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中朝韓の危ない未来・後編

【Voice】後編:交渉巧者の北朝鮮。朝鮮半島のきな臭さはまだまだ消えない

2015/10/24
中国の「抗日勝利70周年」行事への朴槿惠大統領の出席は、何を意味するのか。朝鮮半島緊迫化後の停戦合意には、両国のどのような思惑があったのか。今後の中国・北朝鮮・韓国の出方とは。来月1日に予定される日中韓首脳会談を前に、朝鮮半島の専門家、武貞秀士・拓殖大学特任教授が東アジア情勢を読み解く。
前編:急速に進む中韓接近。朴槿惠大統領は何を計算しているのか
中編:韓国が頼るのはアメリカと中国。日本への期待は乏しい

北朝鮮の巧みな交渉戦術

朴槿惠政権が勢いに乗って次の目玉にしているのが南北関係の打開である。8月、北朝鮮が準戦時態勢をとったあと43時間の南北協議で6項目の合意にこぎ着けたことで、朴槿惠政権は北朝鮮とのあいだで離散家族再会事業と、民間交流の推進に期待している。

8月、北朝鮮が準戦時態勢をとったとき、日本は緊張した。日本に危機が迫るときは朝鮮半島で何かがあったときという記憶が、日本人の頭には刻み込まれている。朝鮮半島で米韓が軍事訓練をしているとき、地雷が爆発して韓国軍が反撃するとき、北朝鮮が威嚇で砲撃するときなどは、いつ衝突が拡大するのかわからないことを教えてくれた。

韓国と米国は、北朝鮮の限定的な砲撃であっても、北朝鮮の背後の司令部を報復攻撃できるようにマニュアルを修正している。朝鮮半島では、いつ軍事衝突が起きてもおかしくない。その北朝鮮は大量破壊兵器開発で自信を深めているので、強気である。

8月は、朝鮮半島で南北が軍事衝突の危機にあった。非武装地帯で、地雷が爆発して韓国兵が負傷した。その後、韓国が北朝鮮に対する宣伝放送を再開して、その設備に対して北朝鮮が砲撃した。

その直後に北朝鮮から南北協議の提案があった。北朝鮮の提案に対して、韓国側が協議受け入れを決めて会談場所を板門店の韓国側の施設にすること、協議の代表として北朝鮮から金養建・統一戦線部長のほかに、黄炳瑞・朝鮮人民軍総政治局長が出席することを求めた。

北朝鮮はその要請をすべて受け入れた。協議を申し出たとき、北朝鮮は韓国のことを「南朝鮮」と呼ばず、大韓民国という正式呼称で呼んで協議の提案をしていたのである。韓国は当初から準戦時態勢をとっている北朝鮮が協議を通じて衝突を回避することと、合意を模索していることを読み取っていたのだろう。

南北協議は43時間続いた。黄炳瑞・軍総政治局長は、南北協議で地雷の敷設を否定したのに対して、金寛鎮・韓国大統領府安保室長は、北朝鮮代表団に地雷挑発を認めて謝罪することを求めた。北朝鮮が負傷者に遺憾の気持ちを表し、韓国はそれを謝罪と受け止め、宣伝放送の中止を決定し、離散家族再会と民間交流の推進について、8月25日に合意に達した。

南北間の合意について金正恩第一書記は、「軍事的緊張を解消し、北と南の関係を和解と信頼の道に転換した重大な契機だ。合意を大切にして豊かな結実に育てていくべきだ」と述べた。

北朝鮮の巧みな交渉戦術が目立った8月であった。北朝鮮経済が破綻に直面して、理性的な発信ができない状態に陥っているわけではないので、北朝鮮の「対話と脅威」の政策は続く。北朝鮮経済は崩壊の過程にあるのだろうか。

韓国の大韓貿易投資振興公社(KOTRA)が六月に発表した「2014年度北朝鮮の対外貿易動向」によると、北朝鮮の貿易額は前年比3.7%増加し76.1億ドル(約9360億円)で、輸入額は44.5億ドル(約5473億円)と同7.8%増になっている。

貿易相手国は中国が貿易額全体の90.1%を占めており、中国も北朝鮮を見捨てたのではない。中国は北朝鮮の羅先市への道路の舗装、図們市への道路と高速鉄道の敷設で投資をしてきた。新鴨緑江大橋は中国の費用で建設中だ。AIIBには北朝鮮が参加していないが、中朝関係は国際機関の動きとは別の動きをしており、見えにくいところで、中国の支援が続いている。

