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「一見さんお断り」の弁護士界を変えた男

【予告】夜の六本木。勉強しすぎで血尿。「弁護士ドットコム」創業者の“やせ我慢”人生

2015/9/5
各界にパラダイムシフトを起こしてきたイノベーターたちは、どのような人生を送ってきたのか? 弁護士ドットコムと法律事務所オーセンスの代表・元榮太一郎氏は、それまで実質「一見さんお断り」だった弁護士と、トラブルを抱えて困っている人とをつなげるサービスを立ち上げた。収益化の見込みがないまま既存の枠にとらわれない戦略を打ち続け、上場を果たす。15歳で一人暮らしを始め、夜の六本木で社会勉強した異端の弁護士兼経営者の生き様を追う。全14話を毎日連続で公開。

夜の六本木で社会勉強

大学1年のときに夜の六本木でバイトを始めたのも、「将来弁護士になるなら、社会のいろいろな面を知っていたほうがいい」という考えが頭の片隅にあったからです。

夜の六本木には、自分の知らない世界が広がっていました。家出娘もいれば暴走族上がりもいる。当時はヤクザも我が物顔で街を練り歩いていました。話を聞くと、家庭環境が複雑だったり、お父さんがいても働かなかったりする。

弁護士になってから、刑事弁護や当番弁護、借金問題などで、社会のダークサイドを目にすることもよくあります。もし学生時代に六本木でバイトをしていなければ、「この人たちは特別な人」という偏見を抱いてしまったかもしれません──。

血尿が出るほど司法試験の勉強

司法試験予備校の自習室では常に最前列の席に座り、朝から晩まで勉強する。盆暮れ正月を含めて1日も休まず勉強する。お昼を食べると眠くなるので昼は一切食べない。毎日のご褒美は1本の缶ジュース。トイレは1日1回と決めてずっと席に座り続けていました。

するとやはり体がおかしくなるようで、やがて血尿が出るようになりましたが、それでもその生活パターンを崩さず勉強し続けました。

1度目の不合格の教訓から、ものごとに真剣に取り組むときは、徹底的にがむしゃらにやらなければならないという信念があったからです──。

弁護士になっても一生安泰じゃない

その記事を見て椅子から転げ落ちました。司法制度改革とは簡単に言えば、司法試験の合格者数を年間3000人にまで増やすというものです。

「弁護士になれば一生安泰だと思っていたが、これからは弁護士も競争しなきゃいけなくなるのか」

気を取り直し、こう考えるようになりました。

「もう弁護士バッジを持っているだけでは差別化できない時代になってくる。大事なのは弁護士であることだけでなく、何かプラスアルファの価値を持つことなんだ」

では自分にとってのプラスアルファは何なのか──。

一人暮らしの15歳

ドイツの日本人学校を卒業した僕は、家族と別れて自分一人だけ日本に帰ってきました。そうまでしても日本に帰りたかったのです。

最初は年上のイトコと同居していましたが、そのうち実家で一人暮らしをするようになりました。

中学卒業と同時に親と離れて暮らしたわけですから、周囲の同級生と比べても親離れは早かったと思います──。

たった3カ月で慶應法学部に合格

模擬試験でも最低ランクです。合格には程遠く、「志望校再検討を要す」というGランク判定。しかし、年明けぐらいに赤本(過去問題集)を解いたら、ちょっといい点数が取れ始めていた。

自分を信じて勉強を続け、慶應、中央、早稲田を受けて、中央と慶應に受かりました──。

このとき僕は、「もしかしたら自分は運が良く、恵まれているのかもしれない。この人生に心から感謝しなければならない。気ままに生きてきたけれど、もっと丁寧に生きないといけないな」と思いました。

知識も人脈もゼロからのスタート

起業を意識してからようやく貯金し始めて、なんとか手元にあるのが200万。必要な知識はゼロ。頭の中にあるのはアイデアだけです。

大学2年生のとき、交通事故を起こして悶々と悩んでいた。自分みたいな人は今も絶対にいる。そしてたぶん誰にも相談できず、どうすればいいか知りたくてネットで検索しているはず。

そういう人たちが自分で弁護士を選べるようなサイトをつくったら、困っている人たちを助けられるに違いない。

そう思って法律事務所を辞めました。「俺は自由だー!」と叫んでみました(笑)。心ゆくまで開放感を味わったあと、まずは本屋に行きました──。

弁護士だけじゃない人生にしたい

「起業しようと思っている」と言うと、たいていの人が、「うまくいくわけない」「せっかく弁護士になったんだから、弁護士の仕事をすればいいのに」というもっともな反応をしました。

