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Chapter 2:「産みたい国」日本をめざして

出生率が上がらない理由。他国と比較して考える、日本の問題点

2015/8/10
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第五弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.5「2040年の崩壊 人口減少の衝撃/地域活性化の現状と課題」』(初版:2015年5月22日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
Chapter2では、なぜ日本で子供が増えないのか、出生率を上げるために必要な政策とは何かを考える。日本の合計特殊出生率は、先進国の中で も最低レベルである。この出生率の低さは、実は日本の「戸籍制度」と深い関係がある。生まれてくる子供の半数以上が婚外子であるフランスの現状 と、フランスの育児政策を紹介し、日本が採るべき出生率改善策を導き出す。
前編:2040年に向けて沈みゆく日本。この国はどうなるか(7/13)
後編:少子化問題と移民政策は国の最優先事項だ(7/20)
本編第1回:人口減少による「国債暴落」のシナリオは回避できるか(7/27)
本編第2回:「産みづらく」「育てにくい」国、日本(8/3)

産めば産むほどお金が増える「フランス方式」

日本でも、育児支援にまったくお金を使っていないわけではありません。第3子を産むと、児童手当などの育児給付が少し優遇されます※1。ところが日本の場合、保育・教育にお金がかかります※2。図-11を見てください。給付金と出費を比較すると、出費の方が多いため、結局マイナスになります。

ところが、フランスのグラフを見てください。まず、教育・保育にあまりお金がかかりません。加えて、多額の育児給付金が支払われます。さらに、子供が増えるほど所得税が大幅に下がるのです。

所得税の分を入れると、点線で示した値になります。産めば産むほどお金が増える。日本の第3子優遇は、フランスと比較すると実に微々たる金額であることが分かります。
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子供が増えると所得税が下がる「N分N乗方式」

子供の数が増えるほど所得税が下がるというのはどんな政策なのか。フランスの「N分N乗方式」(図-12)について説明します。まず、「夫婦および親族等の所得を合算する」。

たとえば夫婦2人で400万円ずつ収入があれば、合計800万円です。次に「合算した所得金額を世帯の人数(N)で割る」。Nはどうやって計算するかというと、夫と妻がそれぞれN=1。2人目までの子供がN=0.5です。3人目以降はN=1となります。

ですから、5人家族なら「1(夫)+1(妻)+0.5(第1子)+0.5(第2子)+1(第3子)」でN=4になります。所得金額を4で割ったものに対して、所得控除をして税率をかける。そして再度「N」をかけて税額を算出します。
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実例を挙げましょう(図-12)。800万円の所得のある単身の方。N=1ですね。所得控除が80万円です。800万円から80万円を引き、720万円に対して課税されます。税率は41%ですから、税金は295.2万円になります。

一方、夫婦と子供3人の家庭はN=4ですから、夫婦2人の収入800万円をN分の1にして、200万円になります。所得控除は同じ80万円。200-80=120で、課税対象所得は120万円になります。この所得の場合、税率は14%です。

したがって16.8万円の税額になりますが、ここにNをかけなければいけない。16.8×4で、67.2万円になります。単身なら295.2万円払わなければならない税金が、家族5人なら67.2万円。税額がうんと下がるのです。

産めば産むほど育児給付が増える上、所得税額も下がるので、フランス国民は「子供を産まなければ損だ」と考えるようになります。その結果、合計特殊出生率が2.0になったのです。

結婚・子育て支援の先進国、フランスとスウェーデン

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フランスはいつからこのような政策を採っているのでしょうか。図-13を見てください。フランスの場合はもう40年以上前、1972年、1979年に「親子関係上の婚外子の差別撤廃」法が成立しています。1999年には、PACS(連帯市民協約)※3、すなわち「長く一緒に暮らしてパートナー関係を築き上げた人たちに、配偶者関係と同様の社会的権利を認める」ことが法律で定められました。

もちろんその間、出生手当や出産費用の無料化、産休所得補償、ベビーシッターや保育ママの費用を負担するなどの子育て・家族支援を並行して行っています。6歳から18歳まで、新学期にかかる費用を補塡するという制度もあります。

