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タニタの第一人者に聞く(第1回)

サッカーの一流選手は何を食べているのか

2015/8/20

2011年1月、青春18切符を使っての旅行中、私は大分の湯布院にいた。

初めて行った土地で、しかも東京からずいぶんと遠く離れたそう大きくはないこの街にある小さな洋菓子店に入ったとき、不意に起きた出来事に驚いたのをよく覚えている。

パティシエの格好をしたお店の方に「スーパーサッカーの未央ちゃんですよね?」と声を掛けられて、歓迎してもらったのだ。こんな場所で、しかも番組を辞めてから2年近く経つというのに、まさか私を知っている人がいるとは思ってもみなかった。スーパーサッカーという番組の影響力の大きさをこれまでで一番強く感じた瞬間だったように思う。決して、ここで買ったバウムクーヘンのラスクがあまりに美味しかったから覚えているというわけではない。

番組をきっかけにサッカーの世界に足を踏み入れた私は、それ以降もJリーグやUEFAチャンピオンズリーグなど、いろんな場面でサッカーに触れる機会がある。

今回、連載の第1弾として取材をさせてもらったのは、そのサッカー業界において、選手の栄養指導を行っているタニタの小澤智子さん。昨年のブラジルW杯の期間中、ザックジャパンの栄養管理をアドバイスしていた第一人者だ(ブラジルW杯における取り組みは、次回に詳しく紹介する)。

小澤智子(おざわ・さとこ) タニタ 開発部生体科学課。筑波大学大学院体育研究科修了後、タニタ入社。管理栄養士の資格を持ち、スポーツ栄養・食育を専門としてサッカー、野球選手などのプロおよび成長期の選手、子どもたちの体組成評価と栄養指導を行い、現場で得たデータや経験をもとにした製品やサービスの研究開発を行っている(写真:安川啓太)

小澤智子(おざわ・さとこ)
タニタ 開発部生体科学課。筑波大学大学院体育研究科修了後、タニタ入社。管理栄養士の資格を持ち、スポーツ栄養・食育を専門としてサッカー、野球選手などのプロおよび成長期の選手、子どもたちの体組成評価と栄養指導を行い、現場で得たデータや経験を基にした製品やサービスの研究開発を行っている(写真:安川啓太)

サッカー選手に流行中の「フレッシュな魚」

小澤さんがスポーツ栄養の分野に進んだきっかけは、サッカーのテレビ観戦だった。大学4年のとき、2006年ドイツW杯への出場を決めた試合に感動し、「こんな場面に関わりたい!」とスポーツ栄養の道に進んだのだ。

ちなみに大学院では「魚肉ソーセージは筋肉量を増やしたり、骨粗しょう症を予防したりするのに効果があるかどうか」といった研究で、結論は「効果アリ」とのこと。

「魚肉ソーセージはタンパク質が摂れるだけでなく、魚の骨も入っています。日本人が不足しがちなカルシウムも摂れるのですよ。タンパク質は筋肉の材料になるだけでなく、カルシウムの吸収を助けてくれます。

ちなみに、魚の油に含まれているDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)は最近、健康効果がとても注目されている成分です。炎症を抑えたり疲労回復や持久力に効果があったりすることもわかっており、スポーツ栄養では世界的なトレンドになっています。

選手には肉だけではなくて、なるべくフレッシュな状態の魚も食べることをおすすめしています。最近ではDHAやEPA入りの魚肉ソーセージもあって保存もきくので、間食にいいかもしれません」

今、小澤さんがアドバイスをしているのはサッカー選手がメインで、育成年代からプロまでのからだづくりを管理している。

今となってはJリーグや日本代表においてからだづくりをアドバイスするほどの小澤さんだけれど、ここに来るまでの道のりは楽ではなかった。自ら連絡をして高校生のチームの体組成を測るところから始め、徐々にJリーグのチームでも計測するようになった。

そうこうしているうちに「タニタ食堂」が大ヒット。話題になったことで「そういえばタニタの人だよね?」と逆に問い合わせを受けるようになり、Jリーグのいくつかのチームで栄養指導をするようになった。

小澤さんが指導する「サッカーの一流選手の食生活」について話を聞いた。

タニタの社員食堂にてインタビューを行った(写真:安川啓太)

東京都板橋区のタニタ本社にて、インタビューを行った(写真:安川啓太)

主食、主菜、副菜、果物、牛乳・乳製品。この5種類が基本

──サッカー選手の1日のカロリー摂取ってどのくらいになるんですか。

「プロサッカー選手はだいたい4000~4500kcalくらいです。30、40代男性がだいたい2500kcalくらいですから、その倍近くになりますね。そのため、1食1000kcal以上が目安ですが、それだけじゃなく間食を入れています。そんなに食べられるなんてうらやましいですよね(笑)」

