みなさんの常識は世界の非常識

みなさんの常識は、世界の非常識Vol.21

拡張現実の甘い罠~映画「コングレス未来学会議」をめぐって〜

2015/7/29

15年前から構想されていた川崎市の地下鉄計画が、結局、休止という形でお蔵入りになりました。

川崎駅から新百合ケ丘駅までを結ぶ計画でしたが、事業費が4300億円と膨大な上に、開業まで時間がかかりすぎてしまうため、その頃の超高齢化社会でのニーズが読めないなどの理由を川崎市側はあげています。

巨額の公共事業が、このように「高齢化社会」を理由にすることは異例です。いったい、どのような変化がこの背景にあるのでしょうか?

出鱈目な需要予測による箱物づくり

従来だったら、事業予測というのを役人が作り上げて、実際にはデッチあげがほとんどだけれど、デタラメな需要の予想に基づき大無駄遣いをして、ハコモノとか輸送インフラをバンバン作る、というのが定番でしたね。日本の国土というのはそう成立してきました。

まあ、これは高度経済成長、右肩上がりの時代の遺物みたいなもの。それがいよいよ難しくなったんだな、ということを感じさせてくれるという意味で、感慨深いニュースです。こうした流れを踏まえて、民主党政権では「コンクリートから人へ」と言っていましたね。

しかしこれは実はちょっと言葉が足りない。コンクリートを何に変えていくのかということに関して、二つの方法があるんです。「コンクリートから人へ」ともう一つ、「コンクリートから情報へ」なんですね。このお話を今回は極端に掘り下げましょう。

コンクリートから情報へという流れ

Augmented Reality(拡張現実)という言葉がありますね。「セカイカメラ」などのアプリから有名になった言葉ですけれども、あるフィルターを通して現実を見ると、このクソ東京の景色も、未来都市に早変わりしたり、あるいは逆に江戸時代に早変わりしたりする。

つまり拡張現実というのは、情報的な付加価値をのせる。簡単にいえばスキンです。ガワをかぶせ現実を拡張できるというやり方なんですね。結局僕たちにとって建築環境、それを含めたアーキテクチャーも最終的には体験だから、情報を体験してるだけなんですよ。

その観点から、拡張現実的なものをどんどん展開していけばいいんじゃないか、という考え方がこの20年ぐらい広まってきました。例えばプロジェクションマッピングってあるでしょ。壁とかビルとかに映し出す。あれも拡張現実的な方向性の一種だといえますよね。

だから、大がかりな装飾品などを作らなくても、建物がただあれば、プロジェクターで写すことで、それこそ日替わりで全く建物の雰囲気を変えることが出来たりする訳ですよね。あるいは、そもそも論からいえばIT化が進むことによって移動という概念も変わる。

わざわざ人が移動しなくても、eコマースや電子会議、クラウドでの共同編集などにより、モノの調達も出来るし、人に会う、人と仕事をすることも出来るようになりました。このような情報環境の整備による便益の調達の方が、ハコモノよりずっと安上がりなんです。

だからそういう方向に向かえばいい、という流れが今ある訳ですよね。そういう流れの中に、この地下鉄計画の休止もあるのかなと思います。ただここから論を進めますが、「コンクリートから情報」へという流れの先には、かなりヤバいことも実は含まれています。

どういうことかといえば「見たいものしか見ない、見たくないものは見ない」という風に、現実を粉飾決算するための方法になってしまう可能性があるんです。そのような流れが極限まで進んだ時にどうなるのか。これについては後ほどある映画をご紹介しましょう。

コンクリートから人へも所詮は同じ

さて、「コンクリートから情報へ」ではなく、聞き慣れた「コンクリートから人へ」の場合はどうでしょう。実はこの場合もあまり状況は変わらないんです。例えば「人」の部分を、PEPPERのような人型ロボットが担うとかね。介護に関しても、そうした方向性です。

あるいは人の場合であっても、これは僕がよく指摘することなんだけれど、例えば人が僕のケアをしてくれるとか、病人のケアをしてくれるということがあったとしても、人がただのコンピュータのインターフェースになってしまう可能性がある訳です。

耳にチップ、あるいはイヤホンを装着し、ビッグデータ処理をするサーバーからの指示通りにケアをしたりコミュニケーションをしたりするということになれば、その人にはもう〈内発性〉はないんです。単にコンピュータの指示通りに動いているだけですからね。

その意味で、結局のところ「コンクリートから人へ」ということも、煎じ詰めれば「コンクリートから情報へ」なんです。要するに「人がケアしてくれているかのように体験できればそれでいいんでしょ」という方向性になる可能性が多々あるんですね。

そう考えると、「コンクリートから人へ」っていうのは、いい方向性に聞こえるんだけれども、それも一瞬のことで、結局「コンクリートから情報へ」という流れの一環に組み込まれていくだけじゃないか。そんなことを考えなければいけない時代になりました。

