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侍ジャパンRe:birth【第15話】

投手の肩、肘への負担対策は個人任せ。侍Jに必要な「配慮と検証」

2015/10/17

侍ジャパンを率いる小久保裕紀監督に今月9日、記者会見で質問を投げかけると、壇上の指揮官は言葉を選ぶように紡いでいった。おそらく、想定外の問いだっただろう。

政治の記者会見、あるいはスポーツでもインタビューの際に事前に質問事項の提出を求められることもまれにあるが、ジャーナリストと取材対象者の関係として「健全」とは言えない。

なぜなら、質問する側が知りたいのは用意された建前ではなく、本音だからだ。必ずしも胸の内を明かしてくれるとは言えない一方、いかに本心に近い回答を引き出すかが質問者にとって腕の見せどころになる。

また、答えづらいような問いにどう対処するかで、取材を受ける側の力量を計ることもできる。逆に言えば、回答者はどんな答えを示すかで器量を伝えることになるのだ。

誰も挙手しない記者陣

今月9日、「野球国力世界一」を懸けて翌月に日本と台湾で開催される「WBSC世界野球プレミア12」の侍ジャパン代表28選手が発表された。

記者会見の冒頭でメンバーが読み上げられ、テレビ局の代表質問が終わるとペン記者の質疑応答に移った。

ところが、会見に出席した運動記者クラブおよびインターネットメディアは総じてフリーズしたかのように動かない。筆者の用意した質問は答えにくいだろうと想像していたため、機を見て挙手しようと考えていたが、1番手として小久保監督に投げかけることにした。

「選出されたのはシーズンで多くのイニングを投げたピッチャーばかりだと思いますが、侍ジャパンの試合で投げることで肩や肘への負担が必然的に出てきます。そこをどう考慮しながら、世界一を目指しますか。それとプレミア12で投げることでの負担が今後、どういう影響が出てくるか、小久保監督か侍ジャパンが検証していくことはありますか」

選出13投手のうち9人が先発投手

小久保監督は「えぇー」と言うわずかの間に頭を回転させ、即座に回答した。

「負担という点に関しては、(シーズンで)先発した投手を9名入れています。実際、(プレミア12では)予選が5試合という中で、中4日、5日で回すようなローテーションを組まないように考えています。そのために1シーズン、チームの中心として戦ってきたピッチャーに、その1試合を託そうという思いのメンバー編成にしています」

1つ目の質問にそう答えると、続けて2つ目の回答に移った。

「今後、11月に行われた後の来シーズンに向けてですが、昨年も日米野球がありました。まず侍ジャパン自体が球界としてスタートしている認識が選手たちには浸透しつつある中で、11月まで侍ジャパンのトップチームの動きがあるという認識で身体のケア、強化を含めて、選手たちは取り組んでくれています。個々の選手の中では、もちろん11月は休ませなければいけないという選手もいると思います。今回は世界大会ということもあって、今シーズンしっかり戦った選手たちに声をかけています」

「その後、検証というのはこれから先、侍ジャパンの組織としてやっていかなければいけない部分もあるかもしれないですけど、終わった後、選手たちにヒアリングをしながら、疲労のとれ方は本人たちしかわからないので、そういうことも必要かなと思いますね」

会見で質問に答える小久保監督。せっかくネットメディアにも開かれているのに、web媒体から質問したのはNewsPicksとスポーツナビのみ

会見で質問に答える小久保監督。せっかくネットメディアにも開かれているのに、ウェブ媒体から質問したのはNewsPicksとスポーツナビのみ

小久保監督の回答から透けて見えるもの

曖昧な答えだが、小久保監督を責めるつもりはない。この回答から推測できるのは、通常シーズン以外の登板が投手の肩や肘にどんな負担となるのか、おそらく侍ジャパンと小久保監督で話し合われていないということだ。

もちろん指揮官がこうした点まで考慮してメンバー選出、起用するに越したことはないものの、最大の責務は新設された世界大会で優勝に導くことにある。勝てるためのベストメンバーを選ぶのは、代表監督として当然の選択だ。所属球団の指揮官なら長期的な起用法が求められるが、小久保監督に与えられた役割はそうではない。

