人間は誰しも環境の奴隷である──動かない組織を変革させるために必要なこと

2015/11/3
第19回は、朝倉氏が馬の調教や育成業務で得たエッセンスから、組織やそこで働く人々を変革させる方法について語る。

馬の育成プロセスで意識した「環境づくり」

私は10代の中ごろ、オーストラリアの競馬場と北海道の牧場で、現役の競走馬やデビュー前の新馬の調教・育成業務に従事していました。
来る日も来る日も鞍(くら)にまたがり、馬の世話をしながら自問していたこと。それは、個々の馬に対して与えるべき最適な負荷がどの程度であるかということです。
サラブレッドは経済動物です。活躍する馬は数億円単位(中には数十億円単位)で評価される一方、そうでない馬は淘汰される運命にあります。競走馬の育成に携わる者の役目は、馬主からお預かりしている馬が競走馬として大成できるよう、トレーニングすることです。
ここでポイントになるのが、負荷の与え方です。馬にとってレースは非日常の空間であり、非常にストレスがかかる体験です。こうした環境下で最高のパフォーマンスを発揮させるためには、日ごろから身体面だけでなく、精神面においても一定の負荷を与える必要があります。
反面、あまりに負荷の度合いが過ぎると思わぬ負傷を招き、競走馬としての可能性を潰すことになりかねません。「名伯楽」と称される調教師にとっては、個々の馬の適性や限界を見極め、負荷のさじ加減を調整することが腕の見せどころなのでしょう。
私が負荷を与えるうえで意識していたのは、克服すべき課題に向き合わざるを得ない環境をつくるということです。
たとえば、乗り手の制止を振り切って走りたがる馬であれば、他馬の背後につけ、前の馬が蹴り上げる土をかぶせることで、我慢せざるを得ない環境をつくります。
水を嫌がる馬であれば、あえて水たまりの上を通る進路をとり、水に触れざるを得ない状況をつくります。慣れないうちは水たまりの前でぴたっと立ち止まったり、飛び退いて抵抗したりするものです。
こうした反応に対し、自分が水たまりに入ってみせたり、水を前脚にかけるといったことを何度も繰り返し、声に出して励まし続けたりすることで、少しずつ馬を順応させるのです。
こうした細かな機会を積み重ねるうちに、いつしか以前はできなかったことができるようになります。取り巻く外部の環境を整え、意図する行動を反復させることで、課題の克服に導く。これが、育成のプロセスなのです。

期待する行動を導くためのカギ

ところで、こうした育成のエッセンスは馬に限らず、人間や集団の行動にも大いに適用し得る内容ではないでしょうか。