Asia-Pacific Economic Cooperation (APEC) Summit

日中関係の「失われた20年」(最終回)

20年後、30年後、日本がとるべき外交戦略

2015/10/17
日本と中国。世界第2位と第3位の経済大国である両国の関係は、世界全体に大きな影響を及ぼす。しかし、日中関係は長らく停滞し、改善の機運は高まっていない。なぜ日中関係はここまで壊れてしまったのか。どのような地政学的な要因があったのか。そして、関係改善のために両国は何をすべきなのか。ハーバード大学のエズラ・ボーゲル名誉教授、船橋洋一・日本再建イニシアティブ代表理事、東郷和彦・京都産業大学教授がハーバード大学のケネディスクールで行ったシンポジウムで、「日中関係」の失われた20年について語った(全6回)。最終回となる今回は、会場からの質問にゲスト3名が回答する。
第1回:過去20年、なぜ「日中関係」はこれほど悪化したのか
第2回:慰安婦問題の解決策はある。和解のための2つのポイント
第3回:エズラ・ボーゲルが語る、「日中関係」が崩壊した3つの理由
第4回:日本は「木を見て森を見ず」、中国は「森を見て木を見ず」
第5回:日中関係において、メディアが果たすべき役割は何か

中国のメンツを立てる外交戦略

会場からの質問(1):私はウィリアムズカレッジで歴史研究を行っています。安倍首相は河野談話を継承すると言いつつも、政府の軍隊の責任や慰安婦問題についての明らかな言及や謝罪はありませんでした。

ともかく、謝罪をしても、それが真摯な謝罪と受け取れないようなものも過去にはあったことはよくおわかりだと思います。今後も似たようなこともあると思います。それなのになぜ、このような問題に対して皆さんが前向きなのかを教えてほしいと思います。

会場からの質問(2):私の質問は日本、米国と中国の将来の関係についてなのですが、パネルの皆さまにお聞きしたいのは、中国が今後さらに巨大化し米国と同等の力を持つとして、20年後、30年後の将来、日本はどのような立場をとればいいと思いますか。

船橋:2つの質問にお答えします。

私は中国との関係については、日本は中国に対抗してよりパワーバランスを強化しないといけないと感じています。こと中国の政策、特に海洋軍事戦略に関しては、アジア太平洋の安定にとって死活的な問題であると見ています。

尖閣諸島問題は単に領土や統治権の問題や、日本と中国における歴史認識の問題ではないのです。この問題は、現在は米国が力を持つ海上統治権への中国の挑戦であり、過去には米国によって許可を得なければならなかった航海権への挑戦であり、国際秩序からの自由を目指すものだと捉えます。

ですので、私は日本が中国に対しては抑止力を強め、中国には現在彼らがとっている強気の海上軍事戦略が実は長い目でみて彼ら自身のためにならないことを根気よく説得していく必要があると考えています。

ただ、抑止することについては、中国の政府や国民を愛国主義に駆り立てるこれまでのようなやり方は慎しむ必要があります。もっと控えめで、中国のメンツも立てるようなやり方、しかし同時に「これだけは双方にとってそれぞれ一線を越えてはならない」という認識を共有するようなかたちで進めることが必要です。そのためには相互理解とコミュニケーションを強化しなければなりません。

たとえば、アジアインフラ投資銀行ですが、これはアジアの未来をつくる話であり、中国にとってもアジア地域をつくることに貢献する話です。アジアインフラ投資銀行は特に中国のアジアでの力を強めるというだけの話ではないと思います。ですので、日本も参加し、中国とともにアジアの未来を考えることができると思います。

未来に必要なのは「目指す国の姿を描くこと」

2つ目の質問についてですが、私はアジアの未来のための戦略は、米国だけに頼る話ではないと思います。日中関係、米中関係を築くことに注目する前に、本来であれば、アジア全体の戦略を考えるのが先ではないでしょうか。

日本と戦略的なパートナーになりたいと、インド、ベトナム、インドネシアやミャンマーなどの国々が名乗り出てきてくれています。その大きな戦略のひとつに中国もあるのであって、これら全体を含めたアジアの戦略が、まずは必要なのではないでしょうか。

