pp_urabe_bnr

現場から見たコンサルの魅力

コンサルタントは、一体どんな仕事をしているのか

2015/8/26
ユーザーからプロピッカーに選出された、コーポレイトディレクションでパートナーとして活躍中の占部伸一郎氏。今回は、コンサルタントがどのような仕事をしているのか、そのキャリアについて語る。

第1回の記事には多くのコメントを頂き、ありがとうございました。

前回の記事に書いた通り、私は学卒でコンサルタントという職業を選んでから今に至るまで、14年間この仕事をしております。これを機に数えてみましたが、クライアント数は50以上、プロジェクト数も小さいものも含めると170くらい経験が積み重なってきました。

「どういう仕事をしているの?」ということを家族や友人などに数えきれないほど説明してきていますが、それでも一言で言えないのが「コンサルタント」です。

そこで今回は具体的にはイメージしにくい「戦略系のコンサルティング」がどのようなことをやっているのか、また自分がなぜ続けているのかなどについてお話したいと思います。ちなみに、たまたまNewsPicksの総力を挙げた「コンサル特集」が始まってしまい、何を書くか困っていたのは内緒です(笑)。

コンサルタント・新人期

入社すると、しばらくは座学の研修がありながらも、基本はOJTで育っていくのがコンサルタントです。最初のプロジェクトはある中堅SIerさんの戦略監査、中期戦略立案プロジェクトでした。

5人ほどのチームで、自社のプロジェクトごとの収益性を分析したり、クライアントの顧客からの評価を聞いたり、成功している他社のモデルを研究したりする中で大きな方向性を描いていきました。

いわゆる「社長にリポートする」という、多くの人がイメージするコンサルティングプロジェクトでしょうか。右も左もわからないまま、記事検索などの情報収集、ヒアリングの議事録書き、エクセル/アクセスでの数値分析を行っていきました。

そして、1年目の秋ぐらいから、自分の経験の中でも大きな原体験になった、新規事業の立ち上げプロジェクトが始まり、8カ月ほどクライアントに常駐で支援していました。

当然下っ端ですが、マネージャーの先輩と2人でクライアント内の各分科会に参加。そこで、たとえば新築マンション向けのデベロッパー営業でどういう優先順位にするか、営業先が要求してきた条件にどう打ち返すか、既存マンション向けの商品/価格プランをどうするか(1棟当たり何戸入ればいくら値引きするかとか)、管理組合向けの提案資料をどうつくるかなど、本当に広範な内容に関わりました。

また、クライアントの人の動きや働くモチベーションを直接見ることで、事業立ち上げのリアリティを実感することができたプロジェクトでした。

コンサルタント・マネージャー期

その後、徐々にスライドを書けるようになっていき、報告書の中の1パートを任せられるようになります。さらに、3~4年目になると、自分がプロジェクトの中心としてクライアントに直接、相対するようになっていくのです。

思い出深いのは4年目に担当した中堅アパレル会社の再生プロジェクト。事業の不振が続いていた会社の株式をある投資会社が取得するということでわれわれが事業デューデリジェンス(DD)を担当し、投資後の中期計画づくり、その後のモニタリング、と1年ほどお付き合いしました。

プロジェクトの途中では、報告会でオーナー社長が怒って机を叩いて出て行ってしまったこともありました。また、その後を継ぐ番頭格の次期社長には飲みの席で面と向かって「君の言っていることは全然響かないんだよ」と言われましたが、その人と二人三脚で再生プランを書き、最終的には自分1人だけモニタリングのリピートプロジェクトを頂け、このプロジェクト中にマネージャーに上げていただきました。

リストラ寄りのプランでしたが十数年赤字が続いていた会社が黒字に転換したときはうれしかったですね。

初めてのプロジェクト受注と出向経験

4年目後半には初めて新規のプロジェクトの受注をしました。いわゆるネットベンチャーのIPO支援です。大きなプロジェクトではありませんでしたが、やはり、自分に対して発注されると責任感やプレッシャーがまったく異なり、非常にやりがいを感じたものです。役員メンバーと箱根で合宿までやりながら議論をまとめていきました。その後、無事上場を果たし、社長には寿司をおごってもらいました。

そして5年目の最後には、異例なことですが、三菱商事の金融部門に半年間出向する経験をさせてもらいました。出向先はプライベート・エクイティ(PE)投資を行う部隊(現丸の内キャピタル)。コンサルタントの「バリューアップ力」を活用して企業投資ができないか、という試みで協業を検討していたのですが、先方から人を出してほしいという要請があり、個人としても外の世界を見たかったので自ら志願しました。

これは自分にとって2つの意味で非常に良い経験でした。1つ目はどうしても「損益計算書(PL)中心」でしか見ない戦略コンサルタントの世界から、貸借対照表(BS)/キャッシュフロー計算書(CF)、財務/税務/法務も含めた中での「PL」というように相対化できたこと。

2つ目は、優良大企業の内側にどんな人がいて、どんなモチベーションで動いているのかを全身で感じることができたことです。こちらのほうが、学びが大きかったかもしれません。

そして、パートナーへ

出向から戻ると、徐々に自分で獲得する仕事の比率が増えていきました。これまでの経験で、業界問わずさまざまな会社を見たことにより、自身の「事業の見立て/見極め力」がつき、また出向で「ファンドの見方」が肌感覚としてつかめてきました。そのため、6~9年目あたりは、PEファンドや銀行が相手になる仕事が比較的多かったですね。

