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冷たく清らかでミネラルに富んだ海水

海に眠る透明な資源「海洋深層水」の秘密

2015/7/29
漆黒の闇に包まれ、生き物も少ない深海は、一見すると不毛だ。しかし、陸から遠く離れた有機物の少ない場所だからこそ、清浄な海水がある。とんでもない水圧が絶えずかかっているからこそ、特殊な水になる。この水に着目した研究と商品開発が、高知県・室戸では四半世紀前から始まっていた。

汗をよくかく季節には、こまめな水分補給が欠かせない。糖分なしでミネラルを摂取できる市販の飲料水に思わず手が伸びる。

そのラインアップを見ると、多くは山麓や清流をイメージさせる“山の水”だが、中には、“海の水”もある。たとえば、ダイドードリンコのボトルドウォーター「miu」は、青いしずく形の地球のデザインに、「海洋ミネラル深層水」と書いてある。

飲んでもまったく塩気はないが、いったいどういう製法なのか。海洋深層水は、どこからどのようにくみ上げているのか。いくつかの疑問を胸に、日本で最も歴史のある海洋深層水の取水地、高知県・室戸を訪ねた。

海洋深層水とは何か

室戸岬の海辺に、高知県海洋深層水研究所がある。日本初、世界でも3番目の海洋深層水の取水施設と併せて、1989年に完成した。

高知県海洋深層水研究所。県庁商工労働部所属の研究機関で、常駐研究員は所長とチーフも含めて4人

高知県海洋深層水研究所。県庁商工労働部所属の研究機関で、常駐研究員は所長とチーフも含めて4人

この研究所で、室戸の海の表層水と深層水を触り比べて驚いた。質感がまったく違う。深海から取水管でくみ上げた海水は、淡水のようにサラサラしていて、乾いてもベタつかない。そして、冷たい。取水後の配管には断熱材が巻かれ、海の底のひんやりとした冷温が保たれていた。

これほど感触が異なるのに、両者の塩分濃度は同じ。違うのは有機物の量だという。深層水には微生物が少なく、無機栄養塩が多い(※注)。水深200mを超す深海では光が届かず、栄養塩を消費する植物プランクトンが増えないからだという。

※注:表層水の5~10倍。無機栄養塩とは、植物が光合成するのに必要な硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩などのこと。

水温をそろえた海藻(ミル)の生育比較実験でも、育ち方に明らかな違いが出た。写真左が海洋深層水、右が表層水。海洋深層水では、枝の分岐点が増える

水温をそろえた海藻(ミル)の生育比較実験でも、育ち方に明らかな違いが出た。写真左が海洋深層水、右が表層水。海洋深層水では、枝の分岐点が増える

海洋深層水は、出荷額100億円を超える一大産業を室戸に生み出した。篠原速都(しのはら・はやと)所長は、多くの可能性を秘めた海洋深層水の特性として、下記を挙げた。

・低温安定性:年間を通して水温が一定で低い(約10度弱)
 ・熟成性:30気圧の高圧下で長期間かけて熟成され水質が安定している
 ・富栄養性:植物プランクトンなどを育む無機栄養塩が豊富
 ・清浄性:細菌や微生物が少なく、陸上由来の化学物質にも汚染されていない

篠原速都所長

篠原速都所長

「光の届かない200m以深の海水全般を指して、海洋深層水と呼んでいます。取水管さえ長くすれば、技術的にはどこの海でも『海洋深層水』の取水が可能です」

室戸から始まった海洋深層水利用

今やどこでも可能というが、なぜ日本の深層水産業は室戸から始まったのだろうか。

室戸岬の東岸

室戸岬の東岸

篠原所長は室戸岬の地図を示した。

「ここは岸からすぐのところで海底が急に深くなっている。この地形のおかげで、室戸沖では比較的短い管で効率よく深層水を取水できます」

取水管が長いほど抵抗が増え、深層水を吸い上げるポンプの電気代もかさむ。コストとメンテナンスの点で、距離が短いほど有利だ。

室戸沖には、オホーツク海やアラスカ付近の海で深海に潜り込んだ冷たい海水が巡ってくる。それが陸棚の急斜面にぶつかり「湧昇流」となって上がってくるため、室戸は昔から好漁場だった。

