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中村武彦インタビュー(第2回)

日本人がアメリカのMLSでクラブをつくる方法

2015/9/9

今、世界で最も成長を遂げているサッカーリーグは、アメリカのメジャーリーグサッカー(MLS)だろう。10チームずつがイースタンとウェスタンに分かれて行われており、2017年にはアトランタ、ロサンゼルスFCの2チームが加わり22チームになることが予定されている。

さらに2018年より24チームで開催する計画も明らかとなった。1つはミネソタ・ユナイテッド。もう1つは、サッカー元イングランド代表、デビット・ベッカム氏がオーナーを務めるマイアミのクラブだ。

ベッカムのクラブは新スタジアムの候補地探しで難航していたが、7月17日にマイアミ市長との合意を発表。メジャーリーグベースボール(MLB)のマイアミ・マーリンズの本拠地の隣に約2万5000人収容のサッカースタジアムを建設することが明らかとなった。これでベッカムのチームがMLSでデビューすることが決定した。

新規クラブが続々と参入している理由と背景を、MLSのアジア事業顧問、中村武彦氏に聞いた。

中村武彦(なかむら・たけひこ)1976年東京都生まれ。10歳までニューヨークとロサンゼルスで過ごした。青山学院大学時代はサッカー部で主務を務め、NECに就職。マサチューセッツ州立大学アムハースト校でスポーツマネジメントを専攻。2005年、MLS国際部に就職。アジア市場総責任者を務めた。2009年、スペインのFCバルセロナの国際部ディレクターに就任し、アメリカツアーや中国ツアーを担当。2010年から2015年8月まで、ニューヨークを拠点とするリードオフ・スポーツ・マーケティング社のGMを務め、マドリーISDE法科大学院国際スポーツ法を専攻した。現在はフリーで、コロンビア大学非常勤講師や、MLSのアジア事業顧問を務めている(写真:福田俊介)

中村武彦(なかむら・たけひこ)
1976年東京都生まれ。10歳までニューヨークとロサンゼルスで過ごした。青山学院大学時代はサッカー部で主務を務め、NECに就職。マサチューセッツ州立大学アムハースト校でスポーツマネジメントを専攻。2005年、MLS国際部に就職。アジア市場総責任者を務めた。2009年、スペインのFCバルセロナの国際部ディレクターに就任し、アメリカツアーや中国ツアーを担当。2010年から2015年8月まで、ニューヨークを拠点とするリードオフ・スポーツ・マーケティング社のGMを務め、マドリーISDE法科大学院国際スポーツ法を専攻した。現在はフリーで、コロンビア大学非常勤講師、MLSのアジア事業顧問、FIFAマッチエージェントを務めている(写真:福田俊介)

ベッカムの新スタジアムはオレンジ・ボウルの跡地

──今年3月、ベッカムがオーナーを務める新クラブの参入が発表されて話題となりました。スタジアムの場所がようやく決まりましたね。

中村:ベッカムが出資している投資グループがあるのですが、オレンジ・ボウル(Orange Bowl)の跡地に新スタジアムを建設することで合意しました。

──オレンジ・ボウルですか。1996年のアトランタ五輪で日本がブラジルを破り、“マイアミの奇跡”が起きたスタジアムですね。

そうですね。跡地にはすでに野球のマーリンズのスタジアムがありますが、新スタジアムはその隣に建設の予定です。

MLSがほかのリーグと違うのは設立当初から「まずは投資」という考えがあるところです。サッカーという「競技」よりもまずは事業にシフトした制度設計になっている。そのためにまずインフラに投資し、そこから徐々に拡張していく戦略を取りました。

そこでクラブには自前のスタジアムを保有することを義務付けたのです。ベッカムの新クラブも、まずスタジアムありきなのです。

まず優先すべきは経営の安定

──MSL独持の制度ですね。根底にどういった考えがあるのですか。

MLSの基本には「リーグやクラブの経営が安定するまで勝利は優先順位の最高位ではない」というものがあります。

誤解されたくないのですが、勝たなくていいと思っているわけではありません。ただ、今は勝利を最高位に置く段階ではないと考えているのです。もちろん勝ちたいですし、スター選手を並べたい。でも今はそんな体力がないから、将来のための基盤をつくっているのです。

体力もないうちから海外のスター選手を並べたらどうなるか。そのリーグやクラブは資金確保が安定せず、シュリンクしてしまいます。

──自前のスタジアムを持つメリットは。

スタジアムがなければ安定経営は困難です。自分のスタジアムやアリーナを持つというのは、スポーツビジネスでは非常に有利な大前提です。

スケジュールが組みやすい、試合を見やすい座席にする、おいしい食事を提供する、毎回楽しいイベントを仕掛ける。スタジアムによっては専用のアプリをダウンロードすれば、客席に飲み物を持ってきてくれるサービスまであります。激しい試合や選手のテクニックも大事なファクターですが、MLSは「試合」ではなく「娯楽」にシフトしています。観客に素晴らしい観戦体験を提供する、これが第一です。

