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リハビリ期を終え、本当の勝負が始まる

浦和レッズはアジアのビッグクラブになれるか

2015/7/20

Jリーグにおいて、最大の資金力を誇るのは浦和レッズだ。

平均観客数は4万人に迫り、三菱自動車との損失補填(ほてん)契約をすでに2004年に終えている。2007年にはアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)を制してアジア王者になった。

昨季のJ1では終盤に失速したものの優勝争いをリードし、今季は導入されたばかりの2ステージ制の前期王者になった。名実ともにJリーグのビッグクラブである。

だが、アジアの舞台に目を移すと、約60億円の収益は特別ではなくなってきた。中国が国策としてサッカーに投資し始め、中国のクラブの予算が100億円を超え始めたからだ。

中国を筆頭に、中東、東南アジア、オーストラリアが勃興する中、レッズは再びアジアの覇権を握れるのか?

スポーツライターの金子達仁が、浦和レッズの淵田敬三社長に疑問をぶつけた。

【第1回の読みどころ】
・アジア王者を目指すトリプルAプラン
・1チームのみで行動することの限界
・2010年度に大幅な赤字を計上
・一昨季までの3年間はリハビリ期
・2014年度は横断幕問題で足踏み
・入場料収入の悩みは高コスト
・顧客情報一元化のためにシステムへ投資
・新メンバーシップ制度を導入

レッズの社長は何をするのか

金子:僕自身気づいたのが、Jリーグの社長という仕事が何なのか、よくわかっていないな、と。そもそもレッズの社長というのは、何をしなければならない仕事なんでしょうか。

淵田:いい質問ですね。単純に言うと、地域社会に貢献できるクラブとしての経営基盤を築くことです。

私なりの整理なんですけれども、サッカーをするための環境、それを保つための資産、運営のための財務、継続していくための生産性、そして支える人材。これらを整えるのが社長の仕事だと思います。どのクラブでも、皆さんだいたい同じだと思うんですけれども。

淵田敬三(ふちた・けいぞう) 1954年神奈川県出身。1978年、三菱自動車工業(株)名古屋自動車製作所・総務部入社。2005年、同社執行役員、管理本部長に就任。2009年、同社執行役員、Mitsubishi Motors North America,Inc.取締役副社長に就任。2011年、関東三菱自動車販売(株)代表取締役社長。2014年2月、浦和レッドダイヤモンズ(株)代表取締役社長に就任。すでに2005年4月から2008年12月まで浦和レッズの非常勤取締役を務めていた

淵田敬三(ふちた・けいぞう)
1954年神奈川県出身。1978年三菱自動車工業 名古屋自動車製作所・総務部入社。2005年同社執行役員、管理本部長に就任。2009年同社執行役員、Mitsubishi Motors North America取締役副社長に就任。2011年関東三菱自動車販売社長。2014年2月から現職。すでに2005年4月から2008年12月まで浦和レッズの非常勤取締役を務めていた

金子:湘南ベルマーレの社長さんに伺ったらまた違うのでしょうか。

淵田:かもしれないですね。説明するために今日は資料を持って来ました。活動理念をまとめたもので、これをベースに考えています。

参照:浦和レッズ公式サイト

利益の「最適化」を目指す

たとえば、2つ目の「地域社会に健全なレクリエーションの場を提供する」。

迷ったときは、この理念に立ち返りながら判断していきます。一般的な営利企業とは違うので、経営の基盤をしっかりさせながらも、絶えず地域社会への貢献を目指していきます。

ある大学の講演で「スポーツクラブと一般的な企業の経営は何が違うのか?」というお題をもらったことがありました。

私が三菱自動車にいたときは自動車をつくって、それをベースに利益を最大化することに取り組んでいました。しかし、スポーツクラブの目的は利益の最大化ではありません。

その講演で、私は「オプティマイズ」という言葉を選びました。要は、最適化することです。

スポーツクラブにおいても一定の利益は必要ですが、儲けすぎてもいけない。儲かりそうなら、もっとチームに投資したらいい。もっと面白いサッカーができるように考えていかないといけない。そこの部分は一般的な企業と大きく違うと思います。

レッズのトリプルAプラン

金子:この活動理念は、レッズにとって憲法のようなものですか?

