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検査が医学的に有益かどうか不明

民間企業Pathway Genomicsが一般消費者向けに提供を開始したがんのスクリーニング検査は、メリット以上にリスクをもたらすおそれがある。

わずか699ドルでがんを早期発見──こんな触れ込みの血液検査が登場した。サンディエゴに本拠を置く医療診断会社Pathway Genomics(パスウェイ・ゲノミクス)が米国時間9月10日、一般消費者向けに提供を開始したこの検査は、がん細胞が隠れていることを示すDNA変異を検知可能というものだ。

実に素晴らしい検査ではないか。身体のどこかにがんが隠れていないか、知りたくない人はいないだろう。しかし、ことはそう単純ではない。ニュースサイト「The Verge」は、検査の詳細と、その深刻な問題点について以下のように報じている。

もし事実なら、症状が出る前にがんを発見できるこの検査は医学界の大事件だ。しかしPathway Genomicsは、この検査が実際に有効であることを示すデータをもっていない。

そうなのだ。Pathway Genomicsはこの検査の精度を知らず、さらに重要なことに、それが医学的に有益なものかどうかもわかっていない。がんの兆候を検知することで救われる生命もあるだろうが、その反面、消費者をMRI検査に走らせ、実際には存在しないか、存在しても大きな害のないがんを探し回らせることにもなりかねない。それがどんなパニックを引き起こすかは、ウディ・アレンの映画『ハンナとその姉妹』のワンシーン(登場人物が脳腫瘍を心配する場面)に描かれているとおりだ。

Pathway Genomicsのジム・プラントCEOはThe Vergeの取材に対し、検査の有効性は「数百のサンプル」を使って確認ずみだと述べている。多いとはいえない数だ。検査が実際に有効なのか、それともかえって有害なのかを確認するには、数千以上のサンプル、何年もの歳月、数百万ドル以上の資金が必要だが、そのいずれもPathway Genomicsは費やしていない。

がん変異を頻繁に検査して利益はあるか

そのうえ同社は、「CancerIntercept」というこの検査を、消費者に向けて直接売り出している。希望者はオンラインで医師の「遠隔診察」を受け、検査をオーダーする形になる。

そこで、筆者もPathwayのオンライン購入フォームに記入してみた。すると数分後に営業担当者から電話があり、のちほど自宅に「出張採血技師」を派遣して血液を採取すると説明された。

営業担当者によると、検査には年間契約プランもある。年4回の血液検査がわずか1,196ドルで受けられ、料金はクレジットカードで決済されるという。

Pathway Genomicsは同社の検査サービスを、がんを心配する理由のある人たちをターゲットにして売り込んでいる。たとえば、遺伝的ながんリスクを有する人や、喫煙歴の長い人、放射線に曝露している人などだ。しかし、同社の契約プランは人々に誤解を与えるおそれがある。筆者の知る限り、がん変異を頻繁かつ繰り返し検査することに何らかの利益があることを示す、いかなる科学的根拠も存在しない。

非公開企業のPathway Genomicsは、以前にも診断検査の新たな先端を切り開こうとしたことがある。以下はReutersの記事だ。

同社は、似たような問題ですでにトラブルになったことがある。2010年、薬局チェーンのWalgreensは、Pathwayの遺伝子検査キットの販売を取りやめた。米食品医薬品局(FDA)から、患者が結果を理解せずに何らかの措置をとる可能性があると警告を受けたためだ。

ステージ1のがんがみつかり克服したケースも

現時点では早すぎる技術だとしても、Pathwayの検査が無視できないのは、これが今後の方向性を明確に指し示しているからだ。「リキッド・バイオプシー」(液体生検)と呼ばれるこの種の血液検査は、実際にがんを早期に発見する可能性がある。問題になる前に腫瘍を切除できるようになれば、がん治療に革命をもたらしうる。

実際、慎重な研究者たちが目下、特定のがんのリスクをもつ大勢の患者からデータを収集し、リキッド・バイオプシーによるがんの早期発見は可能か、既存の検査より高精度か、またそれが実際に生命を救うことにつながるのか検証にあたっている。たとえば、今年2月の記事で取り上げた香港の大規模研究では、研究者のデニス・ロー率いるチームが、鼻腔がんの一種のリスクをもつ中国人を数万人単位で調査している。