だからこそ、侍ジャパンの運営側に配慮が欲しかった。

野球人気を拡大し、日本球界を一つに結束させようとする侍ジャパンの取り組み自体は個人的に大いに賛同している。

その一方、通常ならオーバーホールに当てるタイミングに試合をこなすことは、特に投手にとって大きな負担となるのは明らかだ。

この相反する2つをどうやって両立させるのか。侍ジャパンが本当の意味で価値を高めていくため、避けて通れない命題である。

世界大会後、日本代表投手が低迷

過去、シーズン開幕前のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に出た後、成績を低迷させたケースが多く見られてきた。2013年の同大会に出場した選手のうち、とりわけ苦しんでいる一人が今村猛(広島)だ。

2012年は69試合に登板して防御率1.89の好成績を残したものの、WBCを経た翌年は57試合で防御率3.31に下降した。2014年には17試合で防御率4.35、2015年には21試合で防御率3.46と低迷している。内海哲也(巨人)、今回のプレミア12で日本代表入りを果たした牧田和久(西武)もパフォーマンスは下降傾向だ。

もちろん、WBCとの因果関係を証明できるわけではない。ただ、本番のみならず、それまでの事前準備は投手の肩や肘に負担となってかかってくる。この点を検証するのは簡単ではない一方、投手の選出や起用に配慮するべきだ。各球団にとって、日本代表戦とはいえシーズンオフの大会で選手が摩耗しては元も子もない。

メジャーはプレミア12に不参加

今回、DeNAの山﨑康晃を選ぶ必要があったのだろうか。大卒1年目の今季はシーズン序盤からクローザーとして大車輪の活躍を見せた一方、9月上旬、勤続疲労のため“無期限休養”となった。

結局13日の無登板期間を経た後に復帰しているものの、今回は侍ジャパンに選ばずに休ませるべきだ。日本代表として世界を舞台に戦う意義はあるだろうが、それ以上に本人の未来を重視すべきである。DeNAもメンバー入りを止めるべきではないだろうか。

WBCへの参加にさえ慎重なメジャーリーグは、今回、40人枠の選手派遣を認めなかった。自ら主催するWBCと異なり、プレミア12は世界野球ソフトボール連盟(WBSC)が開催するため、オフシーズンに派遣するメリットはまるでないと考えたのだろう。

それどころか、投手がこの時期に投げることは来季へのマイナスになり兼ねない。選手は球界や球団にとって何よりの資産なのだから、そうしたリスクを考慮するのは当然のことだ。

閉鎖されたNPBとは違う、開放的な侍Jへの期待

記者クラブにしか年間パスを発行しない日本野球機構(NPB)と異なり、侍ジャパンはネットメディアにも開かれている。安倍晋三首相の会見ではフリー記者の挙手を無視し、手を挙げていないNHK記者が指されることもあったというが、侍ジャパンの場合、そうしたことはない。球界を何とかいい方向に導こうとする意志は十分に伝わってくる。

だからこそ、日の丸を背負って戦う試合が投手にとってどんな負担となるのか、検証し、配慮してほしい。個人任せでは、組織としてあまりにも無責任だ。

現状、各球団のセットアッパーやクローザーには投げすぎがたたってパフォーマンスを年々落としていくケースが少なくないが、侍ジャパンが故障を未然に防ぐような対策を打ち出すことができたとしたら、日の丸を背負って戦うことに本当の価値が出てくる。

(取材・文・撮影:中島大輔)

<連載「侍ジャパンRe:birth」概要>
プロとアマ、セ・リーグとパ・リーグなど、一つになり切れていない野球界を結束させる存在として誕生した「侍ジャパン」。さまざまなステクホルダーが存在する野球界において、侍ジャパンの担う役割は単なる代表チームではない。野球人気低下、競技人口減少という深刻な問題に対処すべく、球界の英知を結集させたプロジェクトだ。国内マーケットの拡大、そして世界市場に打って出ようとする侍ジャパンの取り組みについて、毎週土曜日にリポートする。