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女性賃金押し上げに取り組むイギリス政府

男女賃金格差を撲滅せよ。「年収いくら?」大調査に乗り出す英政府

2015/7/24

世界中で低い女性の賃金

イギリスでは、「年収はいくら?」という質問は、非礼だと思われる。しかし、イギリスの政府は、このたび、国民にこの質問をわざと聞くつもりだ。

7月14日、性別による賃金格差問題に直面するイギリス政府は、社員250人以上の企業に対し、男性と女性のそれぞれの平均年収を公表することを義務付ける政策を打ち出した。英キャメロン首相は、この政策について大手メディア『The Times』にこう語った

「この政策は、男女の待遇差問題に新たな光を投げかける。その光は、賃金格差への改善を起こすプレッシャーを発生し、結果、女性の賃金を押し上げるだろう」

一方、The Fawcett Societyなどの男女不平などに反対運動を行っている団体は、キャメロン政権はその“光”の“明るさ”を過信し、男女賃金格差の背景にある構造的問題を甘く見ていると批判している

当初、キャメロン首相率いる保守統一党は、本政策に反対した。だが、今年3月に国会で本法案は通過し、9月までに公の協議のプロセスを行う。その公の協議は「具体的に、何を、どこで、そして、いつその情報が公表されるすべきか」を決めるためだ。イギリス政府報道官によると、政府が「各ステークホルダーと連携し、規制を適切に施行するため、最も実行可能かつ効率的な方法を探して協力している」。

ちなみに、実際に法律となるのは、早くても、2016年10月と考えられている。

この政策は、国際的に発生している男女賃金格差問題のイギリス式解決手段だ。ところで、男女の賃金格差を計算する際には、さまざまなやり方もある(結果、男女の賃金格差は“神話”だという人もいる)。だが、数多くのソースによると、世界中で女性の賃金は男性よりはるかに低いことは自明の理だ。

パートタイムを含むと男女格差は20%にまで増大

たとえば、アメリカ。2013年の米議会の調査報告書によると、同一資格を持ち同業界で働いた場合、社会人1年目の時点で女性の平均年収は、男性より7600ドルも低い。

こうした賃金格差は女性のキャリアを通して長期的に続く。よって、女性は男性以上に学費ローンの返済と退職後の資産の貯蓄に苦労している(ちなみに、アメリカでは女性は男性より学費ローンを背負っている確率が高い。しかも、その金額は男性よりも高い)。

アメリカのシンクタンクであるCenter for American Progress(アメリカ進歩センター)によると、アメリカでの賃金格差が縮小できれば、よりフェアな社風や社会を築くだけではなく、アメリカ国内における働く女性の貧困率を半減させられるという

また、イギリスの国家統計局の2014年の調査によると、イギリスでの男女賃金格差は、フルタイムワークの場合、10%近くになっている。非常勤の雇用者も含めると、その率は約20%にまで上がる。ちなみに、このレートは欧州連合(EU)内では下位25%に入っている。

ところで、ダボス会議を運営する世界経済フォーラムの2014年のリポートによると、男女賃金格差において、イギリスは131カ国中48位だった。ちなみに、日本は53位にランクインしている。では、逆に賃金格差において最も“フェア”な国とはどこなのか? そのひとつが、東アフリカにある小国ブルンジだ。

下記に記載された図を見ると、イギリスや日本を含む経済協力開発機構(OECD)加盟国における賃金格差が比較できる。格差が最も大きいのは韓国だ。そして最も小さいのが、ニュージーランドだ。
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イングランドの法律事務所Eversheds LLPのShirley Wright氏が執筆したEUにおける賃金格差の調査によると、イギリスの新たな政策はEUでは目新しいやり方ではないという。

進む北欧の取り組み

たとえば、スウェーデンの政府は、企業に3年ごとに年収の“調査”を行うこと(ただ公表しなくていい)を義務付けている。ここで正当と認められない賃金格差があった場合、企業は3年以内にその格差を修復しなければならない。

オーストリアでは、従業員150人以上のすべての企業が、毎年、政府に賃金格差のリポートを提出しなければならない。デンマークも同様だ。そのリポートの結果を、社員に共有することが義務づけられる。

また、ベルギーでは、企業は内部監査を含む監査をする際は、必ず男女賃金格差も監査しないといけない。そして、賃金格差があるとした場合、50人以上の従業員の企業は、今後賃金格差を縮小するための行動計画を労働局に提出しなければならない

アメリカでは、連邦政府コントラクター(政府に雇われる業務委託者)は、労働局に性別ごとの賃金を報告することが義務付けられている。だが、民間セクターではこうした制限はいっさいない。

果たして、こういった革新的な政策はどこまで効果を出しているのか? あるいはどこまで効果があるのかは、不透明だ。だが、うれしいことに、多くの国(特に欧州)では賃金格差が、早いとは言えないものの、確実に縮小している。早いとは言えないどころか、”のろい”と言ってもいいくらいだが──。

国連によると、今の早さのままだと、世界中で男女の賃金格差を縮めるには、およそ70年もかかるそうだ。それでは、女性の所得、貯蓄、尊厳が向こう半世紀以上にわたり男性より少ないままであることを意味する。

イギリスのキャメロン首相は、「この政策は、男女の待遇格差問題に新たな光を投げ掛ける」と言ったが、その“光”の速さは、本物の光並みに速いとは言えない。なおかつ、“光”が照射する範囲も限定的なのではないか。

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