小牧次郎・スカパーJSAT 取締役インタビュー(後編)
Jリーグの露出が減ったのはペイTVのせいなのか。ハリウッドモデルとの違い
2015/9/16
日本最大のペイTVであるスカパー!は、Jリーグの放映権に年間20億〜30億円を払い、その中継に力を注いでいる。
だが、日本のサッカーファンの中には「スカパー!がJリーグの放映権を独占したことで、地上波での露出が減り、Jリーグの人気が落ちた」という見方が根強くある。
スカパーJSATの小牧次郎取締役に、その真相を聞いた。
地上波でやってくれたほうがうれしい
──日本のサッカーファンの中には、ペイTVがJリーグの中継を独占したことで露出が減り、人気がなくなったという見方をしている人もいます。
小牧:それは誤解があります。スカパー!が独占したから地上波での放送が減ったと思っている人がいまだにいるんですが、全然ストーリーが違います。地上波がほとんどやらなくなってスカパー!が始めたんです。
──すでに地上波でのニーズが減っていたと。
小牧:ローカル局がJリーグのシーズン終盤に放送したいというときなどは、どんどん中継してもらっている。いろいろな契約があって、そういう構造がすでにできあがっています。
むしろ僕たちも、地上波でやってくれたほうがうれしい。Jリーグの価値が上がれば、僕らが持っている権利の価値が上がるからです。
ハリウッドモデルとは異なる考え方
岡部:そういったスキームも、小牧さんや前任者の田中晃さん(日本テレビ出身。現WOWOW社長)といった地上波を理解した人たちがペイTVをやっているからできるわけですよね。
小牧:いきなりペイTV業界に入った場合、せっかく独占で権利を持っているのに、ほかでも無料で見られるようにするのは良くないと考えるのが普通です。
ハリウッドの考え方はそれに近い。映画は映画館、ペイ・パー・ビュー、DVDでなければ見られないようにして、地上波のウインドウとは明確に分けてやる。いかに独占するかがハリウッドのエンターテインメントの基本であり、放送権ビジネスの基本になっています。
その視点でいうと、スタジアムに来るのと、TVで見るのは当然競合になるわけです。たとえば、かつてアメリカの大リーグのサンディエゴ・パドレスがペイ・パー・ビューでセールスするとき、サンディエゴ外では見られるけど、サンディエゴではブラックアウトにするんですね。
それはスタジアムに来てほしいから。極めてハリウッド的な考え方です。
一方、まだJリーグの発展段階では、それは違うというのが私の考えです。見せたほうが、価値が上がる。そういう感覚を僕らは地上波時代に持っているので、ローカル局の希望に応じて試合中継を認めるスキームになっています。
まだそのスキームが十分に利用されていないので、もっと地上波でやってほしいと思っています。
KPIはJリーグの観客数
岡部:日本では地上波の力は大きいですよね。
小牧:決まっている価値を取り合うという発想ではなく、価値自体を上げるためにはどうするかという考え方です。
前任者の田中はJリーグのために、スカパー!内に「Jリーグ推進部」という専門の部署をつくりました。彼らの業務目標の最初に書かれているのは、Jリーグの観客動員数を増やすこと。
Jリーグの観客数が上がったほうが、スカパー!を見たい人は増えるはずだからです。各クラブと徹底的に組んで、どう観客数を上げるかに取り組んでいます。
──インタビュー前編のテーマでもありましたが、その根底には読売新聞や日本テレビが巨人を育てたのと同じことをやりたいという思いがあるわけですね。
小牧:日本テレビの人はスポーツの価値を知っているんですよ。日本テレビはプロレスやボクシングも育てました。その歴史を持っている。単に権利を取るのではなく、そこに関わるんだと。
イタリアのサッカー界では、ベルルスコーニとACミランの関係がそうでしたよね。
岡部:プレミアリーグとBスカイBもそうです。
小牧:彼らは全試合が面白くなるように最適のチーム数を決め、最初からカメラの撮り方や位置を決め、まったく新しいスポーツが始まったかのような売り方をした。
僕らはBスカイBのような巨額の投資はできないですが、理念として途中まではやれていると思います。
受け継がれる「異能集団」の文化
──スカパー!はデジタル放送や4Kなど常に、世界的に見ても新しい放送技術に取り組んでいますが、なぜそういう文化があるんでしょうか。
小牧:前回話したように、スカパー!の源流のひとつのJスカイBにはソニーからの出向組が4分の1いたんですね。
今はパナソニックが強いですが、当時、五輪を含めてスポーツ中継はソニーの時代でした。放送技術に関して、ものすごい精鋭部隊がいた。その部隊が新しい時代の放送をつくるんだと意気込んで、JスカイBに来ていました。
さらにソフトバンクの人間が4分の1いて、フジテレビからは編成部長の重村一(現ニッポン放送代表取締役会長)が副社長として来て、彼が5人を引き連れて行った。そのうちの3人が僕を含めて歴代の「深夜の編成部長」でした。
ソニー、ソフトバンク、フジテレビの異能集団。そういう文化が残っているんだと思います。
史上初にこだわる
岡部:小牧さん自身、今まで何を武器にしてやってきましたか。
小牧:テレビ番組をつくっているときも意識していたのが「史上初」ということでした。それまでにないものをつくりたい。
科学ニュースを毎週扱う番組を、まだ一般的でなかったバーチャルスタジオで女性のダブルキャスターでやる。それが「アインシュタイン」です。
そういう思考がフジテレビのメインストリームを歩まなかった理由でもあるわけですけど、だからこそ「立ち上げ屋」の仕事にアサインされてきたのかなと思います。今までになかったものを見いだす指向性は、あるのかもしれません。
テレビ業界を目指す学生へのアドバイス
岡部:最後にスポーツ放送業界へ進みたい学生へのアドバイスをお願いします。
小牧:フジテレビのときによく言っていたのは、その企業が人気企業になってしまうと、偏差値で入る人が増えるということ。
日本で一番入るのが難しい会社のひとつになると、一番自信があるやつがテレビを好きだという理由じゃなくて、一番難しいことにチャレンジしたいと思って受けるようになる。一番勉強ができるやつが東大の理IIIを受け、入学後にそれって医学部だったんだと気がつくみたいな感じですね。
就職も同じ。フジテレビのときは「テレビが好きなやつが来たほうがいいよ」と言っていました。そうじゃないのに来るのは間違い。
第一志望はドコモ、二番目は銀行、三番目はリクルート、それで四番目はスカパー!かな、みたいな決め方はしないほうがいい。好きかどうかで決めたほうがいいんです。
なぜならあらゆる仕事は最初は大変だし、自分の思い通りになるには大抵10年くらいかかってしまうわけだから。きつい時期があるわけで、好きでないと耐えられなくなる。
ただし、メディア業界は昔は給料が高かったですが、今はそうでもない。それによって前よりはテレビが好きなやつの比率が上がったと思います。
スカパー!は日本のテレビの最先端をやりたい、という企業でありたいと思っているので、サッカー好きでも映画好きでも構わないので、もし入社を希望する学生がいたら、そういう思いを持っていてほしいです。
(構成:木崎伸也、撮影:福田俊介)