大前研一_ビジネスジャーナル_バナー (5)

日本に見る課題と解決

2040年に向けて沈みゆく日本。この国はどうなるか

2015/7/13
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第五弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.5「2040年の崩壊 人口減少の衝撃/地域活性化の現状と課題」』(初版:2015年5月22日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
今回は、日本のリスクに関係する「地域過疎・少子化・移民・教育」といったトピックについて、現状とその課題を大前研一氏に聞いた。(2015.3.30 取材:good.book編集部)

増え始めるゴーストタウン

人口の減少が進み始め、近年ではゴーストタウン化するところが目につくようになってきました。私は昨年(2014年)、バイクで四国を回ったのですが、30年前は25人くらい人が住んでいたという場所に、今は誰もいない。

高知県の奥白髪温泉という昔は温泉があったところも、人どころか温泉さえもなくなってしまいました。2040年には、今よりも相当多くのゴーストタウンができてしまうでしょう。

このような問題に対して、日本政府はどのようなことをするべきなのでしょうか。

人口が減少すると、納税能力はどんどん下がっていきます。従って今よりもますますサービスレベルは落としていかなければならない。すでに日本の年金は、最終勤務年度の給料に比べて、35%程度しかもらえていません。

これは、先進国の中で一番低い。国によっては最終年度に稼いでいた給料の70%ぐらいを年金でもらえるというところもあるし、50%ぐらいが普通です。日本では、2040年になると30%ももらえないと予想されます。

さらに勤労者2人で1人の老人、つまり非勤労者の面倒を見なければならなくなります。こういうすさまじい状況になるわけです。現在の日本は、そういった世界につっこんでいこうとしているのです。

現在の政府が行っているのはばらまき政策に代表されるサービス合戦ばかりです。おそらく、単純な計算をしてみればまったく不可能なことを約束しているのです。

消費税の問題についても、「5%から8%に上げただけで反作用がこんなに出たから、8%を10%にするのは1年半延ばす。10%以上のことはやらない」と政府は言っていますが、単純計算をしても20%まで引き上げないと間に合わない状況です。

現在の日本というものは、見えている将来像が世界のどこよりも暗い像となった国とすらいえるでしょう。その見えている像に対してストレートに考え、それを正直に政治課題として取り上げる人がいない。

これが最大の問題です。タイタニック号が氷山に向かうように、先が見えているにもかかわらず、船上でパーティーをやっているようなものなのです。

大前研一(おおまえ・けんいち)ビジネス・ブレークスルー大学学長 、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長。マサチューセッツ工科大学(MIT)にて工学博士号を取得。経営コンサルタント。1994年までマッキンゼー・アンド・カンパニーで日本支社長アジア太平洋地区会長、本社ディレクター歴任。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。現在、UCLA教授、ボンド大学客員教授、(株)ビジネス・ブレークスルー代表取締役をはじめ、グローバル企業の取締役など多数

大前研一(おおまえ・けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長 、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長。マサチューセッツ工科大学(MIT)にて工学博士号を取得。経営コンサルタント。1994年までマッキンゼー・アンド・カンパニーで日本支社長アジア太平洋地区会長、本社ディレクター歴任。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。現在、UCLA教授、ボンド大学客員教授、(株)ビジネス・ブレークスルー代表取締役をはじめ、グローバル企業の取締役など多数

意味を失う20世紀の経済原論

今の日本企業は320兆円の内部留保を持ってしまっていて、銀行から借りません。金利が低くても反応しません。じゃあ投資をするのかというと、やっぱり将来が不安だからと投資もしない。

私は日本が今入り込んでいる状況を、“低欲望社会”と呼んでいます。要するに、欲望のない社会です。欲望のない社会にはどういう問題が出てくるかというと、今までの経済原論が全部成り立たなくなるんです。

今までの経済原論というのは、20世紀にジョン・メイナード・ケインズ(※20世紀を代表するイギリスの経済学者。有効需要に基づくマクロ経済学を確立させた)らを中心に作られたもので様々なバリエーションがありますが、金利やマネーサプライ、こういったもので経済を調整していこうという理論です。