そしてこれは、必ずしも高齢者にとってだけの問題ではない。実はこれから僕たちの誰にとっても、「情報環境を構成する」という形で、いろんなものがコンクリートを代替していく。挙げ句は、人さえをも代替していく。そんな未来が予感されるようになったのです。

いちばん敏感なのは建築家(アーキテクト)かもしれない。数年前に建築家の磯崎新氏と対談したとき、氏は今やアーキテクチャ(建築物)の概念は、コンクリートと鉄による実物環境を超え、ITによって構築された情報環境を指すようになった、と仰っておられました。

アメリカの憲法学者であり著作権法の専門家でもあるローレンス・レッシグも、『コード』という有名な本で、アーキテクトとアーキテクチャの概念を、実物環境から情報環境へと拡大して用いることを提案しています。

その先を想像する映画「コングレス」

こんな未来をつきつめて想像すると、どうなるか。それが映画「コングレス 未来学会議」という作品です。イスラエルのアリ・フォルマン監督の、実写とアニメーションが混ざった映画で、ポーランドの天才SF作家スタニスワフ・レムの原作です。これはすごい。

コングレスとは「会議」という意味で、原作は『未来学会議』というタイトルです(邦題は『泰平ヨンの未来学会議』)。原作の相当部分は、映画では全てアニメで、後半部を占めます。前半部は実写で、原作にはないオリジナル・ストーリーになっています。

この映画は「アーキテクチャの情報化」についての重要な批評になっています。未来になると、誰もがアニメ界に住むようになります。アニメ界はクスリとITの複合力で可能になった拡張現実です。でも極く一部の人を除いて拡張現実(アニメ界)の外に出られません。

人々は、現実が何か見ないまま、セレブな人間になり、かぐわしい香り漂うお洒落なカフェやバーで、美味しいカクテルを飲んでいます。クスリとITの力で、自分がなりたい俳優になれます。自分であれ世界であれ「見たいもの」の内側でだけ生き、争いはありません。

かつて現実界で俳優だった人々は、外見や挙措をクスリとITでキャラクターとして合成して人々に享受させる権利を、かつて映画会社だった企業に既に売りました。素晴らしいユートピア。ユートピアは情報空間の中でだけ与えられ、その外を知ることが出来ません。

主人公は女優ロビン・ライト。映画の役名も同じです。経緯があって、彼女は望めば外を知ることができます。彼女はアニメ界の中では見つけられない生き別れた息子を探しに現実界に出かけます。ところが瞬時の行き違いで息子は現実界からアニメ界に移行しました。

彼女はアニメ界に戻ろうとしますが、息子が何に変異しどんな環境を望んだか判らないのでもう見つけられない。やむなく彼女は「息子として」アニメ界に戻り、自分は息子の情報体験(いわは夢)の中に登場することを選ぶ。こうして母と息子は再会、映画が終ります。

この先の未来をどう構想するべきか

原作は1971年ですが、今を先取りします。「世界はもう無理、だからみんな夢を見よう」。現実と無関係な夢というより、現実に覆い被さった拡張現実としてのアニメ界。それで世界からは争いが消え、現実界で果たせなかった母としての責任さえアニメ界で果たせます。

そういう生き方で–そういう社会で–いいんじゃないか? いけないとすればどこがいけないのか? 映画は問い掛けます。答は教えてくれません。だから、考えさせられてしまいます。でも、どんなに考えても答なんか出ません。そのように映画は構成されています。

『マトリックス』なら「現実に覚醒せよ」で終わりでしたが、『コングレス』では「その現実もまた夢」という作りです。『コングレス』に比べて『マトリックス』は大甘です。世界はもっと厳しい。映画『コングレス』は原作に倣って、厳しい世界に向き合おうとします。

「コンクリートから人へ」をも完全に包摂した「コンクリートから情報へ」の流れ。それが私たちを覆っていきます。今は始まったばかりですが、程なく覆い尽くされます。「見たいものだけを見、見たくないものを見ない」生き方しか出来なくなる。もうなっているかも。

残念ながら東京での公開は終わったけれど、まだ見られる地域もあります。名画座的な所でも見られるかもしれません。また、映画が見られないという方は、この夏、スタニスワフ・レムの原作「泰平ヨンの未来学会議」(ハヤカワ文庫SF)を読むのもお薦めですよ。

(構成:東郷正永)

<連載「みなさんの常識は、世界の非常識」概要>
社会学者の宮台真司氏がその週に起きたニュースの中から社会学的視点でその背景をわかりやすく解説します。本連載は、TBSラジオ「デイ・キャッチ」とのコラボ企画です。

■TBSラジオ「荒川強啓デイ・キャッチ!」

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