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逃げた場所に、人生の道が続いていない

カドカワ・川上量生が、いま「ネットの高校」をつくる理由

2015/10/15
カドカワが2016年4月を目指して、インターネットを利用した通信制高校「N高等学校」を開校すると発表し、大きな注目を集めている。10月14日に詳細が発表され、通常の学習と合わせて、各界のプロフェッショナルを講師に迎えた「dwango×プログラミング授業」「KADOKAWA×文芸小説創作授業」「電撃×エンタテインメント授業」などの「課外授業」が受けられることなども明らかになった。なぜ、カドカワが新規事業として教育分野に参入するのだろうか。そして、「ネットの高校」が目指す新しい学びの在り方とは。川上量生社長に、その真意や取り組みに対する思いなどを聞いた。

ネットの高校をつくろうとは思っていなかった

──はじめに、川上さんはネットによる通信教育に対して、どのようなイメージを持っていたのでしょうか。

川上:コンピュータとネットを使った通信教育が、未来の教育のかたちだと、ずっと昔から思っています。

今のように、先生が複数の生徒に対して講義をする形式は、少人数であれば効率的でしょうが、40人くらいのクラスや大教室の講義になると、基本的にはビデオで話しかけているのと変わらなくなります。生徒はただそれを聞いているだけですから。

だから、効率の点からも、未来の教育はコンピュータによる双方向性を使った個人個人にカスタマイズされたかたちになると考えています。これは僕だけではなく、わりと一般的な見方でしょう。

実際、もっと以前から、それこそファミコンや8ビットパソコンの時代から、コンピュータ教育がずっと叫ばれていて、皆さんチャレンジしてきました。ただ、なかなか決定打がなかったわけです。

これがインターネット時代のいま、かなり現実味を帯びてきています。東大やハーバード大の講義は無料で配信されていて、講義というコンテンツそのものはネットで無料になる時代が早晩訪れるでしょう。

そうした現状認識の中で、僕らは動画サイトと生放送サイトをやっているわけですから、コンピュータ教育についてもずっとできるかどうかを考えてきたんです。

──最初の段階から、ネットの高校をつくることも想定されていたのですか。

当時から、ニコ生を通信教育の基盤にしようとは思っていましたが、ネットの高校をつくるとは考えていませんでした。

実際、今回の教育事業は、通信制高校をつくったことがある人からの持ち込み企画だったんですが、最初は「違うかな」と思ったんです。僕らがこれまで手がけてきた幅広いネットのサービスではなく、一部の限定された人に向けたものですから。

ただ、お話をお聞きする中で、これはうちがやらなきゃいけない仕事だと思うようになったんです。

──「やらなきゃいけない」と考えるようになった経緯について、改めて教えてください。

いまの通信制高校の問題点って、行きたくて行っている人がほとんどいないことなんですよ。高校についていけなくなったり、不登校や引きこもりになったりして中退した後、周囲から心配されて「せめて通信制高校に行ったら」と言われて選んでいる人が多い。だから、本人も一応は行ってみるけれど、続けられずに辞めちゃうんですね。

じゃあ、そういう子たちが何をやっているかというと、ネットに逃げ込んでいることが多いんですよ。その場合は、もう100%ニコ動のユーザーです(笑)。

深夜アニメやライトノベルも好きだから、KADOKAWAのユーザーでもある。そう考えたとき、僕らだったら彼らにとって「こんな学校だったら行きたい」、「ここが自分の居場所だ」と感じてもらえる高校をつくれるんじゃないか、と思ったんです。

──川上さんは、現在の日本の学校教育をどのように見ていますか。

僕は、世の中の問題のほとんどは「最適化問題」だと思っています。世の中に長くあるものは最適化されていく。ただ、そこでルールが大きく変わると、一気に対応できなくなるんです。

だから今の学校教育も、なんだかんだ言っても基本的には効率的なんだと思いますが、ネット時代になり、インターネットやコンピュータの分野に最適化した新しい教育システムができていないというだけじゃないでしょうか。だから、僕らはそれをやろうと思っている。

そして、世の中にたくさん現れてきた、ネットでコミュニケーションは取れるけれど対面は不得意という人が救い上げられていない。学校になじめない生徒はいま、リアルな対面コミュニケーションが不得意なケースでしょう。