日本も紛争に巻き込まれる

9月3日の行事が終わり、南北に対話の兆しがあり、10月10日、北朝鮮の労働党創建70周年を控えているいま、これからの朝鮮半島はどうなるのだろうか。

第一に、自信を深めた韓国は、中国への接近を加速し、米国に対する主張を強める。中韓、米韓関係を使い分けて、北朝鮮包囲外交を進める。そのとき、歴史認識問題で、韓国が日本への譲歩を考える発想は、韓国にはない。

北朝鮮も自信を深めているから、弾道ミサイル実験を準備し、核開発を続けて、経済再建との並進路線を続ける。朝鮮半島は、自尊心、自負心の外交をするところなのである。

第二に、東アジアはやはり誤算、誤認による軍事衝突があることが判明した。南北が自信を深めたのだから、「ちょいと軍事挑発」という事態は起きる。そのとき、自信をもった南北同士の交戦が起きる可能性は以前より高くなっている。

韓国は北朝鮮との軍事的緊張に際しては、単独ででも北朝鮮に軍事的打撃を加える態勢を整えている。北朝鮮は2014年、300mm砲などの新型火砲の導入と実戦配備を終えている。北朝鮮は以前よりも、韓国に対して通常兵器を使う可能性が高まっている。

おまけに核兵器で米軍を威嚇すれば、米朝は軍事衝突する可能性が低くなったと考えている。北朝鮮単独で韓国と戦うというシナリオが生まれていると北朝鮮は思っている。

その先にあるのは、核兵器保有国の北朝鮮が、米軍の介入を抑止して、韓国を軍事統一するというシナリオである。そのシナリオに金正恩第一書記は自信を深めつつあるのではないか。

朝鮮半島はきな臭くなっている。朝鮮半島有事には国連軍が日本の在日米軍基地を使用して、日本は紛争に巻き込まれる。安保法制があってもなくても日本は戦争に巻き込まれることを、南北関係と北朝鮮の戦略という観点から、なぜ日本の国会で議論をしなかったのだろう。

日中韓首脳会談に期待するもの

第三に、大量破壊兵器開発を続けてきた北朝鮮は、長期的な目標をもっている。核兵器を保有して、韓国と米軍を威嚇して、北朝鮮の火砲の威力を示しつつ、ソウルが人質になっていることを国際社会に認めさせつつ、最後は金日成時代からの目標、朝鮮半島の統一をめざす。

このシナリオの中心にあるのが核兵器だった。これが金正恩第一書記の核戦略なのである。米国抜きの朝鮮半島有事……。誰も想像していないだろうが。

第四に、中国は韓国との戦略的パートナーシップ関係を強化し、金正恩第一書記との関係を維持し、国際社会での金融、軍事、貿易の主導権を握るべく手を打ってきた。中国経済の減速で、中国の指導力と朝鮮半島への影響力がそのまま続くのかどうかは注目点である。

第五に、米国は、この地域で日米韓の政策の調整を強化したい。しかし、日韓関係が停滞しているので、日韓関係改善を望んでいる。その米国の課題は、この地域における中国の軍事的拡張への対処である。そのとき、米国にとっては中韓接近の中身を見極めたいだろう。

米国が韓国の中国に対する姿勢に違和感をもっていることを韓国の知識人は否定するが、朴槿惠大統領の訪米がその機会になる。だから、米国は以前よりもいっそう、日米の防衛協力を強化する必要を認めている。

日中韓首脳会談の準備が進んでいる。中韓は「抗日戦争勝利70周年」の行事が終わったあとの三カ国首脳会談で、歴史問題での2対1の構図を期待するだろう。

安倍政権にとって未来志向の首脳会談にしていただきたい。「地球を俯瞰する外交」と韓国のユーラシア・イニシアチブと、習近平国家主席の「一帯一路」構想の3つは相互補完関係であることを、具体的データを基に説明していただきたい。

9月3日、イデオロギー分野でも、中韓が共有するものが見え始めた。中国という長いものに巻かれる韓国が、米国と日本との関係を再調整する過程に入りつつあることを米国は見抜いている。東アジア動乱の時代がやって来た。