起業QA_bnr

第2回:ベンチャーキャピタリストだけど質問ある?

ベンチャーのシードフェーズで重要なことは何ですか?

2015/8/4
メルカリ、nanapi、カヤックなどの超有望ベンチャーへの投資を次々と成功させ、今、最も注目されるベンチャーキャピタリスト・高宮慎一氏の連載がスタート。起業家からの質問に切れ味鋭く答えていきます。まず質問を投げかけるのは、十数年のアップルでのビジネス経験を経て起業したばかりの梶原健司氏。「起業家がベンチャーキャピタリストに聞きたいこと」をすべてぶつけ、本音の回答を引き出します。
第1回:ベンチャーって、どんな感じで成長するんですか

とにかく「ユーザーにぶっ刺さるものをつくれ」

梶原:自分もシード期のスタートアップをやっているのですが、今は何をすべきでしょうか。

高宮:よく言われるシード期、つまり事業の最初のフェーズにおいて何を達成すべきかで言うと、とにかく“ユーザーの持っている根源的なニーズに、しっかりと刺さるものをつくる”。これに尽きます。

梶原:聞くと当たり前のようですが、実行に徹するのが本当に難しいですよね。

高宮:ちなみに図の階段の1段目、「とにかくモノをつくる」というフェーズだと、だいたい2つのパターンがあると思っています。
 sono1

ひとつはマーケット・イン。自分自身がユーザーの感覚になったり、ユーザー目線で「こういうものがあったら、きっといいよね」というところで、マーケットやユーザーのニーズを起点として始めるパターン。

もうひとつはテクノロジー・アウト。とにかく「こんなモノをつくりたい!」「こんなすごい技術を実用化した」みたいな、エンジニアやつくり手の想いから始めるパターン。

始まり方としては、この2つのどちらかになると思いますが、どちらからだろうと最後は両方の視点を融合する必要があります。

梶原:融合、ですか。

高宮:そう。“ベンチャーあるある”の失敗でいうと、テクノロジー・アウトで自己満足的にモノをつくって、自分たちなりに想いを込めて出してはみたけれど、ユーザーにはまったく刺さらなかったというものです。

逆に、マーケット・インで、ユーザー目線で最初は「この問題を解決したい!」と始まり、せっかくコンセプトがフォーカスされていてクリアでも、つくっているうちに、どんどん「これもやりたい、あれもやりたい」となってしまい、どんなユーザーの何のニーズをかなえるサービスだったのか、その原点を忘れてしまうケースもよくあります。

昭和の家電で一時期多かったのが、「何でもできます!」を目指して、結果として「何もできません!」みたいになってしまった商品ですが、それと同じですね。

原点のどんなユーザーのどんなニーズをかなえるかに絞って、研ぎ澄ましていき、ブレないことで、わかりやすいプロダクトにすることが大事なのです。

MFTというフレームワーク

梶原:マーケット・インとテクノロジー・アウトの融合について、もう少し詳しく聞かせてください。

高宮:たとえば、おじいちゃんやおばあちゃんが遠くに住んでいて、孫の顔を見たいから、祖父母と孫をつなぐサービスをつくるとしましょう。

おじいちゃん、おばあちゃんをターゲットユーザーと固定して考えたときに、一番いいアプローチは何かを考えるという話ですよね。

そこで、ついついやりがちなのですが、子ども夫婦はおじいちゃんやおばあちゃんの安否確認をしたいはずだからと、その機能も付けてしまう。すると、「誰のニーズをかなえるか」がブレてしまいます。

また、「やっぱり時代はスマホだよね、LINEでスタンプも付けられるようにしてあげよう!」とか言い出す。

すると、おじいちゃんやおばあちゃんって、「孫の昔の写真も見たいのにタイムラインで流れていいのか」とか、「孫の写真が見たい、孫と話したいのに、スタンプって本当に必要なんだっけ」と、今度は「対象ユーザーのニーズ」と「それをかなえるための機能」がズレてしまいます。

梶原:確かに、“あるある”ですね。

高宮:また、たまたま自社がSNSのフレームワークを持っていたとしても、「じゃあ、子ども夫婦が孫の写真を共有する機能を実現する技術は、SNSでいいんだっけ?」という問題があります。

実は、おじいちゃんやおばあちゃんに写真を共有するという意味では、らくらくホンにもプッシュで送れて、通知も表示されるメッセージのほうが、おじいちゃんやおばあちゃん側のリテラシーを問わないという意味でいいかもしれません。

そういう意味では、「ズドン!」とぶっ刺したいユーザーのニーズからトップダウンで考えていくべきです。

そして、そのニーズを解決するためには、どういう機能が必要なのか。その機能を実現するために、ベストなテクノロジーとは何なのか、という感じでブレークダウンしていき、ユーザーのニーズや必要な機能、テクノロジーが“Less is More”的な引き算の発想で絞られ、かつ、きれいに三位一体となっていることが非常に重要です。