ただ、これからのコミュニケーション能力は、対面だけじゃなくて、ネットを使ったコミュニケーション能力も重要になる。いま落ちこぼれだと思われている生徒がネットでのコミュニケーション能力に長けているということは十分にありうる。そんな彼らの力が伸びたり、今後活躍できたりするように、手助けができる高校になればいいんじゃないかと思います。

通信制高校ではなく、ネットの高校

──川上さんご自身としては、もともと教育に関わりたいという思いを持っていたのでしょうか。

僕は教育という仕事に関わった経験はありませんから、現時点で教育に対する思いを語る資格はないと思っています。

ただ、よく社員に言っていることなのですが、僕は仕事をするうえで、エンターテインメントや表現に関わる人の評価基準は、どれだけの人にどれだけの大きさで影響を与えることができたかだ、と思っているんですね。「仕事の価値は、他人の人生を変えた数で決まる」と。

たとえば、ドワンゴの着メロの有料会員って、全盛期で400万人くらいいて、それはものすごく大きな数字だけれど、着メロで人生が変わった人は、ほとんどいない。

ライブで熱狂的な1万人のファンを集めるアーティストは、その1万人のうち、かなりの人間の人生を変えているでしょう。彼らのほうが上だ。そんなことを当時はよく社内で言っていました。ただ、着メロのあとにつくったニコ動は、相当な人の人生を変えたと思いますけど。

その意味で、教育事業は、まさに人の人生を左右するものです。だから、やりがいも責任もある仕事だと思っています。

──いま、このタイミングで新規事業として参入を決定した意図について、聞かせてください。

いくつかポイントはあるんですが、まずはKADOKAWAとドワンゴが統合して一番エネルギーがあるときに、教育事業にめぐり合えたこと。そして、サーバーやシステムの問題などにめどがついて、ニコ生の新しいシステムが出せそうな段階になったこと。

さらにドワンゴ自体が新規事業をやりたくなったタイミング(笑)、といったところですかね。まあ、最近は「受験サプリ」などのサービスも出てきていますし、1年後じゃ遅いんですよ。

──今回、授業としては、大学進学を目指すプログラムと合わせて、ドワンゴによるプログラミング、KADOKAWAの文芸小説創作など、さまざまなコンテンツを用意すると発表しています。それを踏まえて、川上さんはどんな高校にしたいと考えているのでしょうか。

僕は、従来の通信制高校が持っているネガティブなイメージを払しょくしようと思っています。だから、通信制高校ではなく「ネットの高校」をつくるんだと自ら言っているわけです。

将来的には、みんなネットの学校になるんですよ。だから、生徒たちには「未来の学校にいるんだ」というプライドを持てる高校にしたいですね。上から目線で「落ちこぼれを救う」というような学校がつくりたいわけじゃないんです。そのためには、高校として果たすべき役割が2つあると思っています。

1つ目は大学に進学させること。そこは真剣にやります。僕らは、最初から東大の合格者を出すと決めていますから(笑)。これには合理性があるんですよ。

進学校であっても、授業はみんなと一緒に受けます。そのため、もし本当に優秀な子がモチベーションを持って正しい勉強をすれば、学校に行かずにひとりで勉強したほうが効率はいいんです。だから、受験にしっかり対応したカリキュラムを提供して、大学進学の近道になる高校をつくります。

2つ目は、ちゃんと就職もできる高校にすること。いま、プログラミングやウェブデザインなどネット周りの技術を手に入れれば、間違いなく職には困らない。だからそれをきちんと教える高校をつくります。

合わせて、地方に後継者がいない状況がたくさんあるので、地方の公共団体と一緒に、インターンプログラムをたくさんつくっていきます。そこでマッチングをする。採用を募集しようにも、広告を打てない会社は人材を集められないし、生徒自身も見つけられないですからね。

──教育事業を進めるにあたって、具体的にどんな先生の採用を進めているのでしょうか。また、その目的は。

上手に授業を教えられる先生はもちろんですが、一番重視しているのは、ネット用の教材をつくれる先生ですね。ネットの高校なので、教材の質を高めることが重要だと考えています。

教材の点だと、KADOKAWAとドワンゴが統合した意味って大きいんです。KADOKAWAグループにある中経出版はずっと参考書をつくっていたブランドですからね。ドワンゴとの共同事業になっています。

また、プログラミングは、特にほかの通信制高校ではまったくやられていない分野です。その教材づくりに関しては、ドワンゴの社員教育用プログラムのノウハウを生かすかたちになると思います。僕たちがどれだけできるか不安でもあり、楽しみでもありますね。