例えば、金利を低くすればみんなが借りるようになり、景気は上向くかもしれない。過剰に市場にお金を投入すれば借りる人が増え、設備投資も上向くかもしれない。こういったロジックです。

しかし今、日本は低欲望社会に入ってしまい、これまでの経済原論すべてが成り立たない状況です。だからポール・クルーグマン氏(※アメリカの経済学者、コラムニスト。国際貿易理論に基づき、地域間貿易をモデル化した)や、アベノミクスのアドバイスをしているような人たちが、20世紀の経済原論を振り回しても市場はまったく反応しないというわけです。

我々は今、金利がつかなくてもひたすら貯金をしています。小学校の頃から算数を学んできている国民が、何故金利がつかないところに預金するのか。これは世界の七不思議のひとつです。

普通、金利が安ければ金を借りて、金利が高ければ預金する。現在の日本人は金利の安いところに預金をして、こんなに安いのにお金を借りない。こういう現象は、今までの世界史で起こったことがありません。

このように、日本だけが特殊な状況に入っていることに対して、「20世紀の理論が使えない」と理解している経済学者がゼロである、ここに問題があります。

いずれドイツやイタリアも、おそらく日本のすぐ後を追ってくると思いますが、日本は起こるとわかっている問題に対して何もしていないという極めてユニークな状況になってしまっているのです。

すべての問題の根本は教育に

これらの問題の根本は、日本の教育方法にあります。「教えたことを覚えなさい」ということを前提とした20世紀の教育方法が、「ロジカルに見えているものを全部足し合わせて本質の姿を直視すること」ができない人を生み出してしまったのです。

この姿が直視できていれば、みんなでなんとかしようと考えるはずなんです。見えているものに対して向き合っていない。この結果として、少子化やゴーストタウンの問題が出てくるのです。

これから先は、人口が年間50万人ずつ減っていくといわれています。つまり、徳島県や高知県1個分の人口が減っていくということです。全体から見るとすさまじい勢いで人口が減り、かつ就業人口15~65歳くらいの人たちも今後は計算上、80万人ずつ減ることになります。

実際には定年後も働く人がいるので今のところは40万人程度の減少にとどまっていますが、安定して60万人くらい減っていくようになります。結果、税金を納める人はその分減っていくということです。

こういう状況の時に何も対策を取らないとどうなるか。これは非常に明らかで、ポルトガルやスペインがかつて陥ったように400年くらいは長期衰退という状況になっていくわけです。

では、日本の教育を変えるにはどうするべきか? 今すぐに文部科学省が変わるということは難しいでしょう。

大量生産・大量消費という戦後の日本の国づくりをする上では、アベレージを上げるということが非常に重要でした。世界に追いつけ追い越せという時代でしたから、基本的に答えは欧米にあり、その答えを覚えてしまった方が勝ちという教育が行われたのです。

学校が何を教えるか、日本では国がそれを統制しています。文部科学省が学習指導要領を作っているということは、学校が教えていい答え、教えていい順序を国の方で作ってしまっているということです。

国が指導要領を作るというこの思い上がった考え方が、今の21世紀においては最もだめな考えなのです。本人が興味を持ったらどこまでもやらせるべきでしょう。

指導要領という考え方そのものが、21世紀とあっていません。あくまで指導要領は、追いつけ追い越せという、正解がすでに存在するという時に成り立つものなのです。

21世紀というのは、アメリカにとっても答えがありません。近年の中近東情勢を見ても、それは明白です。そのアメリカについていくことしか、日本は能がない。

中国がアジア・インフラストラクチュア・インベストメント・バンク、AIIB(※中国が提唱し主導する形で設立を目指しているアジア向けの国際開発金融機関。2015年業務開始予定)というものを作った時、各国が続々と加入する中、日本とアメリカは加入しませんでした。アメリカが決めないと日本は意思決定すらできません。

