リクルート内にシリコンバレー型の擬似VCが設立
「大企業からイノベーションは生まれない」の常識は覆せるか?
2015/9/30
「上場企業となったリクルートからは、もはやイノベーティブな新規事業は生まれない」。そんな声も聞こえてくる中、リクルートでは大々的な内部改革を進めている。グループ社内にシリコンバレー型の擬似VC制度を取り入れ、革新的なスタートアップ事業を生み出すエコシステムの創造にチャレンジしている。その拠点である「Media Technology Lab.」の室長・麻生要一氏と、グループマネージャーの古川央士氏に話を伺った。
シリコンバレーを徹底研究して生まれた擬似VC
数多くの起業家を輩出してきたリクルートにおいて、過去30年以上続いてきた新事業コンテスト「New RING」が、2015年4月に生まれ変わった。
新制度「Recruit Ventures by New RING」は、毎日都度応募可能かつ月に1回以上のエントリー審査会を開催し、これまで以上に多くのメンバーに向けて門戸を解放している。一体どのような狙いの取り組みなのだろうか。
──かなり大きな制度改革ですが、どんな目的があったのでしょうか。
麻生:われわれが目指しているのは、スタートアップ企業以上にスタートアップらしいイノベーティブな事業が、グループ内から生まれる環境を創り出すことです。
そのための事業拠点として、われわれのいるMedia Technology Lab.(MTL)が2015年4月より位置付けを新たにスタートしました。
世の中には「大企業は新規事業開発が苦手だ」「革新的なイノベーションは大企業からは生まれない」というイメージを持っている人がいます。これは、メディアにつくられたイメージなので反論したいことは山のようにありますが、確かに大企業ならではの難しさがあるのも事実です。
たとえば「新規事業コンテストで優勝したけれども、責任者や予算が決まっていない」「既存事業と利益相反する」など、なし崩し的にプロジェクトが縮小してしまうケースもある。
すると、コンテスト優勝者は元の部署に戻ることもできず、会社に居場所がなくなってしまう。「コンテスト優勝」がゴールになると、ありがちな失敗です。
目標は、あくまでもイノベーティブな新規事業を世に送り出すこと。そこをゴールに見据えて、起こり得るネガティブな可能性をすべて排除して、考え得る限りの理想的な環境を追究しているのが、MTLの特徴です。
──以前から年1回行われてきた「New RING」とは、どう違うのでしょうか。
麻生:今回の制度改革ではいくつか大きな変更点がありますが、われわれがモデルにしたのはシリコンバレーのスタートアップ・エコシステムです。1年間かけて徹底的にその手法を研究しました。
シリコンバレーで飛躍的に成功しているスタートアップ企業には、大きな共通点があります。アイデアを生み出したファウンダーを中心として、エンジニアやグロースハッカーなどの優秀な人材、潤沢な資金を提供するベンチャーキャピタル、ビジネスを加速させるアクセラレーター、冷静で客観的な指導をしてくれるメンターたちといった事業拡大に不可欠なリソースが、必要なタイミングで、非常に流動的に投下されていることです。
この一連の起業マネジメントに、必要十分かつ理想的なスキームをリクルート1社ですべて提供できないか。複数の利害関係者で提供するよりも、MTLがすべてをハンドリングすることにより、ファウンダーたちにベストな環境を用意できるのではないか。その理念から生まれたのが、新制度の「ステージゲート方式」です。
コンテストへのエントリー段階も含め、事業の成長に応じてステージを6段階に設定し、各ステージにおいて投入される資金、人材、到達すべき目標、期間などを細かく定めています。旧制度のもとで進行していた新規事業も、育成段階に応じて各ステージへすべて割り振りました。
コンテストの開催頻度も年1回から、新制度では月1回のペースに切り替えました。コンテストを通過しても、プロダクトが実際にローンチされるまでには、早くても1年以上はかかる。それでは社会環境の変化にまったく追い付けませんから。
「大企業の営業力」よりも、エンジニアとデザイナーが必要
──MTLは、どのような人員で構成されているんですか。