東郷:従軍慰安婦の件について手短にコメントしたいと思います。

私はこの件について日本と韓国が長年話し合いを続けてきたこと、そして、そのうえで安倍首相が記者会見において河野談話を支持し、内容を認めているとしたことは過去最も重要な発言だったと捉えています。従軍慰安婦に対する政府の姿勢として、まずはこの点を明確にしただけでも大きな意義があったと思います。

今後の問題は、安倍首相が従軍慰安婦問題をいかに前向きに捉え、任期内に問題への完全終止符を打つべく行動をとるか、ということだと思います。私も100%の確信を持っているわけではありませんが、安倍首相は少なくとも、日本と韓国の関係を現状の悪化した状態にとどめておくことはしないと思っています。

日韓関係では現在、3つの非常に難しい問題を抱えていると思います。従軍慰安婦問題は、ある意味、その中で最も解決可能で簡単な問題といえると思います。安倍首相も、朴槿恵大統領とともに協力し、なんらかの解決策を検討するはずです。竹島問題はさらに難しく、徴用工問題にいたっては、見通しが立たないくらい難しい問題になっています。

ところで、私はさきほどの船橋さんの話に基本的には同意なのですが、1点だけ補足させていただきますと、今後、20年か25年後の日本に最も必要なのは国家目標、日本が目指す国の姿を描くことだと思うのです。そして、その姿とは、アジア全体の中で他国とより良い関係を結ぶ中で実現すべきことであり、中国との関係をより良いものにする中で、また米国との関係を堅固にする中で実現すべきことでもあります。

ですが、日本の国家目標自体は、米国のそれとも中国のそれとも異なるものです。この、日本独自の国家目標を明確にしない限り、日本が安定した外交を行うことは難しい。これは私よりも若い世代の皆さんの課題かとも思いますが、私も自身でしっかり考えていきたいと思っています。

ボーゲル:最初の、安倍首相がなんらかのかたちで今後変わっていくことは期待できますか、ということですが、彼が基本的な理念を変えることはないでしょう。しかし安倍首相は現実的でもあり、多くの批判を受けてからは靖国神社への参拝もやめています。

また、本当に小さな一歩だとは思いますが、彼のワシントンでの演説は先の大戦に関しての責任について、また他国の方々へ哀悼をささげる内容となっています。安倍首相はまだ任期も残っていますし、今後、時代の流れなどもくみ取って近隣諸国とより親密になることに重きを置いて行動していくことを願っています。私の考えは楽観的かもしれませんが、このような理由からそう現実離れしたものではないと思います。

2つ目の質問、今後20年~30年における方向性ですが、私は、米国自身も変化していかないといけないと考えています。現在、ワシントン政府が考えているような、米国が今後20年、30年のちもアジアを支配下に置くという考えは維持できないものだと思っています。

米国は中国とのパワーバランスを考えないといけないと思いますが、これは日本から見るとまたいろいろと別の視点からの問題もあると思いますし、韓国も今、まさにこの問題を感じていると思います。経済的には中国との関係が深まる中、安全保障面で米国や日本と同盟を結ぶのだろうか、という問題です。

20年、30年後には、韓国は南北が和解し一つの国となり、米国や日本と安全保障の同盟を結ぶ必要がなくなることも考えられます。また各国のリーダーは、中国が攻撃的な様子を見せた場合はそれに対抗する覚悟があるという、少なくとも雰囲気をつくりあげる必要があると思います。

実際には、このことを各国のリーダーが明確にすることは難しいと思いますが、政治から一歩引いたところにいるわれわれ学識経験者は世間に対し、「米国がアジアを支配できていた一昔前と現在は全く状況が異なるのだ」という点を伝えていかなければならないと思います。

また、中国が米国よりも多くの国々の経済活動に関わっていること、彼らには米国よりも多くの資金があること、そしてアジアインフラ投資銀行が数年後には世界銀行よりも多くの資金を保持することを考えると、われわれはこの来る新時代に対応できるように考え方を改めないといけないと思います。

(写真:Kim Kyung-Hoon-Pool/Getty Images)