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三木谷浩史×三田紀房、インベスターPicks【後編】

楽天・三木谷社長「楽天はネット界の黒澤明」そのココロは?

2015/8/18
モーニングで連載中の『インベスターZ』とNewsPicksがコラボレーション。著者の三田紀房氏が数々の著名な起業家・投資家を訪ね、投資の神髄を聞く。第1回は楽天・三木谷浩史社長が登場する。起業という選択肢など“ありえなかった”当時、日本製エリート街道を一直線に走ってきた三木谷氏はなぜ困難とも思える道を選んだのか。
第1回前編:三木谷浩史「リスクをとって飛び込む、“最初のペンギン”であれ」

──三木谷さんは今の日本にどのような危機感を抱いていますか。

三木谷:日本の世の中ですか。そりゃもう変わらないとマズイと思っています。やはり大企業中心のサラリーマン社会の土台が崩れ始めていますよね。

だいたい、その土台っていうのは敗戦後のアントレプレナーたちがつくってきたもの。それ以降はその資産に、この3、40年ぶら下がってきたということじゃないですか。

その資産は消えるとは言いませんけど、非常に限定的になってくるんだと思うんですよ。情報がフラットになってきたことで資産そのものがコピーされやすくなっている。では、どうするのか。僕は最近、「楽天はインターネット業界の黒澤明だ」と言っています。

三田:黒澤明ですか。

三木谷:新しいビジネスモデルを自分たちで考えて、どんどんつくっていって、世界でまねされるくらいになろうと。映画で黒澤明が考えた手法が世界の監督たちに次々とまねされていったように。もちろん核心部分は、オリジナルとして残し続けなければいけませんが。

正月にサラリーマンが集う国、ニッポン

──なるほど。それでもアントレプレナーシップが日本に根づく日はなかなか遠いと思うんです。今まで日本を支えてきたと言われている団塊の世代って大企業中心のサラリーマン社会でしたけど、それでも親戚の中に必ず自営業がいたんですよ。でも今の30代とかを見ているとついに正月に親戚が集まると全員サラリーマン、雇われ人ばかり、そういう世代になりつつあります。

三木谷:そうなると、結構アントレプレナーシップの根づかせ方は難しいですね。でもこういう言葉が適切かわからないけど、「雇われ方」の問題だと思います。「個の力をつけよう」としているかを考えながら働かないとダメですよね。

だって、あなたを雇ってくれている会社が未来永劫続くという保障はどこにもないのだから。そういう考え方をしない人は会社の中でもこれから評価は下がっていく。

会社に依存して生きていく人と、会社にいても「俺はいつでもどこにでも行ける。だけど、ここが面白いからここにいるんだ」という人では同じサラリーマンでもまったく違う。

そもそもアントレプレナーという言葉は、400年ぐらい前にできたフランス語の「entrepreneur(アントルプルヌール)」に由来します。その定義は何かと言うと、「リスクをとって変動所得を得る人」なんですよ。

だから、必ずしも会社を起こす人という意味ではない。会社に雇われていたってアントレプレナーであることは可能。でももしかしたら現在は、変動を前提としない人が増えているのかもしれないですね。

三田:昨日と今日は同じ、明日も同じ、その中でしか生きていけない人たちだらけになると、その集団はマズイですよね。

三木谷:それは国家という規模で言うと、なぜ共産主義なり社会主義が失敗したかという話とも関係するかもしれない。

もちろん、ある一面で共産主義や社会主義は理想的ではあるんですけど、全体として進化していくためには競争原理が必要です。たとえば、楽天市場ひとつとってもそうじゃないですか? 店舗同士が競争し合っているから面白いわけであって。「もう放っておいても、売れますよ」となると、途端につまらないサイトになっちゃう。

三田:安定なんて幻想みたいなものですか?

三木谷:ええ。
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三田:だからこそ興銀を辞めて楽天を立ち上げるということなのかもしれませんね。当時の話をちょっとしていただいていいですか?

ハーバードで初めて耳にした「アントレプレナーシップ」

三木谷:僕はもともと、日本興業銀行という銀行の銀行員でした。そこから自分で会社を起こそうなんていうイメージはまったくありませんでした。

でも、国際的なビジネスマンになろうということでハーバードに行ってみたら、アントレプレなんとかという言葉を初めて聞いて「なんだそれは?」と。まったくわからなくて、辞書を引いたら起業家と書いてありました。それでもよくわからなかった。起業家ってなんだ、みたいな。

三田:三木谷さんでもそんな感じだったんですか。現地の空気とかはどう感じましたか?

