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『[新版]ブルー・オーシャン戦略』監訳者 入山章栄氏インタビュー(前編)

2005年に一世を風靡。「ブルー・オーシャン戦略」が、いま再注目される理由

2015/10/30
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。隔週金曜日は、話題の新刊著者インタビューを、前後編に分けて掲載する。
今回取り上げるのは、『[新版]ブルー・オーシャン戦略』。2005年に出版され、世界各国でベストセラーとなったビジネス書だが、監訳者の入山章栄氏は「時代がブルー・オーシャン戦略に追いついた」と断言する。この10年間のどのような環境変化が、ブルー・オーシャン戦略をさらに現実的なものにしているのか。ユニークな企業の事例から最新の経営学の知見まで、硬軟織り交ぜた話が展開される。

ハーバードの授業で日本企業のケースが増加

──最初に『ブルー・オーシャン戦略』が出版されたのは2005年で、この秋、10年ぶりに新版が刊行されました。入山さんは日本語版の冒頭で「時代がブルー・オーシャン戦略に追いついた」と書かれていますが、なぜそう思われるのでしょうか。

入山:ブルー・オーシャンの初版が出版された2005年当時から、日本企業には革新が必要と言われていました。しかし「革新」といっても、当時の日本の「イノベーション論」はどちらかというとモジュラー化やすり合わせといったモノづくりの話や、技術論に終始していた印象です。

本当に求められるのは、新しい事業の価値を創造する「バリュー・イノベーション」であるという意識が、まだ弱かったのだと思います。

しかし、それからの10年でいわゆる76世代ですとか、さらに若い人たちがどんどん起業したりして、面白い事業が出てくるようになった。そうした中で、「お客さんに新しい価値を提供することこそがイノベーションである」という意識が日本でも定着してきたように感じます。これこそが、まさにブルー・オーシャンの根本思想と同じなわけですね。

──ブルー・オーシャンの考え方は、いまの日本でこそ評価されるべきではないか、ということですね。

実際、渋谷・恵比寿周辺のベンチャー企業はもちろん、大企業でも新規事業をやるべきだという機運が高まり、社長直轄の事業開発本部ができたところも結構ありますよね。

この前「日経ビジネス」の企画で、ハーバード大学ビジネススクール副学長のルイス・ビセラ氏と対談したのですが、面白いことに実はいま、ハーバードビジネススクールの授業で扱われる日本企業の数が増えているそうなんです。

ただ、扱われるのはわれわれが全然考えていないようなケース。たとえば、TESSEI(JR東日本テクノハートTESSEI)という会社の、新幹線清掃を行う「お掃除の天使たち」や、御手洗瑞子氏が創業した気仙沼ニッティング、AKB48のインドネシア版のJKT48などです。

入山 章栄(いりやま・あきえ) 早稲田大学ビジネススクール准教授 1998年から三菱総合研究所で自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事。その後渡米し、2008年にピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年から現職。専門は経営学。Strategic Management Journalなど国際的な学術誌に多くの論文を発表している。現在は『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』誌で「世界標準の経営理論」を長期連載中。2015年11月には、三年ぶりの新刊『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)を刊行予定。

入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール准教授
1998年から三菱総合研究所で自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事。その後渡米し、2008年にピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年から現職。専門は経営学。Strategic Management Journalなど国際的な学術誌に多くの論文を発表している。現在は『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』誌で「世界標準の経営理論」を長期連載中。2015年11月には、三年ぶりの新刊『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)を刊行予定

バブル崩壊以降、日本経済は低迷しましたが、近年になって経済が回復するにつれ、社会に横たわる課題を解決しなければという風潮が広まってきた。ある意味、少子高齢化や財政赤字など、日本は世界中で一番課題がある、課題先進国ですから。

そして、それに対してビジネスで解決できることはたくさんあり、いまでは大企業の30代くらいの社員が取り組むようになってきている。そういうところに、ハーバードも注目しているようです。

こうした流れの中で、新しい事業価値を提供する、バリュー・イノベーションへの意識や重要性は10年前より高まっている。ブルー・オーシャン戦略ですべてが語れるわけではないけど、それは一つのヒントを提示するツールになるのではないかと思います。

──バリュー・イノベーションがさらに重要になった背景には、高齢化や労働力不足など、社会構造の変化がある、と。

あとは技術的な要素ですね。10年間の変化で最も大きいのは、当たり前ですがIT技術の進展です。

特にここ数年はスマートフォンやクラウドが出てきて、ネットを使った事業機会が増えている。さまざまなプレーヤーが技術者を雇い、新規領域に参入できるようになっています。

要するに、ビジネスパーソンの意識が、特に若い世代を中心にして変わってきたことと、技術的な背景から新規事業を立ち上げやすくなったことが、ブルー・オーシャン戦略の必要性を高めているかもしれない、と考えています。

