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スマホがあれば日常の支払いは完了

財布を忘れた──。そう気がついたのは、上海のフランス租界にあるアパートを出て、しばらく歩いてからのこと。今来た道を戻って4階まで階段を登るのは、ちょっとしんどい。まあ、いっか。スマホートフォンは持っているんだから。

そのスマホには、もちろん微信(WeChat、ウィーチャット)のアプリが入っている。チャットはもちろんのこと、電子決済、タクシー配車、オンラインショッピング、ホテルやレストランの予約など、多種多様なサービスをまとめたポータルのようなアプリだ。

レストランの支払いを友達と割り勘にしたいときも、スマホの画面をタップするだけでOK。その友達の話を聞いて急に投資をしたくなったら、アリババ集団が提供する投資信託を購入できる。話題の新作映画のポスターを見かけた? それならその写真を撮って、百度(バイドゥ)で上映中の映画館を探し、ウィーチャットでチケットを買えばいい。

インターネット金融が世界を席巻しているが、中国はその最先端を走っている。もはやインターネットによる銀行サービスや投資、融資は常識だ。その台風の目は従来型の金融機関ではなく、金融アプリを武器にこの業界に参入したテクノロジー企業だ。13億人の預金残高7兆8000億ドルをめぐって激しい競争を繰り広げている。

グローバル・バンキングの未来は中国に

一般市民がスマホで自分の金融資産を管理するトレンドの先導役になっているのが、IT大手・騰訊控股(テンセント)が運営するウィーチャットや、ネットショッピング大手アリババの決済サービス「支付宝(Alipay、アリペイ)」、そして「百度(バイドゥ)」だ。

「インターネット金融はニューヨーク、ロンドン、サンフランシスコ、香港など世界中で話題になっている」と、調査会社カプロナシア(上海)のゼノン・カプロンは言う。

「だが、中国本土ではもはや話題の域を超えて、現実的なインパクトを与えている。グローバル・バンキングの未来は中国にある」

中国の伝統的な金融機関は時代遅れで、柔軟性に乏しく非効率的だ。これは、アリババやバイドゥなど機敏に動けるテクノロジー企業に大きなチャンスをもたらしてきた。

巨大な国有銀行は、民間企業や個人に一定の融資はしているものの、最大の顧客は政府による保証が期待できる国有企業だ。一方、個人にとって、国有銀行など政府系銀行は預金金利が低く、ネットバンキングで買える金利の高い金融商品のほうが魅力的だ。

中国では銀行手続きが非常に厄介なため、人々は小切手を切るよりも、財布に100元札を大量に入れて持ち歩くことが多い。「国有銀行が非効率だから、民間からイノベーションが起きている」と、モルガン・スタンレー出身で、北京でテクノロジー系コンサルティング会社のBDAチャイナを設立・経営するダンカン・クラークは言う。

上海に11年間住むカプロンは、中国のデジタル革命を身をもって経験してきた。「2004年に家賃を払うときは、銀行に行って行列に並び、家賃分の現金を引き出して、それを大家の銀行に持って行き、番号札をもらって待ち、ようやく家賃を振り込んでいた」と、振り返る。

「今はアリババのアリペイで送金している。ウィーチャットで投資もするし、バイドゥで投資信託商品を購入することもある。状況は完全に変わった」

伝統的な金融機関はデジタル化に遅れ

中国のモバイル・バンキング利用者は、3億9000万人。これはアメリカの人口よりも多く、世界のモバイル・バンキング利用者の40%を占める。オンライン決済サービスの利用者はさらに多い。アリババの7月の発表によると、パソコンやモバイル機器でアリペイを使う人は世界に4億人いる。アリペイが2014年6月までの1年間に処理した金額は、7780億ドルにのぼる。

テンセントのもうひとつのチャットアプリ「騰訊QQ(テンセントQQ)」の月間アクティブユーザーは、8億1500万人超。テンセントによると、1億人以上のユーザーが、決済サービスの「QQ銭包(QQウォレット)」と「微信支付(ウィーチャット・ペイメント)」を利用している。

これに対して、オンライン決済サービスの先駆者であるアメリカのペイパルは、直近の四半期のユーザーは世界全体で1億6500万人だった。一方、個人対個人の融資のプラットフォーム提供会社(P2P)は、昨年325億ドル以上の利益を上げた。英投資銀行のリベラム・キャピタルによると、これは中国以外の国のP2Pが得た利益の4倍近い。