8~9年目はリーマンショック後で、銀行からの依頼で不動産関係の「バブルの後片付け」のようなプロジェクトをいくつもやりました。印象深いのはあるマンションデベロッパー。債務が過剰だったものの事業には非常に強みがあり良い会社である、というリポートを出した直後に突然の民事再生申請。当事者としても想定外のことだったようですが、強みを生かしその後再生を果たし、そのときご一緒した方とは今もお会いさせていただいています。

9~10年目に2年にわたって支援した、OEMメーカーも思い出深いプロジェクトです。もともと、銀行にご紹介いただき、社長と意気投合。主要拠点となる中国では合弁を解消し独資化したところで現地の掌握も含めてグループ体制を大きく再構築するところだったので、日本と中国の拠点を毎月行き来しながら、事業構造の転換をまさに伴走。今でも「戦友」と言っていただくのは本当にうれしいです。

海外ということでは、10~12年目に、ある小売企業が中国の現地チェーンを買収する際のFAとして、現地企業との交渉を行ったのも良い経験でした。

パートナーになってからも、ネット/通信、小売/アパレル、不動産、ファンドなどの金融プレーヤーなどのクライアントを中心に日々楽しくやっており、今日に至ります。

結局、何が楽しくて続けているのか

少し長くなりましたが、さまざまなプロジェクトをご紹介してきました。改めて、何が楽しくて続けているのか、まとめてみたいと思います。

1. 通底する知的好奇心

もともと好奇心が旺盛なこともあり、クライアントやテーマが毎回のように異なる中で仕事をすると、「こんな業界があるんだ」「こういうゲームのルールになっているんだ」と知ることで、知的好奇心が満たされます。

2. 自分が成長している、という感覚

入社以降、分析などの基本動作を習得する、自分が書いたスライドがクライアントに出る、ひとつの章を担当しプレゼンしてクライアントに名前を覚えられる、マネージャーとして全体の責任を負う、クライアントから新たなプロジェクトを頼まれるようになる……と楽しいポイントがどんどん変化していきます。

今の自分と去年の自分を比べて成長を実感できるのが一番大きいと思います。採用活動をしていると、よく学生から「何が面白いですか」と聞かれますが、「面白いポイントが、どんどん変わっていくことが面白いです」と答えています。

3. 自分を頼ってくれるというやりがいと責任

特にパートナーになってからは仕事を取ることが仕事になります。といっても、コンサルティングは飛び込み営業や押し売りで売れるものではありません。基本は誰かが困ったときに「あいつに相談してみよう」と依頼がくるものです。「会社(CDI)に頼む」という以上に、「(たまたまCDIにいる)占部に頼む」という要素がとても強い。このやりがいと責任はほかには得難いと思っています。

コンサルティングは「客観性」と言われますが、本質的にはそれは違うと思います。私は、究極の「主観」を言う商売と捉えています。クライアントの価値観から自由だという意味で「客観」ではあるものの、そもそも答えがない問いに答えようとしているので、誰が見ても正解である答えなど出てくるはずもありません。集められるだけの情報を集め、これまでの経験と合わせて「自分ならこうします」と提案するのが基本です。

上記に加え、自分の場合は「CDIという会社を経営/運営している」ことを楽しんでいる面もあります。CDIは東京が本社で60人程度の中小企業です。運営も極めて柔軟で(裏返せばいい加減な面もありますが)、あらゆることは6人のパートナーで意思決定していますし、会社運営に必要なアドミ業務もかなりの部分をコンサルタントで手分けしてやっています。

儲かれば山分けですし、売り上げがなくなれば潰れます。コンサルタントは「虚業」と言われることもありますが、少なくとも「コンサルティング事業」の経営側にはいますし、この年齢でそうした経験を積めることは自分にとってもプラスだと思っています。同じ志で集まった気の合う仲間たちとワイワイ楽しく(当然苦しいこともありますが……)会社を運営している感覚に近いでしょうか。

一生コンサルタントをやっているのか

前回の記事に対するコメントで、「しばらくコンサルタントをやると、限界を感じて実業に行く人が多い。その辺りはどう考えているのか」というものがありましたが、自分の場合はニュートラルです。

CDIの人に断りもせず、こんなことを書いていいのかわかりませんが(笑)、もともとどこかで事業会社の経営側で仕事をしたいと考えていたことや、若い会社を大きく伸ばす仕事は好きなので、何度かそういう会社に飛び込んでみようと思ったこともありました。

今後、経営側に入っていくかもしれませんし、投資家側に回るかもしれません。このまま同じ仕事を続ける可能性も、もちろんあります。それはきっと出会いときっかけ次第だと思っています。

そのうえで、生意気に聞こえるかもしれませんが、私は「ノブレス・オブリージュ」という考えを強く持っています。幸運なことにある面では人よりも素質を持っており、それを磨いてきた自負はあるので、それが社会に一番役に立つ仕事をやるべきだ、と考えています。

ただ、本稿を書いているこの瞬間に37歳になりましたが、どのような生き方をしていくべきか、日々模索中、というのが正直なところなのです。楠木建先生には「好きにしてください」と言われそうですが(笑)。