これは、プロダクト開発の議論でいう「MFT」というフレームワークですね。Market(マーケット)・Function(機能)・Technology(テクノロジー)の3つの要素がきちんと定義され、整合性が取れており、かつそれぞれの要素内に余計なものがない、という状態が理想ということです。

梶原:三位一体! 格好いい。しびれますね(笑)。

高宮:テクノロジー・アウトから始まったとしても、そのテクノロジーがユーザー側のニーズを解決するために、必要な機能を実現するベストなアプローチかどうかを、マーケット・インの発想からきちんと検証する。

場合によっては、より良いアプローチのテクノロジーがあるかもしれない。マーケット・インの発想とぶつけてみたときに、SNSだと思ってやっていたけれど、実はプッシュのメッセージのほうが良いとわかった瞬間、SNSを捨てる勇気が大事になってきます。

もしくは、テクノロジー・アウトのパターンで、SNSの技術に想いがあり、こだわるのであれば、おじいちゃんやおばあちゃんにフィットしないとわかった瞬間、ターゲットをおじいちゃんやおばあちゃんにするのをやめて、SNSに最適なターゲットユーザーやユースケースを求めて、マーケット側を探し直すのもひとつのやり方です。

MかTかは最初に決める!

梶原:その場合って、ひとりで動いていれば、自分の中で納得すればいいだけですよね。

でも、チームで動いている場合って、何かしらの尺度というか、そろえるものがないと、それぞれが思うことが違って……、といったことがあると思うんですが。

高宮:そうですね。MFTのフレームワークにのっとると、そもそも自分たちはT側を大事にするのか、M側を大事にするのか、という想いの原点を最初に話し合うべきです。

テクノロジー・アウト、つまりTを重視して事業を始めたとしましょう。そのTでマーケット(M)に対してニーズを満たしにいったら、実はそのTがベストなアプローチではなかった……。

それでも自分たちのTを大事にするのか、それとも自信を持っているTを捨ててでも、マーケット・インでユーザーのニーズをかなえることを大事にするか。あらかじめ合意しておくのです。

だから、自分たちの会社がテクノロジーベンチャーなのか、マーケティングベンチャーなのかは、この段階で遺伝子レベルで決まります。

梶原:確かに……。それはどっちがいいとかじゃなくて。ある意味、チームの価値観を決めるみたいなことですね。

高宮:まさに、価値観です。ですから、そこはもう、本当に想いとか、好き嫌いのレベルで決めちゃっていいと思うんですよね。

梶原:やっぱり、絶対に侃々諤々(かんかんがくがく)ディスカッションをすると思うんですけれど。そういうふうに徹底的にチーム内ですり合わせることも大事なことですよね。

高宮:そうですね。どのベンチャーでも、創業メンバー、最初の3人とかはこの議論をしっかりとやって、僕らは何を大事にするんだっけ、何だけは絶対譲らないんだっけということを、チームの中で握っておいたほうがよいです。

梶原:なるほど、なるほど。

高宮:マーケットに刺さって当たれば何でもいい! 技術的にはつまらない枯れた技術でもいい! いやいや、僕らはあくまでもエンジニア魂で、技術的に面白いことをガンガンやりつつ、結果としてユーザーのニーズをかなえることが大事なんだ!

どちらもアリです。俺たちはどっちなんだ? ときちんと合意しておくことが大事なんです。

梶原:ああ、いいですね。価値を届けたい相手が最初にいて、その人の満足を最初に考えるのか、他社にはできないような面白いものをつくれる力があるから、それを喜んで使ってくれる人を探すのか。

高宮:そうです。後者の場合、最初の想定が違っていても、ほかに喜んでくれる人、つまり市場を見つければいいだけなんですよ。

梶原:自分の中ですごく腑に落ちました。ああ、なるほどな……、と。このフェーズで会社の価値観が決まるのか。学生や社会人を問わず、サークルや部活動、チームや部署を一から自分が起ち上げることって稀ですよね。

ほとんどの人は、すでに何年か何十年か存在している組織に参加していくわけで、その組織の遺伝子、価値観はすでに定まっている。自分は幸いなことに新規事業の起ち上げも経験しましたが、それでも会社全体の価値観には当然沿ったチームづくりでしたし。

だからこそ、このフェーズでは製品やサービスのコアをつくりながら、まさに会社自体のコアもつくっていくんだ、という意識を常に持つようにします。

本日のポイント

・シードのフェーズでは、ユーザーの持っている根源的なニーズに、しっかり刺さるものをつくることが一番大事

・マーケット・インでいくのか、テクノロジー・アウトでいくのか、コアメンバーでとことん話し合って、腹落ちしておくことが必要。その価値観が、企業の遺伝子となる。

*次回は、「『ユーザーにぶっ刺さるもの』のつくり方はありますか?」です。

(写真:疋田千里、企画協力:ダイヤモンド社&古屋荘太)