──生徒同士のコミュニケーションに関してはいかがでしょうか。ネットとリアルを絡めた取り組みをするとのことですね。

それで言うと、いまの通信制高校に通っている生徒が抱えている最大の悩みは、実は勉強のことじゃなくて、友達のことです。通信制高校だと、なかなか友達ができないんですよ。そこで、まずは「ネットの時代なんだから、ネットの友達でいいじゃん」と言うところから始めようと思っています。

僕らはネットの住民みたいな社員が多いので、ネットでのコミュニティのつくり方はわかっているつもりです。たとえば、学校側で提供するのは「GitHub」のアカウントや学校専用の「Slack」くらいでいいと思っています。

まずは、コミュニケーションができて、生きていける空間をつくればいい。その後、超会議や町会議などで生徒同士が会って、LINEを交換して、あとは自由にやってください、と。それが僕の構想ですね。

文化祭は超会議でやればいいじゃないですかね。生徒が自分たちで屋台を出せば、普通の屋台よりもずっと売れると思いますし、いろんなお客さんと出会える。それは、引きこもりや不登校児にとっても、得難い社会経験でしょう。ニコ動のイベントがネットとリアルをつないで、彼らに活動のインフラを提供できるんじゃないかと思います。

川上量生(かわかみ・のぶお) カドカワ 代表 1968年生まれ。京都大学工学部を卒業後、コンピューター・ソフトウエア専門商社を経て、97年にドワンゴを設立。携帯ゲームや着メロのサービスを次々とヒットさせたほか、2006年に子会社のニワンゴで『ニコニコ動画』をスタートさせる。11年よりスタジオジブリに見習いとして入社し、鈴木敏夫氏のもとで修行したことも話題となった。

川上量生(かわかみ・のぶお)
カドカワ 代表
1968年生まれ。京都大学工学部を卒業後、コンピューター・ソフトウエア専門商社を経て、97年にドワンゴを設立。携帯ゲームや着メロのサービスを次々とヒットさせたほか、2006年に子会社のニワンゴで『ニコニコ動画』をスタートさせる。11年よりスタジオジブリに見習いとして入社し、鈴木敏夫氏のもとで修行したことも話題となった。

ネットに逃げた人が、人生から逃げているわけではない

──川上さんは、引きこもりの問題に対して、「本人のせいというよりも環境が問題であり、どんどん難しいゲームをさせられている」とブログで書かれていますね。そのメッセージは、教育事業で引きこもりや不登校児にインフラを提供したいという思いにつながっている気がしました。

そうですね。引きこもりや不登校児は、出遅れた子たちなので、同じ条件でほかの人と競争しても負けてしまうと思います。だから、下駄を履かせてあげればいいと思うんですが、現実には逆にハンデを背負って、必ず負ける競争をさせられているんですよ。僕らは、彼らに強力な下駄を提供してあげたい(笑)。

──ご自身についても、引きこもり的な体質だとお話しされることがありますね。彼らに対して共感を持っているように見えます。

はい。僕は明らかに引きこもりの人たちに共感を覚えるし、自分がその仲間だと思っている。たとえば、ネットで引きこもりの人たちがいろいろ言っていることに対してすごく腹が立つんですよね。「お前ら間違っている!」って言いたくて仕方がない(笑)。

でも、同じようにネットで経営者がいろいろと間違ったことを言っても、まったく正そうという気にならない。これはどういうことなんだろうと思うと、興味がないんですよ。僕は、肌感覚のところでは自分が経営者だと思っていない。心の深いところで、自分は引きこもり側の人間だと考えているんだと思います。

──引きこもりや不登校児は「逃げている」と批判されることもありますね。N高校は、彼ら彼女らの受け皿になることが期待されています。

僕はね、「逃げている」と責めるのは上から目線だと思うんですよ。人間は、基本的に逃げている。どんどん逃げて、追いやられて、その中で繁殖して進化していった民族なんですよ。だから、逃げていることに文句を言うのはおかしい。逃げた先で新天地をつくってきたんだから。

その意味で、ネットに逃げた人間に対して、現実に戻って来いなんていうのは間違いです。負けたところに戻って、また戦えなんてひどい話ですよ。

社会としては、ネットに職をつくってあげればいいし、逃げた場所で戦えばいいというのが、本来伝えるべきメッセージです。ネットの世界に逃げたところで、そこでもまた勝者と敗者は生まれます。ネットに逃げたからといって、人生から逃げているわけじゃないんですよ。