──それだけの量とカロリーを増やすのってどんなメニューなのですか。

「日本代表選手もみんなそうしているのですが、5種類を基本的にそろえるようにします。ご飯やパンの『主食』と、お肉・お魚・卵の『主菜』、あとは野菜・きのこ・海藻の『副菜』。ここまでは結構がんばって皆さん用意できるのですが、そこにアスリートはからだへのダメージの修復などのために『果物』と『牛乳や乳製品』を加えています。これで5種類ですね」

──あ~、やっぱりちょっと面倒くさいですね(笑)。

「でも簡単にする方法もあって、たとえばカレーライスだとご飯が主食で、お肉を多めに入れれば十分な主菜が摂れ、野菜が入っているので副菜も摂れます。ひとつのメニューで3種類もカバーできます」

──そこにキノコ類も入れば。

「そうなんです。サラダをつければさらに副菜が増えるので、意外と簡単です。選手にはなるべく簡単な方法を伝えています。始めはさっきの加藤さんみたいに『あ〜』みたいな反応になるんですよ、絶対。保護者の人もそうです」

──食事って毎日のことですからね。

「でも、『大丈夫です!』と背中を押して、簡単な方法を教えて取り入れてもらっています。始めから5種類を用意できなくても、1種類しか食べてない人にはまず2種類にしよう、とか」

──ちょっとずつ足していくわけですね。

「なるべく一人暮らしの選手にも取り入れてもらえるようなアドバイスをします」

 加藤未央(かとう・みお)1984年神奈川県生まれ。2001年に『ミスマガジン』のグランプリに選ばれて芸能界デビュー。2007年1月、TBSの『スーパーサッカー』のアシスタントになり、Jリーグを精力的に取材。2009年9月からスカパー!の『UEFAチャンピオンズリーグ・ハイライト』のアシスタントになり、欧州でも取材を重ねた。これまでに日本代表選手だけでなく、ウェイン・ルーニーやクリスティアーノ・ロナウドにインタビューをした経験がある。生物学に興味を持ち、芸能活動を続けながら、東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科を卒業した(写真:安川啓太)

加藤未央(かとう・みお)
1984年神奈川県生まれ。2001年に『ミスマガジン』のグランプリに選ばれて芸能界デビュー。2007年1月、TBSの『スーパーサッカー』のアシスタントになり、Jリーグを精力的に取材。2009年9月からスカパー!の『UEFAチャンピオンズリーグ・ハイライト』のアシスタントになり、欧州でも取材を重ねた。これまでに日本代表選手だけでなく、ウェイン・ルーニーやクリスティアーノ・ロナウドにインタビューをした経験がある。生物学に興味を持ち、芸能活動を続けながら、東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科を卒業した(写真:安川啓太)

プチトマトの追加ときゅうりの丸かじりを入り口に

トップアスリートといったら何か特別な物を食べているのかと思いきや、基本のご飯は意外にも私たちと変わらないんだな、と思ったのがここまでの率直な私の感想だ。

ただ小澤さんが気にかけているのが、5種類のバランス。アスリートならではのバランスがあるはず。そのバランスに基づいた具体的なメニューを聞いてみた。

──じゃあ、一人暮らしの選手にとって小澤さんが考えるベストメニューってどんなメニューですか。

「今まで食事調査をやっていて『お、これはまずい!』と思ったのが、パンにバターやジャムを塗って終わり、とか、牛乳を飲んで終わり、という選手がいたことです。

栄養指導を受けたことのない新人選手の中にたまにいます。そういうときは『それにスライスチーズを2枚乗せると変わるよ』と言うとまずやってくれる。それができたら、『次はそこにプチトマトを足してみよう』とか、『きゅうりをかじってみよう』というアドバイスをします。

野菜ジュースは結構みんな飲んでいて、『じゃあ次は本物の野菜を食べてみよう』と話すと『それは面倒くさい』と言われてしまうので、きゅうりやプチトマトなど、簡単なものを入り口にします」

サッカーという共通点だけでなく、年齢が同じであることがわかり、さらに親近感を抱く(写真:安川啓太)

サッカーという共通点だけでなく、年齢が同じであることがわかり、さらに親近感を抱く(写真:安川啓太)

ハードな仕事後に食べるべきもの

──わかりやすいように絵に描いてもらってもいいですか? スポーツ選手が試合終了後に食べるベストメニューをお願いします。

「先ほどお話した5種類をそろえられればベストですが、試合の後っていうのはからだの中で糖質、正確に言えばグリコーゲンが減って空っぽの状態になっていて、筋肉と細胞もダメージを受けています。

