朝日新聞に質問。「甲子園絶対主義は変えられませんか」

2015/8/4
1915年に始まった「第1回全国中等学校優勝野球大会」は、現在まで100年の時間を経て、日本の夏に不可欠な「国民的行事」として定着した。1世紀という時空の中で、高校野球には大きく変わった点があれば、いまだに変わらない点もある。歴史は伝承と変化の積み重ねによって、つくられていくものだ。  
高校野球がここまでの隆盛を極める過程において、大会をゼロからつくりあげてきた朝日新聞社の功績に異論をはさむ余地はない。
しかし、同時に多くの批判が寄せられていることもまた事実だ。
「酷暑の中、高校生に長時間プレーさせるのはいかがなものか」
「投手の登板過多による問題を、放置したままでいいのか」
「高校生を利用して、朝日新聞はカネ稼ぎしているのではないか」
夏の高校野球を主催する朝日新聞はいったい、こうした声をどうとらえているのだろうか。
7月21日、朝日新聞社の大阪本社内にあり、甲子園大会を運営する高校野球総合センター長の高蔵哲也氏に話を聞いた。前後編のインタビューを読めば、朝日新聞の高校野球への問題意識やスタンスが透けて見えてくるだろう。

朝日新聞の休養日提案にテレビ局が不満

──朝日新聞社は夏の高校野球を主催していますが、公益財団法人日本高校野球連盟(高野連)とはどういう関わり方をしているのですか。
高蔵 高校野球総合センターという組織が朝日新聞社にあり、センター長の私は高野連の理事をしています。副会長には社のOBがひとり入っているなど、高野連に朝日関係が計5人います。毎日新聞も同じようなかたちですね。
──夏の高校野球を運営するために、高野連に朝日新聞社の人が関わるということですか。
そうなりますね。夏の大会は朝日新聞が主催しているので、大会自体の企画運営をします。来年の会期は何日スタートにして、始球式を誰にしましょうとか、式典関係ですね。
わかりやすいところで言うと、2年前が95回の記念大会でした。今、大会からの収益がどんどん減っていて、「このままだったら大会運営が厳しくなるのではないか」ということで入場券の値上げをしました。
朝日新聞社で記者として働き、現在は高校野球総合センター長を務める高蔵哲也氏。
──ネット裏の中央特別自由席を1600円から2000円に上げるなど、席の種類によって100円から400円の値上げがありましたね。
そういうことを高野連と協議し、朝日側から提案します。「そうしないと高野連の大会運営にも支障をきたすことになるから、やりましょう」と決めるのは、だいたい朝日新聞側でやりますね。
さらに、あのときには「休養日を設けられないか」と、こちら側から提案しています。世間から「大会最後の連戦は、高校生に相当負担がかかってくるじゃないか」という声もありました。
当時、準々決勝を2日間に分けてやっていたんですね。そうすると1日目にやったチームはその次の日に休みがある一方、準々決勝を2日目にやったほうは決勝まで3連戦になります。
「絶対、最初に準々決勝をやったほうが有利になるんじゃないか」と思って統計をとったら、準々決勝を1日目にやってから1日休み、準決勝、決勝と臨んだほうが、優勝する確率が高かったんです。「これは不公平だ」ということで、準々決勝を1日でやって、翌日を休養日にすれば公平な立場で試合をできるだろうということで、そのように変えました。
──高野連との話し合いはスムーズに行きましたか。
意外とスムーズに行きました。ただ最初、休養日で1日開けたらテレビ放映も1日開いちゃうので、ちょっと難色を示したところはあります。具体的には言いにくいのですが、「大会に水を差してしまうのではないか」という意見があったのは事実です。
だけど水を差すどころか、高校生のことを考えるのが、われわれの仕事ですからね。「やはり休養日は設けるべきだ」ということで、いろいろ説得してやったのが2年前です。

