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船橋洋一・日本再建イニシアティブ理事長に聞く

グローバルミドルパワーとしての日本の新戦略。問われるのは日本人の胆力だ

2015/10/4
中国、米国、日本。東アジアの中心となるこの3ヶ国の戦略的ポジションは、これからどう変わっていくのか。そして、人口減少など衰退が続く日本は、新たな国際環境に対応し、どのような戦略を再設計すべきなのか。今後の国際情勢と、グローバルミドルパワーとしての日本の戦略について、日本再建イニシアティブ理事長の船橋洋一氏に聞いた

同じような危機は再び来る

──今回の中国で起きた株安は、あくまで一時的な調整でしょうか、それとも、構造的なものでしょうか。今回の株安から見えた、習近平政権の課題は何でしょうか。

船橋:株安について言えば、株価が去年11月時点に比べて一時2倍まで高騰していたことを考えると、ある意味、自然な調整と言える。バブルは潰れるのが早ければ早いほどよかった。だから、株価の調整が起きたこと自体はそんなに心配はしていない。

ただ、今回の株安の過程で見えてきたことがあった。それは、共産党といえども、市場はコントロールできないという当たり前の事実だ。

これまで中国経済は、「専制資本主義」「ペイジン(北京)コンセンサス」の元に運営される、特殊な社会主義市場経済であるとみなされてきた。しかし、共産党支配の国であっても、完全にマーケットをコントロールすることはできないことを中国国民は知った。

今後、共産党の指導部がどう政策の方針を変えるかは、まだわからない。「今までのやり方はもうダメだ、さらに改革開放に向かおう」となるか、「今回のPKO(株価維持政策)はやり方が悪かっただけだ、社会安定を最優先にしてコントロールを続けよう」となるのか。

私の意見では、習近平体制は、改革の方向にはいかないと思う。今後は、江沢民・朱鎔基の改革路線を継いだ、李克強首相の「リコノミクス」よりも、社会の安定を最優先する「習近平ノミクス」のほうが優勢になってくるのではないか。

つまり、結論的に言えば、今回の教訓を中国が十分に学ばないとすると、同じような危機はまた来ると思う。

習近平政権には改革の意志が感じられない

もうひとつ、今回の株安ではっきりしたのは、中国の高度経済成長はもう維持できないということだ。中国は、7%前後の成長率を前提とした「ニュー・ノーマル(新常態)」を目指すと言ってきたが、今は、「ニュー・アブノーマル」になっている感じがする。

マッキンゼーグローバルインスティチュートのデータによると、中国の債務はすでにGDPの282%に達している。地方政府の債務、シャドーバンキングによる焦げ付きなども考えると、債務はもっと大きいはずだ。

しかも、今回の人民元の切り下げには中国の苦悩が見て取れる。

今、中国が、「一帯一路」やAIIB(アジアインフラ投資銀行)などの構想を打ち出している背景には、人民元をSDR(特別引出権)の中に組み込んで、準備通貨として売りだそうという狙いがある。来年、中国はG20の開催国だが、その際に人民元の魅力を打ち出すためにも、強い人民元を維持しなければならない。

そうした事情があるにもかかわらず、今回、人民元を切り下げざるをえなかったのは、それだけ実態経済が痛んでいることの証左だろう。

──つまり、今回の株安が危機につながることはないけれども、構造的な問題はかなり根深いと。

かなり根深い。マグマがこもっているような状況だ。

──そうした状況に対する、習近平政権の対応をどう評価しますか。

的確な手は打てていないし、本当の意味での改革をやろうという意思が感じられない。「社会安定第一主義」が、胡錦濤政権よりも強いように感じる。

それはなぜかというと、胡錦濤政権のときよりも経済の状況が悪いからだと思う。それに加えて、少数民族、新彊ウイグル、チベットなどの地政学的なリスクもあるし、海洋の権益をめぐって、他国とナショナリズムがぶつかりあっている。