その中で、逃げた場所に人生の道が続いてないことが問題なわけです。だから、僕らはネットに逃げた人たちが歩ける人生の道をつくろうと思うんです。全員が歩けるわけではないかもしれないけど、道はあるよ、と。

それにね、彼らは学校のクラスのヒエラルキーにおいて一度敗者になっただけですよ。それを見下して、自分たちのいる場所が人間として正しいんだと振る舞うことに対しては、反発を覚えます。

とはいえ、僕は「お前らを救ってやろう」なんて思わないんです。あくまでツールをつくるから使いたければ使えば、という感覚です。そこからは自助努力だし、努力したって自分に向いていなかったり、運がなかったりすればうまくいきません。でも、救われる人もたくさんいるはずだと思っているんです。

──川上さんご自身も、逃げてきたという感覚はあるのでしょうか。

僕はずっと逃げていますよ(笑)。学校で言えば、まず中学受験に失敗しましたし、中学時代も模試では学年2位を取ったこともあるのに、一番良い高校の推薦をもらえませんでした。授業態度があまりにも不真面目だったせいですね。宿題もまったく出さないですし、内申点がめちゃくちゃ悪かった。

そんなとき、ちょうど新しい私立高校ができたので、そっちを選んだんですよ。大学も京大の工学部に行きましたが、それはほかが全部落ちたからというだけです。まったく行く気はなかったですからね。

就職だって、学生時代の知り合いのつてで会社に入っています。僕はずーっと勝負していないんですよ。これまで、勝負をしているという感覚は持っていないし、現実での厳しいゲームは避けてきました(笑)。

──そんな川上さんがいま中学生だったら、N高校に入学しますか。

うーん……どうだろうな。1年後だったら、絶対に行っていると思いますね。現時点で出ている情報だけでは、ちょっとわからないと思って、最初の1年目は避けるかもしれませんね(笑)。ぼくは慎重なんですよ。でも、まあ、皆さんは信用してください(笑)。

ネットの高校に取り組む最大の動機

──それでは、カドカワにおいて、教育事業はゲーム情報ポータルと並ぶ重要な新規事業と位置付けられていますが、両者に違いはあるのでしょうか。

はい。ゲーム情報ポータル事業は会社としてやるべきものなんですけれど、教育事業は超会議や将棋電王戦、政治などと同じような位置付けです。つまり、動画や生放送のビジネスを主軸としている会社としては本質的ではないですよね。

じゃあ、なぜやったのか。世の中でほかにやる人がいなかったからですよ。僕は、それならやりたい、やる必要があると思うんです。

電王戦を例にすれば、あれが人間とコンピュータが戦うタイミングとしては最後のチャンスでした。僕らがやらなかったら永遠に実現しないだろう取り組みは、つい、やらなきゃなと思ってしまいます。

世の中に求められていることなのに、やる人がいない。そういうことをやるのが、僕らに求められていることなんじゃないかなと思います。

──川上さんにとって、仕事をするうえで哲学があるとすれば、誰もやらないことをやる、ということだと。

そうですね。ネットの高校に取り組むのも、それが最大の動機です。いま本当に必要とされている通信制高校がないし、これからも当分はないだろうなと思いますから。じゃあ、僕がやりましょう、と。

僕たちはやるからには本気でやります。今後、教育分野に関しては相当いろんなことをしますので楽しみにしていてください。世の中を騒がせるようなことをやっていきますよ。

──それでは最後に、川上さんが今後カドカワの代表として仕掛けていきたいことを教えてください。

僕はやっぱり双方向性のストリーミングサービスのスタンダードをつくりたいですね。ニコ動、ニコ生の構想って、実は壮大なんですよ。ただ、その途中のものを出したらヒットしちゃって、最終的な構想にたどり着かずに時が過ぎているというパターンなわけです(笑)。最近ようやく、はじめから双方向性の機能をつくりこんだバージョンが出せそうになってきました。教育事業はもちろんですが、それを実現させたいですね。

(取材・文:菅原聖司、写真:福田俊介)

*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。次回からは、カドカワの取り組みに対してメッセージを寄せた、各界のイノベーターによる教育論をお届けします。