現場は甲子園以外の開催に反対

──過密日程をもっと避けるためにも、「甲子園以外の球場でも開催したほうがいいのでは」という意見もあります。一方で過去の歴史をひもとくと、1958年と1963年の記念大会では西宮球場も併用されていますが、以降、甲子園以外では開かれていません。
甲子園の魅力というか、高校野球と甲子園は不即不離になっちゃっていますからね。確かに、「暑い中で連戦をやらせるのはいかがなものか」という意見をいただきます。
そこで、「そうしたら大会の最初のうちは、たとえば京セラドーム大阪を使ったり、ほっともっとフィールド神戸を使いますか。そこで2回戦くらいまでやって、最後のベスト16、もしくはベスト8くらいから甲子園でやりましょう」と提案すると、おそらく(地方大会に参加する)4000校の監督が全部反対ですよ。
──現場の監督に聞くと、「甲子園でなければ」という声は多いですね。
そう。「絶対甲子園でやってくれ」という声が圧倒的です。「高校野球=甲子園。甲子園=高校野球」というのがあって、いわば、一種の文化になっていますよ。ほかの競技やコンペでも、「××甲子園」と言うじゃないですか。これを「じゃあ、高校野球と甲子園を切り離すか」と言えば、なかなか難しいと思いますね。
──現場の反対はさておき、たとえば会場を増やせば試合の間隔を開けられます。それによっていい環境でプレーさせてあげることにもなります。そういう議論になることはありますか。
そういう議論にはなかなかなりませんね。実際、「このままでいいのか」という声があったので、(準々決勝の後に)休養日を設けました。ただ引き分け再試合があるので、下手すると4、5連戦になる危険性もあったんです。実際、春にそういう危険性があったんですよ。だけど、そうはなりませんでした。連戦になると、だいたい途中で負けるんです。
「(休養日が)もう1日くらい必要じゃない?」という議論はあります。タイブレークの話が出てきたのも、ひとつは連戦を防ぐためのものなんですね。タイブレークを導入して再試合がなくなると、少なくとも3、4連戦はなくなる。「だからタイブレークを導入したらどうだ?」という声があるんですけれど、やっぱり高校野球のタイブレーク導入は、現場からの抵抗が大きいんですよ。「最後まで決着をつけさせるのが、高校野球だ」と。
※編集部注:タイブレークは、延長戦で勝負の決着を早く着けさせるためのルール。規定の回で同点だった場合、無死満塁などランナーを置いた状況からイニングをスタートさせることで得点を入りやすくする。

指導者に任せるしかないのが現状

──でも、社会人ナンバーワンを決める都市対抗野球では延長12回からタイブレークが導入されています。
ただ、「都市対抗と高校野球は違う」という言い方をされますよね。
──高校野球はなぜ、こんなに特別なものとされているのでしょうか。
それはありますね。王(貞治)さん、長嶋(茂雄)さんも「あの年代だから、あれだけ熱くのめりこむことができたんだ」みたいなことをおっしゃいますしね。おそらく、高校生年代の特徴もあるんでしょうね、きっと。
たとえば、韓国みたいに高校で野球をできるのが50校くらいしかないのであれば、プロ予備軍としてやっているわけです。日本の場合、今は連合チームで、部員がひとりしかいなくても隣りの学校と一緒になって出るケースもあります。「甲子園なんてまず無理だ」とわかっていながら、「甲子園を目指すんだ」と恥ずかしげもなく言える年代というのがあるんでしょうね。大人も一緒になって、夢を見ているところもあります。
──確かに全員がプロを目指すわけではないですし、「甲子園が最高のゴール」の子が多いと思います。反面、子どもたちの体を守らないといけない。両立させるために、どんな議論がされていますか。
たとえば、朝日新聞や日本高野連が「投球数を何球までですよ」「高校生の大会は春と夏の甲子園と、秋の地区大会だけで、ほかはダメですよ」と決めてしまっても、地域の特性もあるし。それと子どもって、16歳から18歳くらいの中で、体力、技量の差がとてもあります。それを一律に、枠をかけてしまうのが本当にいいのかどうか。
子どものケガや体力は、指導者が一番わかっているわけです。その指導者を指導する、教育することは、日本高野連も一緒になってやっています。そこは指導者にお任せするしかないんですよね。
──指導者が子どもを守れていない現状も多々あります。
ありますよ。

