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スポーツ・イノベーション特別編第4回

東京五輪からセカンドキャリアまで。日本スポーツ界の問題点とは

2015/10/16
元陸上選手の為末大の呼びかけにより、SAP社の馬場渉との特別対談が実現。最終回となる今回は、日本スポーツ界の問題点に切り込む。
第1回:馬場と為末が考える、スポーツの産業界への生かし方
第2回:時代は「データアナリスト」から「ビジュアルコーチ」へ
第3回:企業ロゴ露出に興味なし。SAPが進めるスポンサーシップ2.0

日本は人材の配分でミスマッチが起きている

為末:テクノロジーに紐付く話題かもしれませんが、僕らのような選手を測定することで、どのような能力をもった人材がオリンピック選手に良いかどうかを調べるというテーマがあります。若い世代でたとえて、反復横跳びの数値が良い選手の場合ならば、バスケットボールや陸上競技に向いていることになります。

馬場:能力によって、競技を振りわけるわけですね。

為末:ただ、セカンドキャリアでの選手支援の際、引退間際になるとみんな急にメンタルの話をし始めてしまいます。どういう性格ならばバスケット向きなど、性質を語ることが多くなります。

もう身体能力はさほど重要ではないと。入り口は身体能力でも、出口は性格や性質の話をしている。そこのズレがすごい気になってしまいます。最終的に選手は性質が重要だと言いますが、そこの測定方法をスポーツ界では持っていません。

為末大(ためすえ・だい)
 37歳。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

為末大(ためすえ・だい)

37歳。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

馬場:なるほど。

為末:かつての空間認識能力のように、測定不可能だったものが何らかのかたちで測定できるようになれば、それぞれのスポーツに本当に合ったタレントが入ってくるのではないかという思いがあります。人材の配分は非常に気になりますし、日本では絶対にミスマッチが起きていると思います。

行政の中でグイグイ推し進める人材が少ない

──スポーツ界では、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて問題点が出てきています。

馬場:こう言うと良くないかもしれないですが、東京オリンピック・パラリンピックにはもっとブランド戦略があった方が良かったと感じます。「こういうものだ」というコンセプトがあれば。

──みんなが望んで招致された大会ではなかったということもあるかもしれません。盛り上がったのは開催が決まってからです。コンセプトがなかったことのゆがみが出てきていると言えそうです。

為末:いろいろと関わって感じるのは、アイデアがないというよりも、どれにするか決められなかったというところです。「イノベーティブで、スマートシティで、選手にも優しくて、テクノロジーもヘルスケアも」と。全部入れてみたけれど、どれかに絞らなかった気がします。

少なくとも国立競技場の問題はそのように感じます。全部盛りのようになっている。リーダーシップも必要だと思いますが、どこに一番の価値を設定するかという点でうまくいっていない。

馬場:引き算をしないと難しいですよね。どうしても無理やり追加していくことになりますから。

馬場渉(ばば・わたる) 37歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった

馬場渉(ばば・わたる)
37歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった

為末:競技面では、全員参加みたいなことができれば面白いかなと。何かの競技にみんなが参加できてしまうというかたちです。

観戦者が完全に選手とわかれていて参加できませんから、何かうまく組み込むことができれば。世界中の競技場で同時にピストルが鳴り、ボルトと一緒に走れるというような参加の仕方で、それを可視化してみんなでシェアできれば良いですね。

馬場:サッカー関係者の中には、「2002年のW杯は早すぎた。今、もう1回来てくれたら完璧なのに」と言う方もいらっしゃいますが、2020年もそうなるような気がして。

為末:陸上界も同じことを言っています。「2007年の世界陸上は少し早かった」と(笑)。

馬場:今できることをやりきりたいと思いますよね。ただ、組織が大きすぎて変われないということは、イノベーションを起こす方法論からしても、確かに事実としてあります。

FC今治のオーナーとなったサッカー元日本代表監督の岡田武史さんは、「大きすぎるところを一生懸命変えていくよりも、小さなゼロベースのものを10年かけてでも新しいかたちにする」とおっしゃっていて、確かにそれは正しい手法という感じがします。

しかし、そういうことが頭をよぎりながらも、「まず自分たちが実践しよう」と言って5年10年かけてやっている横で、「何かオリンピックはうまくいかなかった」という声が聞こえてはもったいない。ジレンマですね。

為末:それは、2020年が決まったときに僕自身どちらに行くか同じことを考えました。当時はスポーツ庁ができるという話だったので、行政の中でスポーツ界を変えていく方法なのか。それとも、アウトサイダーになってやっていくのか。僕は後者と決めていましたが、行政の中に入ってグイグイ推し進める人材は確かに非常に少ないですね。

ロンドンオリンピックは、セバスチャン・コーという元陸上の中距離選手が中心に進めていました。コーは現在、国際陸上競技連盟のトップとなっていますが、今の日本のスポーツ界にはそういう人材が正直言って少ない感じがします。

2人の改革者の出会いにより、スポーツビジネス界にどんな化学反応が起こるか

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おカネがないスポーツほど能動的

馬場:なるほど。われわれSAPはビジネスやテクノロジー、イノベーションというようなブランドアイデンティティーがある会社で、MBAやテクノロジーのトレーニングであったり、大組織で変革をするときの方法論などを確立しています。それを応用して、たとえばアスリートでセカンドキャリアを考えている方々に向けて、そういうことをスポンサードしたいですね。

トップアスリートとして持っていた経験を、政治やビジネスの世界に活かしたいという方々に向けて、何らかのトレーニングを提供することで、新しいアスリートのセカンドキャリアのかたちができる。社会にとっても良いことだと思います。

──SAPビジネススクールというかたちですね。

為末:現在、選手たちで集まってカンファレンスをしたり、社団法人をつくったりしていますが、競技力が高いアスリートと、今後何らかのかたちで社会で活躍したいと考えているアスリートではズレが生じています。同じ場合ももちろんありますが、現役時代のバリューと引退後のバリューがかなりクロスしてしまう選手が多い。

スポーツの問題を解決する集まりが必要だと思い、カンファレンスを年に2回開催していますが、ビジネスの意識を持った選手たちは何人かいると思います。すでに自分で会社を始めてみたり、卓球界では卓球に関する企業をスポンサーとともに買収して、卓球用品を世界に向けて販売しようとしている選手もいます。

馬場:面白いですね。

為末:それらは、引退しておカネがない競技の選手たちになります。やはり、不思議とおカネがないスポーツほど何とかしないといけないと考えます。おカネがなく、引退してから数カ月の間に次のキャリアを決めないと食っていくことができない。

それに、引退してから何年後かの元選手に会うと、もう少しビジネスの根本的なトレーニングをしたいと考えている方々がいます。だから引退間際というよりも引退から2、3年たった元選手たちまで幅を広げてもらえると、喜ぶ方々やそれぞれの協会に戻って変革してみたいという方もいる気がします。

馬場:なるほど。ビジネスとスポーツでは多くの本質的な共通点があります。共通点が多い割には、つながりが切れていることがもったいないなと。政治もそうですが、本当は交わりを持てればそれぞれに良いはずです。

──実際に為末さんとお話してみて、印象は変わったりしましたか。

馬場:こういう方が好きと言ったらあれですけど(笑)。スポーツのど真ん中にいた方にもかかわらず、スポーツのど真ん中ではないポジショニングをされる方だとすごく感じます。スポーツ界でお付き合いがある方はみんなそうですが、好奇心なり知見なりがあって面白かったです。

為末:こちらこそ、今回はありがとうございました。

(構成:小谷紘友、撮影:福田俊介)