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サムライインキュベート 榊原健太郎CEOインタビュー(後編)

イスラエルで体感した「ユダヤ流天才の創り方」

2015/10/9
日本の若きインキュベーター榊原健太郎氏。現在出資しているスタートアップは100社に上る。その彼がイスラエルに移住して1年半が経った。「イスラエルはスタートアップの中心地になる」とは彼の持論。日本や日本人の枠にとらわれない行動と発想は、日本の経済界からも注目を浴びるようになってきた。榊原氏はイスラエルから何を学び、何を発信して、何を仕掛けていくのか?(聞き手・構成:上野直彦)
前編:世界の潮流が「シリコンバレー」から「イスラエル」に移る7つの理由

「365」という数字の謎?

──サムライインキュベートが出資している会社は全部で100社。内訳を教えてください。

榊原:日本の会社が83社、イスラエルが16社、アメリカが1社です。ほかにも、サムライインキュベートのコワーキングスペースを利用している企業が東京(品川)とテルアビブのオフィス両方で60社以上あります。

──すごい数字ですね。

逆に僕から質問させていただいていいですか。「365」。これは僕にまつわる数字なんですが、いったいなんだと思いますか。

──わかりませんが……。

僕のTOEICの点数です(笑)。厳密にいうと唯一大学時代に受けたときの点数なんですが、今もレベルは変わっていないと思います。この英語力で僕は単身海外へ乗り込んだんです。

榊原健太郎(さかきばら・けんたろう) サムライインキュベートCEO 1974年愛知県名古屋市生まれ。関西大学社会学部卒業。97年、日本光電工業株式会社 入社。2000年アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)入社。01年株式会社インピリック電通(現電通ワンダーマン) 入社。02年アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)復帰。07年 グロービス経営大学院経営研究科入学。08 年株式会社サムライインキュベート設立。主に事業を立ち上げて数カ月以内の、スタートアップといわれるベンチャー起業を包括的に支援する。

榊原健太郎(さかきばら・けんたろう)
サムライインキュベートCEO
1974年愛知県名古屋市生まれ。関西大学社会学部卒業。97年、日本光電工業入社。2000年アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)入社。2001年、インピリック電通(現電通ワンダーマン)入社。2002年、アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)復帰。2007年、グロービス経営大学院経営研究科入学。2008年、サムライインキュベート設立。主に事業を立ち上げて数カ月以内の、スタートアップといわれるベンチャー起業を包括的に支援する。

──前回のインタビューでは、「イスラエルは危険な国」という誤ったイメージが日本にはある、と語っていました。単身で住んでみた実感は?

これも数字で説明しましょう。データを見るとわかるのですが、日本の死亡者数のほうが圧倒的に多い。

イスラエルはテロ事件が多いといわれます。たしかに昨年はIS(イスラミック・ステート)の問題もあり増えましたが、一昨年まではテロの犠牲者はイスラエル含め「全世界」で平均1万5000人です。その一方で、日本には自殺者が約3万人もいます。死亡者数という点で見た場合、どちらの社会のほうが“危険”でしょうか。

また、WHOのデータを見ればわかりますが、成人男性の死亡率もアメリカが142位、日本が175位、イスラエルが183位と、アメリカや日本よりもイスラエルは低いのです。

平均寿命の長さは日本が世界一ですが、イスラエルもWHOの2015年発表では9位に入っています。治安も、深夜に女性が普通に1人で歩いています。

何度失敗しても許される

──榊原さんはイスラエルがスタートアップで成功している最大の特長は何だと考えますか。日本との最大の違いは何でしょうか。

最大の特長は、失敗が許されることです。

これもデータで説明しますが、起業家の9割が3回以上の起業をしている。1社だけではない。つまり、何回も起業するシリアルアントレプレナーばかりです。日本では山田進太郎さん(メルカリ創業者)とか、家入一真さん(paperboy&co.創業者)などが有名ですが、まだまだレアな存在です。対してイスラエルはそういう人ばかりです。

僕のまわりに15回起業して失敗した人がいます。でも、普通に生きています。むしろ何度も挑戦したと称賛されます。人の評価が日本のような「減点方式」ではなく「加算方式」だからです。日本で自殺者が多い理由のひとつは「失敗が許されない文化」だからだと思います。

──そうすると仕事のやり方も違うのでは?