スウェーデンでも、1976年に親子法を改正して「婚外子の法的差別」を撤廃しました。もともと、スウェーデンには、日本の戸籍に相当する「レジストレーション」というものがあったのですが、これを廃止しています。

1982年には、「姓名法」で「夫婦別姓・同姓の選択の自由」を、1987年には、「サムボ法」で「離婚時の財産分与、養育義務の分担」を法律で定めています。ですから、離婚時の財産分与を巡って法廷で争うことはありません。

スウェーデンの子育て・家族支援で特徴的なのは、住宅手当です。「子供が大きくなると、大きな家が必要ですね」という理由で、家賃補助や住宅ローン利子の補助制度があります。

日本の婚外子の割合は「特別天然記念物」級?

次に、各国の婚外子の割合を比較したグラフを見てください(図-14)。フランスとスウェーデンでは、2人に1人が婚外子です。

これは、制度を変えたからこそ起こった現象で、1980年のフランスの婚外子の割合は11.4%でした。ここから55.8%にまで増えたのは、これまで述べてきたさまざまな努力の結果なのです。

オランダも見てください。1980年に4.1%だったのが、2011年には45.3%まで増えています。制度を整え、給付金を増やすことで婚外子が増えてくるというのが、欧州の経験です。
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日本はどうか?1980年に0.8%だった婚外子の割合が、2011年になっても2.2%です。こういった数字の国はほかにありませんので、いっそ「特別天然記念物」として登録してはどうかと思います。

「フランス方式」は日本に導入できるか?

フランスやスウェーデンの施策を日本に導入できるかどうかという問題ですが、まず結婚制度の問題に関して、日本では、夫婦別姓の導入でさえも反対が多い状況です。

2013年の民法改正により、ようやく婚外子の相続差別がなくなりましたが、社会的な差別はまだ残っています。フランスのように婚外子の割合が半数を超えれば差別している場合ではなくなるのですが、日本の場合、約2%と数が少ないので、より差別を受けやすいのです。

フランスやスウェーデンでは、まず婚外子の差別を撤廃する法律を定め、少しずつ制度を整え、40年かけてここまで婚外子が増えてきました。日本の場合も、法律を改正したからと言って、すぐに婚外子が増えて出生率が上がるとは考えられません。

子育て支援に関しては、財源確保の問題があります。フランスやスウェーデンのような施策の導入は、容易なことではないのです。

戸籍制度が後押しする「できちゃった婚」

前述したように、欧米では、シングルマザーや事実婚という形を選ぶ女性が珍しくありません。しかし、日本では「結婚してから子供を産む」という順序が一般的です。

欧米先進国と比較して婚外子の割合が極端に少なく、いまだに社会的差別を受けることもあり、出産前に「籍を入れる」ことが暗黙の了解になっているのです。後述しますが「戸籍」というのは、日本や韓国、台湾など、限られた国や地域にしか存在しない制度です。
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この「戸籍」があるために、日本では「できちゃった婚」の割合が高まっています。図-15を見てください。15~19歳で母親になった女性のうち、81.5%が「できちゃった婚」です。この数字が、20~24歳では63.6%になります。全体の平均は25.3%です。

「できちゃった婚」の裏にある「堕胎」の問題

しかし、「できちゃった婚」をする人たちはまだいいのです。より深刻なのは、「堕胎」の問題です。妊娠したものの、結婚に至らず堕胎するケースが非常に多い。日本は世界最大の堕胎大国と言われ、生まれてくる子供より、堕胎の方が多いのではないかという推計もあります。

女性が妊娠したけれども、結婚して戸籍に入ることができないときに堕胎せざるを得ない。子供を産む上で、「籍を入れる」ということが縛りになっているのです。これは非常に大きな社会問題だと私は考えています。

フランスやスウェーデンは、40年前に戸籍を撤廃しています。「事実婚※4」が社会的に認められている。婚外子も、社会的な差別を受けることなく育ちます。日本では、子供を増やしていく上で、「戸籍」が分厚い障壁になっているのです。

本籍は皇居? 形骸化する日本の戸籍制度

日本の戸籍制度は意味のないものです。今、日本には、皇居と同じところに本籍を移している人が数百人います。富士山の頂上に本籍がある人も数百人。どこに移してもいいのであれば、いっそのことなくても同じです。

現在の戸籍法は、幾度かの改正を経ているものの、明治時代に制定されたものです。つい最近まで、戸籍はカタカナで書いてありました。

そもそも、戸籍はデータベースにすらなっていないのです。戸籍法には「つづって帳簿とする」と書かれています。つまり、こよりで綴ることが前提にされている旧態依然とした法律が、まだ生きているということです。

戸籍制度が婚外子差別を助長する?

