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サイバーエージェント藤田晋社長、「AWA」を語る

藤田さん、なぜ今、音楽ビジネスに入れ込むのですか?

2015/7/22
海外ではもはや当たり前になりつつあるストリーミングサービス、スウェーデン発の「スポティファイ」が大々的にサービスを展開しているが、遅ればせながら日本でもその流れがやってきた。

国内ストリーミングサービス市場に大きな動きを起こしたのは、5月27日にスタートした「AWA」だ。サイバーエージェントとエイベックスが運営。楽曲の版権を握るレコード会社が始めたサービスとして注目を集める。

AWAの開始から2週間後の6月11日には2億人の月間利用者数(MAU)を抱えるLINEが同様の音楽ストリーミングサービス「LINE MUSIC」を開始した。月間2億人というユーザー数を強みに、サービス開始から1カ月で430万ダウンロードを突破、AWAを猛追する。

そしてAWA、LINE MUSICに追随してアップルも7月1日に「Apple Music」を立ち上げた。

アップルにとって、音楽ビジネスは「苦い記憶」である。さかのぼれば、2010年にスティーブ・ジョブズの肝入りで始まった「iTunes Ping」がわずか2年で閉鎖。そして目下、ダウンロード型の楽曲販売のビジネスモデルはスポティファイにシェアを奪われ苦戦している。

もはやプラットフォームとしてユーザーを囲い込み、楽曲数を増やすという“腕力”だけではマーケットシェアを取ることはできないことを嫌というほど知らされた。そこでスポティファイを巻き返すべく、満を持して投入したのがApple Musicである。

AWA、LINE MUSIC、Apple Music──。「3強」が出そろった国内市場では、サービスそのものの注目度が一気に高まっている。

3強に限らず、国内ではプレーヤーは乱立気味だ。ドコモの「dヒッツ」やKDDIが運営する台湾発の「KKBOX」、着うたブームの古参「レコチョクBest」など先行者がいる。

一方、国内に見切りをつけるプレーヤーも登場。ソニーの「Music Unlimited(2012年7月サービス開始)」は、2015年3月にサービスを終え、海外の強豪、スポティファイと手を組んだ。

今回、NewsPicks編集部は国内でいち早く市場に参入したAWAを取材。自ら陣頭指揮を執るサイバーエージェントの社長、藤田晋氏に話を聞いた。
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ストリーミングはアーティストにとっては良い循環を生む

──サービスの立ち上げから約2カ月が経った。反響は?

藤田:想定通りですね。とは言え、そもそも目標を高く見積もっていたので、その想定線通りという印象です。今はユニークユーザーをどんどん増やす時期なので、6月30日からはテレビCMを開始しました。利用開始から3カ月間は無料で、その後は360円と1080円の2つの有料プランに移行する予定です。

──AWAを始め、ストリーミングサービスの登場によって、音楽市場はどう変わると思いますか。

確実に言えるのは、アーティストにとって良い循環が生まれるということ。

一部では「CDが売れなくなる」とか「1人あたりの音楽に使う金額が下がる」という声がありますが、音楽のパッケージ販売はジリ貧の状況が続いていますし、何らかの手を打たなければ、これからも下がり続けていくでしょう。だから、まずはひとりでも多くの人に音楽を聞いてもらわなければいけない。

僕自身も、このAWAを使い始めてから、音楽を聞く頻度がものすごく上がりました。音楽を聞く総量が増えれば、結果的に市場が大きくなるはず。もちろん、アーティストの収入にもプラスになる。すでに無料期間中にもアーティストやレコード会社などの権利者にはおカネが入るようなシステムにしています。

エイベックス松浦社長と釣り仲間だったから生まれたAWA

──海外ではスポティファイが先行していますが、参入にあたってスポティファイのサービスを研究しましたか。

もちろん、研究しました。こうしたサービスはイチから考えているだけでは市場で勝ち残れませんから。

ただし、日本市場の独自性がありますので、単純にまねをすればいいというものではない。たとえば、楽曲のラインナップで言えば、やはり日本では邦楽が圧倒的に強い。邦楽7割、洋楽3割という印象です。

スポティファイが日本上陸に時間がかかっているのは、日本の権利者、つまりレコード会社との交渉段階で停滞しているからではないでしょうか。レコード会社や権利者の「音楽を無料で売ってもらっては困る」という主張を解きほぐさないと、先へは進めない。

権利処理は本当に大変です。日本の音楽業界は権利関係があまりにもややこしくて、正直に言うと、確認を取るだけでもひと苦労です。われわれもエイベックスとの共同事業でなければ、サービスを開始することはできませんでした。

だから、エイベックスと組むことができたのは大きな足がかりになりました。エイベックスと組むきっかけは、エイベックス社長の松浦さんと釣り仲間だったこと。その縁がなければ、AWAは実現しなかったかもしれない。

──エイベックスと組むほかのメリットは?