あとは水分。サッカー選手ってすごく汗をかきますよね。特に中盤の選手はボトルが遠くて水分補給がうまくできないことが多い。

そのため、リカバリーをすることがとても大事です。食事でリカバリーをしたうえで次のリカバリートレーニングに備えます。連戦だったら、次の試合までに回復させなければならない。といった具合でポイントは回復! になります」

糖質が不足すると筋肉がエネルギー源に使われる

──試合後の食事のポイントは回復なんですね。

「とにかくまずはグリコーゲンの回復をメインにします。糖質ですね。それが筋肉量の低下を防いでくれます。人って動物的な本能から、エネルギーを一番に確保しようとします。エネルギーが全体的に不足してくると、筋肉を分解して動くためのエネルギーに変えてしまいます」

──脂肪ではなくて?

「脂肪もエネルギーになりますが、体脂肪率が低いアスリートの場合、筋肉がエネルギー源として使われてかなり分解されます」

タニタ本社のオープンスペースには、選手たちのサイン入りの日本代表のユニフォームが飾られていた。詳しくは次回に(写真:安川啓太)

タニタ本社のオープンスペースには、選手たちのサイン入りの日本代表のユニフォームが飾られていた。詳しくは次回に(写真:安川啓太)

鶏肉の胸肉は疲労に効く

私が取材中のメモを取るために用意していた小さいノートを小澤さんに渡す。小さくて申し訳ないけれど、これにそのベストメニューを描いてもらうことにした。

「絵は下手なので、タニタのイメージダウンにならないでしょうか(笑)」とちゅうちょしながらも、おもむろに描き始める小澤さん。食事の絵というと上から見下ろした図を想像していたけれど、小澤さんの絵は意外にも横から見た図だった。

ひと際大きなどんぶりがイラストの中央に描かれる。

「試合後はご飯が喉を通らないことが多い。勝っていたら興奮して食べられないし、負けていたらショックで喉を通らない。そういうときに人気なのがカレーとどんぶりです。ただ、市販のルーには脂質が含まれていて、カレーだと脂質が多くなりすぎるときがあります。

そこで、今日は親子丼にしてみました。親子丼は卵も入っているので、さらにバランスがいい。鶏肉の部位に関しては、胸肉がいいです。なぜなら鶏肉には疲労回復物質が入っているんです」

──何ていう物質ですか。

「イミダゾールジペプチド(イミダペプチド)という物質です」

鶏肉に含まれる疲労回復物質、それがイミダゾールジペプチド(イミダペプチド)だ。渡り鳥が長時間飛び続けるための能力を支えているのが、この物質といわれている。

取材後はタニタの社員食堂でランチ(写真:安川啓太)

取材後はタニタの社員食堂でランチ(写真:安川啓太)

発酵食品が腸内環境を整える

「次はお味噌汁。お味噌汁にはミネラルをはじめ、具によってはビタミンも含まれるので、スポーツドリンクみたいな感じです。アスリートは汗を大量にかくので、試合の前夜、当日の朝、試合後には必ずスープやお味噌汁といった汁物を飲んでもらうようにしています。

お味噌汁にはもうひとつ効果があって、味噌などの発酵食品は腸内環境も整えてくれます。そういう意味でキムチや納豆、ヨーグルトもおすすめです。

あとはタンパク質の量をアップするために納豆。納豆には、脂質の代謝に必要なビタミンB2が多く含まれていますから」

ビタミンCが豊富なパプリカ

──サラダはいかがでしょうか。

「サラダには、緑黄色野菜を入れましょう。ブロッコリー、トマト、パプリカですね」

──なぜパプリカを?

「ビタミンCが豊富だからです。ピーマンが苦手な子どもって多いですが、パプリカは苦くないので食べられる子も多い。日本代表選手にもパプリカを好んで食べる人がいると聞いたことがあります。あとはきゅうりも入れましょう」

きゅうりには水分補給の効果がある

──きゅうりって栄養価があまり高くなさそうに思うんですけど。

「きゅうりからは水分を摂れるのです。飲料水からの水分補給だけだと難しいので、選手は野菜からも水分を摂取します。お味噌汁や果物などの食事からも水分を摂って補います」

──ちなみに野菜は生のままのほうがいいですか。

「ビタミンCを摂るためには、なるべく生のままがいいです。なぜならビタミンCって熱にものすごく弱いんです。ジャガイモはビタミンCが多くて壊れづらいっていわれていますが、それでも長くゆでたり煮込んだりすると壊れてしまいます。ブロッコリーなどもあまり長くゆですぎないのがポイントですね。そういった意味でキャベツやパプリカは生のままで食べられるので、おすすめです。緑黄色野菜からビタミンやミネラルを摂ります」

