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中村武彦インタビュー(第1回)

JリーグとMLSが組めば、世界のサッカー界にインパクトを与えられる

1996年にアメリカのメジャーリーグサッカー(MLS)がスタートしたとき、クラブ数はわずか10にすぎなかった。北米リーグが1985年に倒産していた過去があっただけに、当時はまだ懐疑的な見方が強かった。

だが、今やMLSは世界で最も勢いのあるサッカーリーグになりつつある。現在クラブ数は20へ増加し、平均観客数も約2万人以上となり、これは世界7位の数字だ。観客数の伸び率においては世界1位だ。

この奇跡的な成長は、どうやって実現されたのか?

日本人で初めてMLSの職員となり、現在アジア事業をすべて委託されている男がいる。ニューヨーク在住の中村武彦だ。MLSを最も知る男にリーグの全貌、次の20年への戦略、そしてJリーグとの提携の可能性を聞いた。

中村武彦(なかむら・たけひこ)1976年東京都生まれ。10歳までニューヨークとロサンゼルスで過ごした。青山学院大学時代はサッカー部で主務を務め、NECに就職。マサチューセッツ州立大学アムハースト校でスポーツマネジメントを専攻。2005年、MLS国際部に就職。アジア市場総責任者を務めた。2009年、スペインのFCバルセロナの国際部ディレクターに就任し、アメリカツアーや中国ツアーを担当。2010年から2015年8月まで、ニューヨークを拠点とするリードオフ・スポーツ・マーケティング社のGMを務め、マドリーISDE法科大学院国際スポーツ法を専攻した。現在はフリーで、コロンビア大学非常勤講師や、MLSのアジア事業顧問を務めている(写真:福田俊介)

中村武彦(なかむら・たけひこ)
1976年東京都生まれ。10歳までニューヨークとロサンゼルスで過ごした。青山学院大学時代はサッカー部で主務を務め、NECに就職。マサチューセッツ州立大学アムハースト校でスポーツマネジメントを専攻。2005年、MLS国際部に就職。アジア市場総責任者を務めた。2009年、スペインのFCバルセロナの国際部ディレクターに就任し、アメリカツアーや中国ツアーを担当。2010年から2015年8月まで、ニューヨークを拠点とするリードオフ・スポーツ・マーケティング社のGMを務め、マドリーISDE法科大学院国際スポーツ法を専攻した。現在はフリーで、コロンビア大学非常勤講師や、MLSのアジア事業顧問を務めている(写真:福田俊介)

サッカーは「アメリカの未来を担うスポーツ」

──7月25日、リーバイス・スタジアム(シリコンバレー)で開かれたバルセロナ対マンチェスター・ユナイテッドの映像を見ました。ものすごい熱狂で、現地の盛り上がりが伝わってきました。

中村:6万8000人くらい入りました。現在アメリカではサッカーが注目を浴びていて、メディアでは将来を担う次のスポーツという意味の「アメリカズ・フューチャー・スポーツ」という表現でサッカーが紹介されています。

──昨年シアトルでシアトル・サウンダーズの試合を見ましたが、4万5000人以上の観客が集まっていました。

実はアメリカでは昔からサッカーの人気はありました。僕は帰国子女なのですが、アメリカでは子どもはほぼみんなサッカーをプレーしていました。1994年のアメリカW杯も大いに盛り上がり、当時のW杯の観客動員数記録を更新しています。

今回のようにバルサが来れば満員御礼になりますし、スポーツバーへ行けばたくさんの人がチャンピオンズリーグを見ている。よくアメリカという言葉の枕ことばとして「サッカー不毛の地」という表現が使われますが、それは世界の中では日本のメディアだけです。

成功の鍵となった「SUM」という組織

──ただ、90年代と比べると、最近のMLSの盛り上がりは質も量も違いますよね?

設立当初、大人たちはMLSをあまりリスペクトしていませんでした。それでもリーグが大きくなって、アメリカ代表も強くなった。

アメリカは移民の国です。そういう移民に加えて、生まれたときにはすでに自分の国にプロサッカーリーグがあるのが当たり前という世代が育ってきた。その彼ら彼女らがMLSを見るようになってきたのです。

市場調査をすると、18歳から38歳までの観客が一番増加しています。リーグも若い人をターゲットにして「MLSデジタル」という新しい部署をつくり、SNSや動画サイトを駆使している。それらはクールなコンテンツとして人気を博しています。

──ここまで急成長を遂げた鍵はどこにあるのでしょうか。

一番のキーになったのは2002年に設立されたサッカー・ユナイテッド・マーケティング(SUM)という会社です。リーグの営業部とマーケティング部をそっくりそのまま違う会社の名前にしてスピンアウトしたMLSの関連企業です。違う名前にしたことによって、MLS以外の商売も手がけるとこで業績を上げました。

会社のビジョンは、「アメリカ国内におけるサッカーの価値を高めること」。アメリカ国内のサッカーに関する重要なプロパティ(商標や肖像権)をすべて持っていて、スポンサーシップ営業と国際試合の興行権プロモーター、放映権の販売、マーチャンダイジングなどを扱っています。

