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密告が横行、“チーズマフィア”を摘発

崩壊の前触れか。ロシアが欧米製食品の輸入を禁止した“本当の狙い”

2015/9/2

フランス産チーズの持ち込みは厳禁

最近、ニコライという人物がとった行動は、ロシアのプーチン大統領の統治体制を象徴する出来事と言える。

ニコライ氏の名字は公開されていないが、彼は日本に近いウラジオストクの出身で、今年8月16日の夜、隣人が違法輸入のガチョウを焼いて食べたとウラジオストク警察に密告した。

たかだが、違法輸入のガチョウを食べただけで密告──。ここに、プーチン体制の実像が表出している。

ニコライ氏は、ウラジオストクを本拠としているメディア「VL」にこう語っている

「私は数年間、兵役に服していたため、われわれには上司がいて、そしてその上司の命令は絶対だと信じている。それと同じに国には法が存在し、われわれはその法律に従うことが義務付けられている」

プーチン大統領の統治の“もうひとつの顔”は、サンクトペテルブルクのコサック団体の指導者であるアンドレイ・ポリャコフ氏にも投影される。ポリャコフ氏は、外国産の禁制食品を販売した疑いがある店に、彼がリーダーを務める自警団を派遣していることをロシアのメディア「Eж」で明らかにした

ニコライ氏とポリャコフ氏は、自ら進んでこうした行動を行っているのではない。こういった“食品密告者”と“食品自警団”は、ロシア国家の最高レベルから、命令を受けているのだ。

ロシア関税局は、外国産の禁制食品を“戦略上重要”として分類する法案を作成している。かつて、その“戦略上重要”ラベルは、「武器」や「爆弾」「毒物」「放射性物質」などにしか書かれなかった。

もし、この法案が可決された場合、禁止された果物、野菜、肉を輸入した人が現行犯逮捕されると、最高7年の実刑が言い渡されることになる。特にフランス産チーズの持ち込みは厳禁。国の安全保障上、ポロニウムやウラン、対人殺傷用銃器、汚染爆弾などと比較できる程度に危険視される。

ロシアはグローバル市場から撤退するのか

チーズといえば、8月25日、ロシア内務省は同省が“大手チーズ密売組織”と呼ぶ組織を摘発したときのビデオ映像を公開した。その“摘発”により、禁制チーズ約470トンが暴露され、“チーズマフィア”の6人のメンバーが逮捕された。

ちなみに、ロシアで禁止されているのは食品だけに限らない。露繊維製造業者協会の会長は、外国産の洋服も輸入禁止にすべきだと発言している。

また、ロシアの関係当局が「Colgate-Palmolive(コルゲート・パーモリーブ)」や「P&G」などの欧米メーカーの家庭用品も強制的に排除し始めている。その理由とは、信じ難いことに“公衆衛生上の危険”だという。

一見したところ、このクレムリンの欧米製品に対する“ジハード”は、欧州的な視点からすれば、ロシアのリーダーが帝国主義を取り戻したいが、取り戻せないから、まるで子どものようにかんしゃくを起こしているように見える。

ロシアの政治アナリストであるヴァレリー・ソロヴェイ氏は、自らのフェイスブックにこう投稿している

「すべての失敗政権は興味深い共通点がある。崩壊する前、ばかげた行動を取り始めるのだ。そして、このばかげた行動は伝染し流行病になる。まさに、これが現在のロシアで起こっている。ロシアは、一部海外の食品の輸入規制から、『ウィキペディア』の禁止まで、大小さまざまな愚かさを見せつけている」

もっとも、「混乱の中に秩序がある」とは昔からよく言われることだ。プーチン大統領は、原油安、ルーブル安、そして内通や制裁が当たり前の社会状況をあえてつくり、国民にぜいたくとは無縁の低い生活水準に慣れさせ、今後の欧米と長期的な対立に備えている可能性もあると囁かれる。

8月24日、モスクワを拠点するCentre for Post-Industrial Studiesのエコノミストであるウラジスラヴ・イノゼムツエヴ氏は、ロシアにフォーカスしたメディア「Intersection Project」に、「ロシア経済は、緊縮と経済自立の国家の時代へと向かっている」と記した。その結果、数千の個人事業が破産し、国有部門が拡大すると言う。

「ロシアはグローバル市場から撤退する。そして、国際経済から門戸を閉ざす」とイノゼムツエヴ氏は続ける。この方針は、世界から孤立した旧ソ連時代の経済をほうふつとさせる。また、「経済の悪化が続く中、プロパガンダがまん延し、国民の生活水準の低下を代償するだろう」とイノゼムツエヴ氏は予測する。

エリートがこの状況に耐えられるのか

だが、実際、クレムリンが主導する帝国主義への回帰現象は、国民にどのように受け止められているのか。欧州食品の輸入禁止に関して言うと、その結果は賛成と反対が入り交じっている。

国営の全露世論研究センターの調査によると、一部欧州食品の輸入禁止への支持率は46%となった。また、ロシアの大手独立系の研究所「Levada Center」の調査によると、支持率は40%にとどまる一方で、48%の国民が反対している。

「ロシアは、本当に現代世界のグローバル化から、脱退できるのか。私はその実現を妨げる要因を挙げることはできない」と前出のイノゼムツエヴ氏は言う。

彼はさらにこう続ける。

「この現実でいつまで安定した状態を保てるか。大半の政治アナリストが予測するより長引くはずだ」

いつまでプーチン大統領が政権を維持できるかどうかは、前記のニコライ氏のような“食品密告者”やポリャコフ氏のような食品自警団ら“愛国者”の愛国心にかかっていると言える。だが、ロシアの生活水準が急落する中、いつまで国民の情熱が愛国キャンペーンを支えられるかどうかはわからない。

ましてやロシアのエリートたちは、欧州流の楽で快適な生活に慣れ親しんでいる。そうしたエリートたちが、いつまでこの状況に耐えられるのか。

遅かれ早かれ、プーチン政権は断末魔の叫びを上げるのではないか。あるいは、われわれは新しいロシア要塞の誕生を見るのか―—。欧州のアナリストたちは、ロシアの動向を注視している。

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