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ドコモ発の雑誌読み放題サービス

有料会員200万人突破。「dマガジン」はなぜブレイクしたか

2015/7/25
有料のキュレーションメディアとして快進撃を続けているサービスがある。NTTドコモが運営する「dマガジン」だ。紙でしか読めなかった150誌の雑誌が読み放題のこのサービス。ブレイクの理由を探る。

開始から1年で200万人突破

「SmartNews(スマートニュース)」や「Gunosy(グノシー)」、「Antenna(アンテナ)」など、ニュースキュレーションサービスが注目を浴びて久しいが、それらに劣らず急成長を遂げるサービスがある。それがNTTドコモの雑誌読み放題サービス「dマガジン」だ。

“d”の頭文字から、一見するとドコモの契約者向け「おまけサービス」のように見えるがそうではない。どのキャリアからでもダウンロードができるドコモ発のオープンアプリである。

dマガジンは、2014年6月のサービス開始から順調に滑り出し、会員数はわずか1年で200万人を突破。最後発ながら類似の雑誌読み放題サービスをゴボウ抜きした。売上高でソフトバンク、KDDIに抜き去られ、苦戦中のドコモにとって、数少ない希望の星だ。

「予定通りの伸び率。今年度末(2016年3月末)までに300万人くらいは堅いと思う」。dマガジンの責任者を務める、那須寛・デジタルコンテンツサービス担当部長はそう語る。

200万人という実績の裏側には、店頭契約時の積極的営業が一因としてあるだろう。だが、ユーザーはシビアだ。いくら店頭契約時にダウンロードしたとしても損だと思われれば翌月からあっさり契約を解除されてしまう。単なる営業攻勢だけでは読者は使い続けてくれない。

事実、定着率は思ったよりも高いという。

「MAU(月間利用者数)も思ったより好調。サービス内容を知ってもらえれば、7~8割程度のユーザーが継続して利用してくれる」(那須氏)

外資系コンピュータ会社を経て、1998年、NTTドコモに参画。i-modeのサービス立ち上げ・開発などを経て、現職。dマガジンなどコンテンツ系サービス全般を担当する

外資系コンピュータ会社を経て、1998年、NTTドコモに参画。i-mode(アイモード)のサービス立ち上げ・開発などを経て、現職。dマガジンなどコンテンツ系サービス全般を担当する

400円という価格設定の理由

「思ったより高い定着率」の秘訣はどこにあるのだろうか。

「雑誌読み放題サービスは値段設定も重要だが、それだけでは勝ち残れない。ラインアップも大切。dマガジンでは玉石混交ではなく“玉”の媒体だけにこだわった」と那須氏は言う。

その証拠に、dマガジンの媒体数はサービス当初は約70誌と、ライバルと比べても多いわけではなかった。

だが、自ら“玉”と呼ぶだけあって、雑誌のラインアップは豪華だ。

「FRIDAY」や「FLASH」などの写真週刊誌から「週刊女性」「女性セブン」などの女性誌、「Tarzan」や「週刊プレイボーイ」などの男性誌も並ぶ。さらにはゴルフ、鉄道、釣りなどの趣味系の雑誌も多くそろえた。「anan」や「LEON」など、読み放題サービスの中でdマガジンでしか読めない媒体も多く存在する。

現在では150誌にまで増えた媒体数。これを「月額400円で読み放題」というお得感が人気の一因と言える。

400円という値段設定について、那須氏はこう説明する。

「ほかのサービスより少し安くしようと思った。この価格であれば、記事を4〜5本読んでもらうだけで、お得だと思ってもらえるはず。だって、コンビニで5冊も雑誌を立ち読みしたら嫌がられるでしょう(笑)」

先行していた競合サービスであるソフトバンク系の「ビューン」、KDDI系の「ブックパス」はいずれも500円前後のサービスだ。100円下げるだけでも十分な差別化につながる。

ただし、400円という価格設定は読者にとってはうれしいが、コンテンツを出す側の出版社には、ためらわれたはずだ。400円で150誌が読み放題ということは、実質的な雑誌の値下げに等しいからだ。

こうした当然の疑問を和らげるために、那須氏は通常とは異なる方法でアプローチを行い、dマガジンのラインアップを充実させていった。

まず那須氏が取り組んだのは、「営業」だ。

必殺の口説き文句

通常であれば、出版社と接点を持つのは流通を担う取次であるため、プラットフォーム側は営業を取次に任せることも多い。だが、取次に交渉を任せていては自分たちのサービスのメッセージは伝わらない。

そこで那須氏は自ら営業を行い、各編集長と対面。うまく編集長の懐に入り込み、一誌ごとに口説き落としていった。

口説き文句にもこだわった。

「今までの読者がスマホ“でも”読めるようになります」では響かない。「スマホ“しか”使ってない読者に届けます」とdマガジンを通じて「新しい読者を開拓できる」という面をアピール。雑誌業界全体の底上げをしたいという思いを全面に押し出した。

もちろん、話がすんなりと進んだわけではない。「ビジョンには共感してもらえても『400円で読み放題のサービスです』という話をすると『やっぱり出したくない』という媒体もたくさんあった」と那須氏は振り返る。

地道に営業活動をするdマガジンチームに潮目の変化が訪れる。媒体数が130誌を超え、ユーザー数が150万を超えた頃から、それまで掲載NGだった媒体から許可が下り始めた。それどころか「dマガジンに掲載してほしい」という依頼が次々と届き始めた。

