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ジャーナリスト林信行氏、NewsPicks×EGG JAPAN共催セミナー講演録

変わる医療現場、アップルの「何もしない」戦略

2015/9/9
iPhoneのヘルスケアや遺伝子解析サービスなど、テクノロジーの進化でヘルスケア業界に変革が訪れつつある。ウエアラブルツールや人工知能の進化、ビッグデータ活用などが、どんな変化をもたらすのか。東京・丸の内で「ゲーム・チェンジャー」をテーマに開催している連続セミナーの第1回「ヘルスケア×データが創るイノベーション」の講演を採録する。初回は、ジャーナリストの林信行氏による日米のヘルスケア事情。
セミナー第2回は「動画配信業界」をテーマに29日に開催します。

スマホ×データで変わる医療

「アップルの戦略」が本日のお題ですが、アップルの戦略をひとことで言ってしまうと「お膳立てをするだけで自ら具体的なことは何もやらない」です。アップルはiPhoneにしても、iPadにしても、最もシンプルなものを与えるだけ。

それを見た皆さんのインスピレーションをかきたてるのがアップルの仕事です。医療関係者が、「もっとこういった仕組みがあればいいのに」というとき、「ヘルスキット」や「リサーチキット」などの基盤のテクノロジーのお膳立てはします。しかし、それ以上は何もやらずに、医療業界の方々にお任せするというのがアップルの流儀です。

医療がiPhoneなどのデバイスでどう変わったか──。まずは、実在アプリを交えてストーリー仕立てで話します。

ジャーナリスト 林信行(はやし・のぶゆき) テクノロジーが人々の暮らしぶりや社会をどう変えるかをテーマに取材をつづける。国内メディアに加え、米英西仏中韓など海外の主要媒体で日本のテクノロジー文化を伝える。企業での講演やコンサルティング活動も。著書に『アップルの法則、ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した』『3Dプリンティングによる第3次IT革命』『iPadショック』など。

林 信行(はやし・のぶゆき)
ジャーナリスト
テクノロジーが人々の暮らしぶりや社会をどう変えるかをテーマに取材を続ける。国内メディアに加え、米英西仏中韓など海外の主要媒体で日本のテクノロジー文化を伝える。企業での講演やコンサルティング活動も。著書に『アップルの法則、ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した』(青春出版社)、『3Dプリンティングによる第3次iT革命』(Kindle)、『iPadショック』(日経BP社)など

シーン1:脳梗塞になったら

脳卒中の救急医療をサポートする「i-Stroke(アイストローク)」というアプリがありました。

これは、脳梗塞になる恐れのある人と、自宅やかかりつけ医の連絡先、これまでのCTなどのデータをすべてひも付けし、医療機関と自宅に同時にメールが送信されて、GPSの情報が行くようになっているもので、もし、かかりつけの医者以外のところに搬送された場合でも、患者の医療データがすべてこのアプリを通して見られる仕組みです。

実は現在はNTTドコモがこれを「Join」というソリューションに統合して、少し機能が変わっているようですが、今後、再び同様の機能を搭載することも可能なはずです。

シーン2:救急車が発車する

次に救急車に目を向けると、これまでは、患者を搬送する際、病院1件1件に電話をかけて、受け入れ体制がある病院を確認し、十数件目でようやく受け入れ先が見つかり、初めて救急車を出発させるという手順でした。このため、場合によって手遅れという悲しい事故もありました。

この問題を解決するアプリを佐賀県がつくりました。県内の58台の救急車にはiPadが入っていて、受け入れ可能な病院を一度に探すことができ、すぐに救急車が発車できる状況になりました。国内だけでなく海外にも、この仕組みが広がりつつあります。

アプリを運用する中で、佐賀県は、救急車の出発が遅いのではなく、そもそも病院の数が少なく遠いのが問題だということがわかりました。その分析データを基に、県庁を説得して、ドクターヘリを購入することにもつながりました。

シーン3:問診では

患者が救急車に運び込まれると、問診があります。その電子問診票もタブレットが使われ始めています。何がいいかというと、患者が日本語を話せないときに、中文を押すと、ぱっと中国語の問診票が出てくる。

また、言葉が発せられなくても、文字を書ければ、手書きでコミュニケーションができる問診表も出てきています。

病院に運び込まれると、今度はCTやMRIなどの画像データが必要になります。これは、先ほどのJoinで見ることもできれば、「OsiriX」という、フリーのソフトウェアを使う医師の方もいます。

このOsiriXのローカライズにも関わっている神戸大学大学院の特務准教授の杉本真樹さんは日本で初めて、iPadを使って外科手術をやった方です。従来は、滅菌ができないためにデータ端末やディスプレイを手術台に置けなかった。

このため、手術台からかなり離れたところに台を置いていました。これに対し、杉本さんが医療現場で清潔に使えるiPad用のバッグ「i-Medicoat(アイ・メディコート)」を発明。

今では、手術の患部のすぐ近くにiPadを置いて、自由自在に3Dのデータを回転させたりして見ることができる。そんなものが手術現場でも使われるようになっています。

シーン4:入院中

手術が終わって、患者の方が入院します。ここでも、これまでなら、担当医が外出中に容体の変化があった場合は大変だった。

ところが、「AirStrip(エアストリップ)」というアプリで、出先でいつでも、異常があると通知が飛んできて、心拍計などのデータを手元のiPhoneで見られるようになった。