朝日新聞の提案で投手の肩肘検診導入

──ある監督から聞いたのですが、過去の甲子園ではこんなこともありました。試合中に足をつった投手がベンチの裏に帰ってきて、治療中に投げたい素振りを見せているので監督がどうしようかと考えていたところ、高野連の人から「投げさせてやれ」というように言われたそうです。
甲子園の場合はドクターが付いていますから、ドクター判断になります。ダメだと言ったら、本人が「行ける」と言っても投げさせないですよ。それは甲子園での話ですか。
──そうです。
高野連の先生が「投げさせろ」と言ったのですか。
──そうです。
最近ですか。
──割と最近です。
そこはドクター判断になりますので、口を出す話ではないです。
──では、医者が責任を持って守ってくれるんですね。
そうですよ。ドクターストップです。
──1993年から大会前に投手の肩と肘の検診が行われるようになりましたが、それも朝日新聞からの提案ですか。
僕が朝日新聞で現役の記者をやっている頃、甲子園に出てくるピッチャーが「肩が痛い」「肘が痛い」とか言うケースが多くて、「ケガ人ばかりじゃないか。これはおかしいぞ」ということで、全国調査をやったんです。全国から抽出した学校に行って聞き取り調査をしたら、かなりのところで肩や肘を痛めている子がいました。
「ちょうど成長過程のところだから、負荷のかけ方を間違えると故障にもなることがある」という調査結果を載せました。「これは何とかしないといけないだろう」ということで、結実したのが肩肘検査です。
──肘の故障は小中学校時代に根本的な問題がありますが、とはいえ、高校でも守ってあげないといけません。その調査は、1991年の甲子園で肘の負担を押して投げた大野倫(沖縄水産)の頃の話ですか。
沖縄水産は72、73回(1990、1991年)に準優勝していますが、調査は70回大会(1988年)のときにやりました。その前にも天理の本橋雅央とか、肩を痛めて無理して出ている子がいましたので。
※野球肘の問題については、筆者のリンク先原稿などを参照

高野連は投手複数性を推奨。どこまで効力があるか

──ジャーナリズムの視点が入ってきて、調査に至っているのですね。最近でも斎藤佑樹投手(早稲田実業、現・日本ハム)を筆頭に登板過多がなくなりませんが、そこの検証もしていますか。
これは高野連マターなんですよね。高野連はだいぶ前から、投手複数制を推奨しています。今、甲子園に出てくるところはだいたい2、3枚持っていますよね。「複数制を勧めてくれ。1人で何試合も連投するようなことはやめなさい」と言ってはいるんですね。
ただ学校の規模とかで、できるところもあれば、なかなかできないところもあります。たとえば部員が20人くらいしかいなくて「甲子園なんて出られっこない」と思っていたら、たまたまいいピッチャーが来て、いいバッターが2人くらいいて、「甲子園に行けるぞ」となったとき、「そのピッチャーに頼るしかない」とだいたいなりますよね。
そのとき、指導者は一番悩むところです。2、3番手をつくるけど、力の差がこんなにある。エースの連投になるけれど、「君らを甲子園に行かせたい」と。だけど、ここで連投させたらこのピッチャーはここで潰れるかもしれない。
「君らはどう思うか」とチームの中でフランクに話して、「あいつの投手生命を守ってやるべきだ。ここは2番手でもいい。負けたら俺たちに力がなかった。それは仕方ない」というので、2番手に投げさせて負けたならいいです。
でも監督の欲が出ると、周りの選手を「お前たちも甲子園に行きたいだろ? こいつが投げれば、行ける可能性が高まるんだ」と説得して、エースに「お前が頑張ってくれ」と熱くなっちゃって、結果的にうまくいくかもしれないけれど、ケガするかもしれないことはありますよね。結果論かもしれないですが。
僕らも取材していて、「そんなに投げていて、よく故障しないね」と選手に言ったことがあります。「僕、全然痛めたことがないんです」という子もいるんですよね。うまく指導者がカバーしてやるしかないと思うんですよね。

指導者の良心に任せるのか、ルールで守るのか

──個人差は確かにあります。
個人差があるんですよね。甲子園を見ていると、「こいつは将来的にプロに行くヤツだ」となると、そんなに無理させてないですよね。ダルビッシュ(東北高校、現テキサス・レンジャーズ)はあまり投げてないですからね。
──高校時代、本人が「決まった球数しか投げない」と言っていたみたいですね。
そう。練習でもそんなに投げていないし。そういうことを配慮しながらやっているところもあるんですよね。昔みたいに大野や、天理の本橋のようなケースは、最近は見ないですよ。ボロボロになって、投げないとかね。
──去年の盛岡大附属高校の松本裕樹投手(現ソフトバンク)は痛々しくて、見ていられなかったです。
あれはそうですね。地方大会から痛めていて。よく投げましたね。
──本人が「投げたい」と言ったのを止めるかは難しい問題ですが、現在、現実的に止められるのは指導者しかいません。だからこそ誰かがルールで守ってあげようにしないと、犠牲になる子もいますよね。そうしないといけないところまで来ている気がします。
逃げるわけではないですけれど、高野連に聞いてください。学校と直接やり取りしているので、高野連に聞いてもらったほうが詳しいと思います。理事長、監督との接点は、日本高野連がほとんどやりますので。僕が出すぎたことを言うと、「あんたが言う話ではないだろう」となってしまいますので。
──そうですね。高野連の新会長に就任する予定の八田英二氏が9月中旬以降にインタビューに応じてくれる約束をとりつけているので、直接聞いてみます。
(取材・文:中島大輔)