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金利と銀行をめぐる、本当の話

金利上昇は銀行にどんな影響を与えるのか──「金利をめぐる誤解」を解きほぐす

2015/8/18
シティグループ証券でマネジングディレクターとして活躍し、アナリストランキングで非常に高い評価を得てきた野﨑浩成氏の連載がスタート。日本郵政グループ上場の問題を皮切りに、日本の金融をめぐる注目のトピックスについて分析する。3週連続全3回。
第1回:なぜ、郵政3社は上場するのか──日本郵政の上場を前に押さえるべきポイント

本質的なリスクはどこにあるのか

前回の郵政上場の話の中で、ゆうちょ銀行は金利上昇があれば魅力的になると書きました。これを不思議に思われた方も少なくないと思います。金利上昇→債券価格下落→銀行は債券まみれ→銀行が危ない……これがある程度金融を理解している人たちが直観するところかと思います。

事実、私が銀行アナリストとして市場と格闘していた頃のことですが、2013年4月下旬に国債金利の急騰をきっかけとして、銀行株が下落しました。

このときに国内外の投資家から聞いたのが、一部の非日系証券会社が「金利上昇で日本の銀行の資本は毀損(きそん)して増資を余儀なくされる」という無茶なロジックでの銀行株売りの勧めだったようです。

昔から銀行株になじんでいる投資家は「金利上昇は銀行株買い」という刷り込みがあったのですが、アベノミクス相場で沸いた2013年前半は日本株、ましてや銀行株になじみのないビギナー的投資家も多く、こうした話に惑わされた印象です。

これは長期金利の話ですが、短期金利も同じです。金融危機のもとでのゼロ金利政策は、銀行救済だという批判を浴びました。これは銀行の支払金利である預金金利が低下し、預金者の犠牲により銀行の負担が減るというリーズニング(推論)があったように記憶しています。

これらはすべて誤解に基づくものです。長期金利上昇による債券価格の下落、それによる保有債券の評価差額(含み損益)の悪化というのは事実ですが、銀行の有価証券保有ポジションを考えれば、金利上昇で大騒ぎするよりも保有株式の影響度の大きさのほうがより本質的なリスクです。

また、保有債券の大半が日本国債であり、満期まで保有すれば評価損の顕在化も避けられます。もちろん、金利上昇による機会損失の増加(将来得られる高い金利の収益機会を、現存する低金利債券の保有継続により失うこと)は認めなければなりませんが。

金利と銀行の本当の話

まず、長期金利の部分を整理しましょう。銀行の伝統的なバンキング業務を考えると、銀行の収益の源泉は預金とその運用から派生したリスクをとることが源泉となっています。ひとつはもちろん信用リスクです。

もうひとつは期間ミスマッチによる金利リスクです。預金は要求払い預金(当座預金や普通預金)と定期預金などから成りますが、定期預金といえども実質的には短期の資金調達となります。一方で運用サイドは貸出や有価証券運用となり、期間としては長期にわたるものもあります。長期固定金利の住宅ローンや長期国債などがわかりやすい例です。

実際は貸出のうち長期のものは全体の15~20%程度しかないのですが、預貸率(貸出を預金で割ったもの)が6割水準である現状を踏まえると、貸出で吸収できない預金を中長期国債で運用するというところまで含めて考える必要があります。そうなると、債券取得によって長期金利と短期金利の格差が広がることは銀行の収益にプラスに寄与します。

さらに専門的な話をすれば、イールドカーブが立つ(長短金利差が開く)場合は、金利スワップを通じてこの長短金利のギャップを一段と拡大するオペレーションを行うことで、さらに収益を拡大する余地が出てきます。具体的には、固定金利(長期金利)を受け取って、変動金利(ロンドン銀行間取引金利〈LIBOR〉などの短期金利)を支払うスワップを増加させるということです。

従って、長期金利が上昇する、あるいはイールドカーブがスティープ化する状況において、銀行収益にはプラスであるということなのです。逆に、イールドカーブが寝たままですと、どうあがいてもこうした期間のミスマッチを突いたオペレーションに限界があります。