淵田:そうです。

金子:プロ野球の巨人はチームをつくる際、「打倒大リーグ」という考えが根幹にあったとされているのですが、この憲法を拝見していると、世界に打って出るぞという熱が少し弱い気がします。

淵田:この中には含まれてないのですが、われわれはかつてトリプルAプランというものを掲げていました。

【トリプルAプラン】
・Asia No.1(強くて魅力あるチーム)
・Area only 1(地域の誇りとなるクラブ)
・Accountability 1st(自立し責任あるクラブ)

世界を目指してまずはアジアでチャンピオンになることを目指しています。2007年度から2009年度に掲げたものですが、これをベースに今のプランも立てられています。

淵田社長に話を聞くスポーツライターの金子達仁(写真左)とデロイトトーマツの里崎慎・会計士(写真中央)

淵田社長に話を聞くスポーツライターの金子達仁(写真左)とデロイトトーマツの里崎慎・会計士(写真中央)

1チームのみで行動することの限界

金子:私自身ずっと言い続けているのは、Jリーグがもっと注目される存在になるためには、必ずジャイアントチームの存在が必要だと。ジャイアントチームって、なろうとする意志がないとなれないものだと思うんですよ。浦和レッズは今、ジャイアントチームを目指しているんでしょうか。

淵田:もちろんです。

金子:そのためにこれから何をしますか。

淵田:経営基盤をしっかりさせながら、必要な投資をしていきます。チームに対する投資、設備施設に対する投資、そういうのもバランスよくやっていかないといけません。

ただし、海外から有名選手を獲得すれば一時的に盛り上がるかもしれないですが、われわれだけでは限界があります。何チームかが一緒にやらないと、リーグとしてのベースが上がらない。みんなでバッと一斉にやることが必要なのかもしれません。

一昨季までの3年間はリハビリ期

金子:ただJリーグ初期の頃は、みんながバッとやったというよりは、1チームだけ川淵三郎チェアマンの言うことに歯向かい、札束をばらまいたチームが、ほかを引き上げた部分はあったと思います。

あのときは、ヴェルディが特別な存在でした。まさにジャイアントチームになりかけていたと思うんですね。今、レッズがジャイアントチームになりきれてない原因のひとつは、日本代表のエースにレッズの選手がいないことも関係していると思います。

淵田:それを言えば、われわれは4年前に苦い思いをしているんです。経営陣の交代に併わせて監督選びも苦労し、チームの成績がガクっと落ちて、降格の危機に立たされた(編集部注:2011年シーズンはゼリコ・ペトロビッチ監督が途中で解任となり、残留ぎりぎりの15位でシーズンを終えた)。

2010年度に大幅な赤字を計上し、それからの3年間は、再生していく期間でした。とにかくベースをつくって、無茶無理をしない。チームとしても大きな投資ができる余力がありませんでした。

金子:リハビリ期だったんですね?

淵田:そうです。そういう意味では、本当は去年から成長に向かっていく年だったんですけれども、シーズン初めに問題が起きてしまいました。

入場料収入の裏にある高コスト

金子:ゴール裏の出入り口に人種差別と受け取られる横断幕が掲げられて、1試合の無観客試合の処分が科されました。

淵田:あそこで足踏みしてしまった。ただ、選手移籍金では、原口元気選手がクラブの後輩のために残してくれた収入などもあり、最終的にはいい決算になりました。昨年でベースができあがったところがあるので、ようやくこれから打って出られる状態になりつつあります

