夏野剛インタビュー(最終回)
世界で一番ITを駆使しているリーグにしたい
2015/9/29
Jリーグがアドバイザー契約を結んだ5人にインタビューしていく「Jリーグ・ディスラプション」特別編の第2弾は、慶應義塾大学の大学院政策・メディア研究科特別招聘教授などを務める夏野剛氏。「iモード」の生みの親であり、ニコニコ動画を黒字化させた夏野氏に、Jリーグを活性化させるための方法を聞いた。テクノロジーの活用法、リーグの抜本改革案、国際戦略などを4日連続でお届けする。
第1回:外国人枠を撤廃すれば、日本人の可能性も広がる
第2回:J1のチーム数は多すぎる。6チーム制で実力アップを促せ
第3回:Jの転換期。地方に土地が余ってくる今後、チャンス到来
──夏野さんがJリーグの現状を見て、期待できそうだと思っていることは何ですか。
夏野:今すごくいいのは、テクノロジーですね。サッカーとテクノロジーの融合がすごく面白いんですよ。
野球はスタティックなスポーツなので、「野村ID野球」とか、昔から分析をやっています。でもサッカーはなかなか難しくて、勘に頼っているところが多かった。
それが今やITのおかげで、走行距離とかが出てきます。このデータをオープンにして、いろいろな分析をすることが技術的にできるんですよ。これをもっと進めて、「Jリーグじゃなければこんな分析をできないぞ」みたいなものがいっぱい出てくると、面白いと思います。新たなサッカーの楽しみ方になっていきますよね。
──今年から始まったトラッキングシステムですね。現状、公開されているのは毎節1試合のみです。
もったいないですよね。トラッキング方式はカメラで追いかけています。現状、FIFAのルールでは選手にデバイスをつけることは認められていませんが、方法論としては、ものすごく小さいデバイスをつけて計測することも可能です。
──プロ野球では主審に小型カメラをつけた映像を流すこともありますが、かなり迫力があって面白いです。
面白いですよね。国際ルールで決まっていることですけれど、サッカーの広いフィールドを3人のレフェリーで見るのは無理がありますよね。
──人間の限界はありますよね。プレミアリーグはゴールラインの判定にテクノロジーを導入しています。
Jリーグはもっと先に行こうよ、と思いますね。ハイテクサッカーにしましょうよ、と。だって、日本にはすべて技術があるわけだから。ITとの融合はJリーグにとって大チャンスだと思うんですよ。
動画配信の使い方が大事
──せっかく夏野さんたちがアドバイザーに就任したわけですから、そういう方向にスピーディーに進んでほしいと思います。いろいろな策を打てば、Jリーグはもっと浮上していけそうですね。
そうですよ。今はインターネットがあるから、地上波で放映されなくてもいくらでも盛り上げる方法があるので。
──ニコニコ動画で放映しても面白いかもしれないですね。人気は出そうですか。
ニコニコはありですよ。ただ、放映権の問題をどうするか。今はスカパーがまとめて買っているので。その辺の折り合いがつけばいいと思っています。
野球では楽天が面白い取り組みをしていて、7回まで無料で放映して、最後まで見ようとすると有料会員にならないとダメということをやっているらしいんですよ。
──新しい発想ですね。
面白いですよね。そういうことをやっている人がいてもいいじゃん、ってことなんですよね、要は。
──多様性を認めようということですね。ニコニコは楽天やDeNAなどの試合を生中継していますが、インターネット放送を始める交渉は大変でしたか。
いや、僕は楽天の経営諮問委員も務めているので、そこは割とスムーズに行きました。楽天が参入したときは「若いファンを増やしたいから」といって、「じゃあ、ニコニコをやりましょう」と。ファンのコメント付きで見ると面白いんですよ。「なんだ、下手くそ」とか、球場にいるみたいで。
──二軍の試合も中継していますよね。
二軍の中継がまた、ウケるんですよ。盛岡や秋田など、地方の試合も中継しています。ファンだけでなく、二軍に知り合いがいる人も見るんでしょうね。テレビでは中継しないので。
──友人のアナウンサーが実況しているのですが、テレビとは話し方を変えているみたいです。書き込みを見ながら視聴者とコミュニケーションすると、すごく喜ばれると話していました。
そうすると見ている人が喜ぶんですよ。それでまた反応してくれる。ニコニコじゃなくてもいいから、Jリーグもやればいいんですよ。動画のネット配信関係をどう使うかって、すごく大事なんです。
──そういうことも含めて、テクノロジー面での夏野さんの貢献に期待しています。一人のサッカーファンとして。
ぜひ、世界で一番ITを駆使しているリーグにしたいですね。
Jリーグが日本を活性化させる引き金に
──そうなればワクワクしますね。最後にそもそもの理由を聞きたいのですが、夏野さんは忙しい中、なぜJリーグに手を貸そうと思ったのですか。
僕はそもそもスポーツがけっこう好きなんですよ。サッカーを、さらに身近な国民的スポーツとして浸透させていけたら面白いな、と。
日本って技術はありながら、過去のしがらみやリーダーが決定しないことによってその技術が使われない状況は、会社も社会も政治もすべて一緒なんです。スポーツの世界ではすごく技術が使われているし、そこで新しいことにトライして成功させれば、スポーツ界だけではなく、日本全体に与える影響がすごく大きいと思っています。だから、こういう公的な仕事は、僕がお役に立てるなら受けたいと思っているんです。
東京オリンピック組織委員会の参与も務めていますが、そこで何か新しいことにトライしたとか、最先端のテクノロジーと融合したという話が出るだけで、それに影響される会社がたくさんあるはずですし。それに影響される人もたくさんいるはずです。
それが、国民的スポーツのすごさだと思っています。単にスポーツ業界が良くなるだけでなく、伝播能力を持っているんですよね。だから僕は、お力になれる範囲ではいくらでもやりたい。
──スポーツは社会の公共財ですしね。
そう、公共財なんですよ。だから、ぜひ成功させたくなった。そうじゃないと、もったいなくて。
──Jリーグが誕生して、ここまで20年の道のり自体は素晴らしいわけですからね。
でも、転換期というのも日本と同じなんですよ。「失われた20年」とか言われるのは結局、企業も年功序列とか過去のしがらみを変えられないからなので。
だから、変わっていった例がいっぱい出てくるといいですね。Jリーグや東京オリンピックが、日本全体が活性化する引き金となればいいと思っています。
(取材:佐々木紀彦、取材・構成:中島大輔)