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スポーツ・イノベーション特別編第3回

企業ロゴ露出に興味なし。SAPが進めるスポンサーシップ2.0

2015/10/12
SAP社ブラジルW杯でドイツ代表のデータ分析を支えたことが話題となり、同社のChief Innovation Officerを務める馬場渉に日本スポーツ界から問い合わせが殺到している。陸上男子400メートルハードルの日本記録保持者の為末大も興味を持つひとりだ。2人の特別対談の第3回では、SAPが進めるスポンサーシップ2.0に迫る。

スポンサーシップは「本業で貢献してこそ」

為末:僕はスポーツへのスポンサーシップに関し、企業のロゴを露出することの次のステージとして、その企業の本業でスポーツをサポートするということがあると思っています。

馬場:まさに、そうです。本当にその通りだと思いますが、スポーツビジネスの人でもそういう考えを語る人は多くないです。

為末:そうですよね。

馬場:なぜなのかと、大きな疑問を持っていました。われわれはスポーツのスポンサーシップに関して後発になりますが、明確にスポンサーシップ2.0と表現しています。

ロゴの露出に興味なしと。もちろん効果はありますから、まったくないわけではありません。ただ、スポンサーシップ2.0は、本業によるスポーツへの貢献だと定めています。

たとえばCSR(企業の社会的責任)が発展して本業によるCSV(共通価値の創造)という概念があるように、スポンサーシップも「本業で貢献してこそ」という考えがあるわけです。

後発なので、ロゴの露出というスポンサーシップの第1ステージにはエントリーせず、本業でスポーツマーケティングをやろうと。私たちが企業向けに提供している本業を生かして、選手育成やチームのパフォーマンス向上、クラブの経営をサポートする。

現在、スポーツマーケティングを行っている企業の中でも、本業でサポートしたほうが絶対にメリットがあるところが見受けられていたので、なぜやらないのか不思議に感じることもありました。

馬場渉(ばば・わたる) 37歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった

馬場渉(ばば・わたる)
37歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった

クラブや球団はブランドフィロソフィーを持つべき

為末:接点が見えていないのでしょうか。

馬場:飲料メーカーなどは、本業によるサポートとしてやられていると思います。

為末:わかりやすい例ですよね。大事なところは、企業が持っている本当の価値は何かというところ。そこがセットにならないと、商品をそのまま選手に提供するだけになってしまいます。

航空会社ならば飛行機に選手に乗ってもらうことになりますが、その一歩先としてダイヤの組み方に本業としての強みがあるかもしれない。思いつきになりますが、それならば選手のトレーニングスケジュールの組み方をサポートできる可能性は出てきます。

馬場:まさにそうです。スポンサーシップは本業で貢献すべきだということは、ものすごく共感します。

為末:自分たちの持っている強みや価値は何かと、突き詰めて接点を持たない限り難しいかもしれません。

馬場:本当にその通りですよ。僕はその点に非常に関心があり、絶対にそうあるべきだと思っています。スポンサー価値も必ず高まりますし、リーグやクラブといったスポンサーを受ける側も、自分たちのブランドの再定義をしないといけなくなり、明確な差別化も図れます。

たとえばサッカークラブの場合、「われわれのクラブは、アジリティがあり、イノベーティブで、フレキシビリティが高い」というようなブランドフィロソフィーを持つ。そのフィロソフィーに沿って演出したい企業に、スポンサードしてもらうべきではないでしょうか。

ヨーロッパではブランドフィロソフィーを持っているクラブが多いですが、日本の場合はまだ少ないです。ユニフォームの色やホームの地域という差別化になってしまいます。

スポーツカテゴリでも、バスケットボールは点数が入りやすく、スピーディーでリズムのあるスポーツだと押し出せば、よりオンデマンドなスポンサーシップを好む企業が出てくるはずです。

為末大(ためすえ・だい)
 37歳。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

為末大(ためすえ・だい)

37歳。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

ブランドを突き詰めていないからバッティングする

為末:現状はスポーツ界にとっても、不幸な気がします。たとえを出すと、陸上競技とビーチバレーが同じスポンサーを狙いにいくこともあります。

陸上競技はそもそも、選手が教員になる確率が一番高い。親としても、「将来陸上で食っていかなくても、道を踏み外さないだろう」と考える堅いスポーツだったりします。一方でビーチバレーは、ビーチも関わってきますし、より新しいスポーツとなっています。

