血のつながりをベースとしない“家族”、が多いのはなぜなのか
施設に入居する子は1割以下、LA「里親」「養子縁組」最新事情
2015/8/30
友人の里親宣言
「血のつながらない子どもの、里親になろうと思うんだけど」
独身の友人が里親になる準備を始めたと聞いたとき、反射的に、これは止めねば……と思いました。
里親とは、さまざまな事情により親元で暮らせない子どもを、一時的に預かる「育ての親」のこと。託されるのは、育児放棄や虐待を受けて保護された子どもたちが多く、身体や心に障害を負う子どもも少なくないといいます。
そんな子どもを彼女は、フルタイムの仕事を続けながら1人で育てるというのです。
いくら子ども好きな彼女でも、1人で背負うには重すぎるのではないか。……婚活して“普通の家族”をつくるのではダメか。
失礼な説得を試みる私に彼女は、
「せっかく生まれてきたのに、寝る場所も見つからず困っている子どもがいる。血のつながりにこだわって自分の子どもを生むよりも、私は困っている子どもを育てたい」
と高らかに「里親宣言」をしました。
それまでは、ニュースでたまに目にするトピックでしかなかった「里親」。意識して見回すと、街中で人種の異なる親子の姿を見かけたり、里子として預かった子どもと養子縁組したママ友がいたり、ロサンゼルス(LA)では割と身近な存在だと知りました。それはLAが全米でも有数の、里親の元で暮らす子どもが多い地域だからかもしれません。
血のつながりをベースとしない“家族”が多いのはなぜなのか。制度は日本とどう違うのか。立場の異なる方々からお話を伺いました。
里親になるためのプロセスとは? 〜カレンさんの場合〜
全米で最も多くの未成年者が暮らすカリフォルニア州。
子どもの数が多いだけでなく、親から引き離されている「Foster Care(社会的養護)」の児童数も最多で、5万人にも上ります。州の未成年者の人口が約900万人ですので、1000人のうち6人の子どもが養護の下にあります。
この数字を日本と比較すると、実親が育てられない「要保護児童」の数は日本全国で4万7000人。未成年者数は2100万人なので、1000人のうち2人。つまり、カリフォルニア州の方が3倍も多いのです。
社会的養護が必要な子どもたちのために、里親の育成や認定、マッチングなどをするのが「Foster Care Agency」と呼ばれる里親機関です。友人が登録したエージェンシー、「Extraordinary Family」は昨年創設20周年を迎えた老舗で、毎年150件以上の里親委託を手がけています。
法律事務所に勤めるカレンさんも、10年前にこの団体に登録した里親経験者です。離婚した夫との間に子どもはいませんでしたが、「親になりたい」という思いがありました。里親募集の新聞広告を見て、その場で問い合わせの電話をしました。
里親になりたい、と思ってもすぐに登録できるわけではありません。数十時間に及ぶトレーニングや、犯罪歴の調査、自宅の安全性をチェックするための家庭訪問など、準備には半年近くかかります。
こうしたプロセスを経て、里親の資格を取得したカレンさんの元に、6歳のTJさんという女の子がやってきます。4歳で実親から引き離されたTJさんは、2年間にわたり施設を転々とし、転校を繰り返していました。
彼女の成績がクラスで最下位だったとき、カレンさんは小学校の担任から「生い立ちを考えればしょうがない」と言われました。
子どもを導く立場の教師が、生い立ちという、本人にはどうしようもないことを理由に諦めてしまうなんて……。カレンさんは怒りを覚えた、と言います。
TJさんと出会った当初から、彼女の服装にセンスを感じていたカレンさんは、彼女をアートに特化した公立小学校に通わせるために引っ越しをします。
TJさんの持つ可能性を、生涯をかけて伸ばしてやりたい──。
そう思うカレンさんにとって、養子縁組は自然の流れでした。里親としてTJさんを迎え入れた2年後、2人は正式な親子になります。
「ママは私のことを真剣に考え、行動してくれます。ママに出会わなかったら、学校も中退していたと思う」と話すTJさん。
その思いに応えるかのように、高校生になった今では、成績優秀者のための特別クラスに通っています。
なぜ施設よりも里親に委託される子どもが多いのか?
