SPORTS-INNOVATION

動き出す産業革命

Jリーグと外資、そして「異民政策」のススメ

2015/8/1

サラリーマンもシーズンオフしたい

ご無沙汰しています。夏休みをとって休んでしまったら、そのまま少し連載が滞ってしまいました。

さて、夏休み中ばったり南の島のホテルで再会したこの人誰でしょう?

昨年のFIFAワールドカップ決勝戦で優勝ゴールを決めたドイツ代表マリオ・ゲッツェ(写真提供:馬場)

昨年のFIFAワールドカップ決勝戦で優勝ゴールを決めたドイツ代表マリオ・ゲッツェ(写真提供:馬場 渉)

そう、ワールドカップで決勝ゴールを決めたマリオ・ゲッツェです。ゆっくりバカンスを楽しんでいました。

ワールドカップでのテクノロジーの支援にお礼を言われました。今度はバイエルンもよろしくお願いします、と。食事やエレベーターでたびたび遭遇すると、日本風な会釈(?)をするなど、なかなか丁寧な好青年です。

サッカー界の対日投資

さて、欧州リーグがシーズンオフの中、Jリーグは7月11日からセカンドステージが開幕しました。そんな後半シーズン開幕直前に大きなニュースが発表されました。

SAP社とシティ・フットボール・グループがグローバルパートナーシップを締結、「The Beautiful Game」をクラウドへ(横浜F・マリノス公式サイト)

SAPがJリーグの横浜F・マリノスにスポンサーすることになったのです。

これはかつてでは考えられないことです。シティのグローバル化とそれと協調するJクラブがあったからこそです。私が無理やり頑張ったわけではありません。

Jリーグの外資参入規制が、このところ話題となっています。私は、今回の事例はJリーグが進めるオープン化戦略によるファンやクラブ、地域やスポンサー企業に対する明確な価値だったと思います。

世界のスポーツではいま大きな3つの波が一気に押し寄せています。ひとつはビジネス化の波、そしてテクノロジーの波、もうひとつはグローバル化の波です。

この大きな波を見ずして現象を理解することも舵取りすることもできない時代となりました。

シティフットボールグループ(CFG)はマンチェスター・シティFCの成功を母体に昨年設立されたサッカー界で唯一グローバル経営を行うフットボール企業グループです。

2008年にアブダビの投資会社がイングランド・プレミアリーグのマンチェスター・シティFC買収によって市場参入して以降、クラブは過去4年間で競争激しいプレミアリーグを優勝2回、2位が2回と名実ともに世界的なビッグクラブに急成長しました。

CFGは設立後、次々とグローバル戦略を進めます。アメリカではあのニューヨーク・ヤンキースとの合弁によってニューヨーク・シティFCを設立。ヤンキースタジアムを本拠地に、今シーズンからアメリカのサッカープロリーグであるMLSに参入しました。

「アメリカでサッカー?」と思うかもしれませんが、先週アメフトの49ersのホームスタジアムで行われたFCバルセロナvsマンチェスター・ユナイテッドの試合には6万8000人が訪れて満員御礼。

そしてオーストラリアでは、昨年買収したメルボルン・シティFCを傘下に持ちます。

オーストラリアのサッカーもかつてはそれほど人気がありませんでした。私の多くのオーストラリアの同僚は、今年のラグビーやクリケットのワールドカップについては話題にしても、サッカーのアジアカップで初優勝したことを知りません。

しかし、先週メルボルンのクリケット用スタジアムで行われたレアル・マドリーvs.マンチェスター・シティの試合にはスタジアムに10万人が詰めかけ歴史的な満員御礼となりました。

そしてCFGは日本でも昨年5月に横浜F・マリノスの20%弱の株式を日産自動車から取得しました。CFGは今年日本法人も設立しています。

SAPはCFGのこの4つのクラブのオフィシャル・クラウド・ソフトウェア・プロバイダーとなり、またそれぞれのテクノロジーアドバイザーを務めます。

グローバル展開するビジネス、デジタル化するファン、IoTの波が押し寄せるプレーヤーとチームのパフォーマンスと、多くの領域で両グループの協業が世界各地で同時に始まります。

また、日産自動車も昨年株式の一部をCFGに譲渡した後、両社の協業関係をさらに深めCFGの世界戦略のグローバルサッカーパートナーとなりました。CFG傘下のマリノスとの兄弟クラブやスタジアムとの関係を強めることになったのです。

マリノス株を売却し、その分グローバル経営するCFGの世界中の活動にスポンサーできるのですから、日産自動車のようなグローバル企業にとって一国の単独クラブに投資するよりも大変よい案件でしょう。

CFGのようなグローバル企業がいるおかげで、日産自動車のようなスポンサー企業も世界中の1つひとつのクラブと提携交渉を進める必要がありません。両社がグローバル戦略で合意し、そこでの計画が共通のブランド戦略で一気に世界に広がります。

クラブ経営がグローバル化し、スポンサー企業はグローバル化しています。同時にスポーツ文化は各地域で極めてローカルなものです。

こうした世界の動きに対応してJリーグがどうオープン・クローズ外交をしていくかが重要な経営テーマなのです。

異質なぶつかり合いが起こすイノベーション

しかし今頃、外資がどうだと議論されるのもおかしなものです。CFGへの売却前には約95%を保有していた日産自動車自体の外国人持株比率は約75%です。

規制の緩和も、強化も、得てして議論が偏りがちですが、私は個人的には規制というもの自体は、時にイノベーションを加速するために有効なケースも多くあるのでそれほど害だとは思いません。

害なのは多様性を規制することです。外資規制をしていると報道されるドイツは、そもそも国民の5人に1人が移民です。選手には外国人枠はありません。クラブの育成組織には多くの移民が所属しています。

過去20年でシリコンバレーで起業される半数以上は、移民によるものと言われます。ロシアからの移民であるセルゲイ・プリン(グーグル)、南アフリカからイーロン・マスク(テスラモーターズ)。

古くはオラクルのラリー・エリソンも、アップルのスティーブ・ジョブズも、アマゾンのジェフ・ベゾスも、それぞれロシア、シリア、キューバからの移民二世です。

こうした移民たちは、従来の発想と異なる大きなイノベーションを産業界にもたらしました。

インダストリー4.0の仕事が最近忙しいのですが、日本にはまだまだ「進化したインダストリー3.0」を目指す試みが蔓延しています。

違うんです。3.0から4.0に革命が起こるということは、これまでのモデルが変わるということです。3.0の目で4.0をどうやって見るというのでしょう? 「もっと速い馬が欲しい」ではクルマは生まれなかったんです。

日本には移民はなくても「異民」は必要なんです。外資は規制してもいいですが多様性をどうやって取り込むかの具体的な戦略が必要です。異質なタレントがぶつかり合えば、移民じゃなくてもイノベーションは起こります。

日本のスポーツ界で異民によるイノベーションを実践してみたいと思います。異民集まれ!

CFG日本代表の利重さんと、ニューヨークシティFCの社長トム・グリック - 日産スタジアムにて(写真提供:馬場)

CFG日本代表の利重さんと、ニューヨークシティFCの社長トム・グリック – 日産スタジアムにて(写真提供:馬場 渉)

(馬場 渉 Chief Innovation Officer、 SAP)