この研究は、香港在住の健康な中年男性2万人を対象にしたもので、調査は半分まで終了している。すでにスクリーン検査を行った1万人のうち17人にがんが発見され、うち13人が最初期のステージ1だった。がんが見つかった人のほとんどが、すでに放射線治療でがんを克服している。「本来なら、体内に時限爆弾を抱えていることも知らずに暮らしていた人たちが、検査によって危険に気づいた」とローは述べる。

この検査ががんを検知できるのは、がん細胞が死ぬとき、血液中にDNAの断片を放出するためだ。多くの場合はわずかな量だが、1996年にこの現象を初めて明らかにした研究論文が「Nature Medicine」誌に2本続けて掲載されている(こちらこちら)。ただし、DNA解析の技術と低コスト化が進み、定期的なスクリーニング検査をマスマーケット向けに安価に提供できるようになったのは、つい最近のことだ。

リキッド・バイオプシーの基礎となる研究と技術開発は、そのほとんどをジョンズ・ホプキンス大学が手がけている。2014年の「MIT Technology Review」記事で、著名ながん生物学者バート・ボーゲルスタインの取り組みを紹介した際、同氏は、がんと闘う最良の手段は抗がん剤ではなく早期発見だとの見解を示した。

この血液検査によって、がんの半数以上が早期に発見され、手術で治すことが可能になるかもしれない、とボーゲルスタインは期待を寄せている。「もし癌の半分を治せる抗癌剤が開発されたとしたら、ニューヨークでパレードが行われるほどの快挙だ」と同氏は話す。

ジョンズ・ホプキンス大学の研究者たちは、早期発見は可能だが、それはあくまで一部のケース、一部のがんに限られることを示した。そして彼らは、がんの早期発見検査を一般に売りだすほど大胆ではなかった。

放置しても問題なかったがんを治療している可能性も

今年に入って、ボーゲルスタインの同僚ルイス・ディアズにスクリーニング検査について尋ねたところ、ディアズは一部企業が「無謀な」やり方に出るかもしれないとの懸念を示し、「適切な研究と臨床評価を行わずに実用化するのは危険だ」と述べた。

ディアズによると、この検査の問題は、いくつかの点で患者や医師に判断を誤らせる可能性があることだという。「3つのレベルでエラーが起こりうる。技術的に生じ得るエラー、生物学的に生じ得るエラー、そして、臨床レベルのエラーだ」と同氏は述べる。

1つ目のエラーは偽陽性だ。より早期にがんを発見しようとすると、陽性という結果が、実際には検査が生み出す「技術的アーティファクト(偽の結果)」である可能性が高くなる。そうなると、本当はがんではない人にがんだという不安を与えることになりかねない。

2つ目のエラーは「生物学的アーティファクト」、すなわち、加齢とともに体内に蓄積するが、特に害のない遺伝子変異だ。そして3つ目が医学的なエラー。がんを見つけて治療したとしても、それが生命に影響のないものかもしれないという問題だ。これは、3つのエラーの中でも最も深刻な問題となりうる。医療制度と患者に甚大なコストがかかる可能性があるからだ。先述した2014年の記事から引用する。

医学はこれまで、がんの予測検査の扱いに失敗してきた経緯がある。たとえばPSA(前立腺特異抗原)検査では、そのまま放置しても生命に影響のなかった前立腺がんのために、大勢の男性が治療を受けることになった。またダートマス大学の研究は、マンモグラフィーも過剰診断、過剰治療につながっている可能性を示唆している。マンモグラフィーで発見され、治療された乳がんの約25%が、放置しても症状の出ないものだったという。

だからこそ、Pathway Genomicsが売り出した検査は大きな事件であり、なおかつ大きな問題となる可能性を秘めている。技術的には、血液からがんのDNAを検知できることは確かだ。しかし、その検査が総じて有益だといえるかどうか、それを確かめる困難な作業はなされていない。

原文はこちら(英語)

(原文筆者: Antonio Regalado、翻訳: 翻訳:高橋朋子/ガリレオ 、写真: @iStock.com/btrenkel)