そもそも仕事の価値観が違います。僕もイスラエルに来て気付いたのですが、日本人は仕事重視ですよね。土日も働いて、平日も夜遅くまで頑張るじゃないですか。

でも、イスラエルの人は18時には帰る。イスラエルでは宗教上の理由から金土が休みなのですが、週末はどんなエリートでも仕事は一切しません。そして金曜の夜は、必ず家族全員でご飯を食べます。

──安息日(シャバット)ですね。才能の伸ばし方や「個」の育成などはどうしていますか。

「個」をとても重視していますし、育て方を知っている。とにかく社会全体が、やりたいことはやっていいよ、という感じなんです。

子どもがやりたいことは、全部やらせます。たとえば、仲良しの家族グループが海へ遊びに行ったとします。夜になってみんなでご飯に行くことになったとき、ある家族の子どもが「まだ砂山をつくって遊んでいたい」と言ったら、その家族だけは子どものために残ります。食事はキャンセルなんです。

日本はいつも団体行動、イスラエルは個人行動。特に子どもがやりたいことを優先します。そういった社会なので、大人になってからもやりたいことがあったらすべてやります。

──1990年代にイスラエルのある小学校に行ったら、机のかたちが一つひとつバラバラでした。予算の問題もあったのでしょうが、すべて同じかたちの机が並んでいる日本との違いに驚きました。

また、女性の先生が授業をしている最中に別の本を読んでいる子、床に落書きをしている子がいたんです。でも先生は一切注意しませんでした。ユダヤ人から多くの天才が生まれる理由を垣間見た気がしました。

イスラエル人はなぜペットに首輪をしないのか

そのあたりは、スタートアップ起業の独創性につながっていると思います。

もうひとつわかりやすい例が、ペットです。日本人はみんなペットに首輪をするじゃないですか。イスラエルは首輪をあまりしません。自由にさせたいという理由からです。

日本では、犬が飼い主に対してへいこらしている印象があります。もちろんすべてではないですけどね。でも向こうは、犬でも「私も家族の一員よ」みたいな感じで振る舞っています。

──確かに、その街を歩いている動物を見れば、お国事情がわかるといわれますよね。

日本に戻ってくるとビジネスマンのスーツや学生服など、みんな一律。電車に乗ってもみんなキチンと座っている。ルールやマナーは素晴らしいですが、カッチリしすぎているんじゃないか、と。どちらの社会がいいかはわかりませんが、中間があればいいなと思いますね。

──仕事観や人生観の違いは?

イスラエル人はいつ死んでもかまわないと思っているというか、一日が一生である、という感覚ですね。こういった価値観には歴史的な背景があるのかもしれません。だから毎日を生き切る、プライベートも仕事も。

それと、家族を非常に大切にします。仕事よりも絶対に家族です。離れていても同じ国なら週に1回は家族が集います。でも、日本人だと同じ国の中にいても会わない場合がある。僕が年に2回しか親に会わないと言ったら「クレイジーだ」と言われました。

理想は100万人雇用。貧困をなくして真の平和をもたらしたい

──今後はどのような展開を考えていますか。

今年の目標は、第5号ファンドからの日本とイスラエルのスタートアップを合計60社つくること。またテルアビブのコワーキングスペースに30社、日本の企業との提携を100社、あとイベントをイスラエルで50回開催したいです。

──その先の目標は何ですか。

僕の究極の目標は、100万人の雇用を生むことなんです。僕は貧困が戦争や大きな事件の原因になっていると考えています。

日本も、戦後の焼け野原から大量に雇用が生み出されて、平和で豊かな国になりました。イスラエルでもそれを実現したい。もちろん、イスラエルは人口が800万人しかいないので、100万人の雇用とは地域や世界全体を視野に入れての数字です。

すでに支援先の会社には、パレスチナ人とユダヤ人が共同で経営している会社もあります。僕が支援している会社では、パレスチナ人と一緒に仕事をしているところも多いです。世間でいわれているような差別もありません。

最後に一言だけ伝えさせてください。僕はいつもイスラエル人にこう語っています。このフレーズはヘブライ語で話せるんです。

「ハ アファラユット シェリーゼ リブノット ゲジェル ベン イズラエル ヴェ ヤパン!(My responsibility is to make a very very Strong Bridge between Israel and Japan!)」

日本語の意味は、僕の責務は、イスラエルと日本との間にとても強固な橋を築くことです。

日本からイスラエルに対し平和な国づくりのノウハウを提供し、イスラエルから日本に対しイノベーティブな技術、知識、文化を提供していく。今後もどんどんスタートアップを成功させていきます。
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(撮影:福田俊介)