麻生:約40人のメンバーのうち、約半数がコンテストを勝ち抜いてきたファウンダーに相当する人たち。残りの半数は、MTL常駐のエンジニアやデザイナー、アクセラレーターといった、事業開発に必要なプロフェッショナルたちです。グループ内でもえりすぐりの非常に優秀なメンバーを集結させています。
「リクルートは営業力があるから、新規事業のセールスも拡散が早い」と言われることもありますが、ピッチコンテスト通過レベルのプロダクトには、まったく関係のない話です。
営業力や大企業のリソースうんぬんより、スタートアップの初期に必要なのは優秀なエンジニアとデザイナーです。まずは、そこから強力にサポートできる体制をつくっています。
古川:補足すると、外部メンターにも多くの方々に協力を頂いています。「世界で最もイノベーティブな会社」と評されるデザインコンサルティング会社のIDEOや、数百のスタートアップ企業を見てきた実績を持つ500 Startupsのメンターなど、シリコンバレーでもトップレベルの実績を持つメンターたちです。彼らのアドバイスをピッチコンテスト通過段階から、いつでも電話やチャットで聞くことができます。
4カ月間は現業と20%兼務しながら仮説検証
──コンテストの審査基準や、応募条件などはどうなっているのでしょうか。
麻生:応募は完全に自由です。リクルートグループの従業員の誰でも、社内システムから極めて簡単に応募できます。審査基準は、世の中になかった新しい価値を生み出そうとしているか、実際のカスタマーの声を聞いてリアルなニーズを認識しているか。
これらのポイントが最低限のレベルに達しているかを審査します。リーンキャンバス(ビジネスモデルの企画ツール)でいうところの、UVP(Unique Value Proposition:独自の価値提案)が成立しているかどうかですね。
第1段階は、短いプレゼンによるピッチコンテスト。ここを通過したら、4カ月間のMVPステージに突入します。MVPは、「Most Valuable Player」ではなくて「Minimum Viable Products」(成長する可能性が最低限はあるプロダクト)のほうです。
MVPステージでは「就業時間の20%をMTLと兼務し、新規事業開発を行う」と、会社として正式に発令します。この発令があるだけでも取り組みやすさが相当違うんです。その間にMTLのアセットやノウハウを活用しながら、テストマーケティングを繰り返し、事業仮説の検証精度を高めていきます。
4カ月後、最終審査に通過すれば、正式にMTLへの異動が発令されます。応募時の業務がどれだけ繁忙を極めていても、最終審査通過の翌月にはMTLへ異動ができる。社内では、MTLはリクルートの“特区”といわれていますが、それだけ強い権限がMTLに与えられているわけです。
──グループ全体として、新規事業開発の優先度が極めて高いということでしょうか。
麻生:その通りです。人事異動にしても「何でそんな制度が可能なんだ」と外部の方からはよく質問されます。現在のリクルートは、上場という大きな節目を経て、今後10年のかじ取りをどうするかが極めて重要な経営課題です。
そして、やはりリクルートのDNAは、「社会の不満・不安・不便を新たなビジネスによって解決する」という起業家精神なんです。この移り変わりの激しい現代において、新規事業開発に本気で取り組むなら、このレベルの抜本改革と社内の協力体制が必要だという経営陣からの強力なメッセージです。
──実際に新制度がスタートしてから、変化はありましたか。
古川:昨年度の応募件数が約210件でしたが、エントリー件数は倍増しています。毎月開催という高頻度に、どれだけエントリーがあるか実は不安でしたが、杞憂(きゆう)でした。
麻生:もうひとつ特徴的なのが、エントリーの動機です。「稼ぎたい」「儲けたい」というモチベーションではなく、自分たちが生活の中で実感した社会課題をテーマにして、それを解決することを目的としている応募が多い。リクルートのDNAが経営陣だけでなくグループ全体に浸透しているのを実感しました。
実は、既存事業の利益と相反するアイデアも多いんです。でも、ビジネスが生まれてもいない段階から、そこを気にすると何も進みません。
ビジネスとして立ち上がり、ある程度の規模になってから考えればいいことです。エントリー者にもMTLのメンバーにも、「そこは一切気にするな」と話しています。
──プロダクトが順調に成長していった場合の出口戦略はどうなっているのでしょうか。
