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今回は、「見せかけのバリアフリー」、「ハリボテの街」の困難を、互いの協力で乗り越えようとする逞しいモスクワ人の姿が描かれます。今回で「駐在員妻ロシア編」は終了になります。素敵な写真と本文で一般的な日本人の知らないロシアの真実の姿を切り取って下さった著者のりりさん。本当にありがとうございました。
これはモスクワで暮らしたことがあると身につまされるお話ですよね。
ロシアには「それっぽいもの」はあるけど大抵機能不全で人間の互助がそれをカバーしている(駅エレベーターは最近まともに機能するのもありますが)。
ロシア人は愛想ゼロだけど困っている人には意外に親切だったりもする。
一方、日本には素晴らしいインフラがあるけれど、人間の互助はいまいち弱く、それどころか援助を申し出ると固辞されたり変な目で見られることもある。
多分日露はこの辺りが両極端で、欧米なんかはもう少しバランスがとれているのではないかと勝手に期待するのですが、如何に。
日本に「私がエレベーターだ!」と自然な声掛けができる人がどれくらいいるかな・・・

東京オリンピックを前に、移動をテーマに電気自動車の導入、公共交通機関の整備といった議論はされている。

おもてなしを発揮する、自然なコミュニケーションが生まれる仕組みのデザイン。
ソフト面をテーマにした議論がもっとあって欲しい。
私がモスクワを訪れた際も数多くのバリアに行く手を阻まれたが、いつも屈強な男性たちが車椅子を抱えてくれた。それまで冷たいイメージのあったロシア人だが、ずいぶんと印象が変わった。
「私がエレベーターだ!」…泣ける。お金をかけて道を整備するより、手を貸せる人が集まる方が速いし、暖かいです。ロシアに対する見方が変わる素敵な記事です。
"おそロシアでおもロシアな究極のツンデレ国"、純粋に訪れてみたいと感じた。

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記事中にある「本当のバリアフリー」と「"私がエレベーターだ"現象」とは、トレードオフの関係にあるように感じられる。

街中で親切や人助けをするには、気持ちだけではなく反射的に身体が動くようになるための「慣れ」が必要だと思う。
動かないエレベーターの代わりに"エレベーター"となって人を助けることに慣れている記事中の男性は、おそらく普段の生活でも困っている人に躊躇なく手を貸すことができるようになっている。しかし、エレベーターが動くようになれば、自らがエレベーターになる機会は減ってしまうため、「人助け経験値」のようなものの蓄積も減るかもしれない。となると、ごく稀にエレベーターの壊れた階段があった場合に自らが"エレベーター"になるという行動を取りにくくなるし、それ以外の場でも、慣れない人助けをするためのハードルは少し高くなる。

"見せかけのバリアフリー"が助け合いの精神を育んでいるのは、好ましいことではある。しかし、本物のバリアフリーが進めば、その精神も薄まってしまうのかもしれない。
バリアフリーと想像力を両立できるかどうか、ということを考えさせられた。
私がエレベーターと言ってくれる、素敵な市井の方々。日本にも欲しい、こんな素敵な人々。制服着た高校生が優先席で大声あげて喋ってる一方で、すっとお年寄りに席を譲った留学生を見て、他者を思いやる利他心が日本の社会で養えていないのではと反省させられました。
ロシアの知らない一面を知ることのできる良リポート。
今回が最後とはちょっと残念。