「バリュー・カーブ」を使って着想された受験サプリ

──新版の序文には入山さんが選ばれた、17のブルー・オーシャン企業が示されています(図表参照)。入山先生はそのうちの何社かのトップとも対談されていますよね。特に面白いと感じた経営者・事業はどこですか。
 ブルーオーシャン企業17社図版

まず、前提として申し上げたいのは、著者のW・チャン・キム教授は、「ブルー・オーシャン戦略とは、手段と結果、両方があって初めて成立するもので、10年くらい続けてビジネスを成功させなければ、真のブルー・オーシャン企業とは言えない」と述べています。

ただ、ここ10年の日本では、持続的な結果はまだ見えないにしろ、面白い事業が出てきている。ですから、私はあくまでブルー・オーシャン「候補」事業として、17の事例をピックアップしました。いずれもサービス設計や市場開拓の思想が、ブルー・オーシャン戦略に近いように見えた事業です。

中でも紹介したいのは、受験サプリ、クックパッド、そして新日本プロレスです。順にお話しましょう。

まず、受験サプリの生みの親・山口文洋さん(リクルート マーケティング パートナーズ社長)とお話して驚いたのは、彼は本当に、ブルー・オーシャン戦略のフレームワークを使って、事業構想を練ったということです。彼は私の目の前で、本書に掲載されている「バリュー・カーブ(価値曲線)」を、受験サプリの事例に即して書いてくれました。(図表参照)
 戦略キャンバス

──本当にブルー・オーシャンのフレームワークは新しい事業を生み出している、と。

はい。「バリュー・カーブ」は、自社と競合サービスが提供する価値を図表上にプロットしたものです。これが、とてもわかりやすかった。

ブルー・オーシャン戦略では、サービスの価値を「捨てる・付け加える」「増やす・減らす」という2つの軸で捉え直し、メリハリのあるバリュー・カーブを描くことが重要なのですが、当然難しいのはこの「捨てる」のほうなわけです。

でも受験サプリは、「捨てる」を見事にやっている。これは山口さんが直接説明してくださったのですが、この事業では既存の予備校の価値であった、「対面授業」「自習室」を思い切って切り捨てています。

結果として、受験生のみならず、高校の授業を学び直したい社会人、授業についていけない学生へのサポート教材として使いたい先生のニーズなど、「既存顧客の周辺の層」までも捉えることができた。この意味でも、受験サプリはブルー・オーシャン戦略のお手本と言えますね。

もちろん、競合に比べてダントツに突出している価値だけ残して、残りを捨てることを、感覚的にできる経営者はいると思います。でも大部分の人にとっては、せっかく築いた価値を捨てるのは難しいし、そもそも自社サービスの価値を認識することさえ、本当は困難かもしれません。

そこで、ツールとして「バリュー・カーブ」を用いることで、どこを捨てるべきかを可視化できる。それを何度も繰り返して考えることで、最終的に合理的な決断につながる。受験サプリの事例は、ブルー・オーシャン戦略のツールとしての有効性を示していると言えます。

インドネシアでも流行するクックパッド

もちろん、当初はブルー・オーシャン市場を見つけられたと思っても、すぐに競合他社が同じようなサービスを始めるため、長い間収益を上げ続けられるビジネスは、現実にはほとんどない。特にITのような足の早い業界だと顕著です。ビジネスとして先が見えづらい。

それをある意味逆手にとっているのが、クックパッドの穐田誉輝さん(代表執行役)です。彼は一つの事業だけを突き詰めるのではなく、ユーザーのニーズがありそうな事業であれば、とにかく早いサイクルでどんどん取り組む経営者です。

私は旧来のクックパッドのビジネスは「プロの料理人を捨てる」「コミュニティを活用する」という価値のつくり方という意味で、ブルー・オーシャン的かもしれないと思って穐田さんにお話を伺いました。

確かに、創業者である先代経営者の佐野さんがかじ取りをしていたときのクックパッドは、そういうふうに捉えることもできたかもしれませんが、2代目経営者の穐田さんがリーダーシップを取るいまの同社では、とにかく「ユーザー・ファースト」を全面に出して、新しい事業や海外進出をどんどん展開されています。

穐田さんのお話はすごく面白かったですよ。たとえば、クックパッドは食を軸にしているので、国を超えても「言語×食文化」という軸で、ビジネスが波及するのだそうです。同社がスペインでつくっているサイトが、アメリカ西海岸のヒスパニック系の人たちからすごい読まれたり、とか。

家で料理をつくる文化が根強いインドネシアでも、うまくいっているそうです。日本から始まったビジネスが文化によって汎用性を持ってさまざまな国に広まっていく。そこはとても面白いですね。

(聞き手:野村高文、構成:野村高文・倉嶋桃子、撮影:遠藤素子)

*続きは明日掲載します。
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