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【第8回】自衛隊体育学校リポート後編

敵に勝つ執念は日本一。金メダルを目指す自衛隊員の“特殊任務”

2015/9/11

前回は、1964年東京オリンピックを前に開催国・日本が国として選手を強化するために創設された自衛隊体育学校の歴史を振り返るとともに、特別職国家公務員である自衛官アスリートの待遇などを紹介した。

今回は、東京大会からロンドン大会まで、オリンピックで金8個、銀4個、銅6個のメダルを獲得してきた自衛隊体育学校の強さの秘密に迫る。

それは、一般社会で戦う企業や、私たち個人にも大きなヒントとなるはずだ。

自衛隊体育学校が持つ5つの強み

学校案内「自衛隊体育学校」では「入校すればオリンピックを目指せる理由」として次の5点を挙げている。

(1)伝統と実績
 (2)アスリートファースト(すべてが選手のために)
 (3)ナショナルチームに直結した指導
 (4)完璧なサポート態勢を誇る最高のトレーニング環境
 (5)引退後も安心、特別職国家公務員という身分

各班の監督・コーチはナショナルチームの監督・コーチを兼任している場合が多い。レスリング班の場合、自衛官アスリート40人に対してコーチ・庶務は11人。そのうち笹山秀雄監督ほか5名が日本レスリング協会の強化委員を務め、ナショナルチームでも指導している。

各班とも選手の人数に対してコーチ陣の人数が多く、きめ細かな指導が受けられるのはもちろんだが、各競技団体が研究する最新で高度な指導が一貫して受けられる。どの競技も代表選手を集めての強化合宿が増えている中、所属の監督らが常にそばにいて、大会にも帯同してくれることは選手にとってこの上なくありがたい。

また、代表合宿でコーチとともに見つけた課題を、所属で続けて練習できるメリットは大きい。さらに、国際審判員を務めるコーチもいるため、ルール変更などの際にいち早く対応でき、微妙な判定基準に基づいて練習できる。

レスリング場に掲げられた日の丸と錬磨五訓

レスリング場に掲げられた日の丸と錬磨五訓

日本一のトレーニング環境

4番目のトレーニング環境は、一組織としては日本一だ。事実、国立スポーツ科学センターや味の素ナショナルトレーニングセンターが完成するまでは、日本オリンピック委員会(JOC)から各競技の練習拠点として指定されていた。

レスリング場には試合と同じマットが5面敷かれ、ボクシング場にはリングが2つ。室内プールや陸上トラック、射撃場や馬場もある。

最先端科学を結集したトレーニングルームで、専門トレーナーが指導。マッサージはいつでも受けられる。駐屯地内にある医務室ではドクターが診察し、次の段階となれば自衛隊中央病院、防衛医大病院へ。管理栄養士が作成したメニューの食事が用意され、個別の栄養指導も行われている。

朝6時には起床ラッパが鳴り響き、夜11時には消灯。「やっぱりミリタリーなのか」と思うかもしれないが、否応なく規則正しい生活を強いられるのはむしろ望むところだ。「24時間レスリング男」と呼ばれていた米満達弘は、とにかく練習し、寝ても覚めてもレスリングのことだけを考え続け、金メダルを勝ち取った。

トレーニングで屈強な肉体をつくりあげたレスリングの選手たち

トレーニングで屈強な肉体をつくりあげたレスリングの選手たち

引退後、部隊で第二の人生

5番目、引退後のセカンドキャリアも今や大きな問題となっている。「現役の間は競技に集中しろ。後のことは考えるな」とはいかない。生活がある。引退した後の人生のほうが長いのだ。

また世界で活躍できる選手でも、多くが卒業後、どうすれば競技を続けていくことができるか悩んでいる。JOCではキャリアアカデミー事業を展開中だ。トップアスリートと企業をマッチングする就職支援ナビゲーション「アスナビ」を行っている。

そうした問題も、自衛隊体育学校ならすべてクリアしているのだ。オリンピックを目指している間は戦闘訓練などなく、競技に集中する。引退後は基礎訓練を受け、部隊へ送り出されて再出発できる。

体育学校生はある意味“プロ”

自衛隊体育学校で鍛えられて1996年アトランタ五輪出場を果たした、レスリング班の笹山監督は自ら有望選手のスカウトに出向く。5年後の東京大会に向け、ここ1~2年が勝負だろう。その際に強調するのはやはり充実した環境だが、「厳しさも忘れてはいけない」とくぎを刺した。

「企業のように大金を積んで誘うことはできません。でも、長い目でみれば自衛隊のほうがいいでしょう。潰れることはありませんからね。『先のことは心配しないで、レスリングができるんだ。日本で最強の環境で』と話します。特に、地方の高校や大学で頑張っている選手、その指導者の方には、決していいとは言えない状況で成績を上げてきたポテンシャルは認めながら、『このままではこれ以上伸びない。一緒に金メダルをつかもう』とね」

「でも、体育学校に入ったことで満足してしまう選手もいるんです。これは入隊してから言いますが、コーチから言われたことをこなしているだけでは勝てない。これだけの環境を積極的に使いこなさないとダメです。なぜなら体育学校生はある意味、“プロ”なんです。成績を上げれば、昇級するし給料も上がる。ダメなら1年でクビ、とは言わないけど部隊に回される。それがどこまでわかっているか、できるかです」

