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アートとビジネスの交差点(2)アルスエレクトロニカ報告

8KのVR空間、遺伝子解析…先端技術とアートが融合

2015/10/1
人口わずか20万人の都市、オーストリア・リンツ市に、アートとテクノロジー、社会とをつなぐ活動を続けている創造拠点があることを前回紹介した。年1回のフェスティバルでは、世界中の応募作品から選ばれた前衛的なメディアアート作品が展示される。今年はどんな作品が注目されたのか。アルスエレクトロニカが選んだ「テクノロジー×アート」を紹介する。

テクノロジー×アートに4つの顔

前回紹介したように、アルスエレクトロニカは、常設展示、国際コンペティション、フェスティバル、R&Dの4つの顔を持っている。

フェスティバルの期間中、市内各地でいろいろな作品展示があるが主な展示は3つだ。1つは今年度の国際コンペティション「プリ・アルスエレクトロニカ」受賞作、もう1つは、メイン会場でテーマに沿ってキュレーションされた展示、そして、アルスエレクトロニカセンターで開催される企画展だ。センターの企画展には、過去の受賞作なども含まれる。

センターは、テクノロジーとアートを体験できる施設だ。ロボット関連の作品を展示する「RoboLab」、3Dプリンターなど工作機械を使った作品の展示制作をする「FabLab」、最新顕微鏡を使ってクローン植物の手づくり体験などができる「BioLab」、人の認知や行動につながる脳の働きを研究・展示する「BrainLab」の4つのラボに加えて、欧州宇宙機関(ESA)との共同作品や、リンツ市のデータ分析、過去の受賞作などを含めてテクノロジーとアートの在り方を問う作品展など複数の企画展が行われている。

「BrainLab」センターの展示の一つ「HOLOMAN」(提供:アルスエレクトロニカ)

「BrainLab」センターの展示の一つ「HOLOMAN」(提供:アルスエレクトロニカ)

「BioLAB」(提供:アルスエレクトロニカ)

「BioLab」(提供:アルスエレクトロニカ)

さらに今年は、「DeepSpace」と呼ばれるバーチャルリアリティの視聴覚室がバージョンアップした。16×9メートルの壁と床をプロジェクションとして構成される部屋は、従来は4KやフルHDだったが、今回はより解像度が高い8Kの3次元立体イメージが体験できる空間になった。そこでは、連日1時間程度の作品が次々と放映される。

たとえば、「文化遺産」という作品群では、建物の内部までも3次元で可視化し、見ている人があたかもその中に入って行き、貴重な遺産の内部に触れられるようなバーチャルリアリティ体験ができる作品だ。それ以外にも、人間の身体を3Dで観察できる作品や、空間全体を使ってアバターを操作するゲームなども登場した。

「DEEP8K」では、3D用のメガネをかけて参加者が立体画像を楽しんだ(提供:アルスエレクトロニカ)

「DEEP8K」では、3D用のメガネをかけて参加者が立体画像を楽しんだ(提供:アルスエレクトロニカ)

実用というよりは実験的作品、問題意識が起点のアート

一方、市内の現代美術館の一つ「OK Center」に展示された「プリ・アルスエレクトロニカ」のは、よりアート色、実験色が強い。2015年度の表彰部門は、「ハイブリッドアート」「コンピュータアニメーション/フィルム/VFX」「デジタルミュージック&サウンドアート」「ネクストアイデア」「ヴィジョナリー・パイオニア」「U-19 Create Your World」の6つ。今年は、75カ国から2889作品が集まった。

ハイブリッドアート部門で大賞の「ゴールデンニカ賞」を獲得したのは、メキシコのアーティストの作品「Plantas Autofotosintéticas」。ラテンアメリカの多くの都市で、河川が下水道として使われ、生態系を破壊し、川が死んでいるという問題に対し、自然の自己再生力を使った汚水の再生システムをつくった。

汚水の細菌によって生み出されたエネルギーを使って、装置内で光をつくり、光合成を促し、水をろ過する。さまざまな場所で採取された汚染水が装置内に供給されていて、その汚染レベルが高いほど、強い光が発生する。

Plantas Autofotosintéticas/Gilberto Esparza(MX)(提供:アルスエレクトロニカ)

Plantas Autofotosintéticas/Gilberto Esparza(MX)(提供:アルスエレクトロニカ)

自身の問題意識から始まり、それをどう解決するかを考えて生まれてきた作品だ。一般的な「アート」のイメージからは遠いようにも思えるが、社会における問題に着目し、その在り方を問いかけるのが現代アート。審査員からは「排水問題という問いに対し、コンピュータのハード、ソフト、そして人間の頭脳を集約して具現化した象徴的な作品」と評価された。

展示作品が扱う「社会問題」は、戦争や環境問題もあれば、バイオテクノロジーの進化と人間生活との関係を問うものなどもありさまざまだ。純粋にテクノロジーの可能性を追求した作品もある。制作の起点となる「問い」はそれぞれだ。

ショウジョウバエやミバエを数百年という長期スパンで育てようというプロジェクト「Drosophila titanus」は遺伝技術が進む中での優生思想への問いかけであり、「PSX Consultancy」は、人間中心主義に対して疑問を投げかけ、植物の視点で植物のためにつくった「大人のおもちゃ」(授粉を促したり、授粉時の病気感染を防ぐツール)だ。

街中で集めたタバコの吸い殻や毛髪からDNAを抽出し、その人の人種、顔や髪の色などを分析して3Dで顔を再現した「Stranger Visions」は、バイオテクノロジーの分析コストが下がり、情報の入手が簡単になる中で、個人情報の問題が生じていることに対する問いかけからつくられた作品だ。