取材当日のタニタの社員食堂のランチ。主菜は「鮭の中華トマトソース」。連載第3回で小澤さんが考える「ビジネスマンの勝負メシ」を取り上げる予定だ(写真:安川啓太)

取材当日のタニタの社員食堂のランチ。主菜は「鮭の中華トマトソース」。連載第3回で小澤さんが考える「ビジネスマンの勝負メシ」を取り上げる予定だ(写真:安川啓太)

ストレスに勝つために不可欠なビタミンC

話をしながら、紙の上の食卓がどんどん華やかになっていく。

「もう1品ほしいですね。加藤さんの好きな野菜はなんですか」

──好きな野菜ですか。う~ん、モロヘイヤとか。

「それいいですね! ネバネバ系は好きですか」

──好きですね、オクラとか。

「では、モロヘイヤとオクラをあえたものにしましょう。刻んで、かつお節とおしょうゆをちょっとたらす。それにグレープフルーツ。あとはイチゴなどもいいですね」

──フルーツを摂る目的もビタミンですか。

「そうですね。ビタミンCと、水分補給。それからクエン酸です。クエン酸についてはまだエビデンスが確立されていませんが、疲労回復に効果があるといわれています。

私たちが思うよりもずっとビタミンCって消費されています。ビタミンCはストレスに対抗するのに欠かせないものです。試合に出て緊張すると、まず減りますよね。

試合中にかく汗でも減って、なによりも試合中に感じるストレスで激しく消費されます。だからしっかり摂ってもらいたいです。ビタミンCは体内に蓄積されないので、必ず毎食摂ることが必要になります」

忙しいときにカロリーメイトで食事をすませていたことを反省(写真:安川啓太)

忙しいときにカロリーメイトで食事をすませていたことを反省(写真:安川啓太)

食事は栄養素のチームワークが大事

──サプリメントでもいいんですか? それとも食事から摂ったほうがいいのでしょうか。

「サプリメントは確実に摂れるのでいいのですが、たとえばビタミンCを摂ろうと思ってパプリカなどの野菜やフルーツを食べると、もれなくほかの栄養素もついてきますよね。サプリメントって偏りやすいし過剰摂取になりがちなので、栄養のバランスが崩れてしまいます。

よくサッカーチームの子どもたちに、食事はサッカーと一緒だよって話します。どこのポジションが抜けてもバランスが崩れてしまいますから。仮に抜けたとしてもサッカーはできると思うんですよ。

GKがいなくてもできるけど、でもほかのポジションが無理をしなければならなくなって、全体的にまとまらなくなります。食事もこれと一緒で、バランス、つまりチームワークがすごく大事なんです」

──やっぱりバランスが大事なんですね。

「栄養はチームワークで働いています。たとえばタンパク質を筋肉に変えるにはビタミンB6が必要だったり、ご飯をエネルギーに変えるにはビタミンB1が欠かせなかったり」

親子丼、味噌汁、納豆、サラダ、果物、牛乳・乳製品で完成

──(イラストを指差しながら)この中でビタミンB6はどれですか。

「ビタミンB6は鶏肉にたくさん含まれています。鶏肉はタンパク質も摂れるし、ビタミンも摂れるのですごくいいですよ」

──一石二鳥ですね。

「また脂質を燃やすにはビタミンB2が必要です。5種類をそろえて食べると、バランス良く栄養素が摂れることがわかっています。国からもこういう指針が出ているんですよ」

最後に大きなコップを2つ描き足して、イラストが完成。

「あと、牛乳。もし牛乳でお腹をくだすとかアレルギーがある人は、ヨーグルト。それにお水かお茶です」

──ヨーグルトは無糖でも加糖でもいいですか。

「減量していなければどちらでも大丈夫です」

そんな小澤さんが描きあげた「試合や運動後におすすめの勝負メシ」は、こちら。

小澤さんがインタビュー中に描いた試合後のサッカー選手におすすめの食事(写真:加藤未央)

小澤さんがインタビュー中に描いた試合後のサッカー選手におすすめの食事(写真:加藤未央)

バランスや栄養価にこだわり抜いたわりに、まねができそうなメニューになっている。これだったら私でもつくれそうだ。

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<連載「一流の勝負メシ」概要>
本連載は、加藤未央が食のエキスパートに取材し、アスリートが普段食べている物、試合前後に食べている物を取り上げる企画だ。毎週木曜日に掲載する予定。第1弾はサッカーの世界で栄養士として活躍するタニタの小澤智子氏を4回にわたって取り上げる。次回はブラジルW杯におけるザックジャパンの栄養管理を紹介する。