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Chapter2:世界の教育動向

トップ大学を擁する米国教育、その光と影

2015/10/21
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第6弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.6「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド/日本人の海外シフトの現状と課題〜』(初版:2015年7月17日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
大前研一特別インタビュー前編:「教える」から「考える」へ〜世界の教育トレンド(9/14)
大前研一特別インタビュー後編:これからの若者は、好きな場所で好きな仕事をすればいい(9/21)
本編第1回:21世紀型、答えのない時代の教育とは(9/30)
本編第2回:日本人のアンビションを奪ってきた「偏差値」(10/7)
本編第3回:世界各国はいかに、競争力を高める教育を実現したか(10/14)

世界トップレベルの大学がそろう米国

初等・中等教育の後の高等教育になると、これは先進国の中でも米国の圧勝です。世界の大学ランキング、トップ20校のうち15校は米国の大学です(図-8)。このランキングは英紙「タイムズ」が毎年秋に発行している雑誌からの引用ですが、ほかに、米誌「ビジネスウィーク」が毎年発表する大学ランキングも有名です。
 図8

ビジネスウィークのランキングは、MBA(経営学修士)、ビジネススクールなどの学部別になっていて、毎年変わります。どうやって順位を決めるかというと、卒業生の給料です。米国には「新卒一括採用」というシステムがありません。1人ずつインタビューして年俸を決めます。

その給料を全部足して、卒業生の頭数で割った数字が高い順にランキングされています。ある意味、もっともフェアな審査方法です。米国の大学は、これほどシビアな競争にさらされているということです。

日本から米国への留学生が減っている理由

世界的にトップクラスの水準にある米国の大学・大学院には、世界中から留学生が集まってきます。留学生に人気があるのは、ビジネスマネジメント、エンジニアリング、リベラル・アーツ、コンピューターサイエンス分野の学部です(図-9の左側)。NGO、NPO的なソーシャルサイエンスという学問も、最近では注目されています。
 図9

図-10、左側のグラフは、米国への国・地域別留学生の推移を表しています。かつては日本がトップだったのですが、2000年になる直前に中国に抜かれ、続いてインド、韓国、今では台湾にも抜かれてしまいました。
 図10

理由は二つあります。まず一つは、かつての日本から米国への留学は、企業派遣が多かったこと。しかし、多くの会社が企業派遣をやめてしまいました。

なぜなら、派遣された社員が戻ってきても、勉強してきた人間を優遇する制度が整っておらず、留学しても昇進、昇級のパターンが変わらないので、嫌になって2年以内に退職してしまう場合が多くあったためです。お金をかけて米国に派遣しても意味がなくなってしまったのです。

もう一つは、今話題になっているTOEFLの試験です。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学するには、TOEFLで一定のスコアを獲得することが求められます。TOEICが英会話力やリスニング力をテストするのに対し、TOEFLでは英語力と論理思考をテストします。

日本人は、論理思考と英語の組み合わせが苦手で、TOEICでは高得点が取れても、TOEFLで高いスコアを取ることが非常に難しい。そのため、留学するのに必要な水準をクリアできる人が激減しています。

留学生比率、MIT27.2% vs 東大1.7%

図-10の右側に示したように、米国の主要大学は、留学生比率が非常に高いです。MITの27.2%に対し、東京大学はわずか1.7%です。外国人教員比率も、米国では3割を超えている大学が珍しくありません。世界中から教授を招聘し、また世界中から優秀な学生が集まってくる土壌があるのです。

一方、東京大学の外国人教員比率6%というのは、ほとんどが教養学部の語学の先生です。こういう状況ですから、国際競争力が高まるはずがありませんね。

多額の寄付金により大学の競争力を高める

米国の大学には、功成り名を遂げた卒業生が母校に多額の寄付をする伝統があります。この寄付金を基に、大学基金を設立します。

ハーバード大学は、一時4兆円ほどの基金を持っていました。リーマンショックの後にガクッと減って、今はおよそ2兆1000億円です(図-11)。以下、基金の額が大きい順に、エール大学、プリンストン大学、テキサス大学、スタンフォード大学、MITが続きます。
 図11