心配してくれているが故なのですが、親も友達も同期も、賛成してくれる人はほぼいませんでした──。

当時の弁護士界というのは「一見さんお断り」の「値札のない高級寿司屋」のような伝統的な世界。インターネット経由で見ず知らずの人の依頼を受けることはほぼない。

「弁護士は、弁護士事務所で弁護士をすることが当たり前」という価値観です。弁護士がネットで起業なんて前代未聞のことでした──。

「弁護士ドットコム」が朝日と読売に載る

いよいよ自宅の一角で会社がスタートしました。

でもサイトが完成しただけでは、全然ユーザーも訪れない。やはりメディアに取り上げてもらわないといけない。

誰かマスコミ関係に知り合いはいないかと考えたところ、たまたま大学の同級生のお父さんが朝日新聞の副社長だったのを思い出しました──。

朝日新聞の発行部数は800万部だといいます。僕の中で1つの思いが浮かんできました。

「読売新聞は1000万部と聞いたことがあるぞ。もし読売新聞にも載ったら合計1800万部で相当すごいぞ」

「誰か読売新聞に知り合いいない?」と聞いたら、後輩弁護士が、「そういえば僕の昔の彼女が読売新聞社会部ですねえ」と言いました──。

収益化できない。でもあきらめない

経済的なハードルと心理的なハードルを下げるために、利用料を無料にしようと決断しました。収益化の見込みがない形でスタートしたのです。

そのとき心の支えになったのは、ミクシィやグリーの存在です──。

何年後かには、「よくぞ作ってくれた」と認めてくれるに違いない。それまでは徹底的に利用料無料でやり続けようと決心しました。

でも自分たちだって、生活していかなくてはいけない。本当に資金が底を尽きそうになり、いよいよこのままではやっていけない状態になってしまいました──。

やせ我慢を続ける

「弁護士ドットコム」を収益化するには、弁護士からおカネをいただくこともいずれ必要になります。それは必ずできるはずだと信じていました。僕が参考にしたのが「食べログ」です──。

それまではとにかくサイトの利便性を高めること、そして知名度を上げて利用者を増やすことを目的にしました。

まず目指すはユーザーウィン。次に弁護士ウィン。そして最後の最後に「弁護士ドットコム」ウィンでいい。

そうやって先に始めておくと、同じことをやろうとする後発を牽制できるのです。なぜなら弁護士の利用料を無料にしていると本当に儲からず、誰も参入してこないからです──。

スマホへの移行ラッシュで伸び悩む

ようやく安定的な収益を生み出すようになったのもつかの間、携帯電話からスマートフォンへの切り替えラッシュが起きました。

それまでは毎月1000人くらい会員が純増していたのに、会員が減っていきます。

つまり携帯電話の公式サイトは、携帯電話からスマートフォンに切り替えると自動的に解約になってしまう。ユーザーがもう一度契約しない限り、そのままです。

契約者数はずっと横ばいの苦しい状態が約1年間続きました──。

名ばかり編集長になる

「君はこれから記者だ!」

一番国語力がありそうなスタッフにこう声をかけました。

「記事の書き方は自分もよくわからない。でも幸い、『Yahoo!ニュース』にたくさんの見本があるから、とにかく見よう見まねで書いてみよう」

それが「弁護士ドットコム・トピックス編集部」(現「弁護士ドットコム・ニュース編集部」)のスタートです。

最初は僕が編集長になりましたが、もちろん「名ばかり編集長」です。素人集団の手さぐりでのスタートでした。

ところが、いきなり最初に数本出した記事の中の一つがスマッシュヒットします。「猫ひろしが……」──。

8年目に悲願の弁護士課金スタート

弁護士への課金がいよいよ具体的になってきました。弁護士業界でも「これからはマーケティングだ」というムードが徐々に高まっているし、われわれのサイトの魅力も増している。

そこで2013年8月に初めて弁護士課金を開始しました。開設してから実に8年以上もの月日が流れていました。

ようやく単月黒字化を果たし、ありがたいことに2014年の12月、東証マザーズに上場させていただきました──。

社会の役に立っている自負

「弁護士ドットコムは社会の役に立っている」「多くの困っている人たちの力になっている」。そういう声があったからこそ、心が折れずに8年間続けられました。

収益を生まないわけですから、スタッフの給料もほとんど上げてあげられず、ずっと横ばいです。大げさだと思うかもしれませんが、僕らは実際に人の命すら助けられているという気持ちがありました。

たとえば日本では借金を苦に自殺する人が後を絶ちません。今も年間3万人の自殺者のうち、25%は借金苦が原因です──。

連載「イノベーターズ・ライフ」をお楽しみに。本日、第1話を公開します(有料)。

*目次
【第1話】15歳で一人暮らし。「人と違う道を行くのが好き」
【第2話】新聞配達、コンビニ、スナック。バイトに明け暮れた高校時代
【第3話】慶應法学部を受験。Gランクから3カ月で逆転合格したオリジナル勉強法
【第4話】交通事故がきっかけで弁護士を志す。六本木で裏社会を見ておこう
【第5話】血尿が出るまで勉強した司法試験。弁護士になっても一生安泰じゃない
【第6話】楽天のM&A案件に参加。ゼロから新しい価値をつくるベンチャーに憧れる
【第7話】「弁護士だけじゃない人生にしたい」大前研一氏に“アタック”
【第8話】サービス開始。朝日と読売2紙の紙面を飾ったマスコミ大作戦
【第9話】収益化できないまま、やせ我慢。支えはミクシィ、グリー、食べログ
【第10話】スマホ切り替えラッシュでダメージ。「みんなの法律相談」で起死回生
【第11話】「弁護士ドットコム」ニュース編集部誕生。猫ひろしがヒット
【第12話】月間利用者数100万人を突破。悲願の弁護士課金スタート
【第13話】ついに東証マザーズ上場。現実がイメージに追いついた
【最終話】飽くなき挑戦。「弁護士ドットコム」を社会のインフラにするために

(予告編構成:上田真緒、本編聞き手:上田真緒、長山清子、構成:長山清子、撮影:今 祥雄)

【第1話】15歳で一人暮らし。「人と違う道を行くのが好き」
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