3万人の子どもが助けを必要とし、その8割近くが里親に預けられているLA。里子の中には、カレンさんのように、養子縁組に至ることも珍しくありません。
国際的に見てもこの数字は大きく、日本の里親事情とは様相が大きく異なります。
NewsPicksで以前掲載された、Living in Peace代表の慎泰俊さんの記事によると、そもそも日本では、社会的養護の下にある子どものうち、約9割が施設で暮らし、里親家族に預けられるのは1割、とあります。
LAのみならず、米国全体でもこの数字は逆転しています。ほとんどの子どもは里親などの家庭に預けられ、施設に入居する子は1割以下だといわれています。
なぜ施設よりも里親に委託される子どもが多いのか。その理由について、Extraordinary Family代表のAndrew Bridge氏は「子どもには、家庭的な環境で、信頼や愛着を感じながら育つ権利がある」からだと語ります。子どもの個性や変化に合わせながら、長期的に育ててくれる場として、里親家庭は優れた養育の場だと考えられているのです。
子ども中心に考えられた「2つのゴール」
子どもの権利を守るため、エージェンシーは2つのゴールを目指すと言います。
最初に目指すゴールは、「家族の再統合」です。
子どもが1日も早く親元に戻れるように、親のケアから始めます。就労支援や生活保護の申請、薬物依存の更正プログラムの提供など、親を回復させることで、再び親子が生活できるようにします。
裁判所が子どもを親元に戻すのは困難だと判断すると、エージェントは2つ目のゴールに方針を変えます。親戚や知人、養子縁組を前提に預かってくれる里親たちを当たって、子どもと生涯のつながりを持てる家庭を探すのです。施設への委託は、どうしても家庭での養育が難しい場合に限られると言います。
里親制度の研究を専門とする児童福祉団体「Casey Family Programs」は、2つのゴール設定は子どもたちの生活の安定に役立っている、と評価しています。
この団体の最新のリポートでは、社会的養護から脱する子のうち、57%が実親の元に戻り、20%がTJさんのように養子縁組によって新しい家族を得られた、とまとめています。
「親権喪失」のデッドラインが必要な理由
もうひとつ、日本と大きく異なるのが、1つ目のゴール「家庭の再統合」にデッドライン(期限)が設けられていることです。実親の元に戻せるかどうかの判断を、むやみに引き延ばさないためです。
親の改善が見られず、子どもが15カ月以上にわたって社会的養護下にある場合、里親機関は(1)裁判所への親権喪失の申し立てと、(2)「2つ目のゴール」に向けたプランの作成が求められます。
「良い親」に生まれ変わるために、15カ月は十分と言えるのか……。短すぎるのではないか、とBridge氏に伝えたところ、少し厳しい口調でこう言われました。
「子どもの幼少期は有限です。そして、その期間をどう過ごしたかが、その後の人生に大きく影響します。子どもは親が成長するのを待ち続けることはできないのです」
ずいぶん厳しいことを言う人だな、と思われるかもしれません。
私はこの言葉に、Bridge氏のこれまでの経験が濃縮されているように感じられました。
Bridge氏も7歳のときに、精神病を患ってホームレスになった母から引き離され、施設や里親の元で11年間を過ごした、社会的養護の経験者です。
その後Bridge氏は、奨学金を受けて名門ウェズリアン大学に進学。さらにハーバード・ロー・スクールに進み、子どもの人権保護を専門とする弁護士として活躍しています。
彼の著書『Hope’s Boy』では、2代続いた母子家庭が貧困に苦しみ、施設や里親に育てられた母が、10代で親になり、社会から「加害者」として扱われてゆく悲劇をつづっています。「子どもを育てられない悪い親」という先入観で語られがちな実親ですが、その背景には貧困や病気などがあり、助けが必要だと指摘しています。
実親が悪いのではなく「状況が許さなかった」
Bridge氏はまた、たとえ法律上は実親の親権が喪失したとしても、子どもの人生から「実親」を追い出してはいけない、と言います。
里親トレーニングでも、実親と良い関係を築く大切さを伝えるために、多くの時間を割くと言います。
たとえば、里親になるための条件として、実の親子が定期的に会えるよう、協力することを挙げています。こうした面会が、子どもの心を安定させると同時に、早く生活を立て直そうという親の意欲を引き出すからです。
教科書にもこのようなメッセージがありました。
“子どもから、なぜ自分は里親に預けられているのかと聞かれたときは、誠実な態度で答えてください。里子に出されたのは、子どものせいではないこと、そして、実親が悪いのでもなく、「状況が許さなかったのだ」と伝えましょう”
深刻な里親不足……期待される支援の輪の広がり
エージェンシーの取り組みや、親族・里親たちの献身的なケアも実り、カリフォルニア州では2000年以降、社会的養護下の子どもの数は減少し続けています。
しかし、課題もあります。最も深刻だといわれているのが、里親不足です。
たとえば、2000年には里子の受け入れ可能数が、2万2000床あったLAが、2015年には9000床と、15年で約40%にまで落ち込んでしまいました。
里親を必要とする子どもの数を減らすことはできましたが、それを上回る勢いで、里親をやめてしまう人が増えているというのです。
極度の疲労から燃え尽きてしまう里親をなくそうと、多くの里親機関では「チームサポート」に力を入れています。ソーシャルワーカーや医療スタッフ、地域の大人たちやほかの里親家族も巻き込み、力を合わせて子どもを支えようとする動きです。
私の友人も、里親になろうと思えたのは、こうした仲間の支えがあるという安心感があるからだと話していました。どんなに養育の難しい子どもでも、支える人の輪が広がれば負担は分散され、親は押しつぶされずにすむのかもしれません。
子どもたちの問題を自分に結びつけ、一歩踏み出す友人に圧倒されていましたが、私にもできることがありそうです。サポートの輪に参加するのに、身構える必要はなく「ママ友・パパ友になればいいのだ」と当たり前のことに気づき、気が楽になったのでした。
次週は、なぜ米国人が血のつながらない子を家族に迎えようとするのか、養子縁組あっせん団体を訪ねる夫婦たちの声をお伝えします。
<連載「『駐在員妻』は見た!」概要>
ビジネスパーソンなら一度は憧れる海外駐在ポスト。彼らに帯同する妻も、女性から羨望のまなざしで見られがちだ。だが、その内実は? 駐在員妻同士のヒエラルキー構造や面倒な付き合いにへきえき。現地の習慣に適応できずクタクタと、人には言えない苦労が山ほどあるようだ。本連載では、日本からではうかがい知ることのできない「駐妻」の世界を現役の駐在員妻たちが明かしていく。「サウジアラビア」「インドネシア」「ロシア」「ロサンゼルス」のリレーエッセイで、毎週日曜日に掲載予定。今回は「ロサンゼルス駐在員妻」編です。
【著者プロフィール】アキコ
神奈川県生まれ。父の転勤により6歳で初めて渡米し、現在までに4回の米国居住を経験。2014年から夫の転勤でロサンゼルスで駐妻生活中。一児(娘)の母。