──なぜ習近平政権は、「改革」の方向に舵を取りにくいのでしょうか。

端的に言えば、改革とはリスクを取るということだ。その過程では、必ず失敗も生まれる。しかし、共産党のような一党独裁の場合は、党員が失敗を極度に恐れる。

そこに反腐敗キャンペーンが重なって、さらにリスクをとりにくくなっている。リスクをとって成功すると、あいつだけ隠れてうまいことやっていると嫉妬を受けて、摘発されかねない。すると、みな何もしなくなる。保身がまん延していく。

対照的な米中の地政学的ポジション

──安全保障、外交面での中国の中長期的な狙いはどこにあるでしょうか。

9月3日の抗日戦争・反ファシスト戦争勝利70周年記念式典軍事パレードを通して、習近平体制が唱える「中国の夢」の一種の姿がかなり明確になったと思う。

パレードにあわせて、中国は5隻の軍艦で編成された中国海軍艦隊をアラスカ沖に出した。しかも、オバマ大統領のアラスカ訪問に照準を合わせよ、という風に。

これは「中国が太平洋国家になる」という明確な意思表示だ。中国海軍は、東シナ海、南シナ海、中国近海だけで活動するわけではないことを示している。そのほかにも、対空母弾道ミサイルの「DF-21」をアピールしたり、超長距離ミサイル「DF-26」をデモンストレーションしたりしている。

これらの動きは、世界と米国に対する明確なメッセージと言える。すなわち、「中国の夢」というのは、経済の領域にとどまるものではなく、軍事力も含めたパワーアップを意味するということだ。

──中国がこのまま経済、軍事両面でパワーアップして、米国を凌駕するスーパーパワーになる可能性はありますか。

それは極めて疑問だ。まず、経済運営が肥大化する経済規模に追いつかない。

しかも、中国は地政学的に米国に比べて不利にある。中国は14の国と国境を接しているからだ(編集部注:北朝鮮、ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナム)。

その中には、キルギスタン、パキスタン、ラオスなど関係が安定している国もあるが、インドやベトナムやアフガニスタンとの関係はどうなるかわからない。ミャンマーとの関係もかつてのような蜜月ではないし、モンゴルとの関係も厄介だ。北朝鮮との関係に寒風が吹きすさんでいることが、70周年パレードからも見て取れた。海外からのゲストが並ぶ中で、北朝鮮使節団代表の位置は一番端だった。

そのうえ、中国には、新彊ウイグルとチベットという民族問題がある。中国は、チベットに水を握られているので、地政学的に脆い。黄河、揚子江、メコンという三つの大河の水源は全部チベットにある。ここの上流から中国の水を押さえられるというリスクを、中国は強く感じている。チベットはいざとなれば、今よりさらにインドになびいていくはずだ。こうした緊張常態はこれからもずっと続く。

インドと中国は大人の国なので、それぞれ大人のゲームをするが、長期的に険しい関係となることはおそらく避けられない。両国の間にはヒマラヤ山脈があるため、歴史的にうまくすみ分けしてきたが、もし両国が平原でつながっていたら、血で血を洗う戦いが何千年と続いていたはずだ。

ロシアとの関係はいまはともに米国のヘゲモニーに対抗していくとのことで重なっているが、米国が中央アジアから完全に撤退をしたあとはユーラシアをめぐる葛藤が生まれる可能性もある。

──中国の地理的条件と比べると、米国の優位性が際立ちます。

神様は、よくこれほどスーパーパワーを保証してくれるような地政学な条件をアメリカに付与したなと思う。米国は、東西を海に囲まれているし、南北の隣国がカナダとメキシコなので、基本的に国境問題はない。唯一問題となるのは、「国境の南」からの移民と麻薬ぐらいしかない。

カリブ海は、19世紀まではスペインが残っていたため唯一のリスクだったが、米西戦争に勝って、キューバ、フィリピン、グアムをスペインから奪った。その後、キューバだけは一度米国から離れたが、今年、国交正常化を果たした。将来、キューバは最も親米的な国になる可能性があると思う。