──まるで電通と博報堂を足したような会社ですね。

そうかもしれません。それによってMLSは権利料を毎年安定してもらえるので、リーグとしての運営だけに集中できる。

SUMが設立された10年後の2012年、投資ファンドへ株式を25%売って125億から150億円のキャッシュを手に入れました。要するにSUM自体の資産価値が500億から600億円になったということです。

また、そのキャッシュで先ほど触れた「MLSデジタル」をつくって、デジタル部門への投資をしてさらなる集客へと結びつけています。すべての根底にマネジメントがある、これがアメリカのスポーツビジネスです。

次の20年へ向けて着々と打たれる戦略

──今後MLSはどのような方向を目指していくのでしょうか。

2020年に世界のトップリーグの仲間入りを果たすことを目指しています。今の時点で観客動員数は世界7位です。放映権も伸びていて、年間90億円くらいの収入になっている。ただ、このまますんなり行くとも思いませんが。

また、クラブがMLSへ加盟したければ、2007年には(加盟費が)7億5000万円必要でした。それが現在は120億円ですからね。8年で16倍くらいです。とにかく急成長しています。

──これだけ急成長しているMLSですが、今後、多くの日本人選手が移籍する可能性はあるのでしょうか。

日本人はまだヨーロッパへ行きたがりますし、逆にアメリカの選手が日本に来るのも難しい現状があります。

たとえば、Jリーグのクラブに「元アメリカ代表で31歳のいい選手がいるんですよ」と持ちかけたらきっと断られるでしょう。ブラジルやヨーロッパからもっと安く獲れますから。

これはアメリカでも一緒で、「日本人? それだけ払うならヨーロッパから獲れるからいいや」となる。お互いのジレンマです。ともに発足から20歳くらいのリーグで、上を目指して進んでいますけど、視線の先はヨーロッパか南米です。横のつながりが少ないのが気になります。

もしJリーグとMLSが手を組めば

──中村さんは、そこを変えていくために環太平洋という地域性を生かした「パンパシフィック選手権」(2008年2月、アメリカ、日本、韓国、中国、オーストラリアなどのクラブがハワイで開催された大会に参加。翌年2月はロサンゼルスで開催)や、「ハワイアン・アイランズ・インビテーション」という大会を主催されました。大会の成果や意義は?

それらの大会は僕が大学院生の頃に書いた論文がもとになっています。日米、ひいては環太平洋地域のリーグの交流を図るためです。

最近、ようやくJリーグとMLSがお互いを意識し始めました。太平洋地域にあるリーグの多くが偶然にも20歳前後で、新興リーグが集まっている地域です。そこをどうまとめるかというのがキーだと考えていて、ヨーロッパにしても南米にしても、この新興地域を巨大商圏として見込んでいます。ビッグクラブがアジアや北米をツアーで回っているのは、そのためです。

まだ20歳くらいのリーグが、歴史のあるヨーロッパと対等に渡り合うのは難しい。しかし、もし「JリーグとMLSが組みました」となったら世界的なインパクトがあります。

Jリーグのグローバル戦略には何が必要か

──今後JリーグがMLSから採り入れたほうがいい点はどこでしょうか。

もともと、日本は海外から優れたものを取り込んで、さらにいいものにするのに長けていました。そういう意味でもっと交流したほうがいい。最近Jリーグ関係者がMLSを訪れるようになったので、もっとビジネスサイドでの交流が活発になればいいですね。

ヨーロッパへ行けば「本物」を見られますが、その伝統や文化はなかなか輸入できませんし、日本にも独自の文化があります。一方、アメリカには文化や歴史の代わりに「メソッド」がある。

そのメソッドを、日本人がアレンジしていったらどんどん面白くなるはず。そうすれば、いずれ日本オリジナルの文化が出てくると思います。

──日本でもMLSとの提携を推す声は、最近よく聞くようになりました。

組んだら何ができるかは未知数な部分もありますが、お互いの足りないところを補完できます。JリーグはMLSのマネジメントや制度を学べますし、リーグとリーグが提携することによって発言権も増す。ただ、あと数年はかかるかと思います。

JリーグはAFC(アジアサッカー連盟)の中心的な存在になりましたし、MLSはCONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)の盟主的存在です。

UEFA(欧州サッカー連盟)がAFCもCONCACAFも下に見ている中、その2つがもし組んだとなれば、無視はできない存在となって、より対等な立場を手に入れられるのではないでしょうか。

──AFCとCONCACAFが関わることの具体的な強みは。

リーグ単位で「MLSです」と言ってUEFAやFIFA(国際サッカー連盟)のミーティングに出ても、正直あまり相手にされていないようです。シーズンカレンダーやW杯のカレンダーも基本的にヨーロッパに合わせています。移籍ウィンドウもヨーロッパ中心です。

リーグ単位だと二百数カ国ありますが、それが大陸連盟単位になると6個しかありません。そのうちの2つが組んだとなれば、さすがにヨーロッパも無視できなくなり対等に話せます。AFC全加盟国、CONCACAF全加盟国が同調しなくても、その中で影響力のある2つが組んだら、政治的な力も増します。アメリカから日本を見ていて、いつもそう思っています。

*本連載は毎週水曜日に掲載する予定です。