この条件は取水にも都合が良い。取水ポイントの水深よりもさらに深い所の深層水が容易に取れる。このような地理的事情もあって、室戸岬近海は、1985年に真っ先に、政府の海洋深層水研究(アクアマリン計画)のモデル海域に指定された。今では全国16カ所で海洋深層水が取水されている。

どのように取水しているのか

取水管が海に入る地点は、施設のすぐ裏の海岸にあった。岩礁の波間に見える箱型のコンクリートの下から、長さ2.65kmの取水管が、沖に向かって海底をはっているのだという。

取水管は、鋼鉄のワイヤーを巻き付け防腐塗装で保護した硬質ポリエチレンの管。内径12.5cmで、その先端は、深さ約320mの海底にある。これほど長い切れ目のない管を、巻いて船で運び、取水地点を確認しながら海に投下したというから驚く。

この研究所では、ポンプを連続運転すると、取水管1本につき毎日460トン取水できる。

取水管の一部。20~30cm分でもズシリと重たい

取水管の一部。20~30cm分でもズシリと重たい

深海魚にも会える海洋深層水の展示室

室戸には、もうひとつ取水拠点がある。研究所から海岸沿いに3.6kmほど南下したところにある室戸市営の「室戸海洋深層水 アクア・ファーム」だ。

こちらの取水目的は、主に産業利用。複数の県内企業や地元住民に給水するため、毎日4000トンという、より大規模な取水を行っている。

ポンプを24時間稼働して、新鮮な海洋深層水を374mの深さから絶えずくみ上げる。ボトルドウォーター「miu」に使われているのは、ここの海洋深層水だ。

2000年に完成したアクア・ファームは、一般向けの小さな展示室も兼ねている。この入場無料の施設では、生きた深海生物を間近に見ることができる。

アクアファーム(高知県室戸市室戸岬町3507-1)日祝・年末年始を除く9~17時開館

アクア・ファーム(高知県室戸市室戸岬町3507-1)毎日9~17時開館、年末年始休館

冷たい海洋深層水を満たしたリング状の水槽の中に、白い流線型の深海魚が泳ぎ、巨大なダンゴムシのようなグソクムシがうごめいている。目が退化した深海性のエビもいる。

ガラスを隔ずに深海魚を観察できる

ガラスを隔てず深海魚を観察できる

「取水口からは生き物も入ってきます。深層水以外のものは、ポンプ直前にあるストレーナーでキャッチされるようになっているので、のぞき窓から見て、生き物がいれば取り出すわけです。低圧の環境でも生きられる元気な個体が、こちらで展示されています」(荻田氏)

アクア・ファームでは、空調の省エネにも、海洋深層水が活躍している。年間を通じて水温が一定なので、温度差エネルギーが利用できるのだ。室戸の海洋深層水の場合は、相対的に夏には冷たく冬には温かく、冷暖房の効率アップに役立つのだという。

海洋深層水からつくる飲料水とは

室戸では、1996年に海洋深層水由来の飲料水が世界で初めて開発された。そもそも、なぜしょっぱい海洋深層水から飲料水をつくろうと思ったのだろうか。

「表層水と海洋深層水とで、生きている菌の数を検査機関で調べると、明らかな差が出ます。表層水には1000〜1万いるとすると、深層水には100しかいない。このプランクトンや微生物の少なさが、海洋深層水の生物学的な清浄性です。それに加えて、浮遊物や懸濁物が少ないという物理的な清浄性もある。室戸周辺には大規模工場や民家が少ないので、環境汚染物質の海洋流出が少ないという化学的な清浄性もあります。この清浄性が、飲料水開発の背景にありました」(篠原氏)