中国の大手金融機関も反撃に出ている。総資産で世界最大の銀行である中国工商銀行(ICBC)は、2014年1月に独自のショッピングサイトを開設。金融商品とともに宝石類や電化製品も取り扱っている。

今やその売上高は、アリババのネット商店街「天猫(Tモール)」と「JDドットコム(JD.com)」に次ぐ第3位につけている。ICBCの姜建清会長は、ICBCが売上高100億元を204日で達成したと誇らしげだ。確かに、スタートアップがこの水準の売上高を上げるには平均7年かかる。

昔ながらの銀行は敏捷性が乏しいことを認識して、対策に乗り出している。シンガポールのDBSグループ・ホールディングス(総資産で東南アジア最大の銀行)は、中国事業を拡大している。中国におけるオンライン・バンキングの爆発的な成長に便乗しようと試みるとともに、スタートアップを発掘して融資するインキュベーターを香港で立ち上げた。

「2008〜09年の世界金融危機のとき、われわれは資本や流動性や倫理的な問題で頭がいっぱいで、デジタル金融の未来に向けた適切な準備ができなかった」と、DBSのピユシュ・グプタCEOは言う。

「それが非金融業者による大規模な参入を許してしまった」

健全な金融機関ばかりではない不安

欧米の金融機関は、中国のインターネット金融が、ユーザーを中心とするエコシステムをどのように構築してきたのか知りたがっていると、アクセンチュア(北京)のマネジング・ディレクターを務めるアルバート・チャンは語る。

テンセントやアリババは、外国人には想像もつかないスケールで展開している。「私が数字を挙げると、聴衆は口をあんぐり開けているよ」と、チャンは語る。

中国のインターネット金融には、中国ならではのリスクもある。アリババはハッカー対策として、イスラエルのベンチャーキャピタルで、サイバーセキュリティのインキュベーターを経営するエルサレム・ベンチャー・パートナーに投資している。

P2Pは1500社以上あるが、そのすべてが健全というわけではない。上海の調査会社・盈燦集団(Yingcan Group、インカン・グループ)によると、昨年はP2Pの275社が破綻または資金繰りの悪化に陥った。8月11日には、中国人民銀行(中央銀行)が、21年ぶりに人民元の大幅な切り下げに踏み切った。

モバイル・バンキングやインターネット金融には大きな難点もある。顧客の身元を確認する必要性から、ユーザーは実店舗で口座を持っている必要があるのだ。そこでアリペイを運営する浙江蟻小微金融服務集団(浙江アント・スモール・アンド・マイクロ・フィナンシャル・サービシズ・グループ)は、スタートアップの北京曠視科技(Megvii、メグビー)と提携。

同社は公安機関が保有する13億枚のスキャン画像に基づき、顔面認証ソフトを提供しており、これを利用することで身元確認をデジタル化しようとしているのだ。

中国当局は、金融イノベーションに対してオープンな見方を示してきた。インターネット金融は使用履歴が残るから、政府が国民の経済活動を把握する助けにもなるだろう。

中国では、金融イノベーションは必要性から生まれる場合もある。1999年に馬雲(ジャック・マー)が「アリババ・ドットコム」を立ち上げたとき、オンライン決済のインフラは存在しなかった。

アリババがアリペイを開発したのは、売り手と買い手が安心するまで支払金額を第三者に預託することで、見知らぬ相手とネットで取り引きをすることへの抵抗感を克服するためだった。

北京から370キロ離れた河北省に住むソン・フーチアンは織物業を経営し、毎日アリペイを使用している。ソンは4万元をアリババのマネーマーケットファンド(MMF)「余額宝(Yu’E Bao)」にも投資した。「小切手はもう時代遅れで、使う人はほとんどいない」と彼は言う。

「私は出掛けるとき現金は持っていかない。なんでもアリペイで支払っている」

1978年に改革開放の号令の下、中国の高度成長に火をつけた鄧小平は、あくまで慎重で緩やかな改革を推進した。インターネット金融革命はそのアプローチをひっくり返したと、コンサルタントのカプランは言う。

「中国人は石橋を叩いて渡るのをやめて、高速鉄道に飛び乗ることにしたようだ」(文中敬称略)

(執筆:Shai Oster記者、翻訳:藤原朝子、写真:gmutlu/iStock.com)

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