これは音楽業界に限らず、日本のコンテンツ業界全般に言えることですが、すべてが合理的な理由だけで動いているわけではない。

ですから、エイベックスとの提携で足がかりができたとはいえ、楽曲を提供してもらうのも簡単ではありませんでした。「メールを1通送って歌詞や楽曲のデータを送信して終わり」なんてラクな話ではない。各レコード会社に出向いて賛同を得るために説明をし、契約作業や取引などの実務を淡々とこなす必要があります。

特に小規模なインディーズのレコード会社や、リミックスの違う曲や、カバーバージョンなどの対応は大変。一つひとつ権利者に電話や対面で確認をとっていく泥臭い作業です。そうしてやっと提供してもらったデータにも欠損や間違いがあることもあるので、それを1曲ずつ確認していく。気が遠くなるような作業です。

──同じタイミングで、LINEやアップルといったほかのプレーヤーも音楽定額配信に参入してきましたが、どう差別化しますか。

サービスのローンチ時期が近くなったのは偶然ですが、これは歓迎すべきこと。あるジャンルのサービスが根づくためには、単体では難しく、複数の競合によって市場が形成されていくからです。

ユーザー視点でも、複数のサービスがあれば、「入るか・入らないか」ではなく、「どのサービスに入ろうか」という意識になり、ストリーミングサービスが日常に根づいていく。そうすると楽曲提供サイドも「出さざるを得ない」という気持ちになるはずです。

では、市場が形成された後、どのサービスが残るのか。その答えは過去の歴史を見れば明らかで、クオリティが最も高いものが生き残る。

たとえば、ヤフーやグーグルもほかの検索エンジンと比べて、明らかに検索結果が良かったから今の地位がある。それはeコマースにおける楽天も同じ。

今になって、「先駆けてモールをやっておけばよかった」と言う人もいるかもしれませんが、当時、モールをやっている会社は山ほどあった。その中で楽天のクオリティが頭ひとつ抜けていたから、楽天が勝者となったわけです。

Webサービスの特徴は、頭ひとつ抜けると、そのまま10馬身くらい離すことができること。AWAもクオリティで抜きん出るために、本当にいいものをつくっていくしかない。

AWAは開発には約7〜8カ月かけて入念に準備をしてきました。正直に言って、今あるストリーミングサービスの中で一番いいという自信があります。

AWAとLINE MUSICとの違い

──クオリティとは具体的には何を指すのですか。

まずは、既存のWebサービスの視点で言えば、デザインやインタラクションといった表面的な部分です。たとえば、AWAというサービス名も、特に深い意味はありません。どこの国のサービスかわからないような印象にしたいという理由でその名前にしました。シンプルなもので言えばそういうところです。

ストリーミングサービスについて言うと、特に「楽曲との出会い」を大切にしたい。ジャンルやムードからの選択だけではなく、他人のプレイリストを見てみたり、懐かしい曲や未知の楽曲と出会えたりするようなサービスをつくるようにしています。サービス開発の際には、NewsPicksも参考にしましたよ(笑)。

楽曲の出会いと並んで大事なのが、レコメンドの質と楽曲数。僕はものすごく日本のインディーズも含めたヒップホップが好きなんです。メジャーで言えば、Zeebra、ANARCHY、RHYMESTERといったアーティストです。

でもそうした楽曲を聴いた後、“ヒップホップ風”なアーティストがレコメンドされると正直、「それじゃないんだよ」って思ってしまう。レコメンド機能はアマゾンレベルにまで達していないと厳しい。ちょっとでも外すとイラつくだけです。過去のサービスを見ても、中途半端なリコメンドを採用したサービスは、どこもうまくいっていません。

──その点、LINE MUSICは友人同士で一緒に聞くというアプローチを採っています。

僕はその点についてはちょっと違う考えです。仲の良い友達と音楽をシェアしたいという方向でAWAはつくっていません。僕がコアなヒップホップ好きということもあって、顔見知りと音楽の趣味が合うわけがないと思っているからです。

LINEが「知り合いへの拡散」だとすれば、AWAはむしろ「見知らぬ誰かとのつながり」に主眼を置いています。

僕の例で言えば、見知らぬ誰かが僕のプレイリストをお気に入りにしてくれたとします。そうすると、彼が何を聞いているかが気になって、今度は僕が彼のプレイリストを見に行く。

そうすると、やっぱり趣味が共通していることがわかって、「この人はよくわかっているなあ」という共感が生まれる。そうした見ず知らずだけど趣味が合う人とつながっていけるのがネットの醍醐味(だいごみ)であり、AWAの強みです。

藤田晋(ふじた・すすむ)福井県出身。青山学院大学経営学部卒業後、人材紹介・派遣事業の【株式会社トルよん】インテリジェンスに入社。その後、インテリジェンスの出資を受けサイバーエージェントを設立。同社を東証マザーズに上場させた。主な著書に『渋谷ではたらく社長の告白』『渋谷ではたらく社長の成功ノート』『起業ってこうなんだ(共著)』など。

藤田晋(ふじた・すすむ)
福井県出身。青山学院大学経営学部卒業後、人材紹介・派遣事業のインテリジェンスに入社。その後、インテリジェンスの出資を受けサイバーエージェントを設立。東証マザーズに上場させた。主な著書に『渋谷ではたらく社長の告白』(幻冬舎)、『渋谷ではたらく社長の成功ノート』(PHP研究所)、共著『起業ってこうなんだ!どっとこむ 』(NTT出版)など

*NP特集「2020年のモバイル」は、明日掲載の「キュレーションメディア大競争(スマートニュース)」に続きます。