Indianapolis Colts v Houston Texans

スポーツの最先端はアメリカから生まれる【第8回】

米国スポーツの「リアル×SNS」。ファンをサポーターにする「絆」

2015/10/16

フェイスブックやツイッターといったソーシャルネットワークサービス(SNS)が世に出てきて、せいぜい10年ほどだ。しかし、アメリカのプロスポーツリーグや球団は今、かなりの力をここに注ぎ込んでいる。それほどまでに重要なツールだということだ。

自由にコンテンツを掲載したり、リアルタイムでディスカッションができたりするSNSは、ライブ感やビジュアリティ(視感)が大切なスポーツとの相性が良い。

当然ながら、現在は4大スポーツの全122チームがフェイスブックやツイッターのアカウントを持ち、ファンとの「絆」を深める重要なツールとして積極活用している(もっとも、その重要度を認識し始めた時期にはばらつきがあり、たとえばツイッターのアカウントを最初に取得したのは2007年のNBAサクラメント・キングスと言われるが、NFLアリゾナ・カーディナルスなどはそこから約5年遅れで始めている)。

SNS活用に最も積極的なのはNBA

チームによってはデジタル部門に「ニューメディア」や「インタラクティブメディア」といった名称を冠しているところもある。

ある調査によれば、NFL、メジャーリーグ、NBA、NHLの北米のいわゆる「4大プロスポーツ」の中でもっともSNS活用にアクティブなのはNBAで、ファンからのフォローも多い。

人気という点ではフットボール(NFL)が圧倒的であるだけに、やや意外にも思えるが(NBAのツイッターフォロワー数は約1750万人でNFLは約1360万人)、見方を変えれば積極性や企画力などでフォロワーを増やすことができるのがSNSの特徴だと言える。

リアルタイムの交流が強み

そのNBAの中でもとりわけSNS活用に力を入れるのが、フェニックス・サンズだ。同軍デジタル部門のシニアデジタルマネージャーとして勤務するグレッグ・エスポジート氏は、アメリカのプロスポーツチームがSNSを積極活用する理由を「ファンに対しての情報提供や他者との交流を容易に、リアルタイムでできるからに尽きる」と言う。

「以前は試合についてあれこれと友人と意見を交わすのに次の日まで待たねばなりませんでしたが、SNSがあれば試合進行に合わせてそれができます。われわれチーム側としては、ファンたちがどういう会話をしているかを把握することが大切です」

しかし、SNSと一口に言っても、近年はフェイスブックやツイッター以外にもインスタグラムやグーグルプラス、ピンタレストなど新たなプラットフォームが次から次と出てきている。こういった多種のSNSへの対応は、「なかなかタフですよ」とエスポジート氏は言う。

双方向性でサポーターに変える

アメリカのプロスポーツチームは、SNSを新規のファン開拓というよりも、どちらかといえば既存のファンをいかに熱心なサポーターに変える(Engage)ために使っている傾向が強いと言えるだろう。

SNSは新聞や雑誌といった従来のメディアとは異なり、双方向性という特性があり、しかも前述したようにリアルタイムでそれができる強みがある。

こうしたところを生かして、自らのチームをファンにとってより身近な存在にする努力を払っている。そしてファンたちがフェイスブックで「いいね」を押したり、ツイッターでチーム情報などを拡散することで、球団のブランド力はより強化され向上する。

リアルな仕掛けでファンを拡大

各球団は今、SNSを活用した独自の活動やイベント開催などに頭をひねらせる。

たとえば、NBAのヒューストン・ロケッツは「ソーシャル・メディア・ナイト」といって、同軍選手のツイッターアカウントをフォローするファンを選手たちも参加する試合後のミニパーティーに招待するイベントを行っている。

また、サンズでは「Club Oragnge(クラブ・オレンジ)」(オレンジはサンズのチームカラーの一部)といってSNS利用者向けのいわばデジタルファンクラブ的なサイトを近年新設した。

ここでは、サンズのフェイスブックページで「いいね」を押したり、ツイッターポストを拡散したりすることでポイントを貯め、そのポイントの多さに応じて選手のサイン入りユニフォームやギフトカードなどの特典がもらえるチャンスが得られる仕組みとなっている(こうした努力が実ってサンズはリーグからデジタルイノベーター賞を2014年、2015年と2年連続で受賞している)。

NBAロケッツのサム・デッカー(下)は同じヒューストンに本拠を構えるNFLテキサンズの観戦に出かけ、地元ファンと撮影。こうした体験からサポーターに変わっていく

NBAロケッツのサム・デッカー(下)は同じヒューストンに本拠を構えるNFLテキサンズの観戦に出かけ、地元ファンと撮影。こうした体験からサポーターに変わっていく

費用対効果も的確に把握

SNSが出始めの頃は、まだその費用対効果(ROI=Return on Investment)もあいまいなものだったが、そこはベンチャー企業の盛んなアメリカである。

企業などのSNS活用努力がどれほどの効果を得ているのかをモニターするサイト(Blinkfire Analyticsなど)がいくつもあり、プロスポーツチームも利用している。こうしたモニタリングサイトを使うことで、ファンからのチームに対するフィードバックを得たり、影響力のあるフォロワーを特定したりすることなどができる。

また、チームからの情報発信の最も効果的なタイミングなども客観的にわかるようになっている。各球団のSNS担当者たちは、こうしたサイトを用いてより良いコンテンツ戦略を考えるのだ。

SNSの未来予想図

さて、すでにSNSを積極活用しているアメリカスポーツ界だが、この先はどういったテクノロジーなり手法が出てくるのだろうか。

エスポジート氏は「そこははっきりとはわからないところがありますね」としながらも、「これからはバーチャルリアリティ(仮想世界)の方向へ向かうかもしれません。フェイスブックはすでに360度の映像技術を使い始めていますしね」と予想する。

エンターテイメントとしてのスポーツにとってビジュアリティは重要な要素だが、これからプロスポーツチームは立体映像を使った映像情報を提供することで、そこにリアリティを加えていく方向になるのではないかということだ。

日本のSNS活用は「かわら版」

一方、日本のスポーツチームでSNSなどのデジタルコンテンツ専門のスタッフを置くという例はかなり少ない。

それ以前に、フェイスブックやツイッターのアカウントを持っていない球団さえもある(広島カープや読売ジャイアンツはツイッターの公式アカウントがなく、前者にはフェイスブックもない)。あったとしても、球団情報を淡々と流す「かわら版的」な使い方しかしていないチームも少なくない。

アメリカのプロスポーツチームとはその点でだいぶ温度差があるようにも見受けられるが、上記アメリカの例のように積極的にSNSを活用することでリピーターのファンを獲得し、チームのブランドを向上させ、ひいてはそれがチケットやグッズの販売の一助となるツールであることを考えれば、すぐにでも導入を検討するべきものではないだろうか。

(取材・文:永塚和志、写真:Bob Levey/Getty Images)

<連載「スポーツの最先端はアメリカから生まれる」概要>
世界最大のスポーツ大国であるアメリカは、収益、人気、ビジネスモデル、トレーニング理論など、スポーツにまつわるあらゆる領域で最先端を走っている。メジャーリーグやNBA、NFL、NHLという4大スポーツを人気沸騰させているだけでなく、近年はメジャーリーグサッカー(MLS)でもJリーグを上回る規模で成功を収めているほどだ。なぜ、アメリカはいつも秀逸なモデルや理論を生み出してくるのか。日米のスポーツ事情に精通するライター・永塚和志がアメリカのスポーツ事情を隔週金曜日にリポートする。