実は、この基金だけで、大学を経営できるのです。基金の年間運用利益が、ハーバードの場合はだいたい年間10%くらいです。リーマンショック前の水準で言えば4000億円。全員の授業料をゼロにしても経営が成り立ちます。

しかし、ハーバードはあえてそうしません。貧乏だけれど傑出した能力を持つ人間は、授業料をただにする※18。一方、お金持ちの子女には高額の授業料を払ってもらう。両方を組み合わせて、学生のクオリティを維持しています。さらに、集めたお金の大半を使って世界中から優秀な先生を集めることで、ますます競争力を高めるというやり方をとっています。

教育格差社会、米国の光と影

これまで述べたように、米国のトップ大学は非常に優れたシステムを持っています。しかし、そういう学校がある反面、国全体としては問題が多いということを示しているのが図-12です。

左側の図を見ていただきたい。現在55~64歳の人が高校生だったころ、米国民の高校卒業率は世界一でした。ところが、現在25~34歳の人が高校生だった時代になると、卒業率は世界で10番目まで落ちています。同様に、大学卒業率も3番目から13番目まで下がっている。
 図12

それから幼稚園の就学率、学校に通う前に幼稚園などに通う子供の割合ですが、先進国の平均81%に対し、米国は69%です。大学中退率も、米国は54%と非常に高いです。入学することができても、学生数がインフレ気味ですから落第して卒業することができず、途中でドロップアウトする人間が半数以上いるのです。

教育格差が、収入格差につながる「富の循環」

次に、収入別のテストスコアを見てみましょう(図-13の左側)。1943年生まれの米国人のうち、一番収入の多い10%の人たちのテストスコアは、一番収入の少ない10%の人たちのスコアに比べ、72%の成績でした。貧しい人たちの方が、お金持ちよりも成績がよかったのです。

しかし、2000年生まれになると、逆転しています。収入の多い人たちのテストスコアが、少ない人たちのスコアの127%、つまり、お金持ちのほうがいい教育を受けられるので、結果的に成績がよくなる。今の米国には、ボトムから這い上がってくる人たちがいなくなってしまったということがこの図から分かります。
 図13

図-13の右側を見ていただきたい。教育レベルによる収入の違いが、いかに顕著かということが分かります。高校に行かなかった人は週給451ドル、大学を出た人が1053ドルで、大学院まで行った人は1332ドル。

このような収入格差が、さらに子供の教育格差、成績格差にもつながっています。米国では、お金持ちはいい教育を受けてますます収入が多くなり、貧しい人は十分な教育を受けられずその子供も貧しくなる、「富の循環」が起こっているのです。

世界中の誰もが無償で受けられるオンライン講座

これらの問題に対し、米国をはじめとする世界のトップ大学は、誰もが無料で受講することのできるオンライン講座に取り組んでいます(図-14)。MOOC(Massive Open Online Course)とも呼ばれ、世界中にさまざまな講座がありますが、単なるオンライン講座では受講者のモチベーションを持続させることが難しく、あまり効果は上がっていません。
 図14

唯一例外があります。初等・中等教育を行うカーンアカデミーです。サルマン・カーンはインド系米国人で、米国でヘッジファンドマネジャーとして大成功した後、そのお金で無料の遠隔教育システムを立ち上げました。1単位10分程度で、生徒が分かるまでやってあげる。

学校の教室でカーンアカデミーの講義を活用する場合、躓いている生徒には、理解が進んだ別の子供が教える。そうやってテストをクリアすると、次の授業に進めるという仕掛けです(図-15)。
 図15

今、米国だけではなく、カザフスタンやロシアなど世界中の子供たちが、無料でこの授業を受けています。インターネットに接続できる環境があれば、世界中どこにいても、無償で高水準の教育を受けることができるのです。この構想に感動したビル・ゲイツ※19のビル&メリンダ・ゲイツ財団をはじめ、グーグルや有名投資会社なども、カーンアカデミーに多額の寄付をしています。

次回、「出入り自由、転学も自由のドイツの「デュアルシステム」」に続きます。本連載は毎週水曜日に掲載します。

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