近年、中国は、ベネズエラやエクアドルとの関係を深めて、米国の勢力圏に手を突っ込んできていた。これは、モンロー・ドクトリンの歴史をふまえると、米国にとって100年ぶりの脅威と言える。そうした状況で、米国はキューバをまず自分の陣営に引き入れるという手を打ったわけだ。すでに両国のパワーゲームは始まっている。

日本の地政学的な課題

──ここからは中国と日本の関係に移ります。経済、軍事、地政学という面で、日本が中国との関係を考えるうえで念頭に入れておくべきことは何ですか。

日本は中国との経済関係が深いという現実をまず見るべきだ。韓国ほどではないが、米国に比べると中国経済への依存度が高い。中国経済がダメになって、「ほら見たことか」という話ではない。

このままでは、中国が日本の二の舞いに陥るおそれもある。不良債権が積み重なって、長期デフレに突入し、低成長になってしまうかもしれない。そうなると、日本経済へのダメージも大きい。

だから、中国がうまく改革できるように、日本はもっと中国との間でマクロ経済政策の対話を行ったほうがいい。

インフラ投資の面でも、日本はAIIBに加入して、日中の対話を深めたほうがいいし、さらにエネルギーについても、日中は同じ課題を抱えているので、政策対話を行ったほうがいい。日中が一緒に何かをやるというレベルまで行かなくても、世界の第2の経済大国と第3の経済大国が、もう少しお互いの情報を交換し合うべきだ。

先日も、北京に行き、国家外国専家局の招待で、福島原発の際の政府の危機管理の教訓について話をしてきた。天津爆発事故の対応について中国国内でもさまざまな意見が出ていることもあり、半日かけて意見交換をしてきた。各部局の担当幹部たちと話をして、私もとても刺激を受けた。

きっと中国側は、日本からのアドバイスを貴重なものとして聞くと思う。私自身、9月に大連のダボス会議に行ってきたが、日中のパワーゲームを考える際には、安全保障と経済は分けて、2層のゲームとして考えるべきだ。経済は必ずしもゼロサムゲームではないので、ウィン・ウィンになれる分野を探していく努力が求められる。

──現在の安倍政権の対中政策は、経済よりも安全保障面が目立っている状況です。今回の安保法案についてはどう評価していますか。

安全保障の基本的な考え方とは、想定外の事態にできるかぎりの備えをすることだ。その意味では、集団的自衛権を場合によっては行使することを法的に担保するのは必要だったと思う。

しかし、本来であれば憲法を改正してから、法案を通すのが筋だったし、説明が丁寧かつ十分でなかった。

安保法制は、中国に対する抑止力を高めるためと言いながら、その法制がどのように対中抑止力を高めるかについての議論がなかった。

初めから手続き論と技術論や細かいケースの話ばかりになってしまっていた。

日本に不可欠な、“静かな抑止力”

──日本は、中国に対する抑止力をどう構築していくべきでしょうか。

まず、日本のもつ地政学的な重要性に基づく、日米同盟が抑止力の中核となる。しかし、抑止力は軍事だけではなく、外交、経済などすべてを含むものだ。しかも、派手に見せびらかすような抑止力ではなく、もっと静かな抑止力にしないといけない。中国を「封じ込める」ことはできないし、経済で封じ込めするべきではないからだ。

結局、どうすべきかというと、ギリギリのところで、お互いの面子を立て合うしかない。お互いの顔を潰さずに、必死になってお互いをケアするのが最善の道だ。

そのためには、相互のコミュニケーションと戦略の意思疎通の両立、さらには共通の状況認識を持っておくことが必要になる。やはり、外交と経済が大切なのだ。

米国の外交官だったジョージ・ケナンは、「外交は、女性的な繊細さをもっとも必要とするフェミニンなアートだ」と言っている。だから、威張ってみたり、けしかけてみたりといった行動は、厳に慎まないといけない。そうした“静かな抑止力”に徹することが、戦略そのものと言える。