あと客単価ではなく、MLSやアメリカのプロスポーツの多くはファミリー単価を基本に運営しています。この辺りも含めて、アメリカのスポーツビジネスのベースはエンターテインメントビジネスと同義と言えます。

──10月にはガンバ大阪の新スタジアムがオープンすることもあり、日本でも自前のスタジアムに関心が高まっています。

アメリカでも建設の段階では行政の支援がありますが、一番の理想は自分で造って自分で保有すること。

ただアメリカには国土の広さもありますし、初期投資もかかります。背景や事情が異なる日本でも皆がスタジアムを持てというのは乱暴かもしれません。行政が保有していて免税対象になっている場合もありますが、自前で保有するためには、スタジアムビジネスを経営するさまざまなプロフェッショナルな人材も必要となってきます。

シングルエンティティ・システムの独持性と問題点

──ほかにMLS独持の制度はどういったものがありますか。

MLSの多くの制度はNASL(北米サッカーリーグ)の倒産の教訓からきています。

NASLは1967年にスタートして1984年に倒産しました。ニューヨーク・コスモスというチームだけ資金やニューヨークという巨大マーケットがあり、ペレやベッケンバウアーなどのスター選手を集めてダントツに強かった。

ほかのチームとの差があまりにも開いてしまい、お客さんがコスモスの試合しか見に来なくなり、地方のクラブが次々と倒産しました。やがてリーグも倒産してコスモスもなくなりました。

そこでリーグとクラブが共存するために「シングルエンティティ・システム」という制度を考え出したのです。MLSに参加するということは、リーグそのものに出資してリーグの株主になるということです。

──他国のリーグでは見たことがない方式です。

「自分のチームさえよければ」的な好き勝手ができなくなります。新しいアイデアがあっても、リーグへの影響を考えながら進めないといけません。

この制度だと選手もリーグの一部であり、選手はクラブではなくリーグと契約します。そして人件費の総額を決めるサラリーキャップ制度もリーグの総収入に合わせてあります。

ただ例外的な措置があって、それこそロザンゼルス・ギャラクシーに在籍していたベッカムなどのスター選手はデジグネイテッド・プレーヤー(DP)と呼ばれ、サラリーキャップ制度以外で獲得できます。これは1つのクラブに3人までです。ただし、この制度もリーグが創設されてから約10年後に導入されたものです。

お金持ちのオーナーがカネにものをいわせてスター選手ばかり集めたら、一時期は勢いがあってもリーグ全体は成長しません。かつてのNASLがそうですし、セリエAがいい例です。

──デメリットもあるように思いますが。

確かに選手からは不満が出ています。リーグの成長に合わせて給料が少しずつ上がっていくのですが、選手は現役時代に1ドルでも高いサラリーが欲しい。

労使協定によって選手協会とリーグが5年に一度リーグと交渉できるのですが、まさに今年がその年で、開幕直前に選手たちのストライキの可能性もありました。給与面やフリーエージェントの改善が争点だったと言われています。

またMLSは移籍もリーグが管理しているので、長期戦略で考えるリーグと、限られた選手生命から短期で考える選手。そのバランスを取らなければいけないのがMLSの課題です。

日本人選手がMLSでチームをつくるには?

──ところでベッカムのように日本人選手がMLSでチームを立ち上げるとすれば、どうすればいいのでしょう?

本田圭佑選手がオーストリアのSVホルンの実質オーナーになりましたが、今後そういった日本人も現れるかもしれませんし、現れてほしいです。世界で一番成長しているリーグですから投資には有利。新規参入が続いている理由もここにあります。

──選手の管理にもしっかりとした制度がある。オーナーになるための基準も厳しいのでは。

MLSではチームオーナーを選ぶ基準は3つあります。1つ目は、何年間も経営できる資産力があるかどうか。現在MLSに入るためには120億円必要です。次にスタジアムを造らなければいけないので200億円はかかるでしょう。さらにスタッフですが、ニューヨーク・レッドブルズぐらいの規模で80~200人を雇う人件費が必要です。本当に桁違いです。

2つ目は、投資して売り抜けようとか利ザヤを儲けようという人はお断りです。中長期的にMLSを一緒に発展させようという情熱があるかを見られます。

3つ目は、どこにチームを持つか。その街でサッカー事業がちゃんと成り立つかどうかを判断される。ある程度のマーケットでサッカー熱があるということを証明できなければいけません。

もし仮に誰か単身でクラブを持ちたいと言ったら……1人ではそう簡単ではないでしょう。たとえばDCユナイテッドのトップはインテルのオーナーでもあるエリック・トヒルなのですが、共同経営者にはサンフランシスコ・ジャイアンツのオーナーなどが名を連ねています。そういう人を巻き込まないといけないでしょうね。

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。