三木谷:アメリカのビジネススクールに来ている学生はアントレプレナーに対する、リスペクトが本当にすごい。その空気が社会全体に漂っているんです。アントレプレナーシップこそが企業を、社会を動かしていくんだと。そういう空気に感化されていましたね。

僕は勝手に「ジョン万次郎」状態と言っているんですけど。それまでは「社会ってつまらないなあ」「仕方ないから仕事でもするか」みたいな気持ちだったのですが、それが一気に変わった。ビジネスのことを考えると心が躍るし、アドレナリンが出まくって、もうこれだ! と思うようになったんです。

そのときに、インターネットの登場と阪神大震災という2つの大きな出来事があって、とりあえず「誰もやっていない事業なら、始めたら何かしらあるだろう」と言って、とりあえず会社を始めたんですね。

三田:思い立ってそこからどうしたんですか? 事業も決まっていないし、社員もほとんどいない状態ですよね?

三木谷:そこで、本城くんという変わった学生が来ました。後に副社長になる男です。開口一番、「僕は興銀に行きたいんで、興銀を辞めた人の話を聞きに来ました」と。

君、面白いねえ、と言って、その場で名刺を刷って、「はい、これ君の名刺」と渡しました。とりあえずバイトとして雇って、シリコンバレーなどいろんなところに行きました。最後に、行き着いたのが楽天のモデルでした。

三田:なぜ「これだ」と思えたのでしょうか? ご自分の中で何か、基準みたいなものがあったのでしょうか。

三木谷:漠然と3つくらいの基準を持っていました。ひとつはこれから発展していく、どんどん変化するビジネスじゃないとダメだということ。なぜならば僕は飽きやすいから、単純なビジネスはすぐ飽きるはずだと思いました。

もうひとつは拡張性が高いということ。これはまあビジネスとしてある種当たり前かもしれません。

3つ目はさらに漠然としているのですが、世の中の役に立つというビジネスじゃないと、長期には持たないだろうと思いました。それが楽天市場につながります。

おじさんでもおばさんでも簡単にホームページを見る、ブラウザをクリックしていたらインターネットショップができる。「誰でもお店を開ける」。今でこそ当たり前になりつつありますが、当時はそんなサービスはありませんでした。

三田:なるほど。起業家って偉人のような人ばかりのイメージです。周りにそんなにたくさんいないし、起業するって大変なイメージがあります。

三木谷:確かに大変。でも偉人でもなんでもない。誰でもできますよ。

最初は地元の小さなカメラ屋だった「ジャパネットたかた」のリアル

三田:だから僕は『インベスターZ』で起業家のリアルを伝えたい。6巻で「ジャパネットたかた」の社長さんのストーリーを取り上げています。ジャパネットたかたの社長さんも、佐世保のおやじさんの家業である小さなカメラ屋さんを継いで、今の規模にまで成長させました。

でも「地元のカメラ屋」と「日本中の誰もが知る通販会社」、その過程がわからないんですよね。そこの間を一つひとつ埋めることが必要なのかもしれない。実は僕は『インベスターZ』を中高生に読ませたいと思って描いているんですよ。

これを読んで、中学、高校生の子に、社会の成り立ちや仕組みについて少しでも知ってもらいたいと思っています。もっと言えば、これを読んで影響を受けて起業しましたという人が10年、15年後に出てくるのをひとつの目標としてやっています。

あともうひとつ、日本ってちょっと起業家に対するリスペクトが少ないんじゃないかって僕は思います。

ちょっと話がずれますが、僕はアメリカのメジャーリーグを観に行くのですが、たまにその球団のOBの人、それも1940年とか50年代とかにプレーしていた人がバックネット裏に観に来ているときがあります。そうすると、どことなく拍手がわーっと沸き起こってくるんです。そのとき、やっぱりアメリカってすごい国だなあっていつも思わされる。

