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2、3年持てばマシ

モスクワ、“日本発”和食屋の潰れ方

2015/8/9

前回はモスクワの健康ブームについて書いたが、ヘルシーフードの代表格でもある日本食は、モスクワをはじめとするロシアでも大人気だ。

モスクワの日本食レストランは、皆さんが想像するよりも、おそらくはるかに多い。中心地を2、3ブロック歩けば、一軒くらいは日本食の店を見つけられるほどありふれている。

そのほとんどが、ファミレスのように大規模に展開しているチェーン店だ。「ヤキトリヤ」「タヌキ」「ヤポーシャ(日本人ちゃん)」「ドゥベ・パローチキ」などは、市内だけで10〜40以上の店舗があり、それ以下の店舗数のチェーンや個人経営の店も合わせると、軽く両手以上の店の名前が思い浮かぶ。

そもそも、モスクワでの日本食ブームは1990年代後半に始まったのだそう。私が引っ越してきた2008年には、フレンチやイタリアンと同じように、日本食はすでに料理のジャンルのひとつとして定着していた。

中でも巻き寿司は、日本食レストランだけではなく、ありとあらゆる場所で食べることができる。アジア系はもちろん、旧ソ連(ウクライナ、ジョージアなど)系のレストラン、イタリアンやコーヒーショップのメニューにもあるほどだ。

ファーストフード店でも、上手に箸を使って“ロール”を食べるロシア人たち。

ファーストフード店でも、上手に箸を使って“ロール”を食べるロシア人たち

ただし、ここでいうほとんどの寿司は“スシ”、巻き寿司は“ロール”と表現したほうがふさわしい。モスクワの日本食レストランのほとんどはロシア人のみで運営されており、そこで出される料理は、ロシア人が創作した“ジャパニーズ”であり、私たちが日本で食べる日本食とはまったくの別物だ。

お土産屋さんの中に設置してある自動販売機。その名も「スシ・ローラー」。購入してる人を目撃したことは、まだない。

お土産屋さんの中に設置してある自動販売機。その名も「スシ・ローラー」。購入している人を目撃したことは、まだない

欧米のスシ・バーでありがちなサーモンとクリームチーズの組み合わせや、のりの代わりにトビコを巻物の周りにはり付けたり、軍艦は縦長に薄くスライスしたきゅうりで巻いたり、実に想像力豊かな“スシ”が展開されている。

トルティーヤのような皮の上にご飯を敷き、サーモンやチーズ、レタスなどの具を入れて巻き上げ、さらにその上にのりを巻いた超新感覚ジャパニーズ。これもおいしい!

トルティーヤのような皮の上にご飯を敷き、サーモンやチーズ、レタスなどの具を入れて巻き上げ、さらにその上にのりを巻いた超新感覚ジャパニーズ。これもおいしい!

少し前に農水省が推し進めようとしていた「海外日本食認定」の審査を受けたら、間違いなく落ちるであろうメニューばかり。

だからといって、それらが決してまずいわけではない。

新鮮な魚介類が手に入りにくい当地では、日本でスタンダードなマグロやエビの握りなどより、手に入りやすい食材を使って創造した“スシ”のほうがずっとおいしかったりする。

私のお気に入りは、カニカマやチーズが入った“ロール”に薄く衣をつけて揚げた“テンプラ・ロール”だ。日本では見たことのない料理だが、日本で出されても、すんなり受け入れられるのではないかと思う。

“テンプラ・ロール”もさまざまなバリエーションが展開されている。マヨネーズベースのスパイシーなソースも意外と合う。

“テンプラ・ロール”もさまざまなバリエーションが展開されている。マヨネーズベースのスパイシーなソースも意外と合う

膨大な書類にすぐ変わる法律、モスクワで店を出す苦労

一方、日本人スタッフがいるレストランも、数は少ないが、ある。

こちらは、ロシア人オンリーのチェーン店と比べると、メニューも味もかなり“日本食”であり、“寿司”だ。しかし、これらの店がモスクワで品質を維持しながら生き残っていくのは、かなり難しそうだ。

実際、いくつもの店がオープンし、あるひとつのプロセスを踏んで廃れていくのを目の当たりにしている。

まず大前提として、日本食に限らず、ロシアで外国人が店を開くのは大変だ。

膨大な量の書類の作成と、予告もなくコロコロと変わる法律。シャンパンとチョコレート(賄賂)がどの段階でも効力があるわけでもない。“公的機関”や“業者”から要求される費用さえも、理にかなうものなのかどうか判断がつかない。トラップは、ありとあらゆるところに仕掛けられている。

なので、比較的手っ取り早い方法として、代表にロシア人を据える会社が多いという現状がある。

日本人スタッフが消えた

そんな日本(外資)の飲食店が、どのように廃れていくかというと……。

フェーズ1:オープンしたてのときは、日本の味やサービスを、できるだけ忠実に再現しようとしているのがわかる。

フェーズ2:いつのまにか、素材の質が落ちていたり、料理もどこかおかしなものが出てきたりする。

フェーズ3:おかしな料理の割合がどんどん増えていく。

フェーズ4:風のうわさで、日本人スタッフがいなくなったと聞く。

フェーズ5:その後は、店の名前をそのまま残すか変更するかの違いはあれど、それらはロシア人経営の“純・なんちゃって日本食”の店として残る。もしくは潰れる。

この一連のプロセスは、早ければ2、3年で完了してしまう。

モスクワに住む日本人が、赤ちゃんから大人まで合わせて、多いときでも1700人程度しかいないことを考えれば、料理の味がある程度ロシア的に変わっていってしまうのも、致し方ないかもしれない。

ただ、高い志を持って進出させて来たであろう店が、短期間のうちに、日本の味もろとも、日本人の姿も関わりも消えてしまうのは、大変残念なことでもある。

最近もまた、数年前に満を持してモスクワにやって来た某日本食レストランの会社から、日本人スタッフが1人もいなくなったという話を聞いた。

私が数カ月前に行ったときは、オープンしたてのときのクオリティからは劣るものの、それほどの劣化は感じられなかった。

モスクワで本物に近い日本食をリーズナブルに食べられる、数少ない在モス邦人のオアシスのような店。今はまだ、店の名前もメニューも味も、大きな変化はないようだ。

「どうかずっと変わらないでほしい」

おそらくそれが、全在モス邦人の願いだろう。

<連載「『駐在員妻』は見た!」概要>
ビジネスパーソンなら一度は憧れる海外駐在ポスト。彼らに帯同する妻も、女性から羨望のまなざしで見られがちだ。だが、その内実は? 駐在員妻同士のヒエラルキー構造や面倒な付き合いにへきえき。現地の習慣に適応できずクタクタと、人には言えない苦労が山ほどあるようだ。本連載では、日本からではうかがい知ることのできない「駐妻」の世界を現役の駐在員妻たちが明かしていく。「サウジアラビア」「インドネシア」「ロシア」「ロサンゼルス」のリレーエッセイで、毎週日曜日に掲載予定。今回は「ロシア駐在員妻」編です。

【著者プロフィール】りり
ドイツでの3年を経て、現在駐在生活10年目。モスクワ在住のブロガー。おそロシアで、おもロシア。究極のツンデレ国を素人目線でご紹介します。