小澤智子さんインタビュー(第2回)
ブラジルW杯で日本代表が食事で気をつけていたこと
2015/8/27
都内の閑静な駅からほど近くにあるタニタの本社を訪れると、玄関から入ってすぐのラウンジに、商品が壁に沿って飾られているのが目に入ってくる。レシピ本、タイマーや塩分計といったキッチングッズ、歩数計、血圧計、体重計といろんな商品がある中に、体組成計もある。
前回、サッカー選手が普段食べている食事や、試合後のメニューを教えてくれた小澤智子さん。そのときにもチラッと出た「体組成」とは、いったいどんなものなのだろうか。
──体組成とは何ですか。
「体組成とは、簡単に言ってしまうと、からだが何でできているかということです。体重はからだの重さそのものですが、体組成計で計測すると体重の中身である脂肪、筋肉、骨に分けて評価できます。同じ体重でも体組成が異なるとパフォーマンスに影響が出るので、アスリートにとって体組成計測は基本なのです」
──サッカー選手とほかのアスリートの体組成は違うものなのですか。
「競技特性によってまったく違っていて、サッカー選手はサッカー選手特有の体組成があります。たとえば下肢の筋肉量が多かったり、利き足によって左右差が出たり。軸足が太い選手もいれば蹴り足が太い選手もいて、それぞれ選手によっても違いがあります。
体組成は、トレーニングはもちろん、食事の影響も大きく受けます。食事は、トレーニングに比べるとパフォーマンスにどのくらい影響しているのか実感しにくかったり、実感するのに時間がかかったりするので、食事改善に挫折してしまうことがあります。
体組成を計測しながらサポートをすれば、食事を改善した結果が視覚化できるので、選手のトレーニングと食事管理をするモチベーションにも使えるんです。クラブで体組成計測を始めると、はじめは誰の体脂肪率が高いか低いかで選手同士盛り上がることに終始します。
でも、何度も継続してサポートしていくうちに、筋肉量にも着目して、自分のコンディションと照らし合わせるようになります。すると、トレーニングだけでなく食事改善にも取り組んでくれる選手が出てきます」
ふむふむ。体組成を経過観察しながら、それに基づいて選手個人の目標を立てたりアドバイスをしたりするということだ。
──では、どうしたら筋肉量は増えるのですか。
「アスリートも一般の方も同じで、運動と食事の量が大切なのですが、それがどちらかに偏っている人もいますよね。サッカー選手の場合は、筋肉量を増やしたいなら筋トレをトレーニングの中に取り入れることと、それに合った栄養をからだに入れていくことで増やしていきます」
──具体的にどんな物を食べると筋肉量は増えますか。
「まず皆さんが思いつくのは『肉!』だと思います(笑)。もちろん、タンパク質の摂取量も食事チェックをして不足していれば増やしていきます。でも、タンパク質を摂ろうとサプリメントのプロテインを摂取しても、食事からの炭水化物が不足すると、筋肉にならずにエネルギー源として消費される場合もあります。
全体的な食事の量を増やすことが大事になるのですが、その選手の体重や体組成、食事内容、トレーニング、生活状況などを調査し、目標を達成するためにその選手に合ったプログラムをつくって指導していきます」
加藤未央、体組成の計測に挑戦
取材のついでに、1台200万円する体組成計で、私も自分の体組成を測らせてもらえることになった。
正直に言うと、私は自分の体組成には自信があった。というよりも自分で自分のことを「天然アスリート体質」だと信じ込んでいる。ジムに通っているわけではないし特別な運動だって何もしていないけれど、なぜだか昔から腹筋は割れているのと、腕相撲はそのへんの女の子にはまず負けないからだ。
きっと数々のアスリートを見てきている小澤さんもびっくりするだろうなんて内心ほくそ笑みながら、自信満々で体組成計に乗った。
その結果は──。
身長162cmで体重42.0kg、体脂肪率15.4%、筋肉量33.5kg、体水分率56.9%、BMI16.0。
この数字だけ見ても体組成素人の私にはよくわからないので、隣にいる小澤さんのリアクションが気になるところ。少し様子をうかがってみるも今ひとつのリアクションだったので、待ちきれず「私、かなりアスリートじゃないですか」と自己申告してみた。
すると小澤さんはちょっと驚いたように「えっ、何か運動をしているのですか」と聞いてきたので、「いえ、特には……」と答えると、大笑いされてしまった。ひとしきり笑い終えた後に「筋肉量と脂肪量が少ないので運動と食事を改善するのがおすすめです」と冷静なアドバイス。
私は天然アスリートでもなんでもなくて単なる痩せ形というだけの、別の意味で小澤さんをびっくりさせた結果だった。
オーダーメイドで食事やサプリメントを提案
さて、前置きが長くなったが本題に入ろう。
インタビューを行った広いスペースの一角の壁に、日本代表のサイン入りのユニフォームが額に入れて飾られていた。