勝つために厳しさを説く笹山秀雄監督

勝つために厳しさを説く笹山秀雄監督

勝つことは“任務”

取材を通じ、強さの秘密はさらに2つあることがわかった。「任務」と「勝つことを考える組織」である。

社会人選手なら、「給料をもらっている会社のために」「給料をもらえるのは本業を頑張っている同僚のおかげ。自分は勝つことが仕事だ」と考えるだろう。

しかし、自衛官アスリートにとって勝つことは“任務”である。任務と仕事は違うようだ。

東日本大震災の後、小原日登美は悩んで練習ができなかった。オリンピックは1年後に迫っていたのにもかかわらず、だ。

「自分と同じ自衛官、自分がいる駐屯地から行った仲間が必死に救助活動を続け、遺体を捜索し、復興に向けて懸命に戦っている。なのに、自分はレスリングなどやっていていいのか」

止まりそうだった小原を突き動かしたのは、悩み抜いた末の「自分にしかできない“任務”を果たすしかない」という覚悟だった。

「命懸けで戦っている仲間たちに恥じないよう、勝たなければならない。勝って、ロンドンで日の丸を一番高いところに上げなくてはいけない。あのときは、応援してくれる人たちを喜ばせたいとかではありませんでした」

チーム全員が仕事以上の覚悟

また、任務という意識を持つのは選手だけではない。自衛隊体育学校のスタッフ全員が“勝つ”という任務に等しく向かっている。

現役復帰後、世界選手権を6回制した51キロ級からオリンピック階級の48キロ級に落として戦う小原の肉体改造を成功させるとともに、爆弾を抱えていたヒザを徹底的に強化して、ロンドンの表彰台のテッペンに上らせたのはコーチ、トレーナーだけでなく、ドクター、栄養士も参戦した「チーム小原」だった。全員が仕事以上の覚悟を持ち、任務をまっとうしたのだ。

ロンドン五輪まで2カ月を切ったところで、全治1カ月、体を曲げることもできない肋間神経痛になった米満を救ったのも、自衛隊体育学校の「チーム米満」だった。トレーナーがパーソナルで付き合い、ケガをする前よりさらに体幹を鍛え、筋力アップを果たした。

人並み外れた手足の長さと柔軟性からどんな状態でもタックルに入れた米満は、組み手や崩しの練習を軽視していたが、ケガをしてスパーリングができない時期、コーチ陣は徹底して地味な練習を繰り返させた。ロンドンのマットに上がった米満のレスリングは、ライバルたちが研究してきたのとは違っていた。彼らもまた、任務を遂行したのだ。

小原日登美はロンドン五輪で悲願の金メダルを獲得(写真:アフロスポーツ)

小原日登美はロンドン五輪で悲願の金メダルを獲得(写真:アフロスポーツ)

部隊の戦略をスポーツに注入

そしてもう一つ、興味深いことを教えてくれたのは第2教育課の課長を務める益子卓1等陸佐だった。

「日本で一番敵に勝つ、外国に勝つということを考え、実践しているのが自衛隊です」

なるほど、確かに。しかし、力強い言葉だが、それが本当に強さに結び付いているのだろうか。

前任者は1984年ロサンゼルス五輪で金メダル、1988年ソウル五輪で銀メダルを獲得した、自衛隊体育学校出身の元レスラーだったが、益子課長は昨年10月、部隊から転属してきたばかりだ。それゆえ見る目、発想が違うのか。現場の人間に気を使いながらも、問題点も指摘した。

「みんな、よくここまでできるなと思うほど練習します。でも、体育学校全体としてはまだまだやれることがある。部隊では敵に勝つために、敵のことはもちろん、地形、天候、あらゆる情報を入手、分析して作戦を立てます。自分たちの訓練についても、何がよくて何が悪かったか分析して次に生かす。部隊の者はそういうことに手馴れています」

「でも、体育学校はどうか。コーチが自らの成功体験だけを基に指導していないか。甘いと思います。『国民の生命と財産を守るために戦う』自衛隊の勝つことへのこだわりをスポーツの世界でももっと徹底することができれば、今よりさらに強くなれる。そうすることが、部隊から来た自分のような者が上に立つ意義なのかもしれません」

敵に勝つための方法、心構えを熟知する益子卓1等陸佐

敵に勝つための方法、心構えを熟知する益子卓1等陸佐

半世紀を経て、再び東京に戻ってきたオリンピック。2020年、2度目の東京ではどんな戦いを見せてくれるのか。

現政権下、この国が進む方向によっては存続すらも問題となりかねない中、自衛隊体育学校が存在意義を最もわかりやすく示せるのは勝つことである。 

(取材・文:宮崎俊哉、撮影:中島大輔)

<連載「金メダリストの創り方」概要>
4年に1度行われるオリンピックは、スポーツ界で最も過酷な大会の一つだ。国中の期待を背負う重圧は壮絶極まりなく、目の前の相手はもちろん、自分との戦いに勝って初めて金メダルを獲得することができる。選ばれし者の舞台に立つまでにアスリートは自身をいかに鍛え、また各競技団体はどうやって世界一になれる選手を創り上げているのか。隔週金曜日にリポートする。