樋渡バナー.001

図書館改革の当事者は、いま何を思うのか

樋渡啓祐、TSUTAYA図書館問題を語る

2015/11/1
TSUTAYAを運営するCCC(カルチャー・コンビニエンス・クラブ)が指定管理者となり、洗練された雰囲気が話題を集めた佐賀県の武雄市図書館。今年8月には不適切な選書の問題が発覚し、9月には建設計画が進んでいた愛知県小牧市で、住民投票の結果、反対多数になるなど、波紋が広がっている。一連の騒動を、当事者である樋渡啓祐・前武雄市長はどう捉えているのか。武雄市内で単独インタビューを敢行した。

不適切な選書が発覚、そして住民による提訴へ

JR武雄温泉駅から市街地を歩くこと15分、渦中の「TSUTAYA図書館」は存在する。

佐賀県武雄市の中心部にある、武雄市図書館。代官山蔦屋書店を模した開放的な空間、併設するスターバックスのテーブル席付近にはBGMが流れ、コーヒーを片手に本や雑誌を読むことができる。

公共施設とは思えない、明るくて洗練された雰囲気の同館は、人口5万人の自治体としては異例の、入場者数92万人(2013年)を誇る人気スポットである。

築12年の旧図書館が全面改装され、リニューアルオープンしたのが2013年4月。指定管理者として「TSUTAYA」などを運営するCCCが運営していることでも話題を呼び、一般利用者はもちろん、全国から自治体関係者やメディアの視察が殺到した。

今では温泉を主要な観光資源をしていた街の、新たな名所としても定着し、図書館に行くための旅行ツアーも組まれているほどである。

しかし今年8月、リニューアル時にCCCが購入した1万冊の書籍に、『公認会計士第2次試験 2001』『海外金融商品全ガイド 2001』など10年以上前の実用書や、『ラーメンマップ埼玉2』など地元から遠く離れた地域のグルメガイドなど、不適切な書籍が含まれていることが発覚。市民グループが小松政・武雄市長を相手取り「武雄市図書館の業務委託は違法」として提訴する事態に発展した。

また、武雄市と同じく、CCCを指定管理者として図書館のリニューアルを計画していた愛知県小牧市では、計画への賛否を問う住民投票が10月に行われ、反対多数という結果になった。それを受けて山下史守朗市長がCCCとの契約を解消し、計画を白紙に戻すと発表するなど、TSUTAYA図書館には逆風が吹いている。

武雄市図書館の外観。内部の撮影は禁止されており、壁の至る所に「撮影禁止」のマークがある

武雄市図書館の外観。内部の撮影は禁止されており、壁の至る所に「撮影禁止」のマークがある

CCC増田会長との偶然の出会いから始まった

そもそも武雄市図書館は、前市長の樋渡啓祐氏が就任した2006年に話がさかのぼる。樋渡氏の著書『沸騰!図書館』によれば、「休館日が多い」「閉架図書が多くて使いにくい」「子育て世代が来づらい雰囲気」などの問題点を発見した樋渡氏が図書館改革をメインテーマの一つとして位置付けたことから、取り組みが始まった。

図書館の運営先を探していた矢先『カンブリア宮殿』で代官山蔦屋書店の特集を目にし、「蔦屋書店を武雄に持ってきたい」と直感。その後、樋渡氏自身が代官山蔦屋書店に足を運んだところ、たまたま現地を訪れていたCCCの増田宗昭会長に遭遇するという幸運にも恵まれ、武雄市とCCCの協業がスタートした。

建物のリニューアルはまだしも、「雑誌販売の導入」「カフェの設置」「図書館カードにTポイント機能を付加」など、小売ビジネスの論理を多分に含んだ大胆な改革案には、当然、各方面からの反発が巻き起こる。

CCCとの基本合意以降は、図書館業界や地元メディア、議会の野党議員から「これまでの武雄市図書館を壊す気か」との批判が相次いだ。ただ、アンケートの結果「新図書館構想に期待する」との意見が全体の70%を占めるなど、市民の後押しにも押され、2012年9月の市議会で、新図書館構想を盛り込んだ補正予算案が通過した。

その後も、オープン直前に市民団体が「図書館構想反対」のデモを行うなど、最後まで反発の声はやまなかったが、2013年4月のオープン初日は当初予測の3倍となる5500人以上が来場、旧図書館時代の年間最高来場者数をわずか4カ月で突破するなど、一気に人気スポットに変貌した。

99%はまともな本だということを理解してほしい

「地方活性化のお手本」「民間と自治体の力がうまく融合した好例」などともてはやされた武雄市図書館だが、前述の通り、今は逆風にさらされている。その中で、図書館改革の当事者である樋渡氏は何を思うのか。今回、NewsPicksの取材の申し込みに対し、武雄市内の事務所で答えた。

まず、選書問題を招いた原因を尋ねると、こう振り返った。

「オープンまでに時間がなかった。実質10カ月の準備期間しかなかった。それが一番の原因です。オープン直前になって棚からの本の落下を防止する安全対策が必要だと判明し、本を買う予算の3分の2を安全対策費に回さざるをえませんでした。

限られた予算の中で、中古本を選定する中で、あのような本が紛れ込んでしまったのは、市長だった僕の責任だと思います。本来、本好きが高じて365日開館の図書館をつくったのに、そこは肝心かなめの図書の選定に対して、行き届かなかった。僕の責任であると、反省しています」

反省の弁を口にする樋渡氏だが、関係者に累が及ぶのは忍びないといった表情で、こう語る。

「ただ、もともとあった蔵書を削って、変な本を入れたわけではない。関わってくれたスタッフは全員、本をこよなく愛する人たちです。その人たちと、どんな書架がいいか、図書館にどんな本があったらいいのか、とことん話し合った。武雄市図書館の司書の人たちも、腹を割ってくれた。