海洋深層水は逆浸透膜(RO膜)で淡水とミネラル濃縮水に分けられ、その淡水をベースに、各社が独自の割合で各種ミネラルや果汁、フレーバーなどを配合している。同じ室戸海洋深層水由来の水でも、添加するミネラルの種類や量によって、その味や硬度は異なる。

室戸海洋深層水が使われている商品には、紺色と水色の環が交差した「室戸海洋深層水」のブランドマークがある。高知県の審査に通った証だ。

前出の「miu」は、淡水ベースに濃縮水から適量のナトリウムとカリウムを戻して、硬度調整をしている。特に、今年3月に発売した「miu アクティブチャージ」は、550mlのペットボトル1本でナトリウム280.5mgが摂取できる熱中症対策商品だ。これには、室戸海洋深層水の原水が全体量の約3.5%含まれている。どちらも室戸海洋深層水のブランドマーク付きだ。

陸上で高級のりの養殖も

ダイドードリンコのボトルドウォーター「miu」が発売されたのは、2000年。これらの飲料水が火付け役となり、約10年前に海洋深層水ブームが沸き起こった。

その当時に一気に用途が広がり、海洋深層水の特性を生かしたさまざまな商品が誕生した。

海洋深層水関連商品の一例(アクアファームで撮影)。同様のショーケースは、高知龍馬空港にもある

海洋深層水関連商品の一例(アクア・ファームで撮影)。同様のショーケースは、高知龍馬空港にもある

海洋深層水のミネラル成分が発酵を促進するとわかり、日本酒やみりん、しょうゆにも使われた。豆腐や干物も海洋深層水でおいしくなり好評を得た。

海洋深層水を使って栽培したエノキダケは、従来品よりシャキシャキとして、うまみも向上。「極みえのき」の名前で、地元スーパーでもお馴染みの商品になっている。

水産分野での活用もある。たとえば、ヒラメの資源保護のため、室戸では地元産のヒラメの親魚を養成して採卵している。種苗生産の現場で清浄な海洋深層水を使うと、親ヒラメが病気になりにくく、結果的に、安全で高品質な卵が採れる。

また、室戸市が運営するノリ養殖場では、市の委託を受けた食品メーカーが、吉野川産のスジアオノリを水槽で育てている。アクア・ファームから大量の海洋深層水が得られるおかげで、前例のない陸上養殖が実現した。

通常は冬に収穫するスジアオノリ。しかし、海洋深層水は常に低温なので夏でも収穫できる。スジアオノリは高級な青のりになるので、くみ上げた海洋深層水を陸上の水槽に満たすぜいたくな養殖法でも、採算が合うという。

三島食品のスジアオノリ養殖場。出荷量は年3トン弱

三島食品のスジアオノリ養殖場。出荷量は年3トン弱

海洋深層水利用の未来予想図

日本で最も歴史を持つ海洋深層水専門の研究所は、未来に向けて、どのような夢を描いているのだろうか。最後に篠原所長の展望を聞いた。

「やはり期待したいのは、健康・医療分野です。海洋深層水で栽培した植物に機能性成分が多いというデータもあります。そういう成分を抽出して飲料水やサプリメントに添加することもできるでしょう。まだまだ深層水には、研究されていない部分がたくさんあります」

室戸には平地が少ないので、工場を増やすことよりも、付加価値を増やす方向に力を入れたいという。

室戸にはすでに、海洋深層水を使ったタラソテラピー(海洋療法)を提供し、南国・土佐の環境を生かしてほかにはない癒やしを提供しているリゾート施設がある。海洋深層水の露天風呂で観光客を迎えるホテルもある。これからも、新しいヘルスケアやビューティーケアのサービスが、この地から生まれ、地域を活性化していくことだろう。

海洋深層水の秘密がかなりわかったところで、室戸海洋深層水のミネラルを含んだ「miu」をゴクリ。母なる海の成分が、夏の体にありがたくしみわたった。

ダイドードリンコの海洋ミネラル深層水「miu」

ダイドードリンコの海洋ミネラル深層水「miu」

(取材・執筆:瀬戸内千代、構成:久川桃子、写真:福田俊介)