PSX Consultancy/Pei-Ying Lin(TW),  Špela Petrič(SI), Dimitrios Stamatis(GR), Jasmina Weiss(SI)

PSX Consultancy/Pei-Ying Lin(TW), Špela Petrič(SI), Dimitrios Stamatis(GR), Jasmina Weiss(SI)

Stranger Visions/Heather Dewey-Hagborg(US)の作品。たばこの吸い殻と収集した場所、そこから推定される髪の色や肌の色などの展示とつくられた顔を併せて展示した

Stranger Visions/Heather Dewey-Hagborg(US)の作品。たばこの吸い殻と収集した場所、そこから推定される髪の色や肌の色などの展示とつくられた顔を併せて展示した

一方、コンピュータアニメーション部門やサウンドアート部門の受賞作では、純粋にテクノロジーを生かした斬新な作品や自然、機械から生まれる音の意外感などを示したものが展示された。

アニメーション部門の大賞(ゴールデンニカ賞)は、ベルギーの作家による「Temps Mort/Idle Times」。肖像画は一見静止画に見えるが、しばらく見ていると、目が動いたり、会話を始めたり、虫が飛び交ったりする。

それぞれの絵に、キャラクターの置かれたストーリーが設定されていて、たとえば遺族の中に湧き起こる感情、本人は泣いていないが周りの期待に応えて泣こうとしたり、その必要性を感じたりという表情をアニメーションで表現している独特の作品だ。

Temps Mort/Idle Times/Alex Verhaest(BE)(提供:アルスエレクトロニカ)

Temps Mort/Idle Times/Alex Verhaest(BE)(提供:アルスエレクトロニカ)

受賞作の一つAugmented Hand Series/Golan Levin(US), Kyle McDonald (US), Chris Sugrue(US)は、装置の中に手を入れると手の指が何本にも枝分かれしたり、切れたり、短くなったり長くなったりと変化する。自分が手を動かす感覚と、映像で手が変化していく内容は一致しない。その不一致を通じて、日頃はあまり意識することのない手の機能や身体感覚を意識させる作品だ

受賞作の一つAugmented Hand Series/Golan Levin(US), Kyle McDonald (US), Chris Sugrue(US)は、装置の中に手を入れると手の指が何本にも枝分かれしたり、切れたり、短くなったり長くなったりと変化する。自分が手を動かす感覚と、映像で手が変化していく内容は一致しない。その不一致を通じて、日頃はあまり意識することのない手の機能や身体感覚を意識させる作品だ

領域や境界を超えた展示、日本からも実験的作品

アルスエレクトロニカでは、ほぼ毎年、日本からの受賞者も出ている。さらに今年は、大阪の知的創造拠点「ナレッジキャピタル」による呼びかけで、メイン会場に日本の企業や大学が複数出展した。

デジタルミュージック&サウンドアート部門では、赤松音呂さんの「チジキンクツ(Chijikinkutsu)」がゴールデンニカ賞に輝いた。水と縫い針を入れたグラスが銅線でつながれていて、その針がグラスを叩く静かな音が空間に響く作品だ。

Chijikinkutsu/Nelo Akamatsu(JP)(提供:アルスエレクトロニカ)

Chijikinkutsu/Nelo Akamatsu(JP)(提供:アルスエレクトロニカ)

赤松さんは受賞者によるパネルディスカッションで、チジキンクツは「地磁気」と「水琴窟(すいきんくつ)」を掛け合わせた造語だと説明した。

「地磁気」とは地球が持つ磁性でどこにでも存在しているが人は感じることのできない力のこと。また、「水琴窟」とは、江戸時代からの日本庭園の装飾の一つで、ちょうず鉢の近くの地中につくり出した空洞の中に水滴を落下させ、発せられる音を反響させる仕掛けのことだ。

グラスの中の縫い針はあらかじめ磁化してあり、地磁気の作用で北を向き、銅線を流れる電流によって発生音が聞こえる仕掛けで、京都のお気に入りの寺で水琴窟の音を聞いたときに、インスピレーションが湧いたという。

地磁気という科学的作用を取り入れる一方、日本の自然観の中から生まれた繊細な音を展開し、鑑賞者の感覚を研ぎ澄ます作品で、審査員は「この作品は、普通の生活や心の世界で、私たちが見ることのできるもの、見ることができないものを呼び覚ます」と評した。

またメイン会場には、電通国際情報サービス(ISID)のオープンイノベーションラボによる「樹木と人が共鳴する未来の都市像」が展示された。

大阪のナレッジキャピタルの呼びかけで実現した展示の一つで、人の気持ちに応じて樹が元気な音や明るい光を発したり、逆に落ち着く音楽や光になったりする作品。

人の脈拍数などを樹木につけられた装置で読み取ると同時に、空間の湿度などから樹木そのものの「活性度」も測り、双方の「状態」を音や光で表現する仕掛けだ。今後の都市開発においては、再び広場や緑化が大事になるとの視点からつくられたという。

興味深いのは、いずれの作品もどこか実験的であったり、思わず続きを考えたくなるような面があることだ。

博報堂でアルスエレクトロニカとの共同事業「FUTURE CATALYST」を担当しているクリエイティブ戦略企画室のプロデューサー鷲尾和彦さんは、「アルスエレクトロニカのキュレーションは、世界中から、未来の可能性を提案する作品やプロジェクトを集めて、イノベーションの可能性を提示したり、強い問いを投げかけている。結果的に、作品を見た一人ひとりが、自分自身で続きを考え、議論や対話につながるようにプログラムが巧みに設計されている」と、その魅力を語った。

(取材・文:山田亜紀子)

*続きは明日掲載予定です。