰め込み」教育です。もう一つは、北欧型の「考える」教育。日本はどっちつかずのまま、中途半端な教育システムになっています。従来のモデルから脱却しきれず、方向性が定まっていないのです。

「中国」ではなく「上海」が統計に含まれる理由

図-19、2009年の調査結果を見ると、いずれも上海がトップです。ここで「中国」ではなく「上海」が統計に含まれていることに注目してください。科挙、昔の中国の官僚選抜試験に合格するのは、浙江省と江蘇省の人が圧倒的に多かったのです。いずれも上海市周辺の地域ですね。

この地域は古くから、中国国内でも群を抜いて高い教育レベルを誇っていました。日本への留学生も、上海市の人が一番多いのです。このような背景があるので、教育関連の国際統計には、上海市が自主的に参加するようになっています。

ここ15年で飛躍的に英語力を伸ばした韓国

韓国では、1997年末の通貨危機を経て、グローバル化、IT化、英語教育を柱に、当時の金大中政権が大改革をしました。韓国人は日本人と同じくらい英語が苦手でしたが、小学校からの英語教育が必修化され、現在では英会話力が飛躍的に伸びています。

TOEICなどのスコアがかなり高くないと、韓国の大企業には入社できません(図-20)。ここ15年ほどの間に、ソウル大学に入って官僚になった人たちは、みんな英語が話せるという状況です。
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韓国では、大学を卒業しても半数が就職できない

図-21を見ていただきたい。韓国では、大学進学率(2011年)が86.3%と非常に高いのですが、いいことばかりではありません。真ん中のグラフを見てください。大卒就職率(2012年)、日本は93.9%という異常な高さなのですが、韓国は56.2%、半分強です。
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右側のグラフ、若年層の失業率も高くなっており、大きな問題になっています。

韓国の大手企業に就職するためには、名門大学に入学する必要があります。その狭き門を突破するために、親たちは多額のお金を使います。結果、対GDP比で8%もの教育費がかかっている(図-22)。そのうち公的負担は4.9%。3.1%を個人が負担しています。国内で名門大学に入学できないとなると、子供の留学のため、母と子が米国に移り住みます。
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父親が韓国で働き、米国の家族に仕送りをする。この傾向が、韓国から米国に留学する人が増える要因にもなっています。

シンガポールのエリート教育

もう一つ、アジア型詰め込み教育の例として、シンガポールをご紹介します。資源のない小国のシンガポールでは、国家の最大の資源は「人材」であるとして、二言語教育、能力主義を徹底しています。小学4年生からクラスは能力別編成、点数に応じて中学校が振り分けられ、さらに中学卒業時の成績で進路が決まるという、超エリート主義で優秀な人材を育てています。

幼稚園から起業家を養成するフィンランド

ここまでアジアの「教える」教育について述べてきましたが、対する「考える」教育とはどのようなものか。北欧の例を見ていきます。フィンランドでは、1990年代の経済危機の際、人口550万人に満たない小さな国に閉じ込められていたら自分たちの将来はない、世界で活躍できる人材を育てようということで、この「考える」教育に舵を切りました(図-24)。
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優秀な企業を増やしていくために、幼稚園から「起業家養成コース」を設けています。具体的に何をするのかというと、幼稚園児を連れて青果店に行きます。そして、店のおじさんがどうやってお金を稼いでいるのかを考えさせるのです。

仕入れをし、その代金を払う。お客さんが来て、野菜を買う。そういった一連の過程を実際に見て、「売れ残った野菜が棚の上で腐ってしまえば、このお父さんと家族は食べていけないですね。では、どうすればいいでしょう?」という議論をするのです。損が出ないように青果店を経営していく方法を考える教育です。

次の機会には果物店に行って、儲けが出る方法を自分で一から組み立ててごらんという課題を出します。お金を稼ぐというのはどういうことか、商売の仕組みはどうなっているかという答えのない問いを、みんなで議論してじっくり考えるのです。

「教える」教育と「考える」教育

図-25は、「教える」教育と「考える」教育の違いを図説したものです。左側の「教える」教育では、「2+3はいくつ? 答えは5です。分かりましたね」と先生が生徒に教えます。正解なら○、間違っていれば×です。

一方、右側の「考える」教育では、〇も×もないのです。「5とは何だろう? リンゴが5つあったらどう分ける?」と、そもそも問いの立て方が違う。0+5でもいいですし、3+2でも、いくつ答えがあってもいい。目的によって議論の方向性も、答えも変わってきます。それをクラスでディスカッションするのが「考える」教育です。
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「考える」教育は記憶に残りやすい

「考える」教育は、思い付きで導入されたわけではなく、科学的根拠があります。図-26を見ていただきたい。学習方法によって、人間の記憶率がどう変化するかを表しています。講義を受けた人の平均記憶率は5%、読んだものは10%、視聴覚教材を取り入れると20%、実験機材などを使うと30%。ここまでが、通常の日本の教育です。
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一方、北欧の「考える」教育は図の下半分が中心です。グループ討論の平均記憶率は50%。「青果店に行った」「果物店に行った」など、体験を通じた学習が75%。「君はもう分かっているようだから、この人に教えてあげて」と他人に教えると、記憶は90%残ります。つまり科学的に、「考える」教育は記憶が残りやすいのです。

この図を見ると、日本の教育方法の欠陥が一目瞭然です。日本では試験の〇×によって偏差値が決まり、人生が決まってしまうため、必死で暗記をするわけですが、記憶が定着しない学習方法ばかりですから、試験が終わると同時に記憶が消えてしまいます。

北欧がなぜ「考える」教育にシフトしたか、もうお分かりいただけたと思います。教えない、「考える」教育によって、試験のためだけではない、実際に役立つ知識が身に付くのです。

ティーチャーからファシリテーターへ

「考える」教育においては、教師の役割も変わります。デンマークでは“Teach”という言葉を教室で禁じました。答えがあるからTeachするわけで、答えがないときにTeachすることはできません。Teacherという言葉、Teachという概念を否定するところからスタートしたのです。

その考え方で言うなら、日本語の「先生」という言葉も適切ではありません。先に生まれたというだけで、教える力があるとは限らないですから。

30人の生徒がいるとすれば、30通りの答えがあっていいのです。答えのない問いに対し、それぞれの考え方を理解し、話し合いの中でいかに合意を形成していくか。

つまり「講義型ティーチング」から「対話型ファシリテーション」への発想の転換です(図-27)。チームで答えを導き出し、一つに絞って実行する。このような教育が、フィンランド、デンマークを筆頭に北欧に行き渡ったということです。
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スウェーデンの改革はなぜ失敗したか

スウェーデンはこの改革をさらに進めて、教育権を地方自治体や個々の私立学校に移しました。ところが、貧しい地方ではこれがうまくいかず、教育の質にも大きな差が生じて、前述のPISAでも大幅に順位を下げてしまいました(図-28の左側)。
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また、スウェーデンの公立学校は授業料がかからなかったのですが、図-28の右側にあるように、個人の選択の幅を広げるという名目で私立学校を導入しました。この結果、富裕層の子供が都市部のフリースクールを選択するようになり、教育格差が広がってしまった。

特に数学などの科目では、親の学歴が低いほど子の学力が低いという相関関係があります。スウェーデンの例からは、改革を進めると同時に国家が最低限の水準を保障することの重要性が分かります。

次回、「大前研一が考える日本の教育が目指すべき方向とは」に続きます。本連載は毎週水曜日に掲載します。

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