たとえばランチに行っている先で、「どこから異変が起きたんだ」「30分前です」となれば、時間を巻き戻して心拍計の情報が見られます。

シーン5:リハビリ

脳梗塞でまひが起きてしまった患者は、病院でリハビリをすることになります。

リハビリ向けのアプリでは、たとえばiPhoneのセンサーを使って可動領域を調べるアプリもあれば、どんなリハビリをすればいいかを教えてくれるガイドアプリもあります。

iPhoneを使って指示を出す義手もどんどん増え始めています。筋電義手は、筋肉に力をかけることで自由に動かせる仕組みになっていて、たとえばフォークやナイフを強く握るといった指示は、なかなか筋電だけだと指示ができないんですね。そういった部分を補っています。

あるいは、義足の中には、ハイヒールを履くときにはどの角度が一番歩きやすいとか、階段を上るときはどの足の角度が一番快適だとかといったデータをすべて学習して、自動的にその角度になるものも出てきています。

シーン6:コネクティングヘルス

今、ウエアラブル端末をはじめ、体重計や、心拍計、糖尿病の方のグルコースメーター、体温計など、ありとあらゆる医療機器、それも民生用の家庭で使うような医療機器がスマートフォンとつながりつつあります。

最近アメリカでは、CGM(Continuous Glucose Monitoring)といって、針を刺して常に自分の血糖値をiPhoneやアップルウオッチで見ることができるものも出てきています。血糖値が急激に変化して、自分が意識を失ってしまう前に、事前通知で、「血糖値を下げないとまずいですよ、インスリンを打ちましょう」という通知ができる。

こうした病気を患っている方向けの医療ソリューションとは別に、まだ病気になっていない未病の方の健康をそのまま維持しようというヘルスケアのソリューションも発展しています。

代表的なのがヘルスケア系のウエアラブル機器で、いろいろな機器が出てきたのはよかったんですが、これまでは、ナイキのウエアラブルはナイキ製のアプリで歩数や消費カロリーを管理、アディダスだとアディダス製のアプリで管理と、データが分断していました。

たとえば、ナイキ製のウエアラブルからアディダスに乗り換えると、それまでのデータが継承できませんでした。データの互換性がなかったんですね。

でも、去年、アップルがヘルスキットというものを出してきて、データの蓄積が規格化されました。グーグルも同様に、グーグルフィットという規格を出してきました。

こうやってデータ管理の方法が規格化されたおかげで、ようやく他社製のウエアラブルに切り替えても、ちゃんとそれまでのデータが保管されるようになり、専用アプリを使わなくても、iPhone標準の「ヘルス」というアプリでデータを参照できるようになりました。

ここに目をつけたのが医療機関です。蓄積されるデータは、信頼性は、ちゃんとした医療機器より低いかもしれないけれども、24時間、週7日間データがとれるというのはそれなりに価値があるんじゃないかということで、アメリカのメイヨー・クリニックなどは医療アプリを使い始めています。

iPhoneのヘルスキットは利用者本人が許可すれば、アップルウオッチでとったデータを自分の医者に共有することもできるようになっています。

そうやって大量に集まるデータを活用し、体系的な基盤で医療をサポートできないかと出てきたのが、リサーチキットです。アップルは、いろいろな医療機関と組んで、取り組みを始めています。

たとえば、ロチェスター大学では、パーキンソン病の治療に役立てています。患者に、毎日、指2本で画面をタップしてもらってちゃんとリズミカルにできるかを調べたり、パーキンソン病になるとあまり高い声が出ないということがあるので、声を録音してデータを収集し、治療に役立てていく。あるいは、どんなときに状態がよくなるかというリサーチに使っています。

ぜんそくとかパーキンソン病、糖尿病、乳がん、心臓の血管とか、いろいろな病気についてのツールがあるんですが、まだ取り組みは始まったばかりです。

広がる収集データ、「ビッグデータ」が意味を持つ

一方、スポーツ関係もさまざまなツールが出てきています。自分がジャンプした高さとか、左右の体重バランス、そういったもののデータがすべて、iPhoneでとれる靴をナイキが出していますし、サッカーボールを蹴った瞬間に、回転速度やスピード、角度などがとれるサッカーボールも出てきています。

こういったかたちで、スポーツ、医療、健康のそれぞれの領域のデータがどんどんスマホに集約されつつあります。こうして集められたデータの「量」が、これから数年間大きな意味を持ちそうです。

(構成:福田滉平、写真:福田俊介)

*続きは明日掲載予定です。

<連続セミナー「ゲーム・チェンジャー」について>
テクノロジーの進化で、既存の業界の在りようを破壊的に変えるビジネスモデル革新や、産業創出の動きが世界的に広がっています。「ゲーム・チェンジ」をキーワードに、こうした破壊的イノベーションを取り上げる連続セミナーを、NewsPicksと「EGG JAPAN(日本創生ビレッジ)」(運営・三菱地所)が企画しています。
※第2回は9月29日に「動画配信」業界をテーマにフロントランナーを招いて開催します。お申込みと詳細はこちら
<「EGG JAPAN(日本創生ビレッジ)」について>
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