日本では「本家」「分家」などという言い方をしますね。戸籍では、「家」を中心に家族制度を考えます。戦後の民法改正で、制度上の「家制度」はなくなりましたが、「筆頭者」を固定しそれ以外の人を出入りさせる仕組みは未だに残っています。

婚外子の差別につながる構造を内包しているのです。今はもう、結婚して家庭を構えたら、それが本来のレジストレーション、戸籍になるべきなのです。現在の日本でその役割を果たしているのは「住民票」ですよね。住民票がありながら、戸籍を維持することはほとんど意味がありません。

戸籍の維持にこだわる自民党政権

22年前、私は『新・大前研一レポート』(講談社)の中で「戸籍撤廃」を打ち出し、当時の自治省、今の総務省にも掛け合ってきましたが、政府はまったく動く気配がありません。

安倍首相は神社本庁※5の右総代だからかもしれません※6。神社本庁とはどういうところかというと、靖国神社を含む日本各地の神社を包括しており、戸籍の維持はもちろん、夫婦別姓に反対しています。ですから、戸籍については手も足も出ない状況です。

大前流「国民データベース」案

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2002年、住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)の運用が開始されました。各自治体が住民基本台帳をネットワーク化するものですが、「国民データベースを構築する」というビジョンがなかったためにフォーマットもばらばらであまり普及せず、住基カードの普及率は5.2%(2013年末)にとどまっています。

2016年には、「マイナンバー」の運用が開始されますが、これは戸籍ではありません。住民票を基に、国民一人に一つの番号を割り当てるという制度です。しかも、徴税や年金管理など、役所側のメリットばかりが重視されています。

形骸化した戸籍制度や住基ネットではなく、成熟した民主主義国家にふさわしい国民データベースの構築を目指すべきであるという私の案が、「コモンデータベース法」です(図-16)。

国民一人ひとりが生まれた瞬間から個人情報をすべてデータベース化し、国家が一括して管理・保護するという制度です。公的サービスは、すべてこのコモンデータベースから導きます。

電子政府先進国・エストニア

海外では、エストニアが既にこの制度を作り上げています。人口およそ130万人の小国が、世界で最も進んだeガバメント(電子政府)を作り込んでいる。

各行政機関がバラバラに管理していたデータベースを連携させるシステムを構築し、国民は身分証明書となるIDカードを所持することで、あらゆる公的サービスを受けることができます。

こういった制度を日本も作らなければいけないと20年以上主張しているのですが、政府にまったくその気がありません。

(注釈)
※1:育児給付優遇:このほか、第3子以降の出産時に祝い金や一時金を支給する市町村もある。
※2:保育・教育費用:2015年4月に導入された「子ども・子育て支援制度」では、幼稚園年少から小学3年生までの子供がいる家庭の幼稚園の保育料が、第2子は半額、第3子以降は無償になる。保育園に通う子供の場合は、0歳から小学校就学前まで、同様の基準が適用される。
※3:PACS(連帯市民協約):性別に関係なく、成年に達した二人の個人の間で、安定した持続的共同生活を営むために交わされる契約。
※4:事実婚:婚姻届を出していなくても夫婦としての認識が自他共にあり事実上の夫婦関係があること。
※5:神社本庁:伊勢神宮を本宗とし、全国約8万社の神社を包括する宗教法人組織。
※6:安部首相と神社本庁:安倍晋三首相は、神社本庁を母体とする政治団体「神道政治連盟」の「国会議員懇談会」で会長を務めている。

本特集は、2014年に大前氏が経営者に向けて開催した定例勉強会「人口減少の衝撃(2014.10 向研会)」を基に編集・構成している。

次回、「移民受け入れの道筋」に続きます。

*本連載は毎週月曜日に掲載予定です。

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