これは2014年ブラジルW杯のとき、小澤さんが東京にいながらブラジルにいる日本代表の栄養管理をアドバイスしていたことから寄贈されたものだ。いったいどんな関わりだったのだろう。
──2014年W杯では、選手の食事のアドバイスをしていたのですか。
「食事のアドバイスというより、コンディショニングのアドバイスです」
──コンディショニングのアドバイスとは、具体的にどんなことですか。
「コンディショニングという概念の中のひとつが食事管理になります。私は選手のコンディションを評価しつつ、食事面のアドバイスをスタッフに伝えるという役割を担当しました。正式に招集される前から候補の選手に対してサポートを開始。
さまざまなコンディションチェックの結果から、メディカルスタッフと何度もミーティングをして、どういう食事やサプリメントを摂ったらいいのか、一人ひとりオーダーメイドで指示を出していました」
──それはものすごく細かい作業ですね。
「すごく大変でした。自分自身のコンディショニングも大変でした……。大会期間中は12時間の時差があるので夜中に仕事をしなくちゃいけなくて」
──大会中もずっとアドバイスを続けられたのですか。
「私は日本にいたので、毎日夜中(ブラジルでは昼)に電話やメールでスタッフとやりとりをしていました。ブラジルに持って行っていただいた機器で計測したデータを基に、選手一人ひとりのコンディションの状態を解析して、食事アドバイスと一緒にフィードバックしていました」
ここでいう「機器」が、上述した体組成計と同じ技術を使ったものだ。
「体組成計は弱い電流を流して電気の流れやすさなどから脂肪量や筋肉量を評価する生体電気インピーダンス法という技術を使っています。この技術を応用して、選手の筋疲労や体水分状態を予測しました」
──選手それぞれに個別のメニューを出していたのですか。
「食事はビュッフェスタイルなので、『こういうものを多めに摂ったほうがいいですよ』という提案をメディカルスタッフに伝えます。それを皆さんで検討してもらって、選手に伝えるか伝えないかは任せていました」
W杯期間中はストレスで免疫が下がりやすい
──普段クラブでリーグ戦を戦っているときと、W杯の期間中とでは、からだの状態って違うものですか。
「違いますね。W杯など集中した日程で行われる大会のときは精神的にも肉体的にもストレスがすごく増えるので、免疫が下がります。そのため、こうした大会中は、育成年代でも、プロでも体調を崩す選手が出てしまうことがあります。
キャンプや合宿中でもそうですね、おなかをくだすとか熱を出してしまうとか。メンタルも影響するのですが、からだの面から免疫がなるべく低下しないように前もってスケジュールに合わせながら予防しておくことが大事になります」
発酵食品とビタミンDで対策
──どうやって予防するのですか。
「腸内環境を整えるために積極的に発酵食品の納豆やキムチ、お味噌汁、ヨーグルトなどを食べてもらったり、ビタミンDを摂るために魚を食べてもらったりするようにします。
ビタミンDには免疫低下や怪我予防に効果があるという報告があります。ビタミンDは紫外線を浴びることで皮膚でもつくられます。冬場に日照が少ない日本の寒い地域のクラブの選手やヨーロッパの曇りがちな国の選手は、特に食事からの摂取に気をつけてほしいですね。
ブラジル大会は暑熱環境下だったので、水分補給についてもメディカルスタッフとかなりミーティングをして計画を立てました。大会期間中は日本で1人、小澤ラボ状態でした」
──それは大きな役目でしたね。
「現地のチームが一番大変だったと思います。私はメディカルスタッフチームへ情報を伝えるという役目だったので、スタッフのスタッフだという気持ちで仕事をしていました。チームは残念な結果で終わりましたが、初めての取り組みを採用してくださったサッカー協会と、イレギュラーな仕事を許可してくれた会社には本当に感謝しています」
日本代表も「主食、主菜、副菜、果物、牛乳・乳製品」が基本
──現地でどんな食事が出たかご存じですか。
「(前回掲載したイラストを指差しながら)本当に、これです! 基本の5種類を食べられるような食事が、常に準備されているのです。選手はその中からバランスが取れたものをチョイスします」
「選手にバランスの良い食事を促すように、壁に『そろえて食べましょう』という貼り紙を掲出してもらっていましたが、代表の選手は自分自身で当たり前にできますね。
ただ、食事は大きなプレッシャーの大会では、いつも以上に楽しみやリラックスの場でもあるので、必要な栄養摂取と好きなものを食べてもらうということのバランスは悩みどころです。食事の楽しさは忘れてはいけない部分ですから。
育成年代の頃に栄養教育を受けていない選手が食習慣を変えるのは、ストレスになることも多いです。育成年代の頃から自分のコンディションを把握したり、栄養に関する知識を得たりする教育がとても大切だと感じています」
(文:加藤未央)