金子:どう打って出ますか。

淵田:Jリーグのクラブライセンス制度がありますが、それをしっかりと考慮しながら、われわれとしてどこまでやっていけるのかを見極めているところです。

今、われわれには58億円の売上があり、営業利益は2億円です。

つまり56億円のコストがかかっています。そのうち強化費は20億円強。そこからもうちょっと出せるのではないかと考えています。

ただし、われわれの収益構造の特徴は、入場料収入が多いことです。入場料収入というのは、40%強のコストがかかっています。

広告料収入(スポンサー収入)というのは、広告代理店の手数料もありますが、収益性は高くなります。一方、入場料収入は試合運営コストもあるため、広告料収入に比べると収益性は下がってきます。

だからトータルの売上に比例して投資できる原資が増えていくわけではありません。

中国への対抗にはリーグ価値向上が不可欠

金子:レストランにおける原価率みたいなものですね。

淵田:そうです。試合の入場者数がブレたり、スポンサーが急に離れたりすると、チーム強化や設備施設への投資が十分にできなくなります。その現実は認識しなければなりません。

金子:なるほど。今後、日本のクラブがアジアのジャイアントチームになろうとした際に、間違いなく立ちはだかってくるのが中国や東南アジアのクラブだと思います。これからそこを凌駕(りょうが)するにはどうすればいいでしょうか。

淵田:収入というか、おカネでは勝てないですね。

金子:難しいですか。

淵田:これはもう圧倒的な差があります。広州恒大の強化予算は200億円から300億円の間と言われていますし、今年レッズがACLで戦った北京国安ですら、強化費はわれわれの倍くらいあるそうです。

金子:将来的にどうやって収益を上げて行けばいいんでしょうか。

淵田:入場者数で言えば、われわれは平均3万7000から3万8000人。J1ではここ数試合は4万人に近い数字を出しています。

チケット単価は、ヨーロッパと比べて特に安いわけではない。入場料収入は彼らの水準とあんまり変わらないんですね。

ヨーロッパと比べたときに一番違うのは、放映権収入と広告料収入です。

日本の企業の中には、桁違いの広告料を払って欧州の名門クラブのスポンサーになったりしています。それだけリーグに価値があるから、スポンサーもおカネを出すわけで、われわれとしてはリーグの価値を上げる努力を怠らず、地道に収入増につなげていくしかありません。

顧客情報一元化のためにシステムへ投資

金子:特効薬はないわけですね。

淵田:特効薬はありません。今は中期計画として、58億円から63億円に上げることを目指しています。

そのために今年、マーケティングに投資をしたんですよ。現在シーズンチケットを持っている人が1万9000人います。その人たちへのサービスがおろそかになっていた懸念がありました。

今年から「やっぱりシーズンチケットを持っていて良かった」と思ってもらえるように、システムに投資をしてデータベースをつくって、さまざまな特典を用意することに着手しました

たとえば25年連続でシーズンチケットを購入する人には、「ダイヤモンド会員」として、買い物をしたときのポイント還元率を上げるなどです。

シーズンチケットを持つコアなファン・サポーターが、新しい人たちをスタジアムに連れて来てくれると考えています。

加えて槙野智章、興梠慎三、西川周作といったレッズの選手が日本代表で活躍すれば、さらに多くの人たちに「レッズの試合を観に行ってみようか」と思ってもらえるはずです。特効薬はありませんが、そういう作業を地道にしていくことが大切だと思います。

(構成:木崎伸也、写真:福田俊介)

*「Jリーグ・ディスラプション」の第1弾となる淵田敬三社長(浦和レッズ)インタビューは、月曜日から水曜日まで3日連続で掲載する予定です。

<連載「Jリーグ・ディスラプション」概要>
本連載はJ1クラブの社長を、スポーツライターの金子達仁がインタビュー。月曜日から水曜日まで社長インタビューを掲載し、木曜日にデロイト トーマツの会計士による経営分析、金曜日に総括を掲載する。7月27日から始まる第2弾では、FC東京の大金直樹社長を取り上げる予定だ。