ところが、種目ごとに自分たちはどういうカテゴリにいるのか、あまり突き詰められていないから、バッティングが起こってしまう。本来はアプローチの仕方も少し違ったりするでしょうし、どうしてこのスポンサー企業だったのかということを、ほとんどのスポーツで説明できない場合もあります。

馬場:それは、非常にもったいないですね。スポーツをやっている当事者が自らを過小評価しているというか、しっかりと売り込めていない。そこの問題を解かない限り、スポーツ界は経済的にも持続可能にはならない気がします。

日本のスポンサーシップは協賛

為末:スポンサーにとっても、どこかハッピーでないように思います。選手や協会はおカネをもらっているので良いですが、スポンサー側はお付き合いでやっている部分もあるでしょうし、非常に喜んでいるという感じになることはあまりないですね。

馬場:日本では特に、協賛という感じがしてしまいます。

──ただ、企業がおカネも出して、さらに人材を出すことはあるのでしょうか。余計にコストがかかってしまうと思います。

馬場:あり得ると思います。そこは冷静なビジネスのジャッジになるはずです。「われわれはデジタルによって顧客エンゲージメントを革新できる」と、世界中の1万社に対して1社1社に営業コストをかけて説明するよりも、本業で実践し、スポーツマーケティングでストーリーを活用したほうが世間に早く広まりやすく効率的である、と考えれば実行すると思います。

──Jリーグの多くのクラブでは親会社があり、おカネも人材も出していながらも、うまくいかない現状が少なからずあります。

馬場:親会社のみのパワーでは難しいので、たとえば商品のブランドをつくるように、クラブのブランドをしっかりつくることは大事になってきます。それによって、スポンサーシップリクルーティングの戦略を立て、自分たちが持つようなブランドを重要視する企業を見分けることが必要になります。

たとえば、飲料業界でもA社とB社ではブランドフィロソフィーが違うことはあるはずです。スポンサーの先には消費者なり企業なり、顧客がいて、それこそ「アジリティ、イノベーティブ、フレキシビリティ」と「伝統、質実剛健」のようにフィロソフィーが異なれば、それぞれの顧客セグメントは当然変わってきます。

クラブに合うスポンサーを見分けるためにも、リーグ主導でもいいのでクラブがブランドをしっかりつくることはやるべきではないでしょうか。

また、海外のクラブにはスポンサーシップアクティベーションという部門があります。スポンサーシップをすることで、スポンサー側が本業にどういうメリットが得られるか。ロゴの露出とかではなく、メリットを考えてくれる部門がクラブ側に設けられています。

──セールス部門とアクティベーション部門がわかれていて、セールスした後のアフターケアのアクティベーションがすごく丁寧だと言うことですよね。

馬場:日本は協賛金を払って終わりとなってしまう場合が少なくないですから。

インタビューは半蔵門にあるSAPジャパンの本社で行われた

インタビューは半蔵門にあるSAPジャパンの本社で行われた

ロゴの露出にこだわらず、質の議論が必要

為末:日本でのスポンサーに関して言えば、量で評価する感覚も強いですね。現役のときにスポンサーと話す際、どこにどれぐらい企業のロゴが露出されましたと。

馬場:広告効果ですよね。われわれのところにも、クラブやリーグ、選手のマネージメント会社の方々がスポンサー営業で来られますが、ほとんどロゴの露出についての話になります。量から質への議論が必要ですね。質は裏にあるストーリーで変化しますので本業やブランドとのマッチングが大変重要になります。

ただ、少なくてもわれわれのスポンサーシップの考え方は本業で貢献し、クラブ側も本業やフィロソフィーでわれわれに還元してもらいたいということです。一方で、互いのフィロソフィーや戦略に納得できるのならば、5倍でも10倍でも、スポンサー料は払いますと。

──日本のスポーツ界では、タニマチのように一種のステータスとして、応援しているところにおカネを払う場合もあります。そういう文化があるために、スポンサーを必死におもてなしをしようとします。

為末:確かに、タニマチのような世界は一番わかりやすい。それに組んで何かを生み出すよりも、簡単だからということはあるかもしれないですね。

馬場:ただ、われわれとしてはお互いの価値はある種イーブン、フェアなパートナーですから。イコールパートナーとしてやりたいと、実践例としてどんどん発信していこうと思っています。

(構成:小谷紘友、撮影:福田俊介)

*対談第4回(最終回)は、今週の金曜日に掲載予定です。