【第11話】底辺からの育成改革
仁志敏久が説く、サッカーにあって野球にない「視点」
2015/7/11
全代表が同じユニフォームを着用
小学6年生で侍ジャパンのユニフォームに初めて袖を通した浜岡陸は、3時間以上に及ぶ練習後、充実した疲労感を漂わせながら言った。
「プロ野球選手と一緒のユニフォームを着ることができて、とてもうれしいです」
侍ジャパンU-12代表は7月4日、この世代のワールドカップ開幕を20日後に控え、大田区にある東京ガスのグラウンドで1泊2日の合宿をスタートさせた。
体力がないと、技術は身につかない
監督の仁志敏久が本大会を含め、限られた時間で小学6年、中学1年の選手たちに伝えようとしているのは、これまでの野球界に欠けていた視点だ。
「野球の子は野球しかやらない。一方、サッカーの子はサッカーをやるためのフィジカルトレーニングをすごくやる。これくらいの年代の子には、技術よりも運動動作を高めてあげることのほうが実は重要です」
「野球をやるための体をつくらないと、野球ができません。技術はいくら教えても、身につかないことが多いので。そのベースにある体力がついていないと、いくら教えても浸透していかない。私生活から食を変えるようなことをしていけば、もうすこし育ったときに、このままの生活でいるより変わってくると思います」
一流プロだからこその視点
曇天に小粒の雨が降る中で始まった練習は、ボールを使うまでに30分を費やした。軽いランニングを終えた後、行われたのはアジリティトレーニングだ。
野球選手にとって、敏捷性は極めて重要になる。だが、現状、小中学生年代で重点的にこの要素を伸ばすような練習が、行われているチームは決して多くない。
育成年代に侍ジャパンが誕生した意義は、仁志のような一流プロが頂点に辿りつくまでの視点で練習、トレーニングを見てくれることにある。
アジリティトレーニングを指揮した川島浩史はトレーナーとして、ワイズ・アスリート・サポートで仁志とともに活動を行っている。たとえば、二塁手だった仁志がどういった意識でグローブを動かし、ボールを投げていたかを野球選手の感性と運動動作のプロ=トレーナーの理論で分析して、ほかの者でも実践できるような指導法を確立していく。
川島が言う。
「仁志さんと一緒に練習方法をつくり上げてきました。それを生かすことができれば、必ず同じように動けるようになってくるはずです」
中学1年までが一番伸びやすい
敏捷性を高めるような練習はU12年代で行われてこそ、効果がとりわけ高くなる。その理由を川島が説明する。
「体が大きければ遠くに投げられますし、遠くに打てます。けれども実際には身長が止まるし、大人になったらみんながそうなってくると思うので。そこで何で差がつくかというと、いかに体を自分の思い通りに動かせるか」
「小学4、5、6年生、中学1年生という年代が、体の神経系が一番伸びやすい時期です。一番伸びやすいときにやってあげると、将来ずっと体が動きやすい状態をつくってあげることができる。高校生からこういうトレーニングをしても、効果があるんですけれど、効率的には悪いんです」
コツの習得がケガ防止につながる
仁志と川島が心がけているのは、アジリティトレーニングと野球の動きをいかに結びつけて教えるかだ。
最初に行われた練習は、ジョギングを5メートルほど行い、ダッシュに切り替えて8メートル走る。力のイメージで言うと、10%から一気に100%に上げていく。野球では、こうした動きが頻発する。
次に、前方にダッシュして、急にとまる。すかさず後ろ向きでダッシュする。とまるときに足を滑らせる選手が多く、仁志が声をかけた。
「太ももの前でとまる意識を持とう」
大人は筋力でとまれるが、子どもにはとまるテクニックが必要になる。こうした動きができるようになると、将来のケガ予防につながっていく。
「全力」で取り組むことが重要
続いて、バック走からターンして、前を向いてダッシュする。川島がこの練習について、「打球を追うとき、この動きが必要だよ」と説明する。選手たちが目的意識を把握すると、練習が熱を帯びていく。
こうして「全力」で取り組むことが、何より重要だと川島は言う。
「単に体を温めるだけのウォーミングアップだと思っていると、『なんでこんなに何本もダッシュしなきゃいけないんだよ』と感じると思います。ひとつのメニューにつき20本くらいダッシュを行っていますが、普通は嫌になるじゃないですか」
「そこをいかに、野球と結びつけるか。『こうとまると、体の軸がブレないんだな』と考えながらやることで、クセとなって身につきます。全力でやることで、意識することにつながっていくんです」
指導者の役割は「手助け」
まだ筋量が十分でない子どもたちにとって、切り返しは難しい。そこで川島が意識を植え付けていく。
「親指の母子球に体重を乗せれば、踏ん張ることができるよ」
目に見えて、選手たちの動きがスムーズになった。意識ひとつで、グンとうまくなるのだ。それを自主的に行うことが重要になる。川島が言う。
「野球に多いのは、『これをやれ、あれをやれ』『はい、わかりました』。自分で何も判断せず、ただ言われたことをやっていく。そうではなく、自分で『こうやると、うまくなるんだ』と考えることが重要です」
「僕らがやるべきは、考える手助け。小学生でそれを身につけてしまえば、中学生、高校生になっても考える力が身についたまま、選手を育成できる。今いい選手をつくることではなく、今後活躍できる選手を小学生から育成していくことが本当に大切です」
川島によると、彼の行っているようなトレーニング理論は各種書籍にまとめられており、誰でも意識次第で実践できるものだという。
自主性があれば、伸び幅が増える
アジリティトレーニングが終わると、キャッチボール、守備、打撃、投球、走塁の各練習が行われた。全国のリトルリーグやボーイズリーグなどから選抜されたメンバーだけに、技術は総じて高い。そんな彼らにとって、とりわけ身に染みたのは野球選手としての意識の持ち方だった。
西武の森友哉に憧れる中学1年生、椎名朝次郎にとって、特に印象に残ったのは「ダウンはちゃんとやったほうがいいということ」。これまで、クールダウンの重要性を考えたことはなかったという。
一方、オリックスの糸井嘉男が好きな浜岡陸は、仁志のこんな言葉が耳に残った。
「野球において、ベースランニングはすごく重要。走塁に意欲のない人は、野球そのものに意欲がないと思われがち。次の塁、次の塁を狙うことを忘れないように」
野球の技術を高めるのは、当然重要だ。しかし、体づくりから運動能力の向上、メンタルの持ちよう、そして自主的な練習を植えつけていかないと、その後の伸び幅が限られてしまう。
「今が最高ではない」
若くして侍ジャパンのユニフォームを着る選手たちに、仁志はこう望んでいる。
「このユニフォームを着たからといって、気を緩めないでほしい。今が自分たちの最高ではないということを、子どもたちにも家族にも感じてほしい。そうしないと、ここでとまってしまう可能性があるので」
日本球界における育成の問題は、縦のつながりがないことだ。中学、高校、大学と限られた期間で、指導者がそれぞれのゴールにこだわる余り、選手たちが長期的視点で育まれていない。
U12からU15、U18、大学生、社会人、プロと続いていく侍ジャパンの最も若い年代が起爆剤となり、日本球界における育成の考え方が変わっていくことを心から願っている。(文中敬称略)
(取材・文・写真:中島大輔)