問題があるのはプラスの1万冊のうち、ごく一部です。99%はまともな本で、それを喜んでくださる市民の方たちがいらっしゃることも理解してほしい。僕の脇が甘かった部分は否めませんが」

日本の言論空間は危ないと思った

一方で、図書館問題に対する一連のメディア報道には、はっきりと異議を申し立てた。

「(オープンまでの)時間がない中で、一番意識したのは、まずはかたちにして見せるという点でした。百万回の議論を重ねるよりも、まずはかたちにして、皆さんの意見をいただきながら修正することが首長の役割ではないでしょうか。

ただ、一度のミスで死刑宣告をされたら、日本でイノベーションなんか起きなくなりますよ。新しいことにチャレンジしようとする気力がなくなります。だから市長時代、市の職員にもずっと言い続けました。成功は失敗からしか生まれない、って。だから、全力で取り組もうよって。

武雄市図書館のリニューアル当時は、私もCCCも、こんな誰も見たことがない図書館への取り組みは初めてでした。その分、何か間違いが起きたら、迅速に修正しようとしていたんです。新しいことを始めるときには、完成形よりも修正形のほうが重要なんです。

いまは、それすら否定する言説がまかり通っている。世の中に100%正しいことも、100%間違っていることもないんです。ジャーナリスト時代の石橋湛山が言ったようにそんな両極端な世論を中庸にもっていくのがメディアの役割だけど、メディアが率先して、白と黒に切り分けようとしている。日本の言論空間は危ないと思いました」

取材は武雄市内にある樋渡氏の事務所で行われた

取材は武雄市内にある樋渡氏の事務所で行われた

人は、見えるものでしか判断できない

ただ、選書問題が顕在化して以降、「TSUTAYA図書館」には確実に逆風が吹き始め、それが小牧市の「反対多数」につながったのは間違いない。小牧市の住民投票への見解について尋ねると、樋渡氏はあきらめ顔で、「人は見えるものでしか判断できない」とつぶやいた。

「(小牧市の結果は)仕方ないと思います。官民図書館は、これまでなかった挑戦ですし、図書館が地域に根づいたものである以上、さまざまなかたちが合っていいと思う。CCCと組んだTSUTAYA図書館は、ひとつの新たな可能性だと思っています。それがすべてではありません。しかし、それが地域文化に寄与すると思う自治体は、取り入れればいい。そうでなくても、図書文化の在り方は、自由だと思う。

小牧については、選書問題の報道も重なってしまい、ちょうどタイミングが悪かった。実は小牧では、選書というよりも42億円という巨額の予算がネックでしたので、武雄や海老名とは別問題かもしれません。もし42億円もかかっていたら、武雄でも通らなかったと思います。自治体が行政と組む理由の一つは、やはり効率化が大きな要因でしょうから。

ただ、CCCが運営する図書館は、武雄市、海老名市に続いて、来年の3月には宮城県の多賀城市でオープンする予定です。山口県の周南市でも計画が進み始めている。これらが完成すれば流れは変わると思います。人は見えるものでしか判断できないんです。

そう考えると、武雄市民は有り難かったと思います。かたちが見えないことにも、ちゃんと票を投じてくれたのですから。行政単独ではなく、企業と組むという新たな価値に、票を投じてくれたのだと思います」

引き続きCCCとは一緒に仕事をしていく

樋渡氏は市長として3期目の途中だった2014年12月、佐賀県知事の辞職に伴う知事選への立候補を表明し、武雄市長を辞職した。しかし翌年1月の選挙では、元総務省官僚の候補に敗れ、県政への転身は叶わなかった。

以後、現職の頃に比べて、メディアに露出する機会は減ったが、今はどんな仕事をしているのか。

「佐賀県知事選に落ちてしまったあと、今後、何をしていこうかと考えました。今さらサラリーマンや宮仕えは無理だから、自分でビジネスをやるしかない。そこで、地方創生のコンサルティング会社を立ち上げたり、スマホの会社の社長に就任しました。引き続きCCCとは一緒に仕事をします。僕は大学時代からTSUTAYAが大好きなので」

現に、2015年7月には、スマートフォンを利用した高齢者サポートなどを行う「ふるさとスマホ株式会社」の社長に就任している。しかし、同社はCCCモバイル株式会社100%出資の子会社であり、市長として関係の深かった企業グループに転じたことから「天下りではないか」「不見識の極み」との報道が相次いだ。

樋渡氏は、そうした批判を一笑にふす。

「天下りと書かれたときにはびっくりしました。でも、ビジネスは機能でありバリューだと思っています。結果を出さなければ、天下りといわれても仕方ないです。僕は、市長時代からやりたかったことを増田さんにプレゼンしました。一番話が早く、社会へのインパクトが大きいと思ったからです。やましいと言われるなら、僕の力不足でしょう(笑)」

くしくも今週の『週刊東洋経済』(10月31日号)では、CCC増田会長が図書館問題について「ミスは誰にでもある、それは仕方がない、きちんと謝っていこうと。だけど地方創生の役に立っているし、市民の税金を本当に効率良く使うのは俺たちなんだという自信は失わずにやろうぜ」と発言している。樋渡氏の問題意識と共通しているからこそ、相通ずるものがあるのだろうか。

TSUTAYA図書館は「官民連携の不適切な事例」としてこのまま葬り去られるのか。それとも樋渡氏の言う通り、第3、第4の図書館建造とともに勢いを取り戻すのか。図書館の、そして地方創生の未来を占うこの問題。行く末を注視したい。