また、今の日本政府は機能不全ですが、それ以前にアメリカ政府にも機能不全があるのです。特に、アメリカ政府の機能不全は、オバマ政権になってから著しい。何をとっても、アメリカが何をやりたいのかわかりません。

現在の日本は、そういう機能不全の国についていくことしかできないのです。これだけ自分で考える力を失っている日本政府、そして学ぶ力だけで考える力を持たせない教育の犠牲者が日本人なのです。これでは問題を解決できないと思います。

「本当は何をやりたいの?」と聞くことから始まる教育

高梨沙羅選手や、羽生結弦選手はどうやって育ったか。指導要領がなかったからよかったのです。彼らの成長は、親、関わった先生、コーチのテーラーメイドの力によるものです。ピアノでもスポーツでもなんでもそうですが、頭角をあらわした子をひっぱることが必要です。

例えば、錦織圭選手を見出したのはソニー創業者・盛田昭夫氏の弟・盛田正明氏です。テニス協会の会長だった氏が個人的に財団を作り、錦織選手をフロリダに留学させたのです。

つまり、盛田氏が個人的な財団の中で才能を伸ばしてやったということです。日本の中では、あのような選手は育ちません。

才能を引き上げることを教育システムとしてうまくできている国はまだありませんが、アメリカの場合にはそういう人間を許容する制度があります。

例えば高校生の娘が宇宙飛行士になりたいと言ったら、宇宙飛行士を育てることをカリキュラムにしている高校があるんです。高校のバラエティがいっぱいあるのです。

私は、教育を変えるのは親しかいないと思っています。だいたい日本の母親というのは2通りしかいません。「サボっているとお父さんみたいになれないよ」とたいしたことのない父親でも良い見本とする母親。

もうひとつは「サボっているとお父さんみたいになるよ」と父親を悪い見本とする母親。そうではなく「あなたの生きたいように生きなさい。その代わり、何をしたいのかちゃんと言ってごらん」といったその会話から親はスタートしなければいけないのです。

ドイツでは約6割の人が職能学校に行きます。小学校の4~5年くらいから将来を親と語り、学校の先生のカウンセリングも受けて、大学に行くのか違う道を行くのかを選びます。職種も350ぐらいあるので、その中で何をやるかを考えていきます。

中学の2年か3年の時から訓練を始めると、18歳くらいまでにはだいたい腕に覚えが出てくる。これは「将来何をやりたいの?」という会話からスタートした結果なのです。日本にはこれがありません。

「勉強しなさい」「宿題しなさい」と言うけれど、宿題をやって学校の先生の言うことを聞いてもろくな子は育たないのです。何故、親は学校の先生の言うことを聞けといって送り出すのでしょうか。

「本当は何をやりたいの?」というところからスタートすると、学校に2日行かなくてもいいから別のことをやってみる。あるいは、会社そのものに高校時代から実習で預かってもらうなどいろいろなアイデアが出てきます。

しかし、日本の場合はその考えを支援する制度がないから、それを2年、3年と続けるのは不安なものになってしまうんですね。ドイツはそこを制度化し、子どもを支援しているということです。

いい学校へ行って、いい会社に行けば、いい生活ができる。これは高度成長期の特徴です。確かにそれは事実でしたが、その時代に育った親が、今の子どもに古い時代の感覚で接しても、その時代はとっくに去ってしまったというところが皮肉なのです。

次回、「少子化対策と地域活性化」に続きます。

*本連載は毎週月曜日に掲載予定です。

『大前研一ビジネスジャーナルNo.5「2040年の崩壊 人口減少の衝撃/地域活性化の現状と課題」』の購入・ダウンロードはこちら
■印刷書籍(Amazon
■電子書籍(AmazonKindleストア
■大前研一ビジネスジャーナル公式WEBでは、書籍版お試し読みを公開中(good.book WEB
 bb151b40b34b0420ae43964ec9c8a92b