次に短期金利について考えましょう。銀行預金は預金者にとってさまざまな付加価値があります。盗難などのリスクから逃れる貯蔵機能や決済が容易になる機能、いつでも引き出せる流動性転換機能などです。このため、ノーマルな金利の状況において、預金金利は短期市場金利より低く抑えられます。

もう少しわかりやすく説明しましょう。日本銀行の政策金利やその他市場金利の変動に伴う預金金利への影響はおおむね4割程度です。つまり、金利を引き上げる政策がとられたときに、1%の金利上昇に対し、貸出金利はおおむね8割程度の感応度により0.8%上昇するのですが、預金金利は0.4%程度の上昇にとどまる。これにより0.4%もの利ザヤの拡大が可能となるのです。

逆も同じです。金利を引き下げる政策がとられたときに、1%の金利低下に対し、貸出金利はおおむね8割程度の感応度により0.8%低下するのですが、預金金利は0.4%しか低下しません。

特にゼロ金利近傍まで到達すると、預金金利が貸出金利より先に「ゼロの壁」にぶつかります。預金の手数料徴収などによる実質ゼロ金利が可能であればいいのですが、日本の社会がこれを甘受できない状況に鑑みますと、利ザヤは確実に悪化します。

金融危機のときのゼロ金利政策は、銀行救済ではありません。企業救済です。借入金利が低下するため、企業の支払金利が下がります。一方で、市場金利の低下に対する預金金利の低下が緩慢となるため、預金を受け入れることの収益(預金スプレッド収益と言います)が減少し、銀行の収益は圧迫されます。

もちろん、企業の救済は、究極的には銀行の不良債権処理コストを抑制する効果があり、間接的に銀行を救っていると言えないことはないです。しかし、マクロ的に見れば、銀行から産業界への所得移転です。これで果たしてゼロ金利政策は銀行救済と言えるのでしょうか? いずれにしても、長期であろうが短期であろうが、金利上昇は銀行にプラスとみるべきだと思います。

金利が上昇した世界とは

では、金利が上昇した世界を想像しましょう。サプライサイダーの経済学者の主張が通用しなくなった過去20年の中で、金利上昇の機会は本当に数えるほどでした。しかも、経済主体の行動が根本的に変わるほどの金利上昇は皆無でした。そこで、本格的な金利上昇が起こったときに何が起こるか頭の体操をしましょう。

デフレ脱却の経済学的な意味合いは何でしょう? それは時間選好の適正化です。つまり、物価下落が予想されるかぎりは消費を先送りすることが合理的行動ですから、これで景気が良くなるわけがありません。物価が下がらないコンセンサスがあって消費が正常化するのです。

一方、金利についても実質金利が下がれば、貯蓄が減り投資が増えることになるので、日本銀行はコミットメント効果(名目金利は低く抑えるので物価が上がれば実質金利は低下)を金融政策に含意させているわけです。では、金利上昇は投資の抑制を通じて景気を冷え込ませるのでしょうか?

イールドカーブのスティープ化は、金利が将来上昇することを合理的に長期金利に反映した結果です。このため、住宅投資を考えている家計は恐らく早めに住宅ローンの借り入れを真剣に検討するでしょう。また、企業についても(景気回復を前提とした日本版テーパリングであれば)早めに借り入れを実施し投資を行うと予想されます。つまり、金利が正常化することで消費行動や投資行動が正常化するわけです。

ただ、マクロ的には産業界と家計から銀行業界への所得移転が進みます。預金サイドを考えれば、金利上昇により、預金金利の上昇度合いが市場金利より少ないために、預金スプレッド収益が拡大します。一方、貸出は増加するため、全体の銀行収益は増加します。

ただ、これをもって銀行批判をするのは当を得ておりません。過去20年間で銀行の収益構造はかなりいびつなものとなってしまっていて、このままでは金融システムの健全性は長期的に安定的とは考えられないためです。
 
ところで、金利は本当に上がるのでしょうか? この点は、次回議論しましょう。

*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。