なぜかというと、やっぱりサクセスした人、努力した人、頑張った人をきちっとみんなでリスペクトするという。そういうところって、やっぱりアメリカ人すごいなあって、いつも思うんですよね。だからもう少し日本も、やっぱり成功を収めることは尊いことなんだという認識が足りない。

三木谷:そうですね。

──日本には「出る杭は打たれる」という言葉がありますからね。もっと起業家が「格好いい」と憧れられるような土壌は不可欠でしょうね。

慶應幼稚舎での講義「ビジネスは冒険だ」

三木谷:実は僕も似たような思いを抱いています。一度、うちの息子が通う小学校で、授業をやったことがあります。

起業家という題材で、「皆さん将来、何になりたいですか?」と聞きました。やっぱり小学生ですからプロ野球選手、医者、パン屋さん、検事、弁護士、学校の先生、研究者などの意見が出ました。そこで著名な起業家を例に出して、1人ずつ彼らの話をしました。

著名な起業家は意外と大学卒業していない人が多いんですよ、と。たとえば、ビル・ゲイツもスティーブ・ジョブズもフェイスブックのマーク・ザッカーバーグも、大学中退です。そして日本にもたくさんの起業家がいますね、という話をして。

それにアメリカの大統領はこんなことを言っていると。起業家というのは技術革新を通じて新しいものをつくる人、経済を発展させる人なんだと。ある生徒から「なんでベンチャーがいいんですか?」と鋭い質問が飛んできました。

やはり圧倒的なスピードや常識を打ち破る概念、責任とリターン、それから夢が実現できるんだと答えました。楽天がまだマンションの一室だったときの話をして、ここまで成長したんだという軌跡を語ったんです。最後に「ビジネスは冒険だと。みんなで起業家になろう」と語って締めました。

三田:もうパーフェクトだ(笑)。

三木谷:そうしたら子どもは素直なので、結構有名な人の娘さんとか息子さんが、「今まで何をやりたいとかわからなかったけど、私は起業家になることにしました」と言う生徒が5人くらい出てきたんです。

三田:やっぱり教育は大事ですよ。なんか日本って経済というとカネ、カネを目的に生きる人間になるという恐怖感が非常にあります。だからなるだけ学生のうちは、そういうものをみんな伏せて教えない。そしていきなり社会に放り出すじゃないですか。

それって国際競争においてはハンディーでしかない。できるだけもう少し中高生のうちから、やはり経済というものの基本的な知識だけでも少しずつ持ってもらえるようにして、トレーニングを積むことが大事ですよね。

三木谷:そうそう。そもそも人格形成の時期に周りに一切ビジネスを感じるものが存在しないっていうのはおかしい。起業家なんてさらに縁遠い存在ですし。

三田:身近に感じられないというのは、確かに大きいでしょうね。プロ野球がなぜ発展してきたかというと、プロ野球をバンバン中継して、ああいうふうになりたいと思って高校生が目指すようになったからなんです。

起業家ってなかなか身近にいないので、見たこともないし。起業家って格好いいなとか、まずそういう動機づけが必要だと思います。

でも、起業家の成功って学生には見えにくい。だからまず「単純に格好いい」「ああいうふうになりたい」と思わせる土壌づくりが必要です。

起業を野球で言えば「ホームラン1本で100点」

三木谷:確かに、起業で成功しても学生からは見えないですよね。でも、起業の成功は野球の成功とは全然違う。野球にたとえて言えば、1回ホームランを打てば一挙に100点入る、そんなイメージ。

だから打率5厘でも、ホームランを1本打ったほうが、ヒット打率10割の人より起業家には向いている。99回失敗しても、1回の成功で巻き返せる。小米(シャオミ)やサムスンの戦い方を見ているとそう感じますね。

「製造コストプラス3%で売るんだ、以上!」みたいな。最初のうちは別にそんな儲けなくてもいいんだっていう割り切りを感じる。よく「First-mover advantage」なんて言われるけど、実際には「Late comer advantage」になっているんですよね。

だからこそ、はじめて戦略論が必要になる。楽天にしても、そういう競争に晒されることを見据えて、将来新規参入者が来た場合に備え、やっぱりある程度の防御戦略というのをつくりながらやってきた。

三田:自分が今、乗っている氷山はいつかなくなる。新しいところに次々と飛び込んでいかなきゃいけない、という問題意識につながるのですね。

*続きは明日掲載します。