麻生:考え得る全オプションを想定しています。まずリクルートホールディングスの経営トップによる会議にかけて、プロダクトの性質に応じて子会社化したり、近しい事業領域との社内合併、他企業とのジョイントベンチャー設立など、あらゆる選択肢の中からベストを選びます。
ただし、MTLで3年が経過し、ある程度成長したプロダクトは、外に出すということは決めています。年商ベースで数億円、従業員がアルバイトも含め50人程度に成長していることが一つの目安。そこまで行けばもう立派な一つの事業体ですから、MTLの領域からは卒業させるというかたちです。
逆に各ステージにおける撤退ルールも明確に設定しています。プロダクトが成長目標を達成しなかった場合は、速やかに撤退させる。その際、ファウンダーは元の所属部署に戻れる仕組みになっています。これがセーフティネットとして働くことで、より気軽で活発な事業提案を促せるわけです。
応援してもらえる人の数で、ビジネスの勝者は決定する
──外部の方と協賛しているプロダクトも多いようですね。
麻生:最初のピッチコンテストの段階で、外部の方を一切巻き込んでいないものは通過させていません。エントリー段階で実際にターゲット顧客に会って、ニーズを確認してきてもらうようにも指導しています。
古川:「リクルートの新規事業」であっても、ビジネスモデルとしては決して珍しいものばかりではありません。今、進行しているプロダクトでいえば、アポイント調整が簡単にできる「調整さん」、レシート画像でポイントがたまる「レシポ!」、メイクアップなどのHOW TO動画配信サイト「Preno(プレノ)」などもそう。
アイデアレベルとしては、いつ、誰が気づいてもおかしくない。実際に似たようなビジネスがすでに世に出ているケースも多くあります。
ただし、「リクルートだから巻き込める業界、実現できる規模」というものもある。動画配信のプレノでいえば、著名なメイクアップアーティストやモデルを起用している点や、ファウンダーが前職で化粧品を取り扱っていて、業界のことを熟知しているといった強みがある。それによってほかとは一線を画す、クオリティの高いサービスを実現しています。
麻生:ほかにも、三井不動産グループと千葉県柏市に協力していただいている「Smart City Innovation Program」などが、リクルートならではの取り組みです。ピッチコンテストの審査段階から、この両者に参加してもらっているので、コンテスト通過後には、すぐに「柏の葉」で実証実験がスタートできるんです。
地域活性に関しては、離れた場所でアイデアを議論していても意味はありません。現地に足を運び、深く入り込んでいかないと現地の方々の協力も得られません。
場所を提供していただき、行政と市民の協力が得られるという非常に有利な状況から、アイデアを実証していけるので、一つひとつの案件がほかにはまねできないスピードで進行できるんです。
新規事業はアイデアももちろん大切ですが、それ以上にどれだけ多くの方を巻き込んでいけるか、応援してもらえるかで、その勝敗が決まると考えています。
──最後に今回、NewsPicksのプラットフォームを利用して、MTLをグループ内だけでなく、外部を巻き込んだオープン・イノベーションの場として発展させたいとお話されていました。どんな狙いがあるのでしょうか。
麻生:僕や古川は、常に外部の協力者を探しています。「どう応援してもらえるか」が、僕たちにとってすごく大きなテーマなので、NewsPicksさんとの取り組みが、そのブレークスルーになったらいいなと考えています。
同じメンターからアドバイスをもらっていると、どこかで思考が停止してしまうかもしれない。なにより、アイデアは世間の荒波でもまれることによって、より魅力的なプロダクトに育成できます。
今後、Recruit Ventures by New RINGの審査会(ピッチコンテスト)を、なんらかのかたちでNewsPicksのユーザーやプロピッカーの方々と一緒になって実施するアイデアを検討しています。
参加したいユーザーの方がいらっしゃれば、この記事にコメントを付けていただければと思います。辛辣(しんらつ)な意見も含めて、多くのピッカーの方々から、さまざまな意見を頂けたらありがたいです。
(取材・構成:玉寄麻衣、編集:呉 琢磨、撮影:福田俊介)