特に日本が注意するべきは、歴史問題だ。国際的に、歴史問題について日本の立場はとても弱い。慰安婦の問題にしても、最近の政府のアプローチでは、国際的な共感を得るのが難しいことは明々白々だ。

──歴史上、日本と中国がともに強国として向き合ったことはありません。しかも、今は中国がパワーを拡大し、日本のパワーが衰退しつつあります。そうした中で“静かな抑止力”を行使するために、大事なことは何ですか。

1つ目は、国際政治、国際経済、国際社会の中で、日本の戦略的なポジションが弱まっていることを真正面から見据えないといけない。日本にグローバルパワーとして生きていくチャンスはまだあると思うが、世界の中心国になるのは難しい。だから、その地位に見合った、反射神経をつくらないといけない。どんどん日本が小さくなる中での、国益、戦略の再定義が必要になっている。

世界を見ても、中小国というのは、どの国もインテリジェンスと国際機関をとても重視している。一対一の関係では不利になるので、多国間の関係にもっていく。アプローチとしては、マルチラテラリズム(多国間主義)だ。日本も、日米同盟という一枚のカードだけではきつくなっていくだろう。グローバル・ミドルパワーとしての生きる意志と手法を身に付けなければならない。

国連もより重視する戦略が必要だ。その戦略を実現できるような人材を体系的かつ継続的に国家意志として育成しなければならない。個々人のグローバルリテラシを上げるとともに、国際社会で本当に役立つ人間、たとえば国際会議のプロ中のプロを100人、200人と育てていく必要がある。

それに加えて、日米同盟をさらに進化、強化させることも不可欠だ。集団的自衛権も含めて、日本ができること、できないことを明確にしたうえで、より双務性をもった同盟にしていく意志を米国に見せていく必要がある。いままでのような「ただ乗り」に対して、余裕のない米国からの反発が今後強まるだろう。

実際、大統領候補に立候補しているドナルド・トランプが、日本の「ただ乗り」を批判している論はデタラメだが、このことについて彼の言っていることはデタラメではない。ポリティカリーインコレクトな発言ではあるが、ある意味、米国国民の本音中の本音を言っているところがある。だからこそ怖い。
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批判に耐える胆力を

2つ目は、歴史の問題だ。

安倍首相の戦後70周年談話は、及第点ではあるとは思う。ただ、どこまで本当に深く歴史の問題を考え抜いたか、どこまで心に染みる言葉で日本と世界に語りかけたか、という点では不十分だった。おおまかにいえば、ポリティカリーコレクトなスピーチを建前で行ったという感じになってしまった。

欲を言えば、70周年談話にはアダム・スミスの言う「道徳的共感」を示してほしかった。そうしたことができるようになれば、日本は成熟した市民社会、民主主義社会として、国際社会でもより大きな信頼を得ることができると思う。

過去の過ちをきちっと認めて、それに対して、できるだけの償いをして、常に忘れずにいるという姿勢を示し、物事への取り組みを変えていくことが大切だと思う。

日本が、韓国からの批判も、ぐっと飲み込んで堪えて、笑顔でもって接するような国になれば、今後、日本がより小さくなったとしても、国民として一目も二目も置いてもらえる。歴史の問題で重要なことは、覚悟を決めることだ。最後に問われているのは、日本人の胆力だ。

【プロフィール】
船橋洋一(ふなばし・よういち)
一般財団法人 日本再建イニシアティブ理事長/元朝日新聞社主筆
1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒。1968年、朝日新聞社入社。朝日新聞社北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長等を経て、朝日新聞社主筆。2011年9月に独立系シンクタンク「日本再建イニシアティブ」設立、理事長。福島第一原発事故を独自に検証する「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」をつくる。2013年、危機管理をテーマにした『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(新潮社)刊行。『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。ほかにも『原発敗戦―危機のリーダーシップとは』(文春新書)など著書多数。

(聞き手:佐々木紀彦、撮影:福田俊介)