こうした流れの背景には、雑誌市場の右肩下がりという背に腹は代えられない出版社側の事情もあるだろう。だが、それ以外にも潮目の変化には2つの要因があった。

「横串し」で新規読者を獲得

まず1つ目は「dマガジンに掲載したからといって、必ずしも紙の売れ行きが落ちるわけでない」という安心感が媒体側に生まれていたことだ。

「明らかにユーザー層が異なっている。やはり紙は紙、デジタルはデジタル」(那須氏)。むしろdマガジンで読んだ雑誌を紙で読みたいという逆流も生まれたという。

2つ目が「新たな読者の開拓」に役立つことを媒体側に理解されるようになったことだ。

キーワードとなるのは、那須氏の言葉を借りれば「横串」だ。dマガジンは雑誌のコンテンツがただ羅列されているだけではない。「芸能・エンタメ」「グルメ」「経済・ビジネス」といったジャンルごとに区切るとともに、「いま旬グラビア&インタビュー」などのテーマごとに記事をまとめたページが設けられている。

たとえば、この季節、「ダイエット」が気になる男性読者は女性誌に載っているダイエット特集も読んでみたいという潜在的な需要があるはずだ。そこで、150誌の媒体のダイエット特集に横串を通し、アプリ上に陳列した。そうすることで書店の「棚」の垣根を超えた読者開拓ができるようになった。

媒体からすれば、今までどんなにマーケティングを行ってきても開拓できなかった層が読者になりうる。しかも媒体数が増えれば増えるほど「横串」機能は充実するという仕組みだ。

異なる媒体のコンテンツを横串で組み合わせるなど、さまざまな点で工夫。取り扱う媒体は約150誌、ユーザー数は200万人に達した

異なる媒体のコンテンツを横串で組み合わせるなど、さまざまな点で工夫。「anan」などdマガジンでしか読めない雑誌も用意した。取り扱う媒体は約150誌、ユーザー数は200万人に達した

収入100億円超えを視野に

ビジョンを持ち、泥臭く編集長を口説く一方、IT企業として機能的にサービスを運営する那須氏。こうしたデジタルとアナログ、両極端の能力はi-mode時代にさかのぼる。i-modeの運営に携わることで、サービス運営者とコンテンツメーカー、両サイドの目線が身についた。

単にアプリのダウンロード数を追うわけではない。ダウンロード数だけで言えば、ドコモの店頭の積極営業というブーストがあるので、200万という数字も想定内だった。

本当に難しいのはそこからだ。継続率を上げるとともに、媒体社が収益を上げられるエコシステムがなければ、一発屋になってしまう。

現在、dマガジンで採用されているのは、基本額を設定したうえでのPV連動型の収益配分だ。月刊誌、週刊誌によって多少の変動分を設けつつも閲覧数に応じた配分を行っている。「FLASH」や「週刊文春」でスクープがあった号はよく読まれると言う。

そこからいかに読者に使い続けてもらうか。

「最後は地道な部分ですよ。新しい雑誌が入ったらプッシュ通知を送る。面白い特集があればメルマガで知らせる。そんなことを続けて、読者に“使ってよかった”という経験をしてもらうことが大事」

dマガジンは、加入から31日間は無料で使用できる。その間に最高の体験をしてもらえるかが勝負を分ける。一見、地味とも思える取り組みがサービスの地盤をつくり上げた。

dマガジンはドコモの契約者向けサービスとしてのアプリではなく、キャリアを選ばないオープンアプリである。それはドコモの枠に縛られないメリットがある一方、単体での利益はシビアに求められる。2〜3割の利益率は最低限のラインとなる。

現在の収益規模は、ユーザー数200万人に月額400円をかけて単純計算すると、月間8億円、年間96億円となる。このまま年度中に300万人に乗れば、144億円規模にまで到達する。巨人ドコモの中では、まだ微々たるものだが、単体の課金アプリとしては、なかなかの規模だ。

広告ビジネスの可能性

ただし、よりビジネスを拡大し、利益率を3割、4割へと上げていくためには、現在の延長線上を進むだけでは難しいだろう。地道な改善とともに、新たなブレークスルーが求められる。

課題のひとつは、スマホ最適化だ。今のdマガジンは、雑誌の誌面をそのままスマホで見られるようにしただけだ。雑誌に最適化されたフォーマットなので、スマホで読みやすいとは言えない。

今後は、「雑誌を読まない層に雑誌のコンテンツを届ける」と標榜する以上、スマホに最適化されたフォーマットやサービスが必要になる。たとえば、ファッション誌のアイテムがそのまま購入できるという導線づくりや、スマホに最適化されたレイアウトを新たにつくるなど、多くの施策が考えられるだろう。

ビジネスモデルという意味でも、課金だけでは、早晩、天井が来るだろう。那須氏自身「広告にもビジネスチャンスがあると思う」と指摘している。その際も、単に紙と同じ広告を出すだけでなく、スマホ最適化、個人にターゲティングされた広告を打ち出せれば、新たな広告市場を開拓できるかもしれない。

サービス面、マネタイズ面で新境地を開くdマガジン。那須氏は、「ゆくゆくはdマガジンに出していれば雑誌媒体として成立していると言われるくらいになりたい」と語る。縮小が続く雑誌市場の打開策、キーマンは案外、出版業界の外にいるのかもしれない。
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(撮影:遠藤素子)

*NP特集「2020年のモバイル」は、明日掲載の